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役行者霊蹟札所会6年めの大護摩供!

080731_11070001 080731_11190002_2 今日は役行者霊蹟札所会の6周年定例法要と総会が京都の醍醐寺で開催されました。

定例法要は真夏の大護摩供。暑い最中での大護摩供でした。

加盟寺院の中、高槻の神峯山寺から執事代理で来ていた役僧の若い僧侶が途中で意識を失って倒れるというくらいの暑さの中の大護摩供・・・暑かったです。

6年目を迎えて、例年になく加盟寺院の出席も多く、昨年の吉野山出開帳の成功が活性化に繋がったようで、会の発展の手応えを感じました。

写真お導師は仲田順和宗務総長さまです。

是非みなさまも役行者の霊蹟を巡って下さい。

私が心血を注いで立ち上げた役行者唯一の霊場会ですので・・・。

自業自得とはいえ、避暑どころか・・・

俗世を離れて優雅な避暑地生活はとんでもない日々だった・・・。

実はもう4年ほど前から私は前立腺の調子が悪く医者にかかっている。正座の多い僧侶や車のドライバーに多い職業病である。座っているのが前立腺に悪いようで、因果関係があると医者は言っていた。

私の場合、ちょっと自覚するところもあり、医者に診て貰ったのだが、調べてもらうと炎症の数値が標準を越えていて、一度、組織をとって癌検査をしましょうと、ここ数年言われ続けていた。

で、ようやく踏ん切りをつけて、この7月28日に橿原市内のかかりつけ病院に入院したのである。ま、暑い夏のことだし、3日ほど、俗世を離れて、避暑に行くつもりで、二ヶ月前に予約をしたのである。

ところで診て貰っている院長先生から帰りに入院の手引きをもらってよく読んでおいて下さいと言われたが、実は入院ぎりぎりまで、読んでなくて、大失敗をしてしまう。

避暑のつもりで来たのに、個室の予約をしていず、あわてて27日に電話を入れたが、休日でお休み。入院の朝に連絡したが、結局、大部屋に入れられてしまう。院長先生にもお願いをしたが、あいにく全室個室は詰まっていて、空いたら入ってもらうから、とりあえず大部屋に入っておいて下さい、と言われた。で、結局3日間、6人部屋の満員ベットで過ごすことになった。大誤算の避暑生活であった。

なにしろ私は夜に目が醒める人である。4時間か5時間くらい寝れば十分なので、朝も早い。加えてちょっとした足音や物音に敏感に反応する。だから6人部屋生活は私にとって苦痛ばかりで避暑どころではなかった。

しかも入院2日めの午後に検査の手術を受けた後、半日以上、寝たきりの状態で、尿道に管を通され、頭を上げることも許されず、半身不随で過ごしたのである。れっきとした病人である。

まあ、いつかはきちんと検査をしないといけないのは覚悟していたので、検査結果の内容にかかわらず避けては通れないことだったが、実に甘かったのである。

避暑地にいくつもりでパソコンを持参し、依頼原稿の執筆をしようと思っていたし、またもらったまま読んでいない本やDVDもたくさん病室に持ち込んだのに、ほとんど持ってきただけ。急ぎの原稿だけはやっつけたが、とても優雅な避暑生活とはいかなかった。

大部屋での気疲れと、尿道の痛みにも苦しむという、最悪の入院生活となったのである。自分のミスが災いしたのだし、自業自得のところもあるとはいえ、全くついてない、わずかな短い夏休みであった。

俗世を離れます・・・。

今日から2泊3日で俗世を離れます・・・

避暑のつもりが、手配のミスでなんか暗雲たれ込めていますが(-_-)

ばいばい・・・。

格言③「理不尽な人生・・・」

格言③

「人生は理不尽である。
 その理不尽は受け入れるしかない。
 ありのままに受け入れたとき道は開ける」

~人生は本当に理不尽に出来ていると思う。釈尊は「人生は苦なり」とお悟りを開かれたが、私にはそこまでの眼力はないが、人生は理不尽であるとは思っている。

人間はおおかたは死にたくないのに死ぬ。病気になりたくないに、事故に遭いたくないのに、不幸になりたくないのに、事故に遭い、病気になる。自分の思いとは別に、それぞれ必ず身に掛かってくるのである。人に裏切られたり、怨まれたり、嫌われたり、こんなになりたくないのになってしまった…それはもうどうしようもない人生の事実である。我が身可愛い自分からすれば全て理不尽な話である。

しかしそれを受け入れるしか、ない。受け入れて、そして前向きに生きるしかない。死ぬまで生きるのである。

かかってらっしゃい!ってくらいに開き直って行きましょう。この世のことはこの世でなんとかなるように出来ている。

天神祭と大阪締め

昨日は日記にも書いたとおり、天神祭本宮の船渡御に行ってきました。

5時20分に乗船をして待つこと1時間。いつもより約30分遅れで、私の乗った天神橋筋商店会主催の御羽車講の船が出航。待つ間、ぎらぎらと照りつける真夏の太陽にいやというほどの暑さに苦しめられましたが、出航するころにはようやく風も出てきて、涼やかな気分となりました。

船渡御は船同士が行き交う時には、大阪締めが交換されます。

私たちの乗った船にはミス天神橋の綺麗なお嬢さんが6名乗り合わせ、彼女たちの音頭で大阪締めを行います。

「打~ちましょ(パンパン)」
「も一つせ(パンパン)」
「いおう(祝う)て三度(パパンパ)」
「おめでとうございますぅ~(パチパチパチ)」

9時半頃までの約3時間の間、何度も何度も大阪締めをやったのですっかり覚えてしまいました。

7時半頃からは天神祭花火実行委員会によって、川崎公園・桜ノ宮公園の2箇所で奉納花火が打ち上げられ、祭りは最高潮へ・・・。

ホントに夏祭りにふさわしい盛り上がりの中、楽しいひとときを過ごさせていただきました。

御羽車講講元で天神祭の顔役であるU翁(写真の老体)にはすっかりお世話になった一日でした。でもあの暑さの中、88歳とは思えない活躍ぶりでしたねえ。感謝。
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天神祭本宮にいきまーす。

  • Photo 大阪天神祭の今日は本宮。

    天神祭は大阪三大夏祭りの一つで、期間は6月下旬吉日 - 7月25日の約1ヶ月間に渡り諸行事が行われる。特に、25日の本宮の夜は、大川(旧淀川)に多くの船が行き交う船渡御(ふなとぎょ)が行われ、奉納花火があがる。大川に映る篝火や提灯灯り、花火などの華麗な姿より火と水の祭典とも呼ばれている。

    …その本宮の船渡御にご招待を受けた。天神祭の世話役の中心人物で、天神橋商店街の商店会長を長らくつとめる88歳の翁が、大峯の行者さん。最近かわいがっていただいていて、ここ数年何度もお誘いを受けていた。で、今年吉野の知人と出かけることになった。はじめての天神さんである。

    大阪は今日真夏日。36度を越すという・・・。死なないようにしなくっちゃ。

口は災いのもと??

最近いろんな会議に呼ばれる。

根があほだから、だまってりゃいいのに、身の程もわきまえず、結構しゃべってしまう。。

昨日も奈良県宗教者フォーラムの実行委員会が薬師寺で開かれ、出席をした。このフォーラムは本年で第5回を迎える奈良県下の宗派を越えた宗教者の集いで、東大寺など南都のお寺や春日大社、三輪神社などの神社界のほか、立正コウ成会や天理教など、様々な宗教者が一同に会して一年一度のフォーラムを行うという奈良独特の集まりである。

私もここ3年ほど毎年出席させていただいているが、今年から実行委員に入り、実行委員会にも出席をするようになったのである。そんな新参者の私なので、会でも黙っていなければいけないのに、昨日もまたまたいくつかの件で発言をした。

発言をしたまではよかったのだが、そのつけが回ってきて、最後に各担当部署の話し合いの時に、なんと、フォーラム自体の司会の役が回ってきてしまったのである。往生際悪くなんども辞したのであるが、それまでの発言の勢いのよさが災いとなって、おまえやれ!ってことで決してしまったのである。

いやいや、ほんとに、黙って座っていたらこんな事にはならなかったのにと、反省しきりである。

フォーラムは10月4日の午後から薬師寺のまほろば会館で開催される。テーマは『日本のこころと宗教の役割』。。ただし宗教者間の勉強会が趣旨であるので、一般参加は募集していない。

平成22年の7周年に際しては、平城京遷都1300年事業と提携して、一般の人も広く募った記念フォーラムを計画している。

ま、ともかく口は災いの元。本番当日はうっかりいらんことを言わないように慎まないといけないなあ。

格言①②

最近格言を書いている。

どこかで聞いたモノかもしれないし、自分で思いついたモノかもしれない。

ただ心に浮かんだものを、逐一、メモっているのである。

で、ときどき、紹介したいと思うのです。

その中から・・・・

格言①

「人生には無駄がない」

~ほんとそう思いますよ。無駄と思えるようなこともいっぱいあるんだけれど、振り返ってみると、無駄ではなかったことの方が多い。気づきが伴うのには時間が掛かるし、伴わないことも多いけど、いずれにしろ、それも全部自分の人生。

人生には無駄がない!はけだし名言だと思います。

*****************

これはどこかで読んだもので、心に残った言葉です。

格言②

「お金を残すのは下等、
 仕事を残すのは中等、
 人を残すのが上等な人生である」

~私はお金にはほんとに縁がない。今、いろんな人たちと交わって仕事をさせていただいているが間違いなく、その人たちの中で私の年収は一番低いだろう。だからというわけではないが、仕事を残すことが生き甲斐だとずっと自分を励ましてきた。

 そしてこの言葉に最近出会って、めが覚めた。人を残すことの方がはるかに上等な人生なんだと。

 思えば父はお金も仕事も残さなかったが、私を含め世の中に出て仕事を出来る人間を残した。立派な人だったと思う。

 最近お気に入りの、聖句である。

82歳

今日は母の82歳の誕生日です。

うっかりして忘れていて嫁のメールで知りました。親不孝ですねえ。

昨日から吉野生活なので、おととい、お誕生祝いをしないといけなかったのに、残念。

実はここ半月、どうも体調がよくないみたいで、もう8キロほど、痩せました。心臓の具合が今ひとつで、疲れやすく、食事も進まない様子。

ちょっと心配になって、お加持をしたり、御守りを授けたり、琵琶灸をしてやったり、この間から、元気になるように、いろいろ試しました。

昨日辺りから良くなってきたようで、少し安心です。

元気で誕生日を迎えてくれたらと思っています。

奥駈は人生そのもの・・。

7月12日から修行に入っていた東南院の大峯奥駈修行が無事満行し、今日の昼過ぎに吉野山に帰ってきた。8泊9日の大修行である。帰山した行者の多くがすがすがしい顔をしていた。
私もこの6月に奥駈修行を終えている。で、その時の感想文的雑文を書いたが、遅ればせながらアップします。どうぞ。。

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「奥駈は人生そのもの…」

今年も奥駈修行に参加した。大きな事故もなく、また六月の梅雨時にもかかわらず、覚悟した雨にもほとんど遭うことのない恵まれた奥駈となった。

私は毎年この奥駈行では、峯中の拝所での勤行中に、何度か、まるで白い光に包まれるような体験をする。たぶんこの世に思いを残さず死を迎えることがあるとするなら、きっとこんな感じなのではないかというような、そういう光の中の心地よい気分である。ここ四年、毎回のように経験をしているが、今年も七曜ヶ岳遙拝所の勤行の際、そんな気分を経験した。

こういう気持ちよい体験だけではなく、奥駈では、いつもなにかしら、大きな気づきを生んでいただいている。今年もそれがあった。それは、「私がいかに多くの周りからの力や慈悲や恩恵に包まれて生きさせていただいているか…」、という思いに心が至ったことである。もちろん日頃からそれなりにいろいろなありがたさや、御本尊を始め、家族、友人、知人などの恩恵には感謝しているつもりではあるが、奥駈中に観ずる感覚はまた趣が深く、心に沁みるものがあった。ただそれらの感覚は私個人のモノであって、他の参加者と共有するわけではないだろう。しかし、それにしても奥駈の世界で学ぶことは実に多いのである。

奥駈中の法話でいつもお話ししているが、修験道の修行とは大変親切なところがある。それは大きな志をもって臨んだ人も、たとへなにも持たなくて臨んだ人も、それぞれそれなりに体験的ななにかを感じさせ、覚醒を与えてくれる、ということである。頭で作り上げた世界ではなく、肉体を通じて、身体の痛みや疲労感を突き抜けた先に、なにかを掴かませていただくことが出来る世界が修験道の山修行なのだ。この辺は理屈ではなく、体験する以外にわかりようがないが、修行を経験した人には首肯できる話なのではないだろうか…。

まあ、参加者はだれもそんな小難しいことを考えたり期待したりして歩いているわけではなく、ただひたすら足を一歩一歩前に進めることだけに埋没する数日間、というのが奥駈修行の本当のところであろうが、この素晴らしき世界は山伏修行ならではの、ものなのかもしれない。一般の人でも縁を得て参加する人は毎年多いが、折角本宗の縁を得ながら、まだ経験されていない人々もいる。もったいないことだなあと、私はその人たちのことを思っている。

私の座右の銘のひとつ…。「人生を奥駈にたとえるのではなく、奥駈そのものが人生なんだ」と。今年も無事満行出来て有り難かったです。

夏のトンしゃぶは美味!

今日も今日とて暑かったですね。もう死にそう・・・

で、今日のこんばんの晩飯は私のリクエストで、もらいものの国産豚をつかったトンしゃぶ。暑い中で、やけくそっぽいが、・・・しゃぶしゃぶはなかなか身体に心地よい。

しゃきしゃきしたレタスをさっと湯がいて、しゃぶしゃぶのお供に。

やはり夏の鍋物は身体によいねえ。

ちなみにもらいものの豚は、私の弟子で養豚場を経営する「バーグ」の豚。

奈良県ではちょいとしられた美味の豚です。

おいちかった。。

眠れない夜のお仕事

毎週火曜日の夕刊に連載されている読売新聞の「こころのページ」への原稿執筆依頼があった。4~5回の連載だという。

さて・・・そんなメジャーな新聞に掲載出来るような文章が書けるのだろうかと、さすがの私も内心躊躇したが、元来、下手の横好きで、舞い込んだ原稿依頼はほとんど断ったことがない私としては、二つ返事で受けてしまった。一昨日のことである。

昨夕も詳しい打ち合わせの電話があった。

実は夕べはその電話の後、晩酌が過ぎたのか早い時間に寝てしまって、夜中の11時半にめが覚めた。こうなると最悪である。私はなかなか二度寝ができないたちなのだ。

風呂に入り、なんとか寝ようと悶々としたが、どうしても眠気が起こらず、とうとう1時半には蒲団を蹴って、起きることにした。

で、依頼されたばかりの原稿の執筆にとりかかったのである。

4時半まで書いていた。五回分のうち、三回分まで脱稿した。で、今日は眠くて仕方がない。

担当者にファックスしたが、もしこの原稿で没になったら、昨夜の睡眠と引き替えに費やした時間は水泡に化すことになる。

願わくばあれで堪忍していただきたいものである。

うまく採用になれば八月の掲載となる。

仕事、山積中

今日は久しぶりに大した用事がない。

南都銀行の支店長があいさつにくるくらいで、ひさしぶりに事務所で仕事が出来るのである。

このところ、じっと事務所にいて仕事ができないせいで、ものすごくいろんなことがたまっている。

読売新聞のこころのページの連載原稿、奥駈修行の挨拶状、宗報の原稿、宗議会の議事録チェック、お中元の礼状、贈呈本の礼状、出張の精算・・・などなど、つくえの上に放置されたままの仕事や雑用が山積している。

今日はやるぞ!!

・・・って言いながらこんな日記を書いてるから、仕事がはかどらないのですが(反省)

逝く人は善知識なり

5月に岳父が急死した。朝、いつものように起きてきて、急に倒れたらしい。救急車を呼んだが、すでに心臓は停止をしていて、手の施しようがなかったという。近くの病院に担ぎ込まれたが、私が駆けつけたときはすでに警察の検死が行われていた。あっけない別れであった。

とるものもとりあえず、隣町から駆けつけた義兄は呆然としていた。あまりにも急なことだったからである。義兄のそばに佇んで、掛ける言葉もない状況だった。

しかしそれからが大変だった。警察の検死が終わると、いきなり岳父の葬儀の心配をしなければならない。ついさっきまで元気に生きていた人なのに、なくなったと同時に岳父の身体は遺体となり、半時間後には集中治療室から霊安室に移動となった。慌てて、葬儀社を決め、遺体の引き取りの算段をし、身内に連絡して、通夜と葬儀の場所と時間を相談する。それが間髪を入れない忙しさの中での、出来事なのである。茫然自失の義兄を促し、判断を下さなければ前に進めないが、とはいえ、そう簡単なことではない。悲しみにくれている暇のない、慌ただしい数時間があっという間に過ぎたのであった。なんとはかないものか。つくづくと人の命の頼りなさと切なさを実感したのであった。

実は岳父の死の少し前には自坊の大切な世話方さんの奥さんが亡くなった。身体の不調を訴え、入院して半月ほどのことだったそうだ。入院のことなど、聞いていなかっただけに、寝耳に水の訃報だった。突然に連れ合いを亡くした世話方さんだったが、それでも淡々として通夜、葬儀を勤めておられる姿が印象的であった。

このお二人のお弔いで、私は通夜の席上、読経をさせていただいた。両方とも檀家寺のご住職がお帰りになった後でお唱えしたのであるが、突然亡くなった故人に対し、生前中はなんの恩返しもできなかったお詫びの気持ちでいっぱいだった。岳父は私のことを出会うたびに褒めてくれていた。世話方さんの奥さんは飛びきり優しい人だった。そんなさまざまな思い出や、生前の仕草、声や、笑顔や、いろんなものが浮かんでは消えたのであった。

大学の恩師に「逝く人はみな善知識なり」という教えを受けたことがある。親しい人を亡くすことは哀しいし、家内にしろ、義母にしろ、また世話方さんにしろ、その故人の死が突然であればあるほど、悲しみも深い。だからこそ、「逝く人はみな善知識なり」なのだろう。悲しみの中に、故人を慕う思いの中に、残されたものへの教えが込められていると、仏さまは申されている。それをひとりひとりが受け取ることが、何よりの故人への供養になるのではないだろうか。そんなことを思いながら、お弔いをさせて頂いたのであった。そして私はただ、その生前の恩に謝して、合掌するのみである。

しゃべりすぎ??

今回の朝カル講座は植島啓司先生とは3回目。九鬼家隆宮司さんとは2回目の対談。少し馴れた仲なので、かなり気楽でした。。

で、終わって、植島さんからも、講座に駆けつけてくれた正木晃先生も、私がよくしゃべってましたって、感想でした。

本人としては???…って感じなのですがねえ。

正木先生曰く、去年の鼎談は田中さんが7割方。今年も6割方しゃべっていましたよ。・・・って感想なのです。

今年はかなり熊野の話が中心だったので私の出番は少なかったはず・・・。

おまけに九鬼宮司の爆弾発言があり、私の影は薄かったと思ったのですがねえ。

やっぱしゃべりすぎ???

でもギャラは一緒なんですが。

明日は大三輪神社

明日は大三輪神社で神仏霊場会の幹事会。

たぶん明日、追加でお誘いしている参加加盟寺社の全容が確認される。おおよそ150近い数に上っているようだ。

日本最大の霊場会になることはまちがいない。。

東京2日目。

昨日大阪で機関誌を編集を終えて、飛行機で東京に来ています。

昨夜は弟子のI氏と浅草寺のS先生と密談(内容はナイショ目がハート)。最後は12時半を廻ってました。

これからI氏を伴って、マイミクのいちりんさんに新宿で会い、ナイショ話の第二弾。

2時すぎには朝カル新宿教室に入ります。

100人を超える盛況という事で、ちょっと力が入りますね。。

ナイショ話、いつか公にしたいです。うまく行けばね。

明日から東京行きです。

明日から東京行きです。

以前に告知していますように、あさって十二日の、東京都新宿区の朝日カルチャーセンター新宿教室(新宿区西新宿、新宿住友ビル四階)で行う講座のための、上京です。

講座は宗教人類学者植島啓司氏と熊野本宮大社宮司の九鬼家隆氏と私との3人出演による鼎談「神と仏はどう違うのか」と題したもので。すでに100名を越える申込みがあったようです。ちょっと嬉しいかも。

昨年に引き続いて二回目の連続講座ですが、新規の人が圧倒的に多いとか。前回同様、三重県と朝カルとの共同事業です。

まだ参加者募集中(参加料は三千円)ですので、もし時間が取れるようなら是非!。アブサラさんやさおさんなどのマイミクさんはすでにお申し込みいただいたようです。開始時間は午後三時四十五分から。約二時間の予定ですので。

詳しくは朝日カルチャーセンターまでお問い合わせ下さい。

当講座のホームページは以下です。

http://www.asahiculture-shinjuku.com/LES/detail.asp?CNO=29315&userflg=0

蓮華奉献入峰、無事終了。。

おとといの7日から始まりました金峯山寺伝統法会・蓮華会ですが、8日に蓮華奉献入峰も無事終え、今日の12時に参加者が蔵王号御宝前に帰山し、蓮華入峰の満行を報告して、全ての行事日程を終えました。。みなさまの御陰様です。。参加された皆様をはじめ、行事に関わっていただいた全ての人に御礼を申し上げます。。

当山の蓮華会は役行者の由縁に始まる壱千年を越える伝統行事であります。記録文書の上でも、鎌倉末期から室町時代にかけての文書にもその行事の期日が確認できる1000年単位の伝統法会であり、奈良県の無形民俗文化財にも指定を受ける歴史的文化行事ですが、その日本の宝物のような行事に直接関われる幸せを、ひしひしと感じた今回の蓮華入峰修行でした・・・。

だって、現代なら確かにそう遠くない大和高田ではありますが、大昔の人にとっては大変な距離であり、その広範囲にわたる年中行事が1000年単位で続いているってすごいことです。

吉野山及び山上ヶ岳のご本尊蔵王権現並びに諸神諸仏に蓮の花を捧げるという献花の行事が続けられているってものすごいことです。

もちろん祭りの形態は随分時代によって変わってきているとはいえ、蓮の花を捧げるという根本はかたくなに守り続けられているわけで、しかも今では(私が仕掛けたのですが‥)一般の参加者も一緒に修行するってあり得ないくらいすごいことです。

そんなまあ、当たり前のことを今更ながら実感した今回の蓮華会並びに蓮華奉献入峰修行でした。

参加の皆様、参拝のみなさま、ありがとうございました・・・。

今日は蓮華会・蛙飛び行事

午後3時半ころに蔵王堂に蛙ののった太鼓台と、蓮華行列が到着。

4時前後には特設舞台で蛙飛び行事が行われます。

私は今日は会行事役。

ライブカメラでどうぞ・・・。

http://live01.dococame.com/cgi-bin/kimpusen/pclive.cgi?Serial=1215400918-00101c

明日は午前3時半出発で大峯蓮華奉献入峰修行です。大先達で96名を連れて登ります。
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チベットを思う一日

501 「今朝のちょっとした不幸」っていう日記にも書いたとおり、昨日はダライラマ法王のお誕生日‥‥。

昨日はその「ダライラマ法王のお誕生日祝賀会」が東京のホテルオークラで催され、その後に開かれた「宗派を越えてチベットの平和を祈る僧侶の会」の幹事会の両方に、急遽、私も出席してきた。

法王のお誕生日祝賀会はダライ・ラマ法王日本代表部事務所主催の下に毎年開催されているとのことだったが、私は初めての参加。別段ダライラマさんと親交があるわけではなく(20年前と昨年の2回お出遭いさせていただいているが、その他大勢での謁見であるから、私めのことなど、法王さまは覚えちゃいないでしょう…)、しかも法王さまがこのお誕生日会にお出ましになるわけでもありません。ただ 私も関わっている「宗派を越えてチベットの平和を祈る僧侶の会」の幹事諸氏が招かれた??というので私も出させて頂いたのである。

大変盛況な会だった。例年以上にたくさんの方が集まったとお聞きした。350名くらいはいただろうか?3月のチベット争乱以降、チベット問題への関心が高まっている証なのかも知れない。で、その御陰で、人数が多い分、用意された料理にはほとんど手が届かなかったくらいだった。

…祝賀会の印象は? …そうですねえ、ダラムサラからおいでになっていた女性の外務大臣のスピーチがやたら長かったことだろうか。乾杯前に、35分くらい、しゃべっておられた。なべさだがいたり、坂本龍一の花束が飾られたり、一般人も含めていろんな人が一杯いるなあって感じでした。

パーティが終わって、8時からは「宗派を越えて・・・僧侶の会」の初の幹事会が持たれた。長野善光寺でのチベット争乱慰霊法要も6月17日の増上寺法要も参加出来なかった私にとっては初めての会合であり、代表幹事の川原師以外はそうそう親しい人がいるわけではなく、手探りのまま、会議に出させて頂いたが、出てみると、結構知り合いがいて、顧問の上田紀行先生も含めて、ウエルカムな雰囲気で討議は始まったのであった。

あいかわらず会議に入ると、とうてい黙って座っていられない、お調子者の私は人に負けじとしゃべったが、いささかしゃべりすぎたと後悔をしている。しかし10時までの会議は延長をして行われ、その後、場所を代えて行われた2次会でも、有意義なバトルトークがあって、東京まで出向いた会のある一夜となった。副代表に推していただいたが、固辞して、ごめんなさい。今の私は幹事が精一杯で、思いお役は無理です。

「中国と一戦交える覚悟があるか」といわれると、長野神宮寺の高橋卓志さんのような、ずば抜けた根性と力量があるわけではなく、ごめんなさいとなってしまうかもしれないし、それをアマちゃんと揶揄されても仕方がない会だと思っている。でも、黙っている見ているよりはなにか行動をすることにはきっと意義があるに違いない。みんな頑張りましょう。‥って、改めて思った東京行きでした。

今朝のちょっとした不幸

昨日夜遅くに、東京で催された「ダライラマ法王のお誕生祝賀会」の後に開かれた「宗派を越えてチベットの平和を祈る僧侶の会」の幹事会を終えて、新橋のビジネスホテルに一泊し、今朝は5時半起きで、新幹線で帰ってきた。

私は新幹線だけは少々お金がかかってもグリーン車に乗ることに決めている。実はあまりJRを信用していないので、いつ、なんの事情で列車が止まったり、列車内にかんづめにされるのかわかったものじゃないと思っているのである。もしかんづめにでもなって何時間も新幹線の中に閉じこめられたとしたら、グリーン車と普通車では全く快適さが違う。だから万一のために、グリーン車利用となる。

それに京都ー東京間をエクスプレス予約の早割で、ひかり号のグリーン車に乗ると、定額の指定席料金とほとんど変わらない。時間さえ急がなければ、のぞみとひかりは25分くらいの違いであるから、ちょー割安である。で、今回も行きはひかり号を利用した。

ただ明日から蓮華会を控えているので、さすがに今日はなるだけ早く本山に帰った方がよいと思って、わざわざ今朝はひかりの早割予約を変更して、7時10分発の700系のぞみに乗った。

ところが運が悪かった。

東京駅で乗って、靴を脱ぎ、ノートパソコンを開いて、さあ、時報の原稿を書き始めようとしていたら、新横浜から、大人3人で3歳くらいの子連れの親子が乗り込んできて、なんと私の隣の席に座ったのである。

今日は日曜日だから、朝の新幹線はがらがら。そのがら空きのグリーン車で、私の横一列だけが子どもを入れた5人が座って、ぎゅうぎゅう詰め。最悪だ。しかも私の隣に座った祖父らし初老の人に、孫がだっこされている。えーって感じ。ようやく隣の母親のところに戻ったと思うと、次にその初老の男性は朝から豪勢な幕の内弁当を食べ始め、食べ終わると今度はサンドイッチ弁当を出してきてぱくぱく。見る間に、まるまる2つの弁当をたらげたのである。

そんなわけで折角のグリーン車での癒しのひとときはもろくも崩れ去り、原稿は進まず、かといって隣のおっさんの弁当の匂いで眠ることも出来ず、2時間20分の旅は不快感に包まれたまま終わったのであった。

おっさん、空いてる新幹線のグリーン車両で大人3人が幼児連れで乗るなら、AとBとD席を予約せい!A・B・Cと座られたときのD席のプレッシャーをちっとは考えろよ。…と心で叫びながら、あ、いいですよ、どうぞどうぞ…っと愛想笑いをする私だったのです。とほほ・・・。金返せ!ってはしたなくも思ってしまいました。

ともかく行ってきます。

ミクシイのあるマイミクさんの日記に
「日本の農村は疲弊している。なのに、外国のチベット問題ばかり大騒ぎするのはおかしい。日本がこんな状態なのにそこに目を向けず 対岸の火事にばかり大騒ぎする連中が嫌いだ。」という書き込みがあった。対岸の火事…まさに私のジレンマもそこにあります。

チベット問題は避けて通れない、っていうのは、2年前にチベットに行った直接体験から私の中には大きな問題意識があり、明治期に信教の自由を抹殺された修験道の徒としては同じ痛みを持っていて、私自身も長年にわたる中国のチベット蹂躙には人一倍憂慮の思いを持ってきました。
先日の大阪・京都でのG8宗教指導者サミット会議でこの問題を取り上げるような状況を作ったのも、そういうおもいからでした。

ただ、だからといって、同じような問題や、地球環境問題をはじめ日本事態の存亡に関わるようなもっと大きな問題はいっぱいあるわけで、加えて、まず自分自身のことだけでもかなり大変な状況があり・・・その辺難しいです。

例の「チベットに平和を…の僧侶の会」の、幹事というお役もいただいていて、幹事としてはまだまだやらないといけないこともたくさんあるのでしょうが・・・。

ともかく今日の午後8時から、その僧侶の会の初の幹事会が東京であるので(ダライラマ法王はもちろんおいでになりませんが、今日は法王のお誕生日でその祝賀会があり、幹事はご招待を受けていて、それに併せて幹事会が開催されます)、なんとか出席出来るように日程調整だけはしました。明後日からの蓮華会の準備で大変な状況なわけで、この東京行きだけでも結構負担になっていますが、ま、ごちゃごちゃいわずに行ってきます。もちろんチベットであえぐ民衆や僧侶の方々から比べたら比べものにならない程度の事なのですから。

こういうときは行動あるのみですね!

7月7日は「恋そうめんの日」

7月7日は「恋そうめんの日」という今日の奈良新聞の記事。ちょーローカルな地元の記事ですが、その記事に載っている写真の娘は私の長女・・・

奈良新聞のHPにも出ているそうですので、ご笑覧を・・・・。
ちなみに結構嬉しそうに娘から今朝メールが来て知りました。
ちょっと写真写りはイマイチと思うのは親ばかかな。



http://www.nara-np.co.jp/n_eco/080704/eco080704b.shtml

怒濤の日々が来ています・・・。

先月22日に大峯奥駈修行を終えてから、身体を休める間もなく、怒濤の日々がやってきています。

27日からのG8宗教指導者サミット会議のあと、30日からは家族同伴の四国での講演旅行。はじめてのい高知と香川でしたが、高知は4歳の末っ子にせがまれて、香美町のアンパンマンミュージアムへ。実は高知はそこだけ。…憧れの坂本龍馬・桂浜・はりまや橋までは足が伸びず、皿鉢料理もなし・・・。走破距離450キロに使って、アンパンマンだけでした。
ま、家族孝行も大事なのですが。

翌日の香川も三木町での天台宗の研修会の講演のみで、三木町泊まり…栗林公園も金比羅さんも行かず、讃岐うどんもSAですすっただけで、速攻で帰ってきました。

昨日は自坊の月例護摩で、信者さん五組のお相手の後、めちゃめちゃ暑い中での護摩でぐったり。今日も信者さんのお相手をして午後は家祈祷出向。 自坊もたまにはやらなくちゃ、いけません。。

明日はダライラマ法王のお誕生日会が東京であり(ダライラマ法王は当然おいでになりません。日本委員会主催だとか…)、例のチベットに平和を・・・の僧侶の会がお招きを受けていて、終わって午後8時から初の幹事会があり、参加してきます。

明後日朝に帰って、七日からの蓮華会の準備。八日は蓮華奉献入峰修行。九日に帰山。そして11日からは再度東京行きとなります。

G8の感想や四国の話などてゆっくり書いている暇がないなあ。

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