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おかげさまの歌♪

毎月機関誌に書いているコラム「蔵王清風」があるが、今月のコラムから。

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「おかげさまの歌」

金峯山寺(本宗)の宗務総長職は今でこそ「総長」と呼ぶのが定着したが、以前はなぜか部長、部長と呼ばれていた。思い出すのは二代前の鈴木さんで、みんなから部長、部長と親しく呼ばれていたのが懐かしい。その鈴木部長さん、酒席で、悦に入るといつも「今日のお酒が呑めるのは、本尊さんの御陰です♪本尊さんよぉ、ありがとう♪本尊さんよ、有り難う‥♪」と歌っていた。そして二番は「今日のお酒が呑めるのは、管長さんの御陰です♪管長さんよぉ、ありがとう♪管長さんよ、有り難う‥♪」と続く。私もときどきこの歌を歌うが、本山にいるときは常に鈴木部長の「本尊さん、管長さんの御陰です」という気持ちを忘れていない。

信仰者というのは日頃から、かくあるべきであろう。御本尊様の御陰、管長様の御陰、師僧の御陰‥と思うべきである。家庭にあっては親の御陰、妻の御陰、子どもの御陰、社会にあっては上司の御陰、同僚の御陰、部下の御陰、友人知人の御陰さまである。感謝の心の持つことが常に肝要である。もちろん「そういうおまえはどうなんだ?」と問われれば、反省する日々ではあるが、思い出しては感謝の合掌をするのみである。

このところ世間では目を覆いたくなるような事件が多発している。人心の荒廃もここまで来たか…という様相なのは、みなが自覚するところであろう。子が親の首をまさかりで切り落とし、兄が妹を切り刻む。親は子を虐待死させ、孫が老祖父母を焼き殺す。このような肉親間の殺人は道徳倫理の崩壊としかいいようがない。原因はさまざまに論究されているが、なによりもかによりも「お天道さまがみてござる」「ご先祖さまに顔向けが出来ない」といった日本人が古来から持つ習慣的な倫理観を喪失させ、子が親を敬い、その恩恵に感謝するという道徳心の基本を捨ててしまったことが一番の原因なのではあるまいか。文句ばかり言っていて幸せになるものではない。いや文句不平ばかりを心に抱くから、もっと大きな不幸に身を染めてしまうのである。

少なくともまず信仰者が感謝の心を取り戻し、周りに広げていくところからはじめるしかないだろう。鈴木部長ご満悦の声が今も残っていて「本尊さんの御陰です…管長さんの御陰です…」と私の耳元で歌い続けている。御陰さまの心を取り戻すことは、小さな一歩のように見えるが、正常な社会を取り戻すことに繋がる大きな一歩であると自覚したい。

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・・・今月の早出しでした

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コメント

はじめまして!

先日の世界遺産劇場、押尾コータローさん
のライブに参加した者です。蔵王堂の荘厳さ
がライブをより感動的なものにしていましたね。

海外では古代遺跡や教会でオペラなどが開演されていますね。日本でも薪能だけでなくいろんな催しがなされるとより歴史的建造物に親しみを感じるとおもいます。

今回は最初のご挨拶とほら貝の音色が印象的でした。素晴らしい機会をー有難うございました。

コメント有り難うございます。

素晴らしいコンサートでしたね。
押尾さんをお招きしてよかったと思いました。

挨拶は…ま、開演が10分ほど押しましたので、ちょっと忙しい雰囲気になり、少ししくじりました。

法螺は演出どおりでうまく行きました。

またお出まし下さい。。

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