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今夜は少しだけ、吉田拓郎論

吉田拓郎と出会ってもう何年になるのだろう。僕は陽水も好きだったし、かぐや姫も、郷ひろみも沢田研二も山崎ハコも水前寺清子も好きだったという、かなりいびつで趣味が悪い、そういう10代20代を過ごした。まあ、ちょっと陰気な人間だったかもしれないね・・・。だから正直、その頃はどっちかというと、拓郎より陽水派だったと思う。

でも50代になって聞くのは拓郎ばかり。
たしか拓郎さんは僕より9歳上。だから少しリアルタイムに遅れて、追っかけてきたのかも知れない。そして50代の後半になってようやく追いついたような日々である。

拓郎のなにがいいのだろうか。たぶん正直に自分に向き合い続けている姿かも…。スーパースターになっても人間は人間だ。なにも変わりはしない。神になったわけではないのだから。でも神になった彼はなにもかわっていない自分を常に正直にあらわにし続けて、それを楽曲を通してあがき、発表し続けてきた。

そういう意味で大きな病気になったときは、やっぱり神じゃなかったんだと、厳しく落ち込んだに違いない。心身症になったって言ってたね。

でもそういう彼と同じ時代に生きていられたことを感謝したい。

私という人間が、うすっぺらな人間であることを、誇りをもって抱きしめさせてくれるシンガーだと心から思う。

今、一番の歌は以下↓

***********************

「慕情」  by吉田拓郎

あなたは どうして そんなに 鮮やかに 見えるのだろう
あなたを 遠くで見つめているだけで 涙が浮かぶ
幾度も 追いかけるほど 届かぬ夢
どこまで この想いを 募らせても
あなたが そばにいることは 願わず
あなたが そこにいる ただ それでいい

あなたは どうして そんなに 穏やかに 生きれるのだろう
あなたの 空気を思っているだけで 胸がはりさけそう
憎しみ合うことより 許し合いたい
切なさ 虚しささえ 抱いて生きる
あなたが いなくなることは ありえない
あなたを 見失えば 世界の終わり

あなたは どうしてそんなに 美しく微笑むのだろう
あなたと かすかに すれ違って行く時に 震えてしまう
わたしは 今まるで 魔法の中で 
恋する 少年のような 心になる
届かぬ 愛だけれど 今のままがいい
遠くを 見つめている あなたが好き

*****************

今夜はこの曲を聴いて、ゆっくり眠ろう。

この曲は「永遠の嘘をついてくれ」を自分のために書いてくれた中島みゆきに対する返歌だと言う人もいるらしい。拓郎も若いね。

「あなたが いなくなることは ありえない
あなたを 見失えば 世界の終わり」

・・・こういう恋唄を65歳で書ける拓郎さんはやっぱりスーパースターです。素晴らしい。

http://www.youtube.com/watch?NR=1&feature=endscreen&v=ZajZf1VFWGs

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・・・・ 拓郎さん、ありがと。

9月に大阪で公開講座「修験道を学ぶ」

もう人前で話すような恥なことはやめようと、言った舌の根も乾かないうちに、新しい講座を開くことになりました。別段、覚悟が出来たという訳でもないのですが・・・・。成り行きのままに。

大阪の朝カル中之島教室で9月に新講座を開きます。よろしければお出かけ下さい。

「修験道を学ぶ」

講座内容:

日本独特の山岳宗教である修験道。いま、自然への回帰が望まれるなか、自然とともに生きてきた日本人独自の宗教観をもつ修験道が注目を浴びています。しかし修験道とはなにか、山伏とは何者なのか、世間ではその本質があまり明らかにされていません。この講座では2週にわたり修験の世界を解りやすく解説し、更に最終回は現地講座として吉野山の金峯山寺に祀られる秘仏金剛蔵王権現のご開帳に参観して、修験の聖地を直接案内します。

9月21日 金曜 15:30-17:00
9月28日 金曜 15:30-17:00
10月5日は現地講座金峯山寺参観 10時半頃現地集合

詳細は朝日カルチャーセンター中之島教室まで
http://www.asahiculture.com/LES/detail.asp?CNO=168664&userflg=0

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チームR

金峯山寺では秘仏ご開帳期間中、教信徒の「上堂奉仕」というお行をしていただいている。

各末寺や支局に巡にきていただくのだが、今週末は自坊林南院の番。昨日からお弟子さんやご縁の方々に上山いただき、蔵王堂での靴袋わたしや発露の間の案内など、一日中、お手伝いをしていただいている。

チームRは今回のべ13人。このブログの常連優婆塞ばばあさんも毎年来ていただいている。

ありがたいなあ・・・。

チームRは明日のお昼間で。

日本経済新聞で・・・

5月19日の日本経済新聞の関西版夕刊で紹介された金峯山寺と蔵王権現様ご開帳の記事が、日経webに出ています。

いろいろやりとりをしましたが、どうしてもガードはかけられないということで、秘仏の映像は新聞では使用してもらいましたが、webでは載せていません。 

記事をどうぞ・・・↓

ぼくらの智慧の果てるまで・・・

Photo

もう一月ほどまえに、朝カル講座でご一緒したKさんから、「山尾さんがお好きなようですから…」といって、宮内勝典vs山尾三省の「ぼくらの智慧が果てるまで」(筑摩書房)を頂いた。遅読の私なので、先週ようやく読み終えた。とても面白かった。

もうこの本は書店には無く、中古市場にしかないので、貴重な本である。

ネットで見てみると、宮内さんの著作の中ではそう評価が高くないようだが、私は山尾三省さんの「アニミズムという希望」(野草社刊)っていう本しか読んでなかったので、頂戴した本を読むことで、前著で疑問だったところも氷解でき、一層、山尾さんが身近になった。

先月、朝カルの講座を終えて、飲んだ勢いもあったが、「もうしばらくは人前でお話しするのをやめよう」…って宣言して、そのあと、ほんとにやめようかなあと思ったりしてた。

ところが世の中は不思議なもので、そう思ったとたん、逆に講演会などの依頼が次々に来て、さてさて・・・と思っている。

少し前、このブログにも書いたが(書くこと話すことhttp://yosino32.cocolog-nifty.com/blog/2012/05/post-ea26.html)、少々覚悟を必要としている時期なのかもしれない。

ただ、なにかを背負っていることはなかなかふだんは気づかないことが多い。それがふとしたきっかけで気がついてしまうことがある。

「ぼくらの智慧の果てるまで」の中で、いくつかの気づきが新たに生まれた。といっても、まだ少し形になるのは時間がかかりそうで、すぐに学びや覚悟となるわけじゃない。

まだまだ人前で話さないといけないことがあるような気持ちにはなった反面、大したものは背負っていないのに、背負ったものに気づいて少し疲れてしまって、そんな自分に立ち尽くす日々が続いていた。

まあ、そうもしていられなくなってはいるのだが。

「ぼくらの智慧の果てるまで」が少し私の尻をたたいてくれているのかもしれない。

本書を読んで、二人の対談にちゃんとした答えはないように感じた。それがこの本の評価を下げているのかもしれない。だからこそ、その答えをこの先の人生の中で、自分なりに探しに行こうと思えて、私にはとても面白い著作に感じたとも言える。

石巻・門脇町

ご案内頂いたSさんの実家もそこにあり、お母さんが津波で亡くなったと言っておられた。津波後、10日以上たって遺体を探し出したのだというお話しだった。

おかあさんが津波にさらわれたであろう、自宅の玄関先で、同行した行者とともに般若心経をお唱えした。

もちろん拠点がないうちのお寺では、被災復興がまだまだ進んでいない石巻で、慰霊のための大護摩供法要をおこなうことはそうとう難しいっていうことは改めて実感したが、昨日、あの場所に再度立ったことだけでも本当に意味が深いと感じた。

門脇町の真ん中あたりに更地となった広場があり(周囲全部が更地8なのだが・・・)、そこの献花台にたくさんの人が訪れて献花していた。その前でも般若心経と念仏を唱えしたが、唱え終わって、後ろを振り返ると通りかかった人たちが、何人か一緒にお参りをしていただいた。

私にしか出来ないこと、私だから出来ること…そんなたいそうなことではないが、昨日は改めて、自分の思いを大事にしようと思えた一日だった。

永遠の嘘をついてくれ・・・

人生にはいろんなことがあり、いろんな人生がある。

それは誰だった同じで、初めから覚悟などないまま、大人になるにつれて、自然に気がつくことになるのだろう。

もちろん人それぞれ、全く事情が違っていて、どれが価値があって、どれが価値がない、…なんてことはないわけで、みんなそれぞれ自分の意義の中で生きて行く。

だけど誰もわかっていないだけに「人はみな 望む答だけを聞けるまで尋ね続けてしまう」・・・っていう言葉の真実に出会う。

「出会わなければよかった人などない」のだと歌が教えているが、生まれてきてくれて有り難うっていう感謝でもあると思う。

僕には中島みゆきが吉田拓郎に託した、永遠の嘘をつく・・・そんな器量はないが、そういう想いはよくわかる、そんな夜である。

************

「永遠の嘘をついてくれ」

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作曲:中島みゆき
作詞:中島みゆき

ニューヨークは粉雪の中らしい
成田からの便はまだまにあうだろうか
片っぱしから友達に借りまくれば
けっして行けない場所でもないだろうニューヨークぐらい
なのに永遠の嘘を聞きたくて 今日もまだこの街で酔っている
永遠の嘘を聞きたくて 今はまだ二人とも旅の途中だと
君よ永遠の嘘をついてくれ いつまでもたねあかしをしないでくれ
永遠の嘘をついてくれ なにもかも愛ゆえのことだったと言ってくれ

この国を見限ってやるのは俺のほうだと
追われながらほざいた友からの手紙には
上海の裏街で病んでいると
見知らぬ誰かの下手な代筆文字
なのに永遠の嘘をつきたくて 探しには来るなと結んでいる
永遠の嘘をつきたくて 今はまだ僕たちは旅の途中だと

君よ永遠の嘘をついてくれ いつまでもたねあかしをしないでくれ
永遠の嘘をついてくれ 一度は夢を見せてくれた君じゃないか

傷ついた獣たちは最後の力で牙をむく
放っておいてくれと最後の力で嘘をつく
嘘をつけ永遠のさよならのかわりに
やりきれない事実のかわりに
たとえくり返し何故と尋ねても 振り払え風のようにあざやかに
人はみな 望む答だけを聞けるまで尋ね続けてしまうものだから
君よ永遠の嘘をついてくれ いつまでもたねあかしをしないでくれ
永遠の嘘をついてくれ 出会わなければよかった人などないと笑ってくれ

君よ永遠の嘘をついてくれ いつまでもたねあかしをしないでくれ
永遠の嘘をついてくれ 出会わなければよかった人などないと笑ってくれ

http://www.youtube.com/watch?v=q1sRAXZ-qLM&feature=related

永遠の嘘はつけないけど、出来るだけ正直に、出来るだけ素直に実直に生きて行けたらと思う。永遠の嘘、ってそういうことなのかもしれないから。。

ボクはそう思っている。そしてこれからもそう生きていきたい。

中島みゆきの歌旅を観た

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おととい、娘と中島みゆきの映画コンサートフィルム「歌旅」を見た。最近なにかというと娘とばっかだなのが・・・。

映画の中で「同じ時代にいきてくれてありがと」ってみゆきさんが観客に言っていたが、幼稚園だった頃の娘を思い出し、隣にいる大人になった娘が不思議に思えた。同じ時代に生きていてくれて、ありがと…って娘にも密かに呟いた。

歌旅…はそんなに中島さんの大ファンではないので、画面に歌詞を出して欲しいと思ったくらい、ちょっと歌詞が聞き辛かった。コンサートフィルムなのでしょうがない。でも、ファンならいらんことするなって思うだろうな。吉田拓郎の映像だったら、そう私も思うにちがいないから。知っている歌は3曲しかなかったので、正直歌詞がほしいとずっと想いながら見ていた。誕生は歌詞、とくに身にしみた。

誕生 中島みゆき 歌詞情報 - goo 音楽 #goomusic_tw http://music.goo.ne.jp/lyric/LYRUTND3012/index.html

・・・でも娘と一緒に観ることができたことはともかく有り難い。最後の「荒野より」のPVではちょっと泣いた。

それと驚いたのは中島みゆきは私とは4学年上の世代。同い年か、少し下にしか、あの映像は見えなかった。女性は恐るべしですね。

本日10万人の秘仏拝観者達成!

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3月31日以来、50日目の本日、参拝者数が目標の10万人を越えました。今日は約2200人。夜間拝観も昨日今日連日120名を越えて大盛況です。

この観桜期・新緑の4月5月期の秘仏本尊ご開帳は平成17年に世界遺産登録時に行っていますが、その当時の状況からしても今年のこの目標はかなりきついレベルでしたので、凄い数字です(当時は拝観料500円で同じ日程では約8万8千人..。今回は国宝仁王門勧進寄進ということで拝観料は1000円です)。

フーテンの寅さんDVDマガジン

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もう1年半も前から発売されている「男はつらいよ フーテンの寅さんDVDマガジン」で、ようやく吉野山がロケ地となっている第39作目「寅次郎物語」が企画され、今日、その取材に金峯山寺を訪れて頂いた。DVDマガジン → http://toramaga.jp/

私の周辺の方はすでに知っている人も多いと思うが、ロケ地となった金峯山寺を代表して(ホントは私が出ますって勝手に出たのだが…)あの映画にはエキストラとして、若かりし私は2シーン出ていて、エキストラでは唯一、台詞もある。

その台詞、今でも覚えている。「このお堂が金峯山寺蔵王堂でございます…」だ。観光客を引き連れて、寅さんの後を、蔵王堂に入っていくシーンだった。もうワンシーンは山伏姿である。是非ご覧頂いてご確認ください。ちょっと顔は、今と違うかも知れないけど。

あの作品のヒロインは秋吉久美子さんで、その映画のご縁は3年前にジュンク堂のトークショーなどてご一緒したり、伊勢の世界遺産シンポでご一緒したり、いろいろ繋がっている。

ところで、その秋吉さんとのツーショット写真は引き延ばして今も大切に飾っているのに、あのときは、寅さんと、それから山田洋次監督ともツーショット写真を撮らせて頂いたが、ネガも写真もない。貴重な写真であるが、とても残念だなあ。(下の写真は伊勢の国際シンポジュームのときのもの)

Mail

DVDは7月10日に発売。楽しみである。

→ http://toramaga.jp/list/index.html

よろしければ是非!31歳の私がそこにいます。

自画自賛してもよいですね…「古寺名刹・金峯山寺編」

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BSフジの「古寺名刹こころの百景・金峯山寺編」を見ました。リアルタイムには見れなかったのですが、録画したものを先ほど見ました。正直、なんか凄いなって思いました。

ここ10数年、たくさんの方々に応援はしていただきましたが、自分自身では、どこかで孤軍奮闘なところもありました。しかし、ずっと世の中に訴え続けてきたことが、どこかでなにかに通じていると、この番組で感じることが出来ました。ほんと、嬉しかったし、有り難かったです。

母の死や、いろんなことがきっかけでこの春はずっとブレイクハートしていましたが、うじうじしている場合じゃないです。それを改めて、実感しました。私にとって、なによりの、グリーフケア(悲嘆ケア)の番組となりました。

実はあの番組はそれほど内容を把握していないまま、収録があり、質問されることに答えただけだったのですが、放映の内容をみると、すごく男前の話をしていました。ちょっと自分でも驚いたくらいです。

自分でしている話に恥じないように頑張ろうと、改めて元気付けられました。そう、自画自賛できる番組でした。

再放送もあると思います。見逃した方は是非!

また再放送日がわかれば告知します。

番組サイト  →http://www.bsfuji.tv/top/pub/kojimeisatsu.html

中外日報社の論壇に寄稿

今年3月21日に大阪の近鉄百貨店アート館にて行いました紀伊山地三霊場会議フォーラム「吉野・熊野・高野から未来を考える」の詳報を書いて、中外日報社で掲載して頂きました。ちょっと前なのですが…。

よろしければご覧下さい。

 

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*写真はみんなで打ち上げで盛り上がる 記念写真です。

母のいない母の日

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今日は母の日です。

生まれて56年、はじめて母のいない母の日を迎えました。ちょうど今日は母の月命日。でも吉野生活中の私は母のもとに戻れませんでした。だんだん母のことが遠くなるように感じますね。

生きていくとはそういうことなのですね。

あいかわらずぐずぐずしている私を母は、心配しているかもしれません。・・・死んでもなお心配を掛けるのは情けないことです。

自分が子どもを得て、父になり、そのうち、父がなくなり、母がなくなり、そして私もまた父や母と同じ道を歩きつつある。

生きている内にやっておかないといけないことがまだまだありますが、こんな日くらいは、父や母への感謝を忘れないようにしたいものです。

父も母もいなくなっても、母の日、父の日はそれぞれ感謝の心を捧げたいと思います。

蔵王権現入門は1500円

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私のブログの右下に出ている書籍案内で、『蔵王権現入門』があるが、Amazonでは2476円という値段になっている。

定価は1500円(+税)で、蔵王堂では1575円で売っている。

本屋に置いてないので、こういう値段になるのだろうが、私の『修験道っておもしろい』が69円で出ているのはとても恥ずかしい。

夜間法話とナウシカ

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昨日の蔵王堂夜間拝観は150名を越える大盛況だった。100名が定員だが、断り切れなくて、定員を超えたようである。ありがたいことだ。

今回は計12回のご開帳期間中の夜間拝観であるが、昨日でちょうど半分を終えた。

私も3回、導師を担当して、夜間法話をさせていただいている。

今回の法話では、毎回、蔵王権現様の肌の色=青黒を説明するのに、すこし下世話な話だが、宮崎駿さんの「風の谷のナウシカ」を話題にしてきた。なんと、ちょうど一昨日のテレビで、ナウシカが再放送されたので、昨日はタイムリーな話となった。

ナウシカが王蟲の暴走をとめるため、ペジテに捕まった船からアスベルの母の手助けで脱出して風の谷に向かうが、そのとき来ていた服は赤だった。王蟲を止めて、王蟲の青色の血にそまったナウシカの服は青に変わる。ラストシーンは青い衣の聖者となるのだが、青は世の東西を問わず、聖なるものの象徴なのである・・・と話している。

仏教では青黒は仏の慈悲を表す(聖不動経)をするが、まさに蔵王権現の青は聖なる仏の慈悲なのだ。忿怒の形相もすさまじい悪魔降伏のお姿の奥に、仏の慈悲がお肌の色として現れていると、説いてきた。

今回はJR東海のキャンペーンと共同して、青の蔵王権現・青の吉野山をテーマにいろんな活動があったが、この時期にナウシカの再放送があったのも、私にとってはとても不思議な符合である。

「古寺名刹こころの百景」金峯山寺編は5月15日放映

BSフジで始まった毎週火曜日午後6時ー6時55分放送の新番組「古寺名刹こころの百景」の第2回は金峯山寺編。

先週の延暦寺からはじまって、古刹名刹を紹介する番組です。

金峯山寺編の放送は5月15日です。

私もいろいろ話をさせられています。結構長く使いますからと、「デレクターさんに言われてますが、さてさて・・・。

BS視聴可能な方は是非ご覧下さい

もうすぐ母の日。。

Pa0_0131 もうすぐ母の日ですね。

生まれて初めて、私は母の居ない母の日を私は迎えます。

先日ある霊能をもつ人から、「おかあさんが心配しておられますよ」って告げられました。ことの真意は別に、まあ死んでからも心配をかけるのは情けないなあって、ちょっと反省。しっかりしないとね。

去年の母の日は、母は病院にいました。カーネーションを買っていったら、喜んでくれました。その日は、ずいぶん長いこと母のそばに付き添っていたように思います。手をさすったり、足をもんであげたり、いろいろしながら、なんかたくさんのことをしゃべったように思いますが、今となれば、あまりひとつひとつのことを思い出せません。ただベットの上で、生きていてくれた母がいたことだけは確かでした。

母の葬儀を終えて翌日には私は吉野に戻りました。伝法灌頂というおおきな行事が控えていたので、すぐに戻らないといけなかったのでした。それからこの2月まで、ずーーと忙しくして、ようやく節分を終えて、自分の時間を持つことが出来るようになりました。そして母のいない、寂しさにもあらためて気づくことになったのでした。ちょっと心と体のバランスがくずれていったのは、そのせいもあるかもしれません。

でもまあ死んでからも心配をかけちゃあ、情けないですね。

みなさん、お母さんを大事にしましょう!

書くこと、話すこと

私は今でこそ人前で話すようになりましたが、本当はとてもそれは苦手なことでした。下手な文章ですが、話すより、文章を書いていた方が心地よい人なのです。

35歳の頃に本が出せたのも実はそういう気性から、ああいう文章を綴ってきたからです。今でもこういうブログや最近ではツイッターなど、こまめに文章が書けるのも、私の性分なのです。メールもお手紙もさくさくと書けますし・・・。

ところが世界遺産登録を前後して、人前で話す機会が爆裂的に増えました。なにしろ多いときは月に6,7回の講演を依頼されたことがあります。10月11月の2ヶ月で13回の講演をしたこともあるくらいです。講演が主たる仕事ではない身にとってとんでもない時期がありました。

そのうち、お金をもらって行う講座などにも呼ばれるようになると、もうこれはしゃれでしゃべるようなわけにはいかず、真剣勝負のような場面を何度も経験させていただきました。

今でもそうですが、ほとんど、事前にお話しすることを書いて準備をしてないとうまくお話しはできません。フォーラムでもシンポでもそうです。そういう準備のない会話はいたって苦手です。実は電話も苦手なのです。おしゃべりな人間ですが、お話しするのはやはり苦手。よほど親しい人でないと電話で話は出来ません。

今夜の夜間拝観法話も、原稿があります。

でも経験値は凄いですね。だんだん慣れてきて、最近は書くことより、お話しをする機会が増えてしまいました。まあ文章は大したことがないので、しょうがないのでしょうが。。もうあがったりはあまりしません。6000人の前で、スピーチしたり、いろんな経験がありがたいです。

それでも、本当は今でも人前で話すことは苦手なのです。

苦手なのですが、でも、それをしなくてはいけなくなってしまったように思います。覚悟、しないといけないようです。頑張ります!

追伸 今夜の夜間拝観で、権現様に覚悟を迫られました。怖かったです。

奥駈前行1

今月に入り、奥駈の前行をようやくはじめた。

5月1日、家から車で約半時間にある霊峰・弥仙山に登拝。一年ぶりである。

この弥仙山。明治までは蔵王権現様がお祀りされていた所。金峯山寺にいる私との関わりは深いわけだ。金峯山寺との関わりの名残は今もあり、入口の神社が水分神社。そして山頂が金峯山神社。まさに金峯山信仰そのものが、蔵王権現という神号は失っても残っているのである。

この山中にはあの大本教を開いた出口なお開祖が修行をした滝場もある。

午後12時半に、水分神社で勤行。ゆっくりと、ほんとにゆっくりと山頂を目指す。リュックには5キロの荷物。約30分かけて、中腹の社に到着。そしてそこから約40分かけて、山頂の金峯山神社に。都合1時間10分の道のりであった。

こんなペースではとても奥駈など行けないのだが、このところの我が身の怠惰ぶりを振り返れば、無理せず、ともかくゆっくり昇ることをこころがけた。

山頂で勤行をはじめると、ゴォゴォと風がなった。

久しぶりの来訪に、金峯山の神々が答えてくれているようで、実は号泣してしまった。ちょっと情けなくなった。

下りは普段だと、30分ほどで降りるが、今回は下りもゆっくりと降った。午後3時、もとの水分神社で勤行をすると、やはり空で風が鳴っていた。

やはり、私は山伏なんだなあと、漫然と思い知らされた前行となった。ありがたいのか、情けないのか・・・・。それには、弥山の神々はなにも答えてくれなかったように感じた。こんなんじゃ、奥駈、行けないねえ。

写真は水分神社。中腹の社。山頂の金峯山神社とその扁額。

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「フキの唄」

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世はまさにゴールデンウィークのまっただ中。私はというと、ま、ひたすら引きこもりの日々。黄金週間は世の人々にとっての非日常でしょうが、私にとっては引きこもりが非日常なのかもしれません。ちょっと人前に出ることに、疲れをおぼえているのも事実。もうしばらくここにいたい気持ちです。

さて、この季節、フキと竹の子ばかりを食べます。

昨日は竹の子掘りに行きました。

うちの竹藪は山の中にあり、手入れが行き届いていないので、もうすごいことになっていて、とても掘りにくいのですが、竹の子はそんじょそこらのよりは遙かに美味しいです。

で、昨日は月例の護摩を終えて、お弟子さんを従えて、竹藪へ。久しぶりの豊作で、1時間あまりで36本をゲット。

このところ、自虐的に生きていて、正直、心身ともにもうぶっ壊れそうなので、自然の力をいただいて、元気にならなくちゃ。

肝臓が不具合になり、昨日からお酒が飲めなくなりました。そいで、ドクターストップ状態。で、美味しい若竹煮と熱燗という絶妙のコンビをいただけいない・・・うぅ。これが、誠に残念です。

ちなみに山フキも大好きです。最近は吉田拓郎さんの唄の影響で、フキのハッパも大好きです。あれ、今まで捨ててきたけど佃煮にするとすんごく美味しいね。

「フキの唄」が心にしみます。

********************

「フキの唄」 by吉田拓郎

日々の暮らしの中で ふっと息を吸い込むと
人間は果てしない欲張りで
足りないものがある そこが我慢出来なくて
何もかも手に入れたいと思ってる

僕が子供だった頃 日本は貧しくひ弱で
お金もなく肩寄せあって生きていた
物が足りないのは みんな一緒だし普通だし
何よりも平和が大切でありました

僕はフキが大好きです 毎日でも食べたくなる
フキは茎だけでなく 葉っぱもとてもおいしくて
僕は竹の子も好きです 毎日飽きることはなく
柔らかいとこだけでなく かたい根っこあたりも 大好きです

短い旬の味は その季節まで待てばいい
人の世は常に満たされなくていい
何かが足りないからと それが今ここになくても
大丈夫 心が貧しくならなけりゃ

僕はフキが大好きです 毎日でも食べたくなる
フキは茎だけでなく 葉っぱもとてもおいしくて
僕は竹の子も好きです 毎日飽きることはなく
柔らかいとこだけでなく かたい根っこのあたりも 好きなんです

人が生きる道もまた おいしい事ばかりじゃない
足りなくて満たされぬ日が多くある
何かが足りない時も その事を受け止めたい
何もかも求めすぎず おだやかに

http://www.youtube.com/watch?v=aGGGnR7Cz8Y

*****************

・・・・「何かが足りない時も その事を受け止めたい。何もかも求めすぎず おだやかに」っていうのは、まるで、自分に言われているように感じますよね。

なにもかも手に入れるには私はひ弱すぎることが痛いほどわかったです。フキと竹の子で満足しなくちゃ…。そう、 なによりも平和が大切なんだから、と。

でも、そういうの、ホントはとてもいやなんですけどね。

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