昨日のよみうり堂(改訂版…本文をつけました)
昨日掲載の読売新聞の書評・よみうり堂で私の共著『熊野 神と仏』が取り上げられました。
以下に添付します・・・。
http://
神や仏の「いま」伝える
紀伊半島の熊野三山、吉野・大峯、それに高野山は、神道、修験道、仏教(真言密教)という異なる宗教の聖地である。網の目のような参詣道で結ばれていて、世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」を形成する。本書は宗教人類学者が問題を提起し、全国に約4000社ある熊野神社の中心である熊野本宮大社の神職と、いまだに厳しい修験の現場で活躍する金峯山(きんぷせん)の僧侶が存分に語る。
西欧の科学につよく影響される私たちは、宗教を哲学としてとらえ、傑出した宗教者の教えを抜き出しては、科学的な分析を試みてきた。だが、本来の宗教は難解なものではなく、人々に癒やしや心のよりどころを与えてくれる。神と仏とが手を携えて参拝者を迎えていた明治維新までの紀伊半島は、まさに人々の心を救う聖地であった。ところが明治維新政府は西欧への対抗を意識し、神仏をむりやり分離して、一神教に似た国家神道を作りだした。太平洋戦争の敗戦によってそれもまた否定され、その結果、日本人の宗教観はずたずたに切りきざまれてしまった。私たちは明治より以前に回帰し、おおらかな神仏の救いを取り戻さねばならない、との提言がなされる。
歴史認識は妥当か、とか、近代化を受容する中で信仰だけがあと戻りできるのか、とか尋ねたいことはいくつかあるが、一つだけ。神と仏は等しくあがめられ、信ずべき存在として1450年が経過した。だから「神か、仏か」という問いは愚かしい、という。果たしてそうなのだろうか。スピリチュアルのすがたを借りたトンデモや、カネもうけのために神や仏の名をかたるデタラメがあらわれた現代、神とは何か、仏とは何かを見つめなければ、「ニセモノ」を見きわめる目も養うことはできまい。自らが選び取る、というふるまいを経なければ、本当の宗教心は生まれないように思うのだが。
神や仏の「いま」を宗教者自身がどう認識しているか良く伝わるという意味で、ぜひにも読みたい一冊。
◇うえしま・けいじ=宗教人類学者◇くき・いえたか=熊野本宮大社宮司◇たなか・りてん=金峯山寺執行長。
原書房 2000円
評・本郷和人(日本中世史家)
*********************
なかなかキツい辛口の評論でしたねえ。ちと反論したいです…。今のマスコミや文化人にありがちな批評っぽいので黙ってられません。
とりわけ評論で、提言として扱われている内容のほとんどは、私がここ5年くらい、主張し続けたことです。また神と仏についてのお話はある種の、あの本の核心の部分です。
それだけに、言いっぱなしにされないように、きちんと話をしたいと思っています。
来年この本の二回めのトークショーを大阪でするので、そこでやろうと思います。トークショーが楽しみになってきました。まあ、でもねえ、大阪でのトークショーは実は、それほど大きな意味が見いだせなかったし、すでに一度出版記念のトークショーを東京のジュンク堂でやっているので、植島先生と九鬼宮司との同窓会的な感じで考えていたのです。それが、私たちなりに反論というか、追加説明というか、そういう機会になりそうで、面白いことになるかもと思っています。
文化人を気取る人たちの多くや、自分たちのいうことだけが常識、自分たちこそが正しい社会通念だと勘違いしている…というようなマスコミらしい評論ですから、料理のし甲斐があります。。
以前、山折哲雄さんと司馬遼太郎さんがどこかのテレビで対談していた映像をみて、「え、司馬さんって、宗教が全くわかってない…」って感じたことがあります。あのオウム事件騒動のことも、事件前にいろんな方が麻原と関わっておられたときに、文化人やマスコミ人が本当に宗教をわかっているのかと思ったことがたびたびありました。
まあ、私もそんなに人に偉そうに言える立場ではないですが、でもそこそこまじめに宗教をやってきているので、私程度のことさえ、体験出来ていない、理解出来ていない文化人やマスコミ人に宗教を軽々に語って欲しくないし、恥ずかしくないのかと思ったりしたのですが、今回の評論の底に、そういう認識度の低さを感じたのですがねえ・・・・。
でもともかく、大阪でのトークショーが楽しみになってきました。
ちなみに来年1月23日夕方、朝カル中之島教室で開演です。
追伸 でもまあ、最後に是非読みたいお勧めの本であるって書いて頂いているから、なにわともあれ、書評として、これは有り難いですねえ。
« 愛知へ。 | トップページ | 静養日にしました »
「書籍・雑誌」カテゴリの記事
- 令和奉祝記念 修験道あるがままに」の第3弾/シリーズ③ 本日発刊!(2019.05.01)
- 「修験道あるがままに」シリーズ② 刊行しました。(2019.04.17)
- 「新たなる挑戦へ・・・『修験道あるがままに』を発刊!」 (2019.04.01)
- 処女作『吉野薫風抄』がリニューアル!(2019.04.01)
- 「新潮選書の新刊、発売間近」(2019.03.27)
コメント
この記事へのコメントは終了しました。
« 愛知へ。 | トップページ | 静養日にしました »
おはようございます!
1月23日ですね。
必ず行きたいと思います。
すごく楽しみです。
投稿: たかす | 2009年11月16日 (月) 10時16分
たかすさん。お待ちしています。朝カルに事前に申し込んで下さいね。。
投稿: 吉野山人 | 2009年11月16日 (月) 12時57分
初めて投稿させて頂きます。書評、読みました。なるほど、全く紀伊山地 いや 吉野・大峯の世界遺産登録の意義を理解されていないようです。奥駈道を歩いて頂いたら、少しは分って頂けるのかも知れませんが。
言論の自由ですから、何をどう表現されようが一向に構いませんが、ややひっかかったものが感じられました。
1月23日 大阪ですね。行けるかどうか未定ですが、講座が待ち遠しいです。
また、本件とは関係ありませんが、奥駈道を「熊野古道 大峰道」とか「熊野古道の一部」とか書いている本がたくさんあります。
それも高名な学者さんまでが・・・。廃仏毀釈の法難をくぐりぬけて継続している信仰は大峯だけのものですし、高野山や熊野と決定的に違う点です。
奥駈道は「参詣」ではなく「歩く、中に身をおく」道です。
熊野古道とは、似ても似つかない、全く違う性質の道です。はばかりなく言わせて頂ければ、吉野・大峯を抜きにして世界遺産は語れません。
奥駈道を熊野参詣道の1ルートとする考え方も改めてもわらなくてはと思います。
初めてで書きすぎかも知れませんが、どうしても違和感がありましたので・・・。
大変、失礼致しました。
投稿: 大峯奥駈道 | 2009年11月16日 (月) 15時51分
大峯奥駈道さん。ども。(奥駈道さんっていうこういうべたな名前の方に話しかけるのっていうのははじめてのことなので、なんかヘンですけど 笑)
ってまあそれはさておき・・・・
>奥駈道を「熊野古道 大峰道」とか「熊野古道の一部」とか書いている本がたくさんあります。・・・廃仏毀釈の法難をくぐりぬけて継続している信仰は大峯だけのものですし、高野山や熊野と決定的に違う点です・・・熊野古道とは、似ても似つかない、全く違う性質の道です。はばかりなく言わせて頂ければ、吉野・大峯を抜きにして世界遺産は語れません。
ありがとうございます。実はここ5年、世界遺産登録を前後して、もう200回近くの講演やシンポに呼ばれ、その都度、仰せの通りの言説を言い続けてきたのですがねえ・・・なかなか熊野キャンペーンの力が強くて、世間には届いていないのかも知れません。
実は熊野古道の講演会には出たくないといいながら(本の中の鼎談でも言っていますが…笑)、三重県主催のこの本の底本となった鼎談に出たのも、こういうことを三重県さんが主張させてくれるから出続けたわけなのですが・・・。鼎談の冒頭で文句を言っているのも書いていますよね。
実際200回近い講演の依頼も、熊野古道が世界遺産になったので、話を聞きたい…というオファーが6割だったという笑えない現実もあります。。「私は熊野古道のことは知りません。吉野大峯や大峯奥駈道の世界遺産のことなら、やります…」と答えると、「あ、それで結構です」っていうやりとりを何度したことか。まあ和歌山県や三重県と、すでに法隆寺と奈良の寺社群の2つも世界遺産持っていた奈良県とは力の入れ方やお金のかけ方がまったく違うということも増長させましたね。
>奥駈道を熊野参詣道の1ルートとする考え方も改めてもわらなくてはと思います。
なかなかわかってもらえない苛立ちさを砂をかむような思いでいましたので、奥駈道さんにそういってもらうと、嬉しいです。
熊野古道は信仰の道としてはすでに近世に廃れた道ですが、奥駈道は今も尚千年のときをこえて、修行が続けられ、信仰も守られ続けている道です。大峯行者として、それは自負をして憚りません!
投稿: 吉野山人 | 2009年11月17日 (火) 05時27分