« チベット行きが待ち遠しい・・ | トップページ | 役行者さま昇天の日イブ »

秋田の事件から見えるこの国のこと

秋田の事件が大きく報道されています。気が滅入る話です。

大人が子どもを殺す。親が子どもを殺す。子どもが親や祖父母を殺す。自分で自分を簡単に殺す。昨年は自殺者の数が3万人を越えている・・・なんと野蛮な国になったのでしょう。この国はどこまで野蛮になっていくつもりなのでしょう。

神仏なき時代の、必然の結果なのではと、危惧をしています。

ここ3年ほどの講演活動で、何度も何度も神仏なき時代の、危うさを語ってきましたが、未だにそういう視点は語られることがない。語れないくらいすでに神は死に仏は排斥されてきた。

自分を超えたものとの関係性の中で人の営みは文化を生み、宗教を育んできたのではないでしょうか?

四季の豊かな希有の国…日本の国柄が損なわれて、国民はいまどこにいてどこに向かおうとしているのか、考えようともしない。

秋田の事件だけではなく連日のように子ども殺し、肉身殺し、自分殺しが報じられています。

犬猫以下の野蛮な国です。

もういいかげんにしてもよいのではないでしょうかね。

« チベット行きが待ち遠しい・・ | トップページ | 役行者さま昇天の日イブ »

「日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

修験道系の新興宗教の者です。以前から、いつまで経っても
社会復帰しない伝統仏教を厳しく批判してきました。敬意の
裏返しでもありますが。
新興宗教は偏見が根強く、一般向け、万人向けにはなれない
でしょう。実力や信頼がある伝統仏教が社会復帰しないと
日本は滅亡します。動物化してきた日本人の精神を危惧して
おります。

批判ではなく、お互い、問題解決を目的にするべきではない
でしょうか。

初めまして。ども、です。

仰せの通りですね。ホントに。

哲学者梅原猛さんの「神は2度死んだ」というエッセイがありますが、梅原さんのいうとおり、日本人は明治の神仏分離と戦後の国家神道解体によって徹底的に神と仏を殺し続けてきました。

秋田の事件だけではなく、昨今の人を人とも思わぬような、そんな事件が、フツーの人によっておこされるところに病巣の深さを感じます。

いつの時代も、アウトサイダーやちょっと気が変な人が、とんでもない事件を起こしたことはあったでしょうが、今はフツーの人が突然フツーでないことをしでかします。

その根底には神をも恐れぬ野蛮な人間を生み出してきた明治以後140年間の報いのように思います。とりわけ戦後は徹底的に神も仏も破棄しつづけていました。それが証拠に宗教がマスコミをにぎわすのはいつも事件ばかり。

ご指摘の通り、宗教人も真剣に考えないといけません。特に伝統教団は社会性が欠落しすぎています。それと社会全体が、明治以降まるで宗教狩りをし続けるというようなありようも問うていきたいとおもうものです。 僧侶はもっと怒るべきでしょうが、延暦寺の山口組法要に象徴されるようにあやまってばっかりではなさけない。

過度期なのではという私的もありますが、過度期なら、よくなっていく前兆といえましょうが、実はまだまだ底なしに悪くなっていっているように思いますね。

そんな伝統教団の体質の中で、私はここ10年近く社会性を発揮して頑張っているつもりです。結構批判や風当たりは強いのですけどね。お互いに頑張りましょう。

>>日本人は明治の神仏分離と戦後の国家神道解体によって
>>徹底的に神と仏を殺し続けてきました。
宗教排斥の理由は「科学万能主義」という思想なのか、「宗教が
戦争の原因になった」という偏見なのか。一般人も反省する事は
多いです。

ブログで半年程“日本の再生”を考えてきましたが、「日本の問題
=日本人の心の問題」だという結論が出ました。…しかし、こう
考えている一般人は多いです。真の問題は「心の対策ができない
事」だと思います。理由は

1.自由な時代だから(基本的人権・自由権・精神の自由)
2.人間誰しも、自由に我慢せずに生きたいから
3.「モラルやマナーは束縛」という偏見があるから
4.精神的指導者がいないから
5.「精神教育は軍国主義」という偏見があるから

ではないでしょうか。特に5は日本独特のものです。
日本には「心の問題」という抽象的な問題だけではなくて、日本
のガンとも言える赤字財政など、すぐに対策を考えていかなく
てはならない“具体的な問題”があります。

私もブログや掲示板でいろいろ調べてきましたが、皆さんは批判
だけで終わってしまっています。中には責任のなすりつけあいも
あります。しかし、半年いろいろ調査してわかりました。私達の
目的は「批判ではなく問題解決」であると…。

万人向けはやはり伝統仏教です。責任を押し付けているわけでは
ありません。協力していきたいです。
葬式仏教と言われる時代に以下のサイトが開設されました。よけ
ればご覧ください。Yahoo!に登録されています。キーワード検索
でOKです(^^)v。

てらネットEN
http://www.teranet-en.org/

長々とコメントしてしまいました、すみません。こういう話は
つい、熱くなってしまいます(笑)。

>>そんな伝統教団の体質の中で、私はここ10年近く社会性を
>>発揮して頑張っているつもりです。結構批判や風当たりは
>>強いのですけどね。お互いに頑張りましょう。
HPやブログで“社会性”を証明していますよね。
お互いがんばりましょう。

目的は「批判ではなく問題解決」です。

某さま、ども。

寺ネットもみせて頂きました。青化協を通じて以前から知ってはいましたが。大変大切な取り組みだと思います。そういう活動から寺院の活性化や社会性が生まれるに違いないと思います。

全仏の評議員も3期つとめさせていただいていますが、どうも仏教復興は本山や教団からの動きではなく、地方寺院の中の、気づきある僧侶からはじめる方が得策ではないかと私自身は実感しております。

全体の15%が気づけば全体が大きく変わるといいます。そのためには2%の気づきを持った人が気づきを広げ合うしかないようです。気づきの広げあいは批判ではなく、問題解決のための地道な活動からしか生まれないと思っています。

私も私なりの方法で今後も活動を展開させたいと思うばかりです。非力な人間ですが非力なりになにごとかなせることを信じております。

親が子を殺し、子が親を殺す、さらに何の関係のない人までも殺してしまうなどいろんなことが起こりすぎています。
外国を旅すると 宗教の存在の大きさや市民性(公民性)の存在を感じるのですが、今の日本の状態は本当に恐ろしいです。
こころを豊かにするにはどうすれば良いのでしょうか?

酒徒善人さん、はじめまして。

>こころを豊かにするにはどうすれば良いのでしょうか?

犬や猫は木や金を拝みません。
仏像も神像も犬や猫にとってただの木や金です。

人間のみが自分を超えた存在を意識し、合一を願うというか
我が存在を聖なるものを通して自覚するのではと思っています。

こころの豊かさはそういう人間を超えたものとの出会いの中で育まれるものではないかと思います。

犬や猫は心の豊かさなど、しったこっちゃない世界なのでしょうが、人間のみがそこに気づきと、癒しを求めるのではないのでしょうか?

ちょっと話が飛躍しすぎていますが、簡潔にいえばそういう視点が欠落している現代日本の現状なのです。

教育勅語でもない、明治以前の、美しき日本は常に神ほとけがそばに佇んでいて、その恩恵に、平和を保っていたように思います。

酒徒善人さんはじめまして。横レス失礼します。
素人ですが、少しだけコメントさせてください。

>>こころを豊かにするにはどうすれば良いのでしょうか?
日本では心の問題以前に、心の対策すらできない国です。
その原因は、国民が「精神指導=軍国主義」という偏見から拒否
している事、精神的指導者である宗教家が社会復帰していない事
だと思います。
本来、宗教家が偏見をなくし、すぐにでも社会復帰するべきですが、
戦後、宗教家達を追い出したのは国民自身です。ですから伝統
仏教の皆さんにも言い分はあるのです。

私が言いたいのは、皆の責任だと言う事です。ですから皆で心の
問題解決法を考えていくべきだと思います。
心の対策をすれば、少しづつ心は豊かになっていくと思います。

>>ここ3年ほどの講演活動で、何度も何度も神仏なき時代の、
>>危うさを語ってきましたが、未だにそういう視点は語られる
>>ことがない。
吉野山人さんは偉いです。伝統仏教は社会から距離を置いていま
すが、あなたには社会性があります。講演活動応援しています。
しかしあえて厳しい現実を言いたいのです。それは、現時点では
宗教的指導は不可能だと…。科学万能主義の時代だからです。

もちろん、吉野山人さんは好意で説法しているのは承知しており
ます。ですが、現代人は宗教について、聞く耳を持ってくれま
せん。しかし彼らには“悪意はないです”。そういう時代なの
です。

>>国民はいまどこにいてどこに向かおうとしているのか、考え
>>ようともしない。
この言葉が心にずっとひっかかっています。
私は伝統仏教を厳しく批判してきました。正直
怠けていると思っていました。しかしあなたを含めたお坊さんが
社会活動をされている事を知り、批判をやめました。ネット上
ではたくさんの方が法話を公開されています。ありがたい事です。

しかし公開しているのは、お寺や仏教サイトに限定されて
います。これでは信仰心の篤い方だけにしか読まれません。
広報が不充分です。ですから、私のように誤解して批判する人間
が出てくるのです。
一般人は、伝統仏教が社会活動している事を知らないのです。

逆に、伝統仏教は、一般人が道徳やマナーについて真剣に考えて
いる事を知らない。吉野さんは「考えようともしない」とおっ
しゃっていますが、大丈夫です。たくさんの方が考えています。
某をクリックしてください。Yahoo!掲示板のリンクを貼り
ました。ぜひ見にきてください。3900もの投稿があります。
そしてできたら、道徳やマナーの指導をしてあげてほしいです。

もう一つお知らせしたいYahoo!掲示板がありますので、もう
一度だけ投稿します<(_ _)>。

こちらのYahoo!掲示板でも、道徳とマナーについて真剣に話し
合われています。
あなたには社会性があるからお知らせさせていただいたんです。
伝統仏教以外に、誰が心の問題を解決できるというのでしょうか。
救ってあげてほしいです<(_ _)>。

ブログでも書いていますとおり、15日から23日まで大峯峯中を修行しており、ながらく留守でしたので、レスが遅くなりました。

某さまのご意見には傾注するべきものがあると思います。

掲示板には参加させていただいておりませんが、少し身辺が落ち着いたら覗かせていただければと思っています。

6月のチベット、7月の山修行と、非日常が続いていて、日常の業務がおろそかになっていて…とほほ。。

お疲れにもかかわらず、返信していただいて申し訳ありません。
配慮が足りず、すみませんでした<(_ _)>。生真面目さが逆に
仇になってしまいました。
奥駈修業、満行できてよかったですね。本当にお疲れ様でした。
十分に休養されて元気になってから、よかったら、掲示板を
見てください。では失礼します。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« チベット行きが待ち遠しい・・ | トップページ | 役行者さま昇天の日イブ »

本・著作

最近のトラックバック

Twitter

  • Follow me
  • Twitter
    TwitterPowered by 119
2017年4月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            
無料ブログはココログ