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弥仙山登拝…奥駈前行2

来月に迫った奥駈に向けて、このところ、前行を怠惰な身体に課している。今日は前回の井根山よりかなり本格的な前行の登拝修行をすることにした。

目指すは弥仙山。この山は綾部市と舞鶴市の境にある標高664メートルの霊山で、古くより「丹波富士」とも呼ばれ、丹波の国の名山としても有名である。しかも修験の霊山である。

弥仙山:推古天皇の白鳳年間・天武天皇大宝年間、役の行者小角が入山修行の道場古跡、僧の行基は入山の事跡あり。又、上杉施福寺、西照寺、口上林十根、東照寺等の開基は、弥仙山を奥の院として建立したるものにして、金峰山には釈迦・文殊・普賢の三尊を奉安し、金峰山大権現と尊称し女人禁制であった。この時代、登山者は数回の川水禊をなし、白衣を着し、峰伝いに登山する者絶えること無しという。~於与岐町ホームページより

この山は私の地元の山である。私の生家は綾部の中でも西八田地区にある。弥仙山は隣の東八田地区なので、地元といっても、ふだん滅多にのぼることがないが、中学校は両地区が合同になって、東八田地区の八田中学に進むため、中学時代の遠足ではかならず弥仙山に一度はのぼらされる。もうはるか30年になろうかという昔の話だから、弥仙山登山の細かな思い出はなにもないが、のぼったという記憶だけはしっかりと残っている。

しかもこの弥仙山は吉野との関係が深い。役行者の開山伝説を持ち、蔵王権現(金峯山権現)が祀られていた修験道の山なのである。明治の廃仏毀釈と権現信仰の禁止で他の全国の修験霊山同様に大きな変容を遂げているが、今でも山麓には水分神社、山頂には金峯神社が祀られ、吉野修験の影響を垣間見る。もちろん中学生時代の私は知るよしもないが、大人になって金峯山寺に入寺してから、あらためて弥仙山のことを知り、いつか登ろうと思っていた。

ただもともと山修行がそんなに好きなわけじゃないし、大峯奥駈の大先達を担っているとはいえ、山登りなどは修行の時以外は絶対にいかない人なので、長年の宿願をはたさぬまま、50の齢を越えたのであった。

故郷綾部の蔵王権現信仰の山である。今にして登拝することに大きな意味があるのだとある種の思い入れを以て、いよいよ入山する。家を8時10分に車で出て、弥仙山の登山口・於与岐町に向かう。ものすごい山間の田舎である。 8時30分着。車を置いて、いざ入山開始。

少し行くと水分神社が登山道の左脇に見る。般若心経一巻を唱え、更に山へ。車が通れる車幅の道を少し行くと、弥仙山登山道と書いた表示にそって、右脇の谷川を丸木橋で渡り、山道へ入る。修行道らしくなってきた。折からの天候の良さと、気候の気持ちよさが新入山の私を心地よく迎えてくれて、山行は順調である。ウグイスや野鳥のさえずりも気持ちいい。

水分神社から約20分ほど登ると、道の脇に高札が見えた。

「大本開祖 修業の滝」と書かれている。

ここ弥仙山は綾部が生んだ偉人出口なおの出身地で、なおは大本教開教以前にここ弥仙山中腹のお滝馬で修行をしたという。その行所の滝がここであった。
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