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今月の早出し・・・「仏教の危機か?」

毎月の機関誌に書いている拙稿を発刊前に、気が向くと時々先に公開しています。

今月の早出しは「仏教の危機か?」・・・ご笑覧を乞う。

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「仏教の危機か?」

葬式仏教が悲鳴を上げている。家族制度が崩壊し、地域や血縁よる共同体も意義を失い、そういったものを基盤に継承されてきた葬式仏教・檀家制度が壊れつつあるというのだ。いやいや、仏式葬儀すら危ういともいう。直葬だったり、家族葬だったり、僧侶を呼ぶ葬儀でさえもその内容が激変していて、根底から大変革が起きているのかもしれない。

3年前に紀宮清子内親王の結婚式が執り行われたのを覚えておられるだろうか?あのときの挙式に媒酌人はなかった。実は10年ほど前までは八割以上の結婚式に媒酌人がいたが、ここ数年で二割を切ったと聞く。結婚式の形式は激変を遂げたのである。冠婚葬祭というように、葬儀式も同じような変革に晒されている。今のところはまだまだ葬儀に僧侶はつきものだという認識はあろうが、十年単位で考えると、さてどうなっているかわからない。

家族葬は隣近所も親戚も呼ばないで家族だけで挙げる葬儀だし、直葬は通夜・葬儀を執り行わずに、焼き場に直行。釜の前で、お経を読んで、おしまいっていうなんとも味けのないものである。現場に僧侶は呼ばれていても、その内容は昔の形とは違っていて、そういったやり方が急速に広がっている。いや音楽葬や友人葬など、僧侶を呼ばない方がトレンディだともてはやされ、早晩どの葬儀にも僧侶が呼ばれなくなるかもしれないのである。そうすると寺が消えるとともに、先祖供養や仏式葬儀の文化も消滅してしまうであろう。といって伝統仏教界からこの事態に対抗する妙策が提示される様子も余り耳目にしない。わずか新潟の妙光寺・安穏廟など、永代供養墓のような取り組みを知るのみである。

連日のように繰り返し報道される理由なき無差別殺人に、尊属殺人…。野卑は国になったものだとつくづく思うが、その責任の一端を宗教者は自覚しなければいけないだろう。神仏なき時代が、野蛮な現代人を粗製し、心の荒廃を推し進めているのは間違いのないことだ。神仏在りし時代の大事な生活様式はことごとく破壊されつつあるが、仏式葬儀、先祖供養はその最後の砦なのかもしれない。現代に生きる仏教者に危機に瀕した自覚を促したいと願う次第である。自己の利益だとか、お寺の損得に汲々とするのではなく、日本仏教の危機として、仏教者は目覚めなければならないだろう。

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