Yahooのニュースに出ている田中利典インタビューの最終回

民衆信仰「修験道」の過去・現在・未来(下)
 『修験道という生き方』(新潮選書)共著者・田中利典師インタビュー

先週配信された、新潮社のフォーサイトの掲載記事の続きです。今回の記事も8/10までなら全文読めます。お早めにお読み下さい。


 https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190804-00545700-fsight-soci

8月15日は林南院施餓鬼法要

「盂蘭盆会・先祖供養施餓鬼法要のご案内」

暑中お見舞い申し上げます。命に関わるような暑さが続きます。みなさま、熱中症にはご注意を。今朝は私もすんでのところで持ち直しましたが、倒れる寸前でした・

さて今年も盂蘭盆会の時期を迎えました

自坊林南院でもは開山以来、本堂位牌壇にて有縁の檀信徒各家の先祖代々並びに縁深き諸尊霊御供養のため、盂蘭盆会・先祖供養施餓鬼法要を勤めております。

よろしければご参拝くださいませ。回向ご供養も申し受けます。

   記


日時 8月15日午前9時半より

場所 大容山林南院脳天堂前

 

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「天狗と山伏」最終回

【天狗と山伏】(終) 講師/金峯山寺長臈 田中利典

4日続けて投稿してきました講演録の最終回です。

さて時間もそろそろ迫ってきましたが、せっかくですからね、地元奈良の天狗を調べました。奈良で天狗に関わるどんなお話があるかなと思いまして…。

ありましたね。ただし調べただけで実際に私は見たことはないので、詳しいわけではない、ということを最初にお断りしておきます。で、奈良で天狗祭というと、飛鳥坐神社のおんだ祭が代表格でしょう。御田植祭なのですが、天狗とおたふくが子作りをするという話です。衆人環視の中でセックスをする、すごい奇祭です。そういう行為を模した儀礼があるのです。これは天狗面の猿田彦が主役。猿田彦の奥さんは天鈿女命(アメノウズメ)さん。なかなかユーモラスな女の人なのですが、これがお多福さん。猿田彦と天鈿女命との子作りが飛鳥の御田植祭の見せ物のひとつで、正常位での子作りの行いがある。まあ、子供の前では言えない話ですよね。

 

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次に長谷寺に天狗杉というのがあります。これは長谷寺第一四世の能化(管長)英岳大僧正が、いたずらをする天狗を懲らしめるため天狗の住処となっていた大木の杉をみんな切ろうとしたのですが、一本だけ残してやった。そういう逸話が伝わっています。それが天狗杉で、今でも長谷寺には残っているそうです。

それから天狗の喧嘩。今回の妖怪マーケットの展示でも出ていましたね。月ヶ瀬村にある神野山の天狗と、伊賀の青葉山にいた天狗とが喧嘩をし、神野山の天狗が青葉山の天狗をたいへんおこらせてしまった。それで青葉山の天狗はさかんに石塊を神野山の天狗に投げつけた。神野山の天狗は弱いふりをしてほうっておいた。青葉山の天狗はそれにつけこんで、手当たり次第に石塊や芝生をつかんで投げた。そのため伊賀の青葉山には岩も芝生もなくなり、はげ山になってしまったが、大和の神野山は石くれが集まって鍋倉渓ができたり、山頂が芝生になったりして、きれいなよい山になった、という伝説です。

私の地元の吉野でお祀りされている天狗の話もしておきます。吉野山の喜蔵院と櫻本坊に天狗さんがおられます。画像が喜蔵院の天狗で、大峯大天狗という。ちょっと伝承が怪しいのですが、住職にお聞ききした話によると「いやわしもな、先先代から聞いているんだ」ということなので、たぶん先々代の先代さんくらいから伝わった話のようです。江戸時代末でしょうか。大峯山で修行していた山伏にすごい霊験があって、山で薬草であるとか、いろんなものを見つけてきて人々の病気を治しり、人助けにいろんなことをした。この行者さんがのち天狗として祀られるようになり、この天狗にお参りするとご利益を頂けるというので、喜蔵院でお祀りするようになったとのこと。今は喜蔵院の大峯大天狗と名付けられ、お寺にお参りすると御朱印もいただけるそうです。

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喜蔵院の近くに、櫻本坊というやはり山伏のお寺があります。ここには先ほどの天狗経にでてきた48の天狗の中の「吉野皆杉小桜坊」という天狗が祀られています。ここに行くと48天狗のお一人に会う事ができるわけであります。

私はだいたい言われた時間通りに終わるのが信条です。最後にせっかく山伏の世界を天狗に絡めて知って頂いたので、山伏の世界をビジュアルに感じて頂ける映像を用意しました。山伏の世界、山の行の世界をぜひ見て頂ければと思います。
♪ 映像放映
これは、奈良テレビが、世界遺産5周年の記念番組で同行取材をしてくれ、その時に六田知宏さんという奈良県出身のカメラマンが撮ってくださったものです。今も山伏修行というのはこうやって続いていて、大地にまみれながら修行している。そういう世界は今日のテーマである天狗の世界とどっかでシンクロをしているように思います。

で、最後の最後に天狗さんが私に気づかせてくれたちょっと難しい話をしておきます。先ほど、グローバルとグローカルというお話をしました。グローバルとは近代以降、欧米で起こった一つの価値観。それは資本主義とか市民社会とか国民国家とか、これが普遍的なものであるとした近代思想なのですが、これによって世界中が覆いつくされるようになった。グローバル、ユニバーサルとして…。

ところが欧米で生まれたそういう価値観が本当に普遍的なのでしょうか。何年か前に数学者の藤原正彦さんが「国家の品格」という本の中でこのように申されていました。「いくらチューリップが美しいからと言って、世界中をチューリップにしてどないするんや」と。桜が似合う国、サボテンの花が似合う国、ブーゲンビリアの花が似合う国、それぞれの国柄、土地柄があってしかるべきで、いくらチューリップが美しいからと言って、地球全部をチューリップにする必要はない。

グローバル世界というのはそういうチューリップ一色にするという事なのです。そこら中、ケンタッキーフライドチキンとマクドナルドのハンバーガーになってどうするのだということを考えないといけない。奈良には奈良の、吉野には吉野のおいしいものがあってしかるべき。今、世界中がグローバル経済という事で、一つの価値観がいろんな国の風土・歴史を踏みにじってきている。経済だけを優先する社会、そういう現況を目の当たりにします。

たとえば、あのフクシマの原発事故によって、周辺の土地だけでなく、そこの歴史、そこに生きた先祖、そして神、仏。すべてが壊されている。物質文明社会を生み出した近代化のひとつの究極が原子力発電とみるなら、グローバルなものとして作り出した末に導いた哀れな姿なのではないでしょうか。そういう時代だからこそ、私達はもう一度立ち止まって、それぞれの国柄、土地柄、風土というのを大事にしなければならないと思うわけです。

実は天狗や妖怪というのはその土地の背景、風土、歴史が作り出していたものです。冒頭にいいましたように天狗や妖怪は実在はしません。いたら必ず動物園にいます(笑)。実在はしないながら、ただし、事象として現象として確かにあるわけで、それを語り繋いできた時代とかその歴史背景とか風景とか、そういう事の方がよほど人類にとって普遍なものなのだと私には思えるのです。そういう普遍性を失って、欧米人が作ってきた価値観だけを増やし続けるは間違いなのではないか。だからグローカルがキーワードだと言ったのです。今さらグローバルな世界を、元のローカルだけの世界に戻すことはできないにしても、グローバルなものを生かすのはローカルなもの、その土地に生きる人々の風土や国柄との和合があってこそなんだと、いいたいのです。今こそ、天狗や妖怪の話を取り戻さなければいけない時期を迎えているのではないでしょうか。

最後にまとめます。「ゲゲゲの鬼太郎」は偉いのです。水木しげるさんが「ゲゲゲの鬼太郎」をお書きになって、妖怪の世界を紹介をされて以来、妖怪ブームが実は何度か周期的に来ています。今まさに“妖怪ウォッチ”という新しい妖怪のツールも出てきて、妖怪の世界が脚光を浴びていますが、これには意味があります。じつは欧米人が作り出した価値観の根底には、人間の英知で全部の事象を理解できるとしたものであります。理解できないものは迷信であると葬ってきました。でもね、人間が理解できる真理というのはごくわずかなのです。どれだけ科学が発達しても、森羅万象には人間が理解できないことの方が遥かにたくさんあるわけです。これはずっとこれからもそうなのだと思っています。その、人間には理解できない世界があるという事を、妖怪や天狗が教えてくれているとするなら、妖怪や天狗の世界を大事に保っていくというのは極めて大きな意味があると私は思っています。

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日本は世界の中で妖怪の数が際立って多い国です。もちろん、“ムーミン”とか“麒麟”とか世界中はにいろんな妖怪はいます。でも、日本ほどたくさんの妖怪がいる国はないのだそうです。これは日本が多様なものを多様のまま守ってきたという一つの証なのです。その象徴が天狗や妖怪の世界だと私は思います。今回、天狗の話を調べさせて頂くほどに間違いないなと思った次第です。

もう一つだけ、おまけ…。今はね、情報過多な世界です。私も結構情報ツールを使いますから、毎日毎日いっぱい情報を得ます。もう要らんような情報ばかりです。朝からテレビ見ていても、一生行かないようなモスクワの天気とか、リオデジャネイロの天気とかやってます。そんなものいらんのです。そんな外国の天気より今朝の奥さんのご機嫌を予報してもらう方がよほど役に立ちます(笑)。でも我々は必要な情報よりもいらない情報をばかりを、朝から晩までどんどんどんどん与えられている。

もっというと、情報というのはいくら得ても何にもならんのです。情報が知恵になり、生きる力になるのは、実は情報が物語になったときです。そのとき我々の中でその知った情報が意味をなしてくる。妖怪の世界、天狗の世界というのは実は物語の世界です。物語にされることによって我々は何かを得る。情報過多の世界に生きていく我々は、これからは物語ー自分が得た情報をどう自分の中で物語としていくかが大事。そういう物語をする世界を妖怪の世界はずっと持ってきましたから、妖怪の世界を知ることによって物語することの大事さを知るのではないか。そういうことも思いました。

天狗と山伏という話でこんなに二つもすばらしい結論を見出すことができたのは、ひとえに皆さんのおかげだと思います(笑)。ちょうど時間となりました。天狗の話をきちんと出来たかどうかわかりません。まあ少なくともお前は天狗になっていると偉い人からよく怒られるのですが、そういう鼻高天狗が、よくわからない天狗の話をしたと、今日はそれに免じて頂いて、私の時間とさせて頂きます。ご静聴ありがとうございました。(拍手)

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以上です。たいへん長い長い講演録でしたが、最後まで読んでいただいてありがとうございました。

講演してから一年近く、文字起こし原稿を忘れていました。もっと早く文章化していれば楽だったのですが、すっかり内容を忘れたころに手を入れたので、ずいぶん苦労をしました。つまり世間に初めてお披露した原稿です。いろいろ突っ込みどころ満載の内容ですが、ともかく書き終えることが出来てほっとしています。ご感想などいただければ幸いです。

「天狗と山伏」⑤

【天狗と山伏】⑤ 講師/金峯山寺長臈 田中利典

昨日からの続き・・・。今日のところはいつもの修験道の解説なので、読み慣れた方は飛ばしてもらってもよいかも。
第6回最終章はなぜ私が天狗の話をしたかのコアな部分ですので、この次はご期待下さい。


天狗のこと、ちゃんとお話ししたでしょ?JAXAでの講演・「宇宙飛行士と山伏」の時は、宇宙飛行士の話は全然していませんから、今日の「天狗と山伏」は特別です。で、ここからは山伏の話…。

開祖は役行者。今から1300年昔に、吉野の金峯山寺から南に24キロ参りますと、大峯山山上ケ岳という修験道の根本道場があります。ここで役行者は1000日の修行をされ、祈り出されたのが御本尊の金剛蔵王大権現様です。これをもって吉野修験では修験道自体の始まりとしておりますが、その修験道・山伏道とは何かと申しますと、まず第一は、山の宗教、山伏の宗教であるということ。山や大自然を道場に修行をする宗教です。少し映像を見て頂きます。
~奥駈映像~
これは我々が、吉野から熊野にかけて修行する大峯奥駈修行という修行の映像ですが、我々は年に何度か山の中に入って修行する。大自然が修行の道場である。しかも大自然を聖なるものの住まう場所として、祈りながら拝みながら歩く。そこには神仏との出会い、畏れとの出会いがある。そうすると、山には聖なるものもいますが、天狗みたいな存在もいるし、山伏自身が天狗のような存在になっていったというのもあろうかと思います。今、見て頂きましたが、山伏の衣装というのは天狗の衣装を着けているわけでございます。いや、天狗が山伏の衣装を着けている。まさに天狗としての山伏がそこにいると言えるのではないか。また天狗のような異界の力を得るというのも、修験道の修行による力といえます。

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次に修験道というのは実践の宗教であるということ。画像は大峯山山上ケ岳の西の覗きという断崖絶壁から吊るされる行。断崖絶壁から身を吊るされて体で覚えていく、滝に打たれたり、座禅もしたり、そういう実践の宗教が修験道です。ですから修験の話をする時はいつも言うのですが、いくらここで話をしても本当のところはなかなか伝わらない。実践しないと伝わらないのです。ちょっと山念仏をみなさんでやってみましょう。
~懺悔懺悔懺六根清浄 ♪
良くできました。行中、山坂道にさしかかりますと、必ず先方から懺悔懺悔六根清浄の声があります。それに気持ちと心と声を合わせてお唱えするうちに、一日10-12時間も歩くという辛い修行がいつの間にか達成出来ている。大峯の峻険な山々を登れている。そこには心が解放される世界がある。実践の宗教でないと味わえない世界なのです。これが山伏の修験道の世界。

もう一つ、神仏習合の宗教であるということ。先ほど、天狗が出てくるのは実は仏教と神道が出会って、神仏混合という山岳信仰の形の中で育まれたものが、山の神様を天狗として崇めるようになったという話をしましたが、日本人というのは神も仏も分け隔てなく尊んできたわけです。特に修験道は八百万の神も八万四千の法門から生ずる仏もお祀りしている。いや、私どもの御本尊の金剛蔵王権現という融合した尊像まで祈りだしてきた。我々のご本尊蔵王権現様は、お釈迦様、観音様、弥勒様が権化して、大峯の岩を割って出現されたという伝えですが、神と仏が融合した権現さまであります。これは吉野だけではなく、熊野は熊野三所権現、石鎚は石鎚権現、彦山は彦山権現、そして白山は白山妙理権現、羽黒山は羽黒権現などなど、日本中の霊山には権現の信仰があるのです。その権現の信仰と天狗の信仰というのは、重なるようにして広がっていったという事ができると思います。

さらにもう一つの特徴として修験道は優婆塞(うばそく)の宗教ということがあります。優婆塞というのは、四衆のひとつです。ししゅうというても、アップリケの刺繍ではなくて、四つの宗教者のカテゴリー(笑)。比丘(びく)比丘尼(びくに)、優婆塞(うばそく)優婆夷(うばい)のことをいいます。出家した行者の事を比丘という、女の人が比丘尼ですね。それに対して在家のままで仏道を行ずる人の事を優婆塞、優婆夷といいますが、修験道を開いた役行者は生涯、優婆塞であった。我々は役行者を拝むときに、「おんぎゃくぎゃくえんのうばそくあらんきゃそわか」とこのようにお唱えします。この優婆塞の役行者自体を天狗とする信仰も後々生まれてきます。つまり、山伏が天狗であるというようなイメージが長い年月の中で日本人の中で作りあげられてきたわけです。

修験の教えの中で大事な事は山で修行することなのですが、山で修行してそこで終わりではないのですね。山で修行してそのまま山に住み続けるとそれは山伏ではなくて、仙人とか神そのものになっていくわけで、山伏というのは山で修行した力を郷(さと)で活かす。つまり、優婆塞宗教、民衆の中で活かして行く宗教なのです。ですから、天狗信仰というのは山で生まれる信仰でありますが、民(たみ)の中にもさまざまな形で入ってきた。まさに山伏信仰の在り様が天狗の世界を作り上げてきたとも言えるのではないかと私は思っています。

ここでちょっと難しいことを言いますと、修験というのは「全国の7割以上を山が占める我が国において、人は古代より山は神仏やそれが今世界であると考え恐れを持って、仰ぎ見ている。そして、その世界に入るということは聖なるものに触れるという宗教意識を見出した入山であった」。もともと山というのは遠くから拝むものだったのですが、仏教が入ってきて、道教が入ってきて、山で修行する人が現れてくると、聖なるものに触れるために山に入っていく。そして、「そういう基層の部分に深くかかわるのが修験道であり、神仏混合の宗教観である。日本古来の山岳信仰に神道や外来の仏教道教陰陽道などが混淆して成立した我が国固有の民俗宗教が修験道である」ということができると思います。

ただそういう一般的な理解の修験道という、そんな完全な形のものは存在していなくて、いわゆる極めて日本的な、ちょっと難しい言葉でいうとグローカルな宗教が修験道だと私は思っています。これは天狗もグローカルだということ。

グローカルとはなんじゃらほいという事になりますが、グローバルという言葉があります。グローバルな宗教、これを世界三大宗教といいますが、それはキリスト教、イスラム教、仏教を指します。本当は仏教よりヒンドゥー教の方が圧倒的に教徒の数は多いのですが、ヒンドゥー教はインドでしか存在していなくて、ここであげた世界三大宗教は、世界的規模で広がった宗教という意味を指します。それがグローバルな宗教。

グローバルというのは一つの価値観が世界中に通用する、普遍的な広がりと持つものという欧米人が考えたことなのです。グローバルとかユニバーサルはそういうものが地球全体の普遍であるという考えもとに、世界的に発展したという意味なのですね。そのグローバルな宗教という三大宗教でいうなら、仏教はグローバルな宗教になるわけですが、それに対して神道は日本で生まれたローカルなもの。この国で生まれてこの国の人たちが大事に守ってきた信仰、信心なのです。これは日本土着のローカルな宗教です。

先ほどから述べてきました神仏習合というのはそのグローバルな仏教とローカルな神道とが重なり合ってでてきたものですから、グローバルとローカルが足されて生まれたいわゆる“グローカル”な信仰となります。このグローカルがこれから21世紀の中で大変な課題になるいわれていますが、そういう世界的なものと地方的なものが一体になって考えて行くのが大きなキーワードとして生まれてきています。

で、本題の天狗ですが、天狗は説明してきたようにもともと中国で生まれたものです。中国で生まれた文化というのは古代や中世においては、世界的な規模のある種グローバルな文化であったわけです。それが日本に入ってきてローカルなものと出会って、神仏習合のような、さまざまな文化を生み出してくることになりますが、天狗もまた、まさにグローカルな民衆信仰の中でいろいろな日本的発展で生まれてきたものだという事になるのではないかと私は思うわけです。

「天狗と山伏」④

【天狗と山伏】④ 講師/金峯山寺長臈 田中利典

さらに、さらに昨日の続き・・・。

いろんな天狗がいるわけです。で、神様としての天狗と言うとね、ここにおられる方は教養の高い方なのでイメージ出来ると思いますが、これはやはり能楽に行われる鞍馬天狗。明治維新に活躍する倉田典膳の鞍馬天狗とは違いますよ(笑)。

その鞍馬天狗ではなくて、室町時期には成立する能楽に登場する鞍馬天狗ですね。先日、能楽師の先生にお願いして、この鞍馬天狗の一節を収録させていただきました。鞍馬天狗という能楽・謡いは牛若丸が鞍馬山で天狗から武芸ひととおりの手ほどきをうけるというくだりがあるのですが、天狗が手ほどきをする時に、部下としての天狗、全国の天狗を総揃えさせるというシーンがあります。そこの部分を収録して参りましたので、聞いて頂きたいと思います。

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♪ ~能楽~
 後シテ「そも/\これは。鞍馬の奥僧正が谷に。年経て住める。大天狗なり。
 地「まづ御供の天狗は。誰々ぞ、筑紫には。
 シテ「彦山の豊前坊。
 地「四州には。
 シテ「白峯の。相模坊。大山の伯耆坊。
 地「飯綱の三郎富士太郎。大峯の前鬼が一党葛城高間。よそまでもあるまじ。邊土にお     いては。
 シテ「比良。
 地「横川。
 シテ「如意が嶽。
 地「我慢高雄の峯に住んで。人の為には愛宕山。霞とたなびき雲となつて。月は鞍馬の      僧正が。
 地「谷に満ち/\峯をうごかし。嵐こがらし滝の音。天狗だふしはおびたたしや

ここには八大天狗が出てきますが、神さまとしての代表的な天狗というと、愛宕山の「太郎坊」、飯縄権現「三郎坊」・秋葉山の「三尺坊」、鞍馬山の「僧正坊」(鞍馬天狗)、比良山の「次郎坊」、比叡山の「法性坊」、英彦山の「豊前坊」、筑波山の「法印坊」、大山の「伯耆坊」、葛城山の「高間坊」、高雄山の「内供坊」、富士山の「太郎坊」、白峰山の「相模坊」などが有名どころですね。

さきに少しお話ししました飯綱の三郎坊とは、静岡・秋葉山の「三尺坊」の天狗さんと同じで、なんとこの秋葉神社が東京の秋葉原の語源なのですね。これは過去の話ではなく、今日の日本の民衆文化の中に息づいています。つまりAKB48(エーケービーフォーティエイト/画像あり)ですよ。秋葉原で生まれたこの女性ユニットのグループたちは秋葉山権現に繋がっていたのです。秋葉山権現は火伏の神様として、江戸期には全国に信仰が広がるのですが、特に江戸はたびたび火事が起きましたから、この火伏の神様を大事にして、秋葉原に静岡から秋葉神社を勧請したのが、秋葉原の始まり。つまりAKBの秋葉は秋葉権現なのです(AKBの名前の語源はグループを企画した秋元康さんたちの頭文字らしいですが…)。AKBは天狗なのです。なんと天狗文化はAKBまで繋がっている。ぼーっとしていたらチコちゃんに怒られると言うわけ。「ぼーっと生きてんじゃねえよ」と(笑)。AKBはもしかしたらオタクな男たちをたぶらかす、現代版女天狗の化身かもしれないですよ(笑)。

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で、全国にはもっとたくさんの天狗がいて、江戸時代に成立する天狗経には48天狗が数えられています。一覧にすると以下です。①秋葉山三尺坊 静岡県(秋葉山)②浅間ヶ嶽金平坊 群馬県(浅間山)③愛宕山太郎坊 京都府(愛宕山)④天岩船壇特坊 不明 ⑤醫王島光徳坊   鹿児島県(硫黄島) ⑥石槌山法起坊 愛媛県(石槌山)⑦厳島三鬼坊 広島県(宮島弥山) ⑧飯綱三郎 長野県(飯綱山) ⑨上野妙義坊 群馬県(妙義山) ⑩越中立山縄垂坊 富山県(立山)⑪大原住吉剣坊 鳥取県(伯耆大山剣ヶ峯)⑫笠置山大僧正 京都府(笠置山)⑬葛城高天坊 奈良県(主峰金剛山) ⑭鬼界ヶ島伽藍坊 鹿児島県(種子島)⑮熊野大峯菊丈坊 奈良県(大峯山菊ノ窟) ⑯鞍馬山僧正坊 京都府(鞍馬山)⑰黒眷属金比羅坊 香川県(金比羅山) ⑱高野山高林坊 和歌山県(高野山)⑲高良山筑後坊 福岡県(高良山) ⑳太宰府高垣高森坊 福岡県(竃門山)㉑紫黄山利休坊 茨城県(紫尾山) ㉒白髪山高積坊 高知県(白髪山)㉓白峰相模坊 香川県(五色台白峰) ㉔象頭山金剛坊 香川県(象頭山) ㉕高雄内供奉 京都府㉖都度沖普賢坊 島根県(隠岐島) ㉗天満山三万坊  岐阜  ㉘長門普明鬼宿坊  山口県 ㉙那智滝本前鬼坊  奈良県、和歌山県  ㉚奈良大久杉坂坊 不明 ㉛日光山東光坊 栃木県(日光山) ㉜新田山佐徳坊 群馬県(金山)㉝如意ヶ嶽薬師坊 京都府(如意ヶ嶽) ㉞羽黒山金光坊 山形県(羽黒山)㉟ 板遠山頓鈍坊 不明 ㊱叡山法性坊 京都府(比叡山)㊲肥後阿闍梨 熊本県(金峰山) ㊳彦山豊前坊 福岡県(英彦山) ㊴常陸筑波法印 茨城県(筑波山)㊵日向尾畑新蔵坊  宮城県 ㊶比良山治朗坊 滋賀県(比良山) ㊷富士山陀羅尼坊 静岡県(富士山)㊸伯耆大仙清光坊 鳥取県(伯耆大山) ㊹御嶽山六石坊 長野県(御嶽山)㊺妙義山日光坊 群馬県(妙義山) ㊻妙高山足立坊 新潟県(妙高山)㊼横川覚海坊 京都府(比叡山)㊽吉野皆杉小桜坊 奈良県(吉野山塊)

秋葉の三尺坊から、ちょっとあとでふれます吉野の小桜坊まで48の天狗さんです。とにかく、日本中に天狗が神様として祀られ、人々に大きな力を与えたり、あるいは人々をあやかした。そういう存在としての天狗があったのです。そしてじつはこの天狗信仰を広めたのが山岳信仰、山伏信仰なのです。

「天狗と山伏」③

 【天狗と山伏】③ 講師/金峯山寺長臈 田中利典

さらに昨日の続き・・・。

天狗にはさらにもう一つの類型があります。天狗は本当にややこしいのです。次は4番目に類型となりますが、怨霊としての天狗。

なにせ日本は怨霊信仰が大変盛んに行われます。怨霊信仰はのちに天神様となる菅原道真公の怨霊を筆頭に、たくさんの人々が祟り神や怨霊となって、大きな災いをもたらすわけですけれど、人間が化した天狗というのがあります。即ち増長した僧や恨みを持って死んだ人間が、怨霊化したという天狗なのです。

この天狗の中で一番有名な方が崇徳上皇です。天狗の王と言われている崇徳上皇は、鎌倉時代の保元の乱にかかわる天狗様ですけれども、怨霊をもってお亡くなりになり、これが、天狗になって災いをなした。『保元物語』『源平盛衰記』(鎌倉初期)には、崇徳院は怨念の為に、経文に血で呪文を記し、生きながら天狗となったとあります。

要約すると、父の鳥羽上皇から疎まれ不遇の時を過ごした(母は鳥羽院の皇后璋子であるが、実父は鳥羽天皇の父白河法皇と言われている)崇徳院は、異母弟である後白河天皇との対立から保元の乱を起こす。いささか気の毒な身の上ですよね。しかしながらこの戦には敗北し讃岐に流される。せめて、自らが写した経典だけでも都へ帰して欲しいと大乗経を都へと送るが、後白河方によって突き返されてしまう。「後世のためにと書きたてまつる大乗経の敷地をだに惜しまれんには、後世までの敵ござんなれ。さらにおいては、われ生きても無益なり」と絶望した崇徳院は髪も爪も切らず、生きながら凄まじき姿へと変貌したという。院は「日本国の大魔縁となり、皇(すめらぎ)を取って民となし、民を皇となさん」と舌の先を食いちぎり、その血を以て大乗経に呪詛の誓文を記して海に沈めた、と伝えられています。画像にもあるとおり、げに恐ろしき大天狗さんです。

 

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もう一つは他界の天狗。江戸期になると、今までの類型ではなくもっと身近に天狗が出てくるようになる。民間伝承の中で語られる天狗さんです。それは異界の天狗たちのことで、山で出会ったり、神隠しを行ったり、高位から来往をする天狗さんたちです。江戸時代には、子供が隠されたり、山に行くと変な天狗の笑い声が聞こえたり、天狗のはやしが聞こえたり、太鼓が聞こえたり、天狗の揺さぶりがあったり、天狗倒しがあったり、天狗沢と言われるところがあったり、天狗石があったり、天狗岳があったり、人々の生活に密着した形で天狗という形が出ている。

ことほどさように、調べれば調べるほど、天狗ってよくわからないな、と思いながらお話ししています。いろいろ調べた結果、井上円了さんとか柳田国男さんとか水木しげるさんとか、いろんな方が妖怪の天狗について書いておられるのですが、今日の話は「妖怪天狗覚書」というという所から引いて、まず類型の話をしました。で、今日はその全部の類型ではなく、3番目に語った山神としての天狗についてもう少し詳しくお話をします。いわゆる、みなさんが想定する山伏姿の天狗さんです。神・妖怪としての天狗です。

妖怪や天狗についてのご高説は井上円了さんや最近は小松和彦さんが有名で、いろんなふうに天狗を語られています。かの柳田国男さんは落ちぶれた神が妖怪だと言われる。そこまで言って良いかわかりませんが、霊格が落ちた神が妖怪であるというのはよくわかる。人が祀る、祀ることによって人にご利益が得られるものが霊格のよい神である。そうじゃなくて、人に災いする。高位から人に災いをなして、あまり人から祀られていないような存在。それが妖怪。そういう意味で、天狗さんというのは日本三大天狗のように、神として祀られるもあるし、妖怪として存在するものもある、といえるでしょう。

 

 

つまり、天狗は神と妖怪の間の両面を持ったものである、という要素がある。いわゆる皆が知っている妖怪は、赤ら顔の鼻の高の天狗であります。天狗は赤い顔で鼻が高くて、山伏の服装をしていて、山伏と同じように梵天袈裟をつけて、頭襟をつけていたりします。手には団扇を持つ。山伏の装束は不動明王の聖の姿を象ったものですから、神の力をみることとなります。ですから、この後申し上げます山伏と、山の神はよく似ているわけです。

 

 

えーと、山と神というとこれがまたややこしい。猿田彦の話です。今の天皇様の元始であるとされる天照大御神、天上界におられる天津神の神様方ですね。この天津神が高天原から、天照大御神の命を受けた邇邇藝命(ににぎのみこと)が高千穂の国に降りたちこの国をいくいくは治められるのですけれど、そのとき、お迎えしたのが地上界の国津神である猿田彦(猿田毘古)。そういう、猿田彦が天津神をご案内したという神話があるわけですけど、その猿田彦も山の神として天狗のイメージの中に入っている。

 

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調べていくともっとややこしいのが、日本にはユダヤ人が来ている伝説。秦氏というのはユダヤ人だったという事も言われていますね。その外国から来た人たちのイメージも天狗のあの異形の姿には内在をしている。異界のものが天狗なのです。

じつは天狗に限らず、いろんなものがごちゃ混ぜになって、できあがっているのが日本の文化。後で申し上げますが、いろんなものが内在して幾層にもかかわってきたのが日本の文化で、その一つの象徴がこの天狗という存在なのだと思い当たったのです。またもともとあった古神道に関わる国津神の猿田彦信仰なども内在している。天狗が鼻高なのは猿田彦と同じ姿ですし、欧米的ユダヤ外国人という、そういうものさえ全部こう混ぜこぜになって存在してきた妖怪天狗、神の天狗であるといえるわけです。

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魔王と言いますと大天狗。大天狗というのは、神様のように皆が信仰していくくらい力のあるもの。で、小天狗。いわゆる烏天狗とか木の葉天狗とか言われるもの。女天狗というのもいるそうで、まだ私は出会った事ないのですが、天狗のような女性にはあったことはあります…(笑)。

「天狗と山伏」②

【天狗と山伏】② 講師/金峯山寺長臈 田中利典

・・・昨日の続き。

最初のカテゴリーは、原型ですね。先ほど紹介しました中国で流れ星を天狗とした。そういった考えが日本書紀に書かれているように直輸入で入ったと見て取れる。原天狗というべき天狗です。しかしながら、今言いましたようにそのあと奈良時代には天狗という言葉見いだせず、平安時代になってから天狗という言葉は妖怪として表れた。

妖怪として表れた天狗もいくつかに類型化されます。まず夜叉としての天狗。仏教は朝鮮半島を経由して、西暦538年とか、552年(6世紀)に我が国に伝わったとされていますが、広く広まっていくのは平安時代以降になります。その仏教が広がると同時に表れてくるのが、仏法の妨げをする存在=いわゆる邪神として天狗、夜叉としての天狗です。妖怪として表れてくる最初の形です。

これは特に平安時代のいろんな説話集が登場していますが、その説話集の中でとりわけ際立つのが今昔物語。今昔物語は全二十巻からなります。その最後二十巻目の十一に天狗の説話が出て参ります。この中で天狗は羽根を生やした物怪(もののけ)であり、仏教に敵対し妨害する存在であるとして登場する。天狗は妖怪や妖術を使い、仏教の修行僧であっても、天狗にとりつかれる様などが描かれています。

ただ、仏法の大切さ有難さを説く仏教説話の性格が強い説話集に登場してくる天狗ですから、最後はお坊さんにやっつけられる。そういう存在として天狗が描かれているのです。そういった夜叉としての類型がまず妖怪としての天狗であった。今昔物語の中にある鳥の姿をした、みなさんが想像する山伏のような恰好の天狗になる前の姿であります。

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続いて、山神としての天狗です。仏教が日本に定着するようになると、当初、蘇我氏と物部氏、崇仏派と廃仏派で争いになって、神様と仏様は争いがあったと言いますが、それ以降、千何百年間、神様と仏様はじつは仲良くして参ります。いわゆる神仏混淆、神と仏が混淆して信仰されている。これは山岳信仰の中で行われることになるのです(神様と仏様と山で出会うというのは山折哲雄氏の説)が、山岳信仰の中で神仏習合というのが広がって、その影響もあって、山神としての性格の強い天狗が現れてくるようになります。

いわゆる、よくご存知の鼻の高い、羽根の生えた天狗さん。画像は日本三大天狗ですが、これも調べると面白いのです。日本三大天狗は、そのひとつに数える沼田の弥勒寺という所からしか、出てこない。有名な高尾山の天狗や鞍馬山の天狗の方からは日本三大天狗とは言わないみたいで、沼田の弥勒寺からのみ、日本三大天狗が出てくるとようです。後で詳しくこの天狗のことは申し上げますが、こういう皆さんが想定する山神としての天狗が、平安から中世にかけて天狗信仰に繋がるような存在として出て参ります。

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さらに厄介な存在なのは飯縄三郎と呼ばれる天狗さん。飯縄山の修験者は飯縄の法と呼ばれる方術を駆使する事で知られていますが、この飯縄の法とは荼吉尼天法とも称される外法で、これは荼吉尼天の眷属たる野干、あるいは管狐その他の霊獣を使役するとされる邪法なのです。この荼吉尼天と同体とされるのが飯縄権現なのですが、飯縄三郎はこの飯縄権現そのものであるともされます。飯縄権現は図像的にも荼吉尼天・不動明王・天狗が習合したものと考えられています。すると稲荷=狐=仏教の鬼神たる荼吉尼天=飯縄権現=飯縄三郎=天狗と展開する事が可能となるわけです。

このようにして見てゆくと、もう、天狗への信仰というのは、狐や稲荷信仰に極めて近いものでもある事をうかがうことができるわけで、天狗への信仰は、管狐やイヅナなどの憑物の信仰とも関わり、極めて複雑怪奇な様相になっていきます。
 
ちなみに、飯縄権現は火伏せの神としても有名ですね。信濃飯縄山をはじめ、静岡の秋葉山、武蔵高尾山などに祀られて、江戸の秋葉原の地名の語源となった秋葉神社の祭神もこの神と同体なのです。(以下続く)

「天狗と山伏」①

暇っていう訳でもないのですが、過去の講演会記録からおもしろそうなものをアップします。よろしければご覧下さい。2018年9月2日に奈良県立図書情報館で行った講演「天狗と山伏」です。

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【天狗と山伏】① 講師/金峯山寺長臈 田中利典

...

皆さんこんにちは。失礼いたします。

私はね、馬鹿でして、頼まれると何でも講演をひき受けるという悪い癖があります。以前も、宇宙航空研究開発機構=JAXAで「宇宙飛行士と山伏」という表題で頼まれて話をしました。その直後には日本母子保健協会全国大会でも頼まれまして、「山伏と子育て」という、両方とも、山伏とはなんの関係もないような組み合わせの表題のお話だったのですが、両方、表題だけその会に合わせて講演しました。

「宇宙飛行士と山伏」では宇宙飛行士の話はなんにもせずに、山伏の話だけして帰って来ました。あとで両方の講演録が出来るのですが、読んでみますとね、両方がほとんど同じなのです。「宇宙飛行士と山伏」も「山伏と子育て」も。同じ話しかしていない。表題が違うだけ…そういういいかげんな人間なのです。

ところが、JAXAの方はものすごいウケました。当時の理事で加納さんという人がいて、私の話に感激をなさって、三日三晩徹夜で、「田中利典を宇宙に飛ばそう!」というレポートをお書きになった。そしてそれを理事長に持っていった所、理事長が偉かった。「一宗教法人の役員を国のお金で宇宙には飛ばせない」という事で却下されまして、なんとか私は宇宙に行かなくて済んだのでした(笑)。

今回のお話しは「天狗と山伏」。今回も、天狗の事なんて何もわからないので、山伏の話だけして帰ろうかと思っていましたら、結構、妖怪とか天狗に詳しそうな人とかおいでになっているようで、しかも今日は、当館の千田館長様も、有難いことにお出まし頂いています。ですから、ちょっとくらい天狗の事をお話ししないといけないなという事で、慌てて調べてきました。でも、一夜漬けですので皆さんの方が詳しいかもしれません。ともかく今日は「図書情報館・妖怪マーケット」のイベント記念の講座という事でお話を致したいと思います。いずれにしましても、さほど話が上手なわけではありませんので、私の場合はパワポイントの映像が中心で、話は副音声程度に聞いて下さい。

「天狗と山伏」。なんでこんな話をさせていただくことになったかと言いますと、天狗さんというのはだいたい山伏の格好をしているのが多いわけです。それでおまえ山伏やからわかるやろということになりました。ただ、天狗とは何なのかという事を調べてもじつはあまりよくわからないのです。Wikipediaというインターネット上の辞書がありますが、それを引いてみますと、「天狗と言えば鬼や山姥と並んで日本の妖怪変化の代表格で、日本の民間信仰において伝承される神や妖怪ともいわれる伝説上の生き物。一般に山伏の服装で、赤ら顔で鼻が高く、翼があり、空中を飛翔する」と書いてある。伝説上の生き物であると。

つまりね、みなさん、よく考えてみてください。妖怪も天狗も実際にはいないのです。もし本当に天狗や妖怪が実在するなら、きっと動物園にいると思います。動物園にいないところを見ると、どうも河童にしろ、天狗にしろ、伝説上、あるいは現象としての存在を人間が、妖怪変化というか、河童や天狗らしきものを想定しているだけで、実際に天狗がいたりするのなら、絶対に動物園にいると思います。いないところを見ると、やはり実在はしてないのです。ただ、いないのですが、伝説上という事ですから、人の心の中に、妖怪なり天狗なりという現象というかイメージというか、そういう形でいるのはいるです。

で、天狗ですが、もっと詳しく調べていきたいと思います。いわゆる天狗というものは神なのか妖怪なのかという話はあとでします。

まず、天狗の起源。これは中国の山海経という、いささか怪しいものですが、ここに書かれている。天狗というのはこんな姿(画像)をしているそうで、もともと天狗という言葉は、中国での流れ星、つまり隕石ですね。これが大気圏へ突入する際の空気との衝突音を、犬の遠吠え・犬の鳴き声、咆吼をあげて天を駆かける犬(狛)に例える謂われから、天狗という不思議な生物を生み出してきていた。中国で生まれた生物なのです。麒麟とかと同じ類いですね。そういうものなのですが、ただ、流れ星は昔から不吉、災いの前兆だといわれていて、天狗は邪悪な存在であるというイメージがもともとあった。

 

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これは中国のお話なのですが、これが日本に入ってくる。日本での初見はというと、日本書紀という日本の正式な歴史書の第一番目。ここに「大星、東より西に流れる、すなわち音あり、雷に似たり、時の人曰く流星のごとく、また曰く地雷(かみなり)なりと、ここにおいて僧旻(みん)法師曰く、流星にあらず是れ天狗なり、その声、かみなりに似たるのみ」と、舒明天皇の9年2月(637年)の記事に出ています。訳すると、都の空を巨大な星が雷のような轟音を立てて東から西に流れた。人々はその音の正体について流れ星の音だ。地雷だといった。その時、唐から帰国した旻という学僧が、あれは流れ星ではなく天狗であると、天狗の吠える声が雷に似ているだけだ、と言ったという記事が日本書紀に出ています。ですから中国で、流れ星とされていた天狗が日本書紀の時代にはこのように伝わっていたのです。

ところが、天狗という言葉は、その後全然出てきません。飛鳥時代や奈良時代ー日本書紀の時代には、天狗はこういう形で言われていたものの、その後、天狗については平安時代に入るまで書かれていないそうであります。飛鳥時代の日本書記に流星として登場した天狗なのですが、その後の文書の上で流星を天狗という記録はなく、結局、中国の天狗観は、日本には根付かなかった。舒明天皇の時代から平安時代中期の長きに渡り、天狗の文字はいかなる書物にも登場してこないのだそうです。

そして平安時代に再び登場してきた天狗は、妖怪として語られるようになっていた。日本では流れ星ではなく、雷が鳴る音を天狗の声だとする風聞が生まれ、空に関係する妖怪となったということ。このような意味で天狗というのは、中国で生まれた言葉ではありますが、日本には中国のような隕石、流れ星としてイメージされることがなくて、逆に空にかかわる妖怪として語られるようになった。これが平安時代のこと。

そして、天狗というのはその後の日本の中でいろんな変身を遂げていて、調べれば調べるほどよくわからないことになります。

よくわからない話を人前でするという、こんな無責任な話はないのですけれども、とりあえず今回は私的に、五つのカテゴリーに天狗をまとめてみました。五つの類型です。(以下続く)

「神仏霊場会に寄せて」を書いた

ずいぶん前に、コラムを書いてくれといわれて書かされた文章が掲載された神仏霊場会の公式ガイドブック「神と仏の道をだどる」(産経新聞社発売)がようやく手元に届いた。

その文章を以下、紹介する。

**************

「神仏霊場会に寄せて」
  神仏霊場会教学委員長 金峯山寺長臈 田中利典

私の属する修験道は、譬えていうなら、外来から伝来した仏教を父に、日本古来の信仰である神道を母に、その仲の良い夫婦の間に生まれた子供のような存在である。極めて日本的な神仏混淆の宗教なのである。

不幸にして明治維新期、国の近代化のもとに施行された神仏分離政策によって、仏教伝来以来1300年余り続いた神仏混淆の風土は大きく損なわれ、蜜月関係にあった仏と神は分離させられた。そしてその子たる修験道は禁止となる時代を経験したのである。

ところで、これはなにも修験道自体の損失ではなく、神仏混淆を旨として育まれてきた日本の宗教風土、精神世界の改変であったといえる。日本版文化大革命とさえ思える大変革の施策だったのだ。

爾来150年…。日本は近代的欧米主義を享受し、物質文明社会の高度な発展を手に入れた。しかしながら物の豊かさを手にすれば手にするほど、精神的な豊かさを失いつつあるのが現代社会と言っていいだろう。日本人の心の貧困が問題となる様相である。

そんな時代を思うとき、もう一度戻るべきところがあるとするなら、神仏混淆の、多様で平和な共存し合う精神風土ではないだろうか。神仏霊場会の存在がその一条の光になればと願うものである。

私は本会の発足以前から活動に関わらせて頂いたが、本会の今後の発展が日本の明るい未来に寄与することを念じてやまない。合掌。

***************

 

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神仏霊場会は昨年で発足10周年を迎えた。私は発足以前の準備段階から幹事委員として関わってきたが、今期で役職を終えた。いろいろあった10年だが、10年を節目に、新規2社寺の加盟、ガイドブックの新編集や、朱印帳のリニューアルなど、大きく変更があった。

もう私の手から離れた本会であるが、文章にも書いた通り、この国の光となるような、さらなる発展を念じるものである。

Yahooのニュース続編「田中利典インタビュー」

Yahooのニュースで続編が報じられています。前回の続きです。

民衆信仰「修験道」の過去・現在・未来(中)
 『修験道という生き方』(新潮選書)共著者・田中利典師インタビュー

先週配信された、新潮社のフォーサイトの掲載記事の続きです。今回の記事も1週間無料でアップされていますので、8/3までなら全文読めます。お早めにお読み下さい。

まあ、私のことを知って頂いている人は、またまた同じ話をしている~ってお思いになるかもしれませんが、インタビュアーの森さん(真言宗の僧籍をお持ちになっているフォーサイト副編集長です)がなかなか切れ口鋭いので『修験道という生き方』という本の紹介という内容以上に、弘法トレランのことなど、いろいろおもしろいやりとりになっています。

サイトは以下 ↓

 https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190728-00545667-fsight-soci

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