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哀しくて哀しくて・・・

■母が絞殺の小4男児、「おかあさん」の詩でコンクール入賞
(読売新聞 - 04月02日 12:25)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=449367&media_id=20

あまりに哀しいよねえ。

殺されちゃった子どもはおかあさんが大好きで大好きで・・・きっと、さ、だからね、うらんでないと思うよ。

子どもはともかく親が大好きなんだから、ね。

もちろん、このおかあさんはひどい親だけど、こういうふうに愛する子どもを殺してしまうくらい追い込まれてしまう社会があるわけで・・・なんとかならなかったのかなあとおもうけど、それが現実。・・・ともかく哀しすぎます。

かなしくてかなしくやりきれません。。
愛はなくても性行為で子どもはできます。でもどんな形でまぐわった末に出来た子どもでも、その性行為の愛の重さに関係なく、子は一様に母を愛し、母の愛情を欲しています。

ともかく、近頃尊属殺人が増えていますが、これは一体なんでしょう。

子の親殺しは、親の愛への執着の裏返しなのかも知れません。

盟友の正木先生の話です・・・

「とりわけ幼少時期、具体的にいうと、一歳から一歳半くらいの時期に、母親から豊かな愛情を受けられないと、前頭前野の部位が健常に発育しないようです。最近の説では、一歳くらいの赤ちゃんは、母親が二人いると認識しているらしいのです。つまり、自分に美味しいオッパイを呑ませてくれる「やさしい母親」と、いうことをきかないときに叱る「きびしい母親」の、二人がいると感じているらしいのです。

 しかし、その後の半年間くらいに、母親から豊かな愛情を注がれていくと、その二人が実は一人の人物なのだという認識にいたり、少し難しい言葉を使うと、「人格の統合」ということが起こる。そして、自分の母親を正しく認識して、そこからこの世には自分と自分以外の者がいるという、真理に目覚めるのです。これも難しくいうと、「他者性の認識」といいます。

 こういうぐあいに、まず最初に母親を認識し、次に父親を認識し、さらに兄弟姉妹がいれば、それを認識する・・・・・・、と来て、地域の人々を認識し、ついには人間の集団である社会というものを正しく認識して、そこで生きるすべを身につけていくのです。以上は、単なる精神論ではありません。繰り返しになりますが、人間の発育にまつわる大脳生理学的な問題です。

ですから、最初の時点で失敗してしまうと、エゴしかない人間になりかねません。最初の時点で失敗してしまうと、「不可逆的」といって、あとになってとり戻そうとしても、非常に難しいのです。なにしろ、人間の発育とかかわる領域ですから。

 昨今のすぐキレル子供や若者を見ていると、どうもこの最初の時点がうまくいっていない気がしてなりません。子供を生んですぐに外に働きに出たり、他人に預けたりして、自分の子供に十分な愛情を注いでいない母親が増えてしまって、その結果、キレル子供や若者が激増してしまったのではないか。そう思えてならないのです。」

これは子育ての段階における不可逆的なあやまちについてお書きになった文章ですが、逆に言うとこの時期に十分な愛情を欲している無垢な子どもがいるって言うことなのです。

子はいつまでも親の愛情を欲しています。そこが哀しい・・・。

今回の事件の奥底には子を刺してしまった親自体が、不可逆的な幼児期の愛情不足があったのではないのでしょうか?

病巣は2世代前に遡る…そんな現代社会を見せられているように思うのです。

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