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7回忌

私は父親っ子で育った。最初の妻に子どもがなく、40歳で再婚して授かった長男が私だったので、 父もたいそう可愛がってくれた。ただ大正5年生まれの父は大変厳しく、蔵に閉じこめられたり、庭の木にくくりつけられたり、雪の中にぶんなげられたり、そこだけ書くとまるで幼児虐待のような厳しさで育てられたのだった。

父に道をつけられて、僧侶になったので、成人してからは、かなり反目するところと、尊敬するところがいりまじって、よく喧嘩したが、今、私があるのは7~8割方、父のお陰だと思っている。もう少し感謝の気持ちを生きている間にしてあげたかったと、今更ながらちょいと後悔もするが、しみじみと親のありがたさを感じるこの頃である。

6年前父がなくなったとき万感の思いで書いた随筆を添付する。よかったら読んで下さい。
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父が亡くなった。夏の暑い夜のことだった。家族に看取られながら、息子二人の手を握りしめ、静かに息を引き取ったのである。ここ数年病の床にあったが、死の当日まで自坊で過ごし、わずか半日の緊急入院で、最後は穏やかに死期を迎えた。行年八十六歳の生涯だったが大往生と言わせてもらってもよいだろう。

父の急逝に悄然としながら、それでもばたばたと葬儀を終え、今は、心の中にどうしようもない大きな空洞があるのを感じている。半年前からは寝たきりになっていたし、ある程度の覚悟は出来ていたつもりだが、宗務総長に任じられたこの春からの多忙の中で、ついつい父のことが疎かになっていたことも確かで、言いしれぬ悔いが残った。物言わぬ存在でもいいから、そのぬくもりだけでも永遠に感じていたいというのが正直な心根である。

親不孝な息子だったのかもしれない。あんなにたくさんのことをして貰いながら、何にも恩返しすることもなく、見送ってしまったようで、やるせなくて仕方がない。「親を亡くせば、誰でもが感じることだよ」と言われても、何の慰めにもならず、ただ自分の身勝手さ、愚昧さ、至らなさに身が切り刻まれる思いなのである。

「父母は七世、師僧は累効なり。義深く、恩重し」(唐の道宣)というが、私の場合、亡父は大好きな父でもあり、師でもある。若くして在家から験門に入り、法師として活動するそんな大きな背中を見ながら、育ってきたのであり、現在私が修験僧侶となり、また宗門の実務に携わっているのも全て父によって導かれた道なのである。その恩たるや如何なるものなるか、到底、計り知れない重さである。

生前父とはよく意見を違えた。教えを受くべきことも沢山あったが、素直に聞けなかったし、そのことは後で絶対に後悔しないと心に決めていた。ただ亡くしてみて思うことは「若し能く自らの行が具足せば、即ち他を化すること自然なり」という聖徳太子の言葉である。父は父なりのやり方で愚息達を教化導いて来てくれたのだと実感する。だからこそ今の自分がある、のであるから…。生涯を一行者として見事に生き抜いた父であったが、その法嗣として、万分の一でも報いることが、唯一小生に出来うる恩返しなのであろう。そのことを実践していく中でしか、この心の空洞を埋めるすべはない…。

今はただ、その恩徳に、感謝して合掌するのみである。 

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まあ、あいかわらずの稚拙な文章だが、その当時の私も思いが正直に出ているような気がする一文である。

今年の7月に7回忌を迎える。

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