« チベット紀行 9 | トップページ | 正木先生とアユルベーダ »

チベット紀行 最終回

Photo_18 Photo_19 624_ ようやく今回で脱稿です。ご感想をお待ちしております。

 ********************

□2006.6.24

06:00,モーニングコール。07:00,朝食。朝からASがいよいよ調子が悪そうである。「白居寺で群衆にお加持をしたので、へんなものをもらったんじゃないか」と少々ちゃかしてみたが、反応が鈍い。かなりしんどいようだ。今回の参加者の内、私の関係者ばかりが体調を崩している。08:00,ゴンカル空港に向け出発。09:30、空港到着、いよいよこれでラサ・チベットとの別れである。名残惜しい。今日までお世話になったガイドのテンジンさんとドライバーさんともここでお別れである。ホント、お世話になりました。シガツェへ向かうバスの中で聞いたテンジンさんのハーモニカ演奏、嬉しかったです。懐かしい日本歌謡が秘境チベットの高山にとけ込んでいくあのひとときは忘れられない想い出になるでしょう。チベットの未来に栄光あれ!そんな思いを込めてテンジンさんたちと別れの握手を交わしたのだった。

思えば北京・成都を経て、18日のチベット入りして以来、心配した高山病にも陥らず、私は早めの高山順応を果たし、絶好調である。お陰で断酒もチベットダイエットも大失敗に終わったのであるが、元気に巡拝を果たすことが出来たことは有り難い一語に尽きる。ともかく私の「セブンデーズインチベット」はこの日で終わった。「チベット仏教とチベット人民に栄光あれ!」と今一度つぶやいて、私は成都へのエアバスに搭乗したのであった。11:00、いろんな思いと思い出を乗せたまま、私たちの搭乗便はゴンカル空港を離陸。目指すは成都である。そして明日には北京を経由して、ふるさと日本に帰ることになる…。

・・・・・吉野山人の「セブンデーズインチベット」はここで終了である。ここから25日の帰国までの行程はいわばおまけ。ま、思わせぶりに書いたASの容態のこともあるし、このあとのことも少しふれておきたい。私たちは成都で一泊する。チベット入りの前にも一泊した成都であるが、今回は時間もあり、成都の代表的観光名所・杜甫草堂や三国志の英雄・劉備玄徳廟、諸葛孔明陵(武公祠)などを参観した。兼ねて三国史・諸葛孔明大ファンを自認する私にとって、最後のお楽しみということだったが、あまりに殺風景で、いかにも観光地然とした武公祠には大いにがっかりさせられたことを報告しておく。ASはこの日の昼・夜も食事をぜんぜん取らず、断食を続けていたが、夜中に成都のホテルで急性腸閉塞をおこし、緊急入院する。彼が慢性の閉塞持ちだったことを私も忘れていて、大騒ぎとなった。翌25日は日本帰国の日であったが、医者の許可がなかなかおりず、開腹手術の一歩手前まで行き、帰国に赤信号が点灯したのであった。しかし看護士のHNさんや貫田さん、伊藤さんの懸命の看護もあって、25日午前中になんとか退院させ、団員達と一緒に帰ることが出来たのであった。正木先生はじめ、ホント多くの方々に多大の迷惑をおかけして、恥じ入るしかない旅の締めくくりとなった。

しかし、御本尊の大きなお計らいであろう。旅行中に襲ったAO事件やAS事件など様々な障害を乗り越えて、25日の午後8時過ぎには、全員が無事、成田空港に降り立ったのであった。深く深く感謝申し上げるものである。本当に有り難うございました。

「旅の終わりに~人間が生きるということ」

私は旅行に出るといつも思うことがある。旅先で出会う多くの人々をみていると、「人間はなにかをして生きているんだなあ」と漠然と思うのである。人間はなにかをして生きている…至極当然のことなのだが、日常の生活を離れて、非日常の外国旅行へ行くと、そういう思いがいつも私に迫ってくるのである。今回のチベット行きでもそうだった。秘境といわれる国だけに、今までよりよけい強くそういう思いを抱くことになった。

商売をしている人、畑を耕している人、食事の世話をしている人、巡礼をしている人、昼間から寝そべってる人、物乞いをしている人…千差万別に多くの人々に出会ったのである。
考えれば、「あんなことを達成した、こんなことも成し遂げた」といったところで、所詮私も、家庭と仕事を行き来しながら、なにかをして生きているだけの存在である。誰もが生まれた以上は死ぬまで、なにかをして、生きるだけのことなのである。

その生きる過程で成し遂げたことの価値など、大いなる宇宙の営みから見たら芥子粒にも満たないものである。それでも私たちはああだこうだと右往左往しているのだ。ホントに愚かな話である。

釈尊は世間虚仮と看破された。是真仏法とも説かれておられる。チベットの大地で這いずり廻りながら、仏教の教えのみを信じて生きている人々にたくさん出会って、私は仏教者としてもう一度、人が生きるとはなんなのかという問いかけを続けていたのであった。柔和な仏像とおどろおどろしい曼荼羅画の狭間で、生きることの複雑さや猥雑さを感じながら…。

□エピローグ

旅行を終えて、2ヶ月近くもかかってようやく書きあげることになった本編は、私の中では満足出来る内容とはとうてい言えないものである。もっと深い感動や、目の当たりにしたチベット仏教の息づかい、素晴らしい文物などについて、その百分の一も書き切れていないジレンマを感じている。チベット仏教の現状ももっと細やかに報告するつもりだったし、心に止まった風景や人々の生活も描ききれなかった。しかしながら、たとえその百分の一のものでも、こうやって書きとどめておかないともっともっと私の中で風化消滅していくに違いない。今は最後までめげずにかき上げたことだけでも由としたい気持ちである。

末尾ながら、そんな文章につき合わせた皆様には誠に申し訳ない思いでいっぱいである。最後まで読んで頂いて有り難うございました。正直、読んで頂いていると思う気持ちが、かき上げる原動力になりました。厚く御礼を申し上げます。

★おまけ
今回同様、大先達正木晃先生、総奉行貫田宗男コンビの第2弾ツアーが企画されています。来年3月21日から31日まで、ブータン王国を巡り、聖地ブムタンやラクツァン僧院を訪問、またブータン最大の仮面祭として名高いパロ・ツェチェ祭りも体験するという旅行です。是非、私も行きたいのですが、なにしろ年度末。宗議会の改選や、いろいろ宗務が繁多なときですから、今のところはどうなるかわかりません。但しブータンは事前に旅行予約がいるため、締切の時期が早く、一応、10月末締切となっています。詳しいリーフレットがありますので、メールにてお訪ね下さい。
是非一緒に行きましょう!っていいたいのですがねえ。まだ今のところ私自身は不確定なのです。ともかくお知らせだけさせていただきます。

« チベット紀行 9 | トップページ | 正木先生とアユルベーダ »

「旅行・地域」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« チベット紀行 9 | トップページ | 正木先生とアユルベーダ »

本・著作

最近のトラックバック

Twitter

  • Follow me
  • Twitter
    TwitterPowered by 119
2017年8月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    
無料ブログはココログ