「本日、2つめの新刊を紹介」

「本日、2つめの新刊を紹介」

 

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少々、私もお手伝いをさせていただいた吉野町を紹介する新刊が発売となりました。

『驚きの地方創生「木のまち・吉野の再生力」――山で祈り、森を生かし、人とつながる 』(扶桑社新書)

奈良県吉野をテーマにした文学、歴史書、観光ガイドを踏まえながら、今の吉野の取り組みを様々な視点から取り上げる新しいスタイルの地方創生本。吉野町&世界遺産 金峯山寺全面協力・推薦! ・・・という内容の本です。

実は扶桑社の地方創生本の第4弾です。第1弾と第3弾が私の住む綾部を紹介した本で、この本との出会いが、吉野本の制作に繋がりました。

本書のあとがきの冒頭で筆者の蒲田さんも「本書『驚きの地方創生「奈良・吉野のふしぎ現在過去未来」』は、吉野・金峯山寺で長く宗務総長を務められた田中利典長臈とのご縁からはじまったものです・・・」と書かれているとおり、綾部と吉野を繋いだのは私でした。プロローグでは映画監督の河瀬直美さんが、第2章では私も熱く吉野を語っています。是非、ご一読をお勧めします。

https://www.amazon.co.jp/%E9%A9%9A%E3%81%8D%E3%81%AE%E5%9C%B0%E6%96%B9%E5%89%B5%E7%94%9F%E3%80%8C%E6%9C%A8%E3%81%AE%E3%81%BE%E3%81%A1%E3%83%BB%E5%90%89%E9%87%8E%E3%81%AE%E5%86%8D%E7%94%9F%E5%8A%9B%E3%80%8D%E2%80%95%E2%80%95%E5%B1%B1%E3%81%A7%E7%A5%88%E3%82%8A%E3%80%81%E6%A3%AE%E3%82%92%E7%94%9F%E3%81%8B%E3%81%97%E3%80%81%E4%BA%BA%E3%81%A8%E3%81%A4%E3%81%AA%E3%81%8C%E3%82%8B-%E6%89%B6%E6%A1%91%E7%A4%BE%E6%96%B0%E6%9B%B8-%E8%92%B2%E7%94%B0-%E6%AD%A3%E6%A8%B9/dp/4594082343/ref=sr_1_fkmr1_1?__mk_ja_JP=%E3%82%AB%E3%82%BF%E3%82%AB%E3%83%8A&keywords=%E5%90%89%E9%87%8E%E6%9C%A8%E3%81%AE%E7%94%BA&qid=1561964202&s=gateway&sr=8-1-fkmr1

電子出版『修験道あるがままに』シリーズが完結!

 電子出版『修験道あるがままに』シリーズが完結!

この4月から始めた私の処女作『吉野薫風抄』の電子化シリーズですが、今日7月1日に最終編である『修験道あるがままに』シリーズ⑤として刊行・完結になりました。お待たせしました(…誰も待ってないか:笑)。

本シリーズは原作の『吉野薫風抄』を内容に応じて、5分割して電子化しています。⑤はその完結編となります。

シリーズ⑤の所収の文章は16編。
恩師にいただいた初版本序文とあとがきも加えました。

(内容)
 序文⑤
 男女交会の時
 目標設定の勧め
 死に習う
 子供は授かりもの
 布施化粧
 癸亥の年
 お日様のような人
 子供の有難み
 私が印度で得た宝
 釈尊への報恩行
 当たり前の不思議
 回転焼きと母
 自らを灯とせよ
 仏法に生きる

 初校序文

 あとがき

***********

初版本のあとがきに、本シリーズ自体のあとがきも加えています。
ほぼその内容がわかるので、添付しておきます。

 

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 ◇ ◇ ◇

本書の原書となる筆者の処女作『吉野薫風抄』出版から、なんと二十五年の歳月が過ぎた。時代は大きく変わったが、この四半世紀は、私にとって、飛躍・活動の時代だったといえる。その原点こそ、この処女作の中で語った熱い情熱だった。

電子書籍『修験道あるがままに』のシリーズ完結に際し、淺田正博先生の処女作序文と私の初版本あとがきをあえて収録したのは、私のたっての願いである。若き情熱への、原点回帰という意味と受け取っていただければ幸いである。

じつは電子化再編の作業をする中で感じたことがある。それは本編の中で、まるで現在の自分に向けて書かれたのではないかと、胸えぐられる思いを持つような文章に何度も出会ったことである。

四十、五十は洟垂(はなた)れ小僧というのがお坊さんの世界であるが、齢(よわい)六十四歳を目の前に「いよいよ襟を正して生き直せ」と、青年の田中利典から叱責されているような気分で読み直したのだった。そういう意味では今回の電子化は自分の人生を振り返って、あらためておのれと向き合い直す大きな契機となった。それはもう感謝でしかない。

ただ、読者諸氏にはいかほどの評価を得る内容だったのかと危惧してやまない。シリーズ全編を通じて、読んでいただいた方には心よりの御礼を申し上げる次第である。ありがとうございました。

完結編のシリーズ⑤にはその感謝の意を込めて、本来は『吉野薫風抄』には入っていないが、私のお気に入りの随筆「お日様のような人」と「回転焼きと母」など二編を加えた。特に「回転焼きと母」は過去にたくさんの文章を書かせていただいた中で、もっとも多くの人たちに褒めもらったものである。

なお、出版に際して、写真家高橋良典氏、写真提供の金峯山寺、さらに処女作序文の恩師淺田正博先生、再版序文の盟友正木晃先生には、快く本書収録の協力をいただいた。あつく御礼を申し上げます。

またなにより今回の電子化企画立案に着手し、粘り強く編纂作業を遂行してくれた奇友青木実秀氏には心よりの感謝を申し上げたい。末尾ながら、彼なくしては本書『修験道あるがままに』を世に問うことはなかったことを記しておく。

令和元年七月一日 田中利典


シリーズ⑤のAmazonKindleサイト
 ↓
https://www.amazon.co.jp/dp/B07TPBTKKG/ref=sr_1_1?qid=1561906321&s=digital-text&sr=1-1&text=%E7%94%B0%E4%B8%AD%E5%88%A9%E5%85%B8

よろしければご覧下さい。思う以上に時間のかかった電子化でした。

「子供の有難み」『修験道あるがままに』シリーズがついに完結です。

「子供の有難み」
今、私の傍らで我が子が戯(たわむ)れている。原稿が仕上がらず、ねじり鉢巻で苦しむ父の心を知ってか知らずか、ただ無邪気に独り遊びに興じている。可愛いものだとつくづく思う。親であることの有難みを感じるのは、こんなたわいない一時であるのかもしれない。
おれはおまえの親なんだぞ、と偉そうに言っても、子供が居てこその親である。親の有難みというが、子供の有難みというのもあるはずである。わが娘を抱いてみて知ったのは、親の有難みだけでなく、子供を持つ有難みもあることであった。
子育てというが、なにも親が子を育てるばかりでなく、子供によって親自身が育てられているのかも知れない。夜中に熱を出したり、階段からころがり落ちたり、プラスチックを飲みこんだり、この数年の間、いろんなことが起きたけれど、その都度、右往左往して、少しずつ親として成長させられてきた。まさに子供が居てこその、お蔭である。
私は親として、そう大した出来ではないだろう。自分の感情のままに子供を叱ったり、子供相手にムキになったり、全く大人気(おとなげ)ない。子供にとって、こんな親を持つのは災難のようなものかもしれない。
いつかこの稿で、子供は神仏からの授かりものであると書いたことがあるが、その想いは今も変わらないにしても、現実にはついついわがままが出るのである。そしてそんな不出来な親だからこそ、時に子供の有難みに思いを至しているのである。
年末に二人目の子供が生まれる予定である。次は男の子が欲しい、と思う気持ちもあるが、そうかといって、願を掛けるとか、男の子を作るための努力とかは何事もなさなかった。男でも女でもよい、自然のまま、神仏におまかせするのみである。まだまだ半人前の親であるが、子供とともに少しずつでも成長していきたいと思っている。それが我が子への責任であり、私自身が自分の両親から受けた恩に対する責任であろう。
ところで、こういうことを感じられるのも、自分自身が神仏の深い加護の元にあるからに他ならないだろう。子の有難み、親の有難み、そして神仏の有難みに、改めて感謝申し上げたい。
*********
この文章はもう30年近く前に書いたものである。ここに書いている我が子は31歳になったし、生まれてくると書いた子供も、この6月で金峯山寺の学僧生活を無事終え、いまは非常勤で山内に勤めている。30年の月日を感じる。
でもまあ、内容は今でも通用するのではと思うのですけど・・・。とりわけ、日帰り温泉などに行って若い親子連れを見ると、つくづく、私も自分の子供達がいたから親という役目を体験させてもらえのだと、実感するのである。
で、なぜこんな古い文章を披瀝したかというと、4月から始めた私の処女作『吉野薫風抄』の電子化シリーズがようやく編集を終え、7月には最終編である『修験道あるがままに』シリーズ⑤として刊行されるので、早出しで、シリーズ⑤所収の16編の中の1編を紹介したのである。
本シリーズは
①=「信仰・信心について」
②=「山の修行、修験の世界」
③=「花の吉野と金峯山修験」
④=「山伏が世の中に問う」
⑤=「修験僧のひとりごと」
という5つのテーマで、原作の『吉野薫風抄』を内容に応じて、分割して電子化した。
⑤はその完結編である。
乞うご期待です。
シリーズ①のAmazonKindleサイト
 ↓
https://www.amazon.co.jp/dp/B07Q8TMG44/ref=sr_1_fkmr1_1?__mk_ja_JP=%E3%82%AB%E3%82%BF%E3%82%AB%E3%83%8A&keywords=%E7%94%B0%E4%B8%AD%E5%88%A9%E5%85%B8%E4%BF%AE%E9%A8%93%E9%81%93%E3%81%82%E3%82%8B%E3%81%8C%E3%81%BE%E3%81%BE%E3%81%AB&qid=1554123452&s=gateway&sr=8-1-fkmr1&fbclid=IwAR3OkPCc5gD0hEgcc9f7XxWEu3Hlye_PUqNYszmtukegg_PgaFMbjEjnAg8

ゲームチェンジの時代を語る

やや難しいことを熱く語っています。かなり、やばい話もしています。受け狙いなので、お許しください。
公開されていますので、よろしければご覧下さい。

「ゲームチェンジの時代にリーダーはどうやって「信念」「ぶれない軸」を維持すべきか?~石橋義×田中愼一×田中利典×鎌田英治」

様々な業界で起きている「ゲームチェンジ」は、「経営の在り方」に抜本的な見直しを迫っている。変化は、ビジネスモデルの改革に留まらず、人の評価や組織デザインなどマネジメント基盤にも創造的破壊を強いる。遠心力が強く働く時代は、自社の存在意義を再定義し組織の求心力を高める必要がある。だからこそ、組織を導く指針として経営者の信念や軸が何にもまして重要だ。多くのリーダーはそれを認識しながらも、短期的成果へのプレッシャーも強い日々のなか、「自らを支える信念」を明快な言葉に昇華するまで考え尽くしているだろうか。「ぶれない軸」をしっかりと言語化することが放置されてはいないだろうか。経営者が使命を自得(知命)し、ぶれない軸や不動心を確立するとはどういうことなのか?普遍的でありながら今日的なテーマを議論する。

動画はここからご覧下さい。
  ↓
 https://globis.jp/article/6859

ちなみに、私の「ぶれない軸」の話は19分過ぎからはじまります(トークの中なので、東大寺狭川宗玄長老の年齢と名前を勘違いして、間違っています。お許しください)

「菅谷先生、お世話になりました」

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「菅谷先生、お世話になりました」

橿原考古学研究所の所長だった考古学者の菅谷文則先生が亡くなって、今日の午後からお葬式が行われる。残念ながら行けそうにないので、朝のおつとめで、先生のお弔いをさせていただいた。

先生とは大峯山上本堂の発掘調査などで知り合い、とりわけ、平成11年に近鉄本社で社長以下、役員のみなさま総勢100名ほどに集まって頂いて、講演会をさせていただいたときにご一緒してから、以降、なにかとかわいがって頂いた。

実はあのときの講演会が私がパワーポイントで講演をしはじめた最初である。「現代版絵解き曼荼羅やなあ・・・」とえらく褒めて頂いたことが記憶に新しい。あの当時、まだパワポもそれほど一般的ではなく、結構先進だったので、先生もぼんさんがこういうことをやるのに驚かれたようだ。

その後、世界遺産登録やいろんな活動でご一緒したが、10年ほど前には吉野と高野を結ぶ「弘法大師の道プロジェクト」でもご一緒した。ご一緒したというか、この道の策定にはたいへんなご尽力をいただいたのであった。ぎょろ目で大声だった先生の面影が懐かしい。

2年ほどまえ、偶然に定期検診に行く橿原の平尾病院で邂逅したのが最後となった。
お疲れ様でした。ご冥福をお祈り致します。

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「三代目・・・」

「三代目・・・」

うちは父の代に発心をして、修験僧の道に入った。金峯山寺の末葉に入り、宗議会議長なども努めて、地元の綾部に一宇を建てた。自坊の大容山林南院である。

一昨日・昨日はその林南院の恒例の大峯山上参り修行。父が林南院を建てる前から主催していた山修行で、父の代から私に受け継がれ、絶えることなく続いている。

 実は私はこの3月に両膝を壊し、回復するどころかさらに酷くなっていたので、今年の参加は半分以上諦めていた。息子やお弟子さんたちにお任せをして、留守番組に廻ろうかと思っていたのだが、山上ヶ岳本堂の御本尊もご開帳中だし、5月の東南院令和元年記念山上法要も登拝できなかったので、なんとか皆と一緒にという思いもあって、直前まで悩んだ末、意を決して、必死で登って来た。久しぶりの暴雨風での修行となったが、なんとか、全員無事に勤め終えたのだった。

昨日は東南院大祭にお参りし、綾部に帰山。今日はさすがに体中ががたがたである。膝は曲がらないくらい痛い。午後から、針100本以上打つ先生のところで、診てもらうことになっている。

ところで、写真は山上参り精進落としの席でのもの。実は2代目3代目のそろい踏みの写真である。父の一番弟子だったのが四国別院の住職だったK和尚で、やはり私の一番弟子となったK和尚の息子さん。そして20数年ぶりに参加してくれたK和尚の孫に当たるのがその息子さんで、二人が両側。真ん中は私と私の息子。なかなかない2代目3代目のそろい踏みなのである。

こういう形で大峯修行も受け継がれていけばよいと改めて思った。

 

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「吉田拓郎という神様」

「吉田拓郎という神様」
もしかしたら最後になるかもしれない、という吉田拓郎さんのlive73year'sコンサートに行ってきた。予想通りのコンサートだったと思う。歌ってほしいという歌をあえて歌わず(…ほんとにみなが聞きたいという歌は3、4曲くらいしかなかった)、たんたんとして、シュールな時間を、ちょっと複雑に過ごしてきた。不思議な時間が流れ続けた、東京国際フォーラムの2時間半だったように思う。
じつは2012年と2014年、2016年の都内限定ツアーで、東京国際フォーラムでの拓郎さんのコンサートにはすべて参加してきた。以下、その都度書いたブログである。
http://yosino32.cocolog-nifty.com/blog/2012/10/post-8864.html
http://yosino32.cocolog-nifty.com/blog/2014/07/post-a787.html
http://yosino32.cocolog-nifty.com/blog/2016/10/live-2016in-b7b.html
そして2016年以来、3年ぶりの今回・・・。あえてセットリストは書かないが、そのコンサートの感想も、うまく書けないでいる。
仏教では「天人五衰」という言葉がある。神様も衰える、というくらいの意味であろうか。
こう書いてしまうと悲しい話になるが、「吉田拓郎という神様」も五衰の時期を迎えたのだ。というか、吉田拓郎という神様はその五衰さえ、愉しんでいるというふうに理解すべきなのだと思った。そこが、なんとも、吉田拓郎はすごいなあと思うしかなかった。
次はない!とは言わなかった。「僕たちにはつねに未来がある」というメッセージだったのかもしれない。正直、コンサートに集うファン達は私も含めて、年代は高く、未来はないような人間達ばかりでなのであるから(笑)。
だからこそ、シュールであまのじゃくな、「吉田拓郎という神様」の、拓郎らしい終え方なのかもしれないとも思ったのであった。
でも、お互いに、次があることを期待しているのである。
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来週は吉田拓郎さんのラストコンサートin東京国際フォーラムです。

いよいよ、来週は東京国際フォーラムでの吉田拓郎コンサート2019である。

今回のツアーはご本人もラストコンサートだと、ラジオ番組でお話されているので、ファンもみんなそんなつもりで参加している・・・。

すでに市川と宇都宮でのコンサートも無事終え、6月4日には私も参戦する東京国際フォーラムである。で、準備万端、セットリストも入手した。意外な歌も多く、しらない歌さえある。

歌ってほしいなあという歌は、、、予想通り少ない。今回は作詞作曲吉田拓郎の曲しかやらない!と、ご本人も言っていたので、みんなが大好きな、落陽とか春だったねとか外白とか白夜とかはやらないのはわかっていたが、それでも、もうちょっと、あれやってよ、とか、あれ最後に生で聞きたいなあとか・・・という思いはある。

あるのだけれど、でも、いいんだ。コンサートに行けるだけで幸せだし、文句など、ない。ないどころか、まだまだ深い拓郎さんの歌の世界をのぞき見る感じで、期待感大なのである。

実は3年前のコンサートにも参加させて頂いて、書いたブログがある。
 ↓
http://yosino32.cocolog-nifty.com/blog/2016/10/live-2016in-b7b.html

ここで、書いているとおり、もうこれで拓郎さんの生のコンサートは見納めかなあと、覚悟していた。だから、ほんまに嬉しい。

たくちゃんは私の9つ上。63を過ぎて、寄る年波を日々感じる生活の中で、たくちゃんのなんともいえない歳の生き方はほんまに実感するし、あの神様が歳を重ねてこんなになるんだと教えられている。

って感じで、6/4、楽しみだなあ。

 

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予約開始・・・「修験道あるがままに」シリーズ④

修験道あるがままに(吉野薫風抄シリーズ④) 若き日の師の言葉に心が晴れる Kindle版の予約販売がはじまりました。DLは6月1日から出来ます。

https://www.amazon.co.jp/%E4%BF%AE%E9%A8%93%E9%81%93%E3%81%82%E3%82%8B%E3%81%8C%E3%81%BE%E3%81%BE%E3%81%AB%E2%91%A3-%E8%8B%A5%E3%81%8D%E6%97%A5%E3%81%AE%E5%B8%AB%E3%81%AE%E8%A8%80%E8%91%89%E3%81%AB%E5%BF%83%E3%81%8C%E6%99%B4%E3%82%8C%E3%82%8B-%E7%94%B0%E4%B8%AD%E5%88%A9%E5%85%B8-ebook/dp/B07S8P5RBH/ref=pd_ecc_rvi_2

ちょうど、平成から令和への時代の節目に、こういった作業をさせていただいていることにとてもありがたさを感じている。

以下、シリーズ④の後書きを少し、書いておきます。

************

「あとがき」

時代は昭和・平成から令和の御代に変わった。

その昭和の後半から平成の時代にかけて、世の中は劇的に変化した。日本歴史上初、いや人類史上初とも言えるような劇的な変化が起こっていると言ってもいいだろう。高度な物質文明社会の現出、そして過度な情報化社会の幕開けである。それを私は「当たり前すぎる」社会の到来だと思っている。

食べ物があって当たり前、電気があって当たり前。寒いときには暖房、暑いときには冷房が当たり前。子供が育って当たり前、医療があって当たり前、命が大事にされて当たり前。情報が共有されて当たり前、車・持ち家・携帯電話・パソコンがあって当たり前。自分の権利を主張して当たり前などなど、書き出せば尽きない。

そんな当たり前の時代を、過去の人類はすごしたことなど滅多になかった。さらに日本では、平和が維持されて当たり前の時代を七十年以上も過ごしてきている。でも本当は、人は簡単に死ぬし、食べ物もいまのような豊富さで、国民全体が享受した時代などなかったわけで、生活環境や社会の構造も爆裂的に改善されてきたという証左であろう。

さて、その「当たり前」が令和の時代も続くのだろうか。いや、続くことが当たり前になっているだけに、続かなければ、極めて不幸な時代を迎えてしまうことになろう。考えてみれば、末恐ろしい気持ちになる。

昭和の終わりから平成の初めにかけて執筆した本書の原書『吉野薫風抄』には、その当たり前になりつつある世の中に、修験僧として警鐘を鳴らしたり、ぼやいたりした文章がいくつかある。いや、そういう世相に、宗教者としてどう取り組むべきかに懊悩している文章でもある。このシリーズ④はそれをテーマにまとめることとなった・・・(以下、続きは本をご覧下さい)

************

シリーズ①が4/1、シリーズ②が4/20、シリーズ③が5/1と順調に発刊してきましたが、今回はやや遅くなりました。過去の自分の文章といえ、テーマごとに編集し直しているので、なかなかやっかいです。

でも、最終の⑤も6月中には編纂を終えたいと思っています。よろしくお願いいたします。

 

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「やりかけのことばかり・・・」

「やりかけのことばかり・・・」

見ようと思って録画した映画はもう100本くらい貯まっている。ビデオ録画に入ったままのドラマやドキュメンタリーもずいぶんある。「西郷どん」などは4月から12月までの分を録画したまま、まだ全然追いついていないのに、今の大河「いだてん」も第5回目までみただけであとは貯まってしまっている。

読みかけの本も5~60冊は手元にある。ここ2ヶ月の間でも5冊買って、3冊は読みかけで止まっている。

なんでこんなに中途半端なのだろうとつくづくイヤになる。

金峯山寺の総長時代と違って、いまは時間もかなりある。というか、あの頃の私ってほんとにどうかしてたとしか思えないような毎日を過ごしていた。

しかし、人間というのは時間が出来たからと言って、余暇を楽しむとか、有意義に過ごすとか、そういうことはなかなか出来ないもので、かえって時間があると思うほど、仕事のペースは落ちて、思うようにことは運ばない。

やりかけの「修験道あるがままに」のシリーズもようやく④に手を入れ終えたが、まだあと⑤が残ったままである。これくらいは6月中にやり終えなければ。そういや、東大寺グレイトブッディストシンポジュウムの講演録も、締め切りが先だというのでほったらかしになっているなあ・・・。

で、表題の、やりかけのことばかり・・・と、ぼやくはめになってしまう次第である。

*写真は今日の、自坊の空。青い空です。

 

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