« 2008年3月 | トップページ | 2008年5月 »

神仏霊場会への期待

時報随筆の来月号に寄稿した文章である。発刊前にアップしますね。

 ******************

「神仏霊場会への期待」

昨年から、この秋に正式発足が予定されている神仏霊場会の幹事役を仰せつかって、組織委員部会を担当している。神仏霊場会とは特別参拝社の伊勢神宮を中心に、京都、奈良、大阪、滋賀、兵庫、和歌山の近畿各県にまたがる東大寺、延暦寺、金剛峯寺や石清水八幡宮、上賀茂神社、熊野三山神社といった名刹寺院、神宮、大社など歴史ある主要な寺社約百三十ヶ所が加盟参加して、神仏混淆の霊場巡礼を行うのである。もちろんわが金峯山寺も修験道を代表する寺院として加盟している。

ご存じのように明治期に神仏分離政策が断行されて以来、必ずしも神と仏の間はうまく行っていなかった。というか、すごく疎遠な関係である。我ら修験道や神宮寺のように、神仏習合を旨とする寺社は徹底的に解体弾圧され、神社も寺もそれぞれが別々の道を歩んで久しい。そんなここ百三十年の時代の流れが、近年一挙に大変革期を迎え、もう一度、神と仏が融合し協調して、日本人の信仰心の礎を取り戻そうという動きを始めているのである。我ら修験道の復興もまたときを同じくして、大きなうねりを生みつつあると言える。

発起人の山折哲雄氏は「神道、仏教、学会の三者で神仏共存の伝統的な信仰を回復し、神仏霊場巡りを人々の心の旅として国民運動にまでつなげたい」と語っておられるが、まさに史上最大のこの大霊場会がそういう役目を担うのなら、こんな素晴らしいことはないであろう。

お正月には神社仏閣に初詣に行き、子供が生まれれば宮参りをし、お彼岸やお盆には墓参りする。そして結婚式はキリスト教会か神式で挙げ、お葬式となると僧侶を呼んで仏式で行う…かくの如く年がら年中、そして生まれてから死ぬまで一生涯にわたって、神と仏をわけ隔てることなく、常に自分の身近に神仏を置いてきたのが日本人の信仰である。神仏習合、神仏混淆の宗教観である。その大本にもう一度戻ろうというのが、神仏霊場会の試みなのだと理解している。

人心の荒廃が進み、神仏なき時代かと思うほど、野蛮で悲惨な事件が続出している我が国にとって、大きな救いとなるような、そんな神仏霊場会に育っていくことを念願してやまない。

 *****************

実は今日午後に3月2日の神仏霊場会創立以来、初の幹事役員会が東大寺で行われる。私も今から出席のため出かけます。

きけば3月の時点で加盟寺社は125ヶ所だったが、南都関連の大社・寺院の加盟が加わり、130をこえることになりそうです。  

青年仏教徒の願い

4月26日、東大寺大仏殿に於いて、「青年仏教徒の日、仏法興隆花祭り千僧法要20周年記念法要」が、全日本仏教青年会、全国曹洞宗青年会、南都二六会主催のもとに営まれました。

その中、チベットで起きた一連の争乱を受けた声明文「青年仏教徒の願い」を五條良知全日本仏教青年会理事長(金峯山修験本宗東南院住職)が読み上げました。五條は私の実弟ですので、ここ数日、声明文の添削を仰せつかり、ぎくしゃくした文章ながら彼の思いをまとめる手伝いをしました。

以下です。

『日本の青年仏教徒の願い』

 私たちは、静寂の中で仏様のご加護の下、読経三昧に座せることに悦びと感謝を感じております。しかしながら日本国内では人心の荒廃による悲惨な事件が続出し、世界では民族や宗教の違いによる思想の対立と暴力が止まず、多くの人々が傷つき犠牲となっていることに深く心を痛めています。

 今年は、国や人種、民族や宗教、文化の違いを越えた平和の祭典であるオリンピックが、中国北京において開催されます。本来、平和の祭典であるべきオリンピックの開催は、対立や暴力が少しでも解決するよう世界中で努力されるべきでありますが、開催国である中国でのチベットの騒乱と、それによって犠牲者が出たことには、深く悲しみを覚えるものであります。そして、チベット仏教徒が置かれている深刻な状況に対して、私たちは同じ仏教徒として深く傷つき、一日も早い、平和的な解決を希求するものであります。

 オリンピックの開催は、オリンピック憲章を遵守し、人種、民族、宗教、文化の違いをのりこえて、それぞれの国や個人が互いの歴史や文化を認め合わなければなりません。また、開催国にはその責任を期待するものであります。

 本日、私たちは世界平和と仏教興隆のシンボルであるアショカピラー宝前にて、暴力によって犠牲となった世界中の人々の慰霊と、中国・チベット双方の平安に祈りを捧げます。

 日本の寺院では、日々、お釈迦様の智慧と慈悲の教えによる「天下泰平、萬民安楽」が祈られています。私たちは今日のこの日を縁として、更に平和と世界人民の平安を祈ることを広く全国の青年僧侶・仏教徒に呼びかけたいと思います。そしてこの祈りを通じ、全ての人々に平和と寛容の心が広がり、各地での騒乱や対立が暴力ではなく、人々の「良心」により解決されることを強く求めます。

 あわせて、北京オリンピックが平和の祭典にふさわしく開催され、成功をおさめられますことを祈念して、「青年仏教徒の願い」といたします。

 大無量寿経に曰く

 「仏の遊履したまうところの国邑丘聚、化を蒙らざるはなし。天下和順し日月清明にして、風雨時をもってし、災厲起こらず。国豊かにして民安し。兵戈用いることなし。徳を崇め仁を興し、務めて礼譲を修す。」と 

                                    合掌        

注)仏の行き給うところ、国、町、村の人々、仏の教化を蒙らざる者はない。世界はともども和順し、日月は清らかであり、風雨は適切であり、災厄も起こらない。国は富み民は安心を享受している。もちろん武力を使う必要もない。良心を尊び、支えあいを広げている。


    平成20年4月26日
                       全日本仏教青年会

                      理事長 五條 良知

***************************

関連記事→ http://dr-gan.hp.infoseek.co.jp/

チベットを憂う

遅ればせながら、チベットの争乱について、先月末に書いた文章を添付します。

*****************

「チベットを憂う」

チベットでデモ隊と中国軍との衝突が起き、多くの人々の血が流された。中国の併合統治政策に不満を持つチベット人民が北京オリンピックを前にデモを起こし、人民軍と衝突したのが原因である。そのデモ隊の中にはチベット仏教の僧侶もたくさんいただけに、同じ仏教者として、心が痛い思いでこのニュースを聞いた。ことの次第を中国政府はなかなかつまびらかにはせず、未だに本当の所は公表されていないが、国家権力と民衆の間で殺戮が行われたことは間違いない。しかしこの事件に対して、日本政府も、そして各仏教教団ももっと声を大にして、中国政府の暴走を糾弾しないといけないのに、その動きは緩慢で、もどかしさを感じているのは私一人ではあるまい。

一昨年、盟友でチベット仏教の研究者である正木晃先生とともにチベットを訪ねた。今回の事件が起こったラサには3日ばかり滞在したし、ラサからもう少し奥に入ったギャンツェやシガツェなど、チベット仏教の聖地を中心に一週間ばかり各地を廻らせていただいたのであった。それだけに今回の事件は生々しく受け取っている。

そのときしたためた紀行記にも書いているが、丁度私が訪問したのは青海省の省都・西寧とチベット自治区・区都ラサを結ぶ青海チベット鉄道が開通する直前であった。あの時期でさえ、チベット国内には怒濤のように漢民族の人たちが流入し、元々かの地に住んでいたチベット人たちの生活を脅かしていたのを目の当たりにしたが、鉄道の開通でその速度がいよいよ増したことは想像に難くない。

一昨年の段階でこういう事態に至ることは、紀行文の中でも私は密かに予測している。その危惧が実際となったのだ。

昨年の伊勢神宮フォーラムでチベット仏教最高指導者のダライ・ラマ法王にも謁見したが、平和的解決を訴えるダライ・ラマ法王は今回の事態を誰よりも憂慮しておられるようである。CIAからの資金提供や、日本ではオウム真理教や阿含宗、念佛宗無量寿寺とのいささかいかがわしい関係など法王の行状にはいろいろな意見もあるが、1959年の亡命以来、中国政府との長い戦いを過ぎ越してこられたそのタフネスぶりは余人の届かざるところであろう。大中国に立ち向かう一仏教者のすごみを謁見の中で感じたが、平和的解決に向けての法王の行動を期待したい。

いづれにしても、二十一世紀を迎えた今、前近代的な暴虐に対しては世界的に許されざる事態であるし、大きな声を挙げて糾弾しなければならないだろう。私もいくつかの団体を通して、中国政府や日本政府に早期解決に向けた請願書などを送ったが、大きな不幸を招く前に、ともかく平和的な話し合い、解決の道を求めてやまないものである。 それが中国にとっても中国国民にとってもけっして悪いことではないはずだと思っている。

 ***************

ミクシイつながりで何人かのマイミクさんも紹介しておられますが、上記文章に書いているようにいくつかの請願書などを中国政府や日本政府に送りました。もし賛同いただける方は、是非、以下のところの公開書簡に署名いただけませんか?私も呼びかけ人として名前を連ねさせていただいています。

http://www.tibetsupport.net/

青年仏教徒の日記念法要とチベットへの願い

  • Img_2944 お知らせです・・・。
  • 日本の地域と宗派を越えた青年僧侶と青年仏教徒の連合体である全日本仏教青年会は毎年4月26日に「青年仏教徒の日・仏教興隆花まつり法要」を行っています。今は引退の身ですが、私も7年ほど青年会の副理事長を務めましたので、いろんな思いがある青年会活動です。その「青年仏教徒の日」は、奇しくも今年で20周年を迎えるところとなり、南都二六会と全国曹洞宗青年会とともに、以下の日程で記念法要を行うことになりました。

     日 時  平成20年4月26日(土)
    場 所  東大寺大仏殿、東大寺境内アショカピラー前
    日 程  12:45 本坊前にて行列を整え出発
    13:00 大仏殿蓮台上にて大般若経転読によって記念法要
    13:50 アショカピラー前にて仏法興隆花まつり法要
    14:20 終了

    さて今年の4月26日は、日本でのオリンピック聖火リレーの開催と日がかさなりました。大いなる仏縁の配慮といえるものでしょう。そこで、東大寺さまの格別の計らいを以て、アショカピラーでの法要後、昨今の世界での紛争や中国における騒乱に対する「青年仏教徒の願い」を声明として発信し、なおかつ世界の平安祈念、犠牲者慰霊の読経することが決まりました。青年仏教徒の心を届けることが出来ればという、切なる願いです。

    参拝は誰でもしていただけますので、是非、当日、おいでいただければと思います・・・但し私は京都で行われる曼殊院さんの晋山式出席のため、今回の記念法要には不参加となっています。ごめんなさい。

    参加僧侶は約120名出仕。宗派により衣体は異なります。報道各社にもご案内はしています。
    ◎全日本仏教青年会とは、天台仏教青年連盟、全真言宗青年連盟、全国曹洞宗青年会、全国浄土宗青年会、金峯山青年僧の会、融通念仏宗青年会、全国日蓮宗青年会、埼玉県仏教青年会、神奈川県仏教青年会、(社)神戸青年仏教徒会、神戸市仏教青年会、大阪府仏教青年会                  総会員数約2万名

うこん桜が咲きました!

080418_14570001 080418_14580002 080418_14580003 昨日に続き今日も雨です。

観光客の方はみなずぶ濡れで歩いておられます。お気の毒です。

雨の中、観音堂の大祭がありました。

本坊の庭の、遅咲きの桜…「うこん桜」が満開です。

白い大ぶりの桜花です。この花が咲くと、吉野の春も終わりに近づきます。

W61P 衝動買い!

1年半ぶりにケータイ電話を買い換えました。

もともとドコモ携帯のパナソニック製品を長く使っていて、auに買い換えたとき、パナソニック製品がなかったので、しかたなく、他の製品で我慢したのですが、最近ようやくauでも出たというので、ほしいなあと思っていました。そして、今日、たまたま町に出かけてW61PをPhoto 見かけてしまい、家内がとめるのもきかずに、衝動買いをしてしてしまったのです。今日までなら、機種変更の5250円がただという、無料キャンペーン中の殺し文句に負けちゃいました。

パナソニック製は携帯の開閉ボタンが唯一ついていて、あれになれると、あのボタンがない機種はどうにも使いにくいのです。

まあ最近何度も落として随分前の携帯電話の調子悪くなっていたし、電池もそろそろへたっていたので、ちょっと勿体ない気持ちもしましたが、思い切りました。。ワンセグもついてるしねえ。。

さてさて、またまたマニュアルを見て、機能を覚えるのが大変です。

最近どーも機械関係はうとくてうとくて・・・・。

蔵王堂拝観者倍増作戦大成功です!

なんか今年の吉野の春は例年以上に人出があって、すごいです。

ラジオ広報、雑誌作戦、ポスター戦略、吉野南朝展、拝観券売り場設置などなど蔵王堂の拝観者倍増作戦もいろいろ成功して、今月13日で、すでに昨年の4月一ヶ月の拝観者数をクリアーしてしまいました。

イレギュラーのテレビ番組もたくさんありましたしねえ・・・。

で、私は喧噪の吉野山をひととき離れて、今日は戦士の休息。。蔵王堂復帰は17日からです・・・。

飛行船飛来!

Sn370366 以前日記でも告知しましたが、飛行船が吉野山に飛来しました。

18万円・・・今日は満開だしさぞやキレイでしょう。。乗りたかったなあ。

満開の花の下で・・・

11756990_2189446342 今日は花供会式、3日目・・・。

土曜日ということもあり朝からすごい人出。めざましテレビでも今朝、番組放送があり、吉野山は花も満開で、最高潮です。

大名行列が2時前後に蔵王堂に入ります。ライブカメラに私がかなり長く映ると思いますので、ご注目を。

http://live01.dococame.com/cgi-bin/kimpusen/pclive.cgi?Serial=1207960090-0072d5

花供懺法会…怒濤の3日間

Photo 今日から3日間は花供懺法会。これは金峯山寺の三大行事のひとつで、ご本尊金剛蔵王権現さまのご神木・山桜の満開を、御本尊に報告する行事です。

一千年の歴史を持つ金峯山寺の伝統法会で、メインイベントは大名行列。奴行列を先頭に金峯山の鬼、お稚児さん、山伏、僧侶、そして行列の最後は管長猊下が乗られた大名籠と続く十万石の格式を持った行列が行われます。

毎年 4月10・11・12日

4月10日  花供千本搗き・女人護摩
4月11日  大名行列・花供懺法会
4月12日    〃 採灯大護摩供厳修

今日から怒濤の3日間です。

前先生、逝く。

歌人の前登志夫さん死去

http://www.asahi.com/obituaries/update/0406/OSK200804060024.html

 **************

今朝知って驚いた。

実は昨日、その前先生の奥さんと、先生の歌碑建立の件で電話でお話しをしたのである。そのとき、先生のお見舞いを申し上げたが、奥方は死去については、ほんとに、なにも申されなかったのであった。だから、たまげた。

密葬が午前10時から自宅で行われたので、取るものもとりあえず、行ってきた。

前先生には毎年、宗内の機関誌の正月号に、歌を3首寄稿していただいている。もう30年以上におよぶ。

原稿をいただきに、私も若い頃はよく先生のお宅を訪ねた。

今年の正月号の歌に、吉野山に先生の歌碑がない、っていう文言が入っていた。知らなかったので、急いで建立する話を進めたいた矢先の、訃報である。

そういえばこの2月にたまたま近鉄特急の車中で先生をお見かけし、歌碑のことをお話しして、たいそう喜んでいただいた。

ずっと歌碑のことはきにしていただいていたようで、まるで遺言のようになった。奥様の電話もその伝言だったのである。

吉野にとって宝物のような歌人だった。

ともかくご冥福をお祈りしたい。

桜咲きました。。

Sn370354 昨夜G8の会議を終えて、1週間ぶりに吉野に帰山しました。
下千本はかなり咲き出しています。6分咲きくらいでしょうか?

中千本も咲いています。蔵王堂の四本桜も一本は咲きました。

いよいよ春本番ですわーい(嬉しい顔)

大樹さんは偉いなあ。

YouTube -書写山圓教寺 大樹玄承執事長がテレビ出演しチベット問題へ ...

http://www.youtube.com/watch?v=hMLQRagoRW4

 ***************:

大樹さんとはもう20年近くおつきあいのある友人です。

テレビ出演の前にも長々と相談がありました。 私なりにアドバイスはいっぱいしました。

そして昨日も、電話で話をしました。心から応援をしています。

えらい奴ですよ。

さてこれからが正念場なのですが・・・・。なにせ相手は中国ですから・・・ねえ。

で、おまえさんは?っていう話になるのでしょうが、これがホントに情けない。実は大樹さんの圓教寺はある種、オーナー寺院で、彼がオーナー後継者。それに比べて私は、同じオーナー寺院とはいえ、身分が雇われの身。。この違いはどうしようもなく、大きな隔たりがあります。遷都1300年のキモキャラ騒動でもそうだったのですが、たとえば何か圧力というか寺に不利益が生じて、そのことで、私一身で責任をとっても、とったことにならない・・・要は私の力量のもんだいなのでしょうが・・・力不足を力一杯感じております。。でもうやっぱり情けない。

昨日私も運営委員をさせていただいているG8宗教指導者サミット諮問委員会での分科会テーマで、チベット問題を正面から取り上げられるように強くお願いをしました。ただ中国問題というのは実に根が深く、単なる人権や民族問題だけでは触れないようです。実感しました。・・・そんなこと言ってるから日本政府や全仏のような情けない態度しか出てこないのでしょうが。

いづれにしろ、大樹玄承さんは偉いし、ある種うらやましい、というのが正直な感想です。

堕落しているのだろうかと、ふと思う??

3月29日に自坊に帰ってきて、夜は信徒総代家のご不幸で通夜へ。翌日は午前中信者さんのお相手をして、午後は葬儀に出席。31日は次男と一泊の小旅行。2日は自坊の繰り上げ月例祭護摩供、そして3日は聖護院さんの晋山式。昨日は家族サービスの一日…っという風に、ここ1週間近く、デスクワークがほとんど出来なかったので、久しぶりに今朝は早起きして原稿書きをしている。

時報の原稿をやっつけて、宗報の原稿も書いたが、じっくりとした文章を最近書かなくなったので、どうもこらえ性がない。

少し書くとすぐあきて、ミクシイを見に行ったり、ブログを覗いたり、こうしてどうでもいいような日記を書いたりしている。

読書もそうなのだが、人間は楽な方に楽な方に逃げたがる性分だから、だんだん骨太の仕事が出来なくなっているようだ。本も読みかけるが読み切る前にほっぽりだしている。

やはり堕落しているのだろうかなあ・・・・。

反省して、また原稿書きにもどることにする。

3時半から書いているが、そんな寝不足な今日は午後から京都でG8宗教指導者サミット(G8RLS)諮問委員会に出席です。

聖護院の晋山式参加

Sn370341  昨日は京都の聖護院・宮城泰年52世猊下の晋山式で、出席させていただきました。とても素敵なお式と披露宴でした。

ま、長い祝辞と慶賀の催しが続き、食事にありついたのが3時15分だったことをのぞけば・・・。Sn370352

なにしろあの成田屋・市川団十郎が山伏問答を披露され、会場は魅了されました。中井喜蔵院住職の問者もさすがで、晋山披露に相応しい催しでしたねえ。(写真1参照…携帯写真なのでぼけていますが、左奥が団十郎さんです)

830名を越える各界の来賓が慶賀のひとときを過ごされていました。

新門さんの人脈と人徳を感じる晋山式でしたが、私なりに思うところがあり、なんかちょっとこれからの人生のありようについて考えさせられました。

晋山式が終わって、夕方から家内と長男と待ち合わせをしました。

丁度京都は桜が満開で、夜桜見物に円山公園を散策してきました。ホントに綺麗な夜桜でしたね・・・。(写真2)

晋山式といい、夜桜見物といい、おだやかな春の一日が過ぎていきました。。

哀しくて哀しくて・・・

■母が絞殺の小4男児、「おかあさん」の詩でコンクール入賞
(読売新聞 - 04月02日 12:25)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=449367&media_id=20

あまりに哀しいよねえ。

殺されちゃった子どもはおかあさんが大好きで大好きで・・・きっと、さ、だからね、うらんでないと思うよ。

子どもはともかく親が大好きなんだから、ね。

もちろん、このおかあさんはひどい親だけど、こういうふうに愛する子どもを殺してしまうくらい追い込まれてしまう社会があるわけで・・・なんとかならなかったのかなあとおもうけど、それが現実。・・・ともかく哀しすぎます。

かなしくてかなしくやりきれません。。
愛はなくても性行為で子どもはできます。でもどんな形でまぐわった末に出来た子どもでも、その性行為の愛の重さに関係なく、子は一様に母を愛し、母の愛情を欲しています。

ともかく、近頃尊属殺人が増えていますが、これは一体なんでしょう。

子の親殺しは、親の愛への執着の裏返しなのかも知れません。

盟友の正木先生の話です・・・

「とりわけ幼少時期、具体的にいうと、一歳から一歳半くらいの時期に、母親から豊かな愛情を受けられないと、前頭前野の部位が健常に発育しないようです。最近の説では、一歳くらいの赤ちゃんは、母親が二人いると認識しているらしいのです。つまり、自分に美味しいオッパイを呑ませてくれる「やさしい母親」と、いうことをきかないときに叱る「きびしい母親」の、二人がいると感じているらしいのです。

 しかし、その後の半年間くらいに、母親から豊かな愛情を注がれていくと、その二人が実は一人の人物なのだという認識にいたり、少し難しい言葉を使うと、「人格の統合」ということが起こる。そして、自分の母親を正しく認識して、そこからこの世には自分と自分以外の者がいるという、真理に目覚めるのです。これも難しくいうと、「他者性の認識」といいます。

 こういうぐあいに、まず最初に母親を認識し、次に父親を認識し、さらに兄弟姉妹がいれば、それを認識する・・・・・・、と来て、地域の人々を認識し、ついには人間の集団である社会というものを正しく認識して、そこで生きるすべを身につけていくのです。以上は、単なる精神論ではありません。繰り返しになりますが、人間の発育にまつわる大脳生理学的な問題です。

ですから、最初の時点で失敗してしまうと、エゴしかない人間になりかねません。最初の時点で失敗してしまうと、「不可逆的」といって、あとになってとり戻そうとしても、非常に難しいのです。なにしろ、人間の発育とかかわる領域ですから。

 昨今のすぐキレル子供や若者を見ていると、どうもこの最初の時点がうまくいっていない気がしてなりません。子供を生んですぐに外に働きに出たり、他人に預けたりして、自分の子供に十分な愛情を注いでいない母親が増えてしまって、その結果、キレル子供や若者が激増してしまったのではないか。そう思えてならないのです。」

これは子育ての段階における不可逆的なあやまちについてお書きになった文章ですが、逆に言うとこの時期に十分な愛情を欲している無垢な子どもがいるって言うことなのです。

子はいつまでも親の愛情を欲しています。そこが哀しい・・・。

今回の事件の奥底には子を刺してしまった親自体が、不可逆的な幼児期の愛情不足があったのではないのでしょうか?

病巣は2世代前に遡る…そんな現代社会を見せられているように思うのです。

« 2008年3月 | トップページ | 2008年5月 »

本・著作

最近のトラックバック

Twitter

  • Follow me
  • Twitter
    TwitterPowered by 119
2022年4月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
無料ブログはココログ