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徒然に・・・「死を想う」

最近、ちょっと自分の死について考えていたので、書いてみたくなった。

還暦も数年後に迎えるし、まあそろそろそういうことを考えてもよい歳だということなんだろう。

ところで、死を考えるといっても、まだ本当の意味で、切迫感はない。切迫感が無いからこそ、自分の死をある意味、自由に、そして楽しげに考えられるのかもしれない。そりゃもう目の前に死が迫っていると、自分の死を優雅に語ることなどきっと出来なくなって、必死でもがいているか、余裕が無くなっておたおたしているに違いないだろうから…。まだ死が少し遠くて、でも他人ごとではないくらいの身近さがある、今のうちに考えるのも悪くはないだろう。

私には家族もいるし、支えてくれる友人も多い…と思っている。でも、もし身体が衰えたら、たくさんの人に迷惑をかけることになるのはやはりいやだと思う。衰えて情けない姿を晒したくはない。

昨年、母が10ヶ月入院して、結局一度も退院させてやれずに亡くなったが、衰えていく母を見ながら、ほんとに辛いだろうなあと痛感した。亡くなる3ヶ月前ぐらいには、見舞いにいくと母が意識をもうろうとさせながら、「おかあちゃーん」ってうなされている姿を何度も見た。いずれ私も行く道…なのだろうが、それでも母はよく耐えて、最後は私や回りの人たちにお礼ばかりを言っていた。

私は母のようにはなれそうにない。また、妻や子どもに世話になるのも、なんだか辛い。かといって知らない人にお世話になるのも寂しいような…。突然死が理想といえば理想だが、どういう突然死がいいのかは皆目見当がつかない。たくさんの人に迷惑をかけるようなことも出来たら避けたい。

死について、友人が断食死がいいといっていたが、それも悪くないと思う。ただ少しずつ食事の量を減らし、五穀を立ち、断食死に至るというのはそうとうの覚悟と気力がないと無理なような気がする。断食はもう十年以上前から三日断食道場を寺内で開いていて何度もやったが、三日くらいの断食経験ではたぶん断食死は無理だろう。

じゃあ、どんな死に方がいい…って改めて思うが、やはりお任せしかないのかもしれない。以前にどこかで書いたが、大峯奥駈修行中に、死をイメージした経験ある。目を閉じると、頭上から白い大きな光が降りてきて、包み込まれるような気持ちになった。あぁ、こういう感じで死を迎えられたらよいなと思った。

白い高貴な光に包まれるような死に方をするのには生きている間にそれに相応しい生活や人生を送らなければならないと、そのときの体験で感じたが、そんな死に方は自らの毎日を顧みると出来そうにない。やはりみんなに迷惑をかけまくって、のたうち回るのが関の山なのかもしれない。

結局、あるがままに生きてあるがままに死ぬことになるのだろう。どんな死に方をしようと、それが自分らしい死に方なんだろう。できれば無様な姿を晒そうと、人にお世話になろうと、最後は高貴な光に包まれて死のそのときを迎えたいものだけど。

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言葉を綴る⑤

おはようございます。今朝書いたばかりのつぶやきも含めて、まとめてみました。

言葉を綴る…パート5 をお届けします。

「思い通りにならないことをじっと耐えることが魂を成長させる。だだっ子がわがままを我慢するよう躾けられるように」

~いくつになっても見果てぬ夢がある。理不尽なくらいかき立てられることもある。しかし全てを手にすることはできない。そしてそれを学ぶことが魂を成長させるのかもしれない。学びは終わらない。

「自分の周りで起きることの全ては自分に起因していると受け止めること。そして、それが出来てもなお人生は生きにくい」

~恵まれた人生を送っていると思う。有り難いことである。そう思うことも気の迷いのようなものだとわかっているが、常にプラスに受け止めた方がいいに決まっているのだから。

「感謝と懺悔。これさえあれば大体のことは乗り越えられる」

~そう思っていてもなかなか感謝と懺悔が言葉に出来ない。ありがとうございます、貴方のお蔭です、私が至らないばかりに…と口に出る前に、なんでそうやねん、おまえはあほか、これだけしてやったのに…と言って暮らす毎日なのだ。

「人間はすぐ調子に乗る。でも調子に乗れないと人間は大きくなれない。そして調子に乗り過ぎると終わってしまう」

~人間は調子に乗るから、より上に行けるのだと思うけど、乗りすぎるとすぐに自分が見えなくなって終わってしまう。そこが難しいと改めて思う毎日暮らしだ。


「非日常から日常へ…。そういう行き来が当たり前だとわかっていても、日常に埋没するのはいやですね!」

~もうなんにも言いません。非日常の毎日は楽しかったのかもしれません。日常にいつか戻らないといけないのです。でも日常ってやはりつまらない毎日で、そしてとても大切な毎日なのです。

「有り難い。目覚めることが有り難い。朝日が昇ることが有り難い。ここ(地球)に生かしていただいていることがただただ有り難い」

~朝陽を浴びながら、新緑の山中を走っていて、つくづくとそう感じた今朝…。世の中ではおぞましいことが起こり続けているけど、やっぱり生きていることは有り難い

「時が人をしばり、時が人を癒す。真実は移ろうことのみ。時は残酷にして、救いでもある。ただ、移ろうことに身を任すのみ」

~時計がなければこの世に時間は存在しない。ただ移ろいのみが流れていく。せつなさも、喜びも、苦しみも、楽しみも、ただ移ろう人生。今日咲き尽くす一日の花。

「嬉しいと笑う。悲しいと泣く。健康に生きている証拠である」

~ちょっとのことでも人の心は大きく動く。楽しいと笑うし、辛いと泣きたくなる。そういう毎日を生きている。みんなといるから生きていけるのだと、みんなの笑い声を聞きながら思った。

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金光寿郎さんはすごいなあ。

先ほど「ラジオ・宗教の時間ー紀伊山地の神仏信仰」が、NHK第二放送で再放送されました。

さすがは金光アナです。うまくリードしていただいていますねえ。久しぶりに聞きましたが、お蔭で私もそつなくお話しが出来ていました。確かあのときは全く打ち合わせなしで、いきなり録音がはじまり、30分きっかりで終わりました。ほぼ生録のような番組です。

聞き所はハレとケですかな。

来週にも再放送されます。聞き逃した方は、7月1日(日)午後6:30~7:00です。

同じ時間にインターネットラジオでも聞けます。

 http://www3.nhk.or.jp/netradio/

Penguins

明日朝の放送です。

2年前の5月に放送された番組名「ラジオ・宗教の時間ー紀伊山地の神仏信仰」が、いよいよ明日朝、NHK第二放送で再放送されます。

放送時間は明日6月24日(日)午前8:30~午前9:00

それから来週7月1日(日)午後6:30~7:00。

まあ、日曜日のこんな時間って聞きにくいでしょうけど。毎週聞いている人は聞いているのでしょうね。

内容は「紀伊山地が世界遺産に登録されて5年を記念したフォーラムが奈良県吉野町で開催されたことをうけ、金峯山寺執行長の田中利典さんに山岳信仰の未来についてお話を聞く」というものです。

出演者 金峯山寺執行長…田中利典
きき手 元NHKディレクター…金光寿郎

ラジオ宗教の時間は、ずいぶん前、世界遺産登録直前の2004年に一度出たことがありますので、今回の再放送は2回目のもの。

以下、番組の公式サイト・・http://www.nhk.or.jp/program/kokoro/

言葉を綴る④

しばらくいろいろあって、パソコンから離れていたので、2日ほど、お休みでした。

言葉を綴る…パート4をお届けします。

「ひそかに大事に生きることはけなげで、強い生き方だ」

~正直に生きることと、大仰に自分の生き様を言い立てて生きることは違う。勘違いしているわけじゃないけど、弱い自分をみせてしまう、さもしい自分を時として自覚する。でも、出来るだけ、けなげに生きて行きたいものです。

「愛しています。そのままの貴方を。そのままの私を。同じ時をご一緒出来て、とても幸せです」

~僕は今夜何人の人に愛しているって言ったかわからないくらい、繰り返して言った。あんたが嫌いっていう、100倍くらい、愛しているっていう言葉の方が幸せを教えてくれる。満足した夜です。

「まず精一杯に生きてみる。笑いながら生きてみる。回りの全てが輝いてみえるはずです」

~69日にわたる蔵王堂秘仏ご本尊ご開帳が今日で終わります。たくさんの方々のお参りをいただきました。多くの想いが全国からここ吉野山に寄せられました。多くの人々の様々な願いを大切にしたいです。

「自分らしく生きることが周りの人にいかに迷惑をかけていたとしても、それを受け入れてくれる人たちに囲まれて生きて来れたことに感謝したい」

~希有なことはたくさんある。でもその希有なことに恵まれてきたことを気づかないといけないし、感謝しないといけないとつくづく思う。

「ファイト!自分を励まさなければ、自分が自分でなくなるっていうくらい自分を自分で励まさなければ人間は些細なことでさえも、負けてしまうものだよ」

~吉田拓郎の「ファイト」を聞きながらそう思い、僕にはまだファイトが残っていると自覚しています。

「愛と慈悲とはちがう。愛は渇愛、慈悲は慈しみ。慈しみには常にあらゆるものへの感謝が伴う」

~蔵王権現様の前にたたずむと、その形相におもわず後ずさりをするような怖さを感じるが、それに耐えてたたずめば、内なる慈悲を感じる。我欲や渇愛に生きる我が身もそのまま受け入れらてしまう大きな力。南無蔵王権現。

「全てを与えても与えきれない。全てを奪っても奪いきれない・・・それが我執というものだよ」

~あるがままに生きることはやはりなかなか難しい。常に我執という自分との戦い。流れのままと思っても、我が出てくるし、我に振り回される。我執も認めた上で、自由な自分を生きたいものだ

「与えられたものが全てなんです。受け入れること、感謝すること、そして希望をもつことです」

~今の自分を自分たらしめる、全部のことはなにかによって与えられしもの。父も母も妻も子も、友人も師も弟子も同僚も。そう思えば心は広がり、自分を越えたなにかと出会えるような気がします。

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言葉を綴る③

日曜日の朝です。日曜日はアクセスが減る日なのですが、今朝も言葉を綴るのまとめ…パート3をお届けします。

「与えられたものが全てなんです。受け入れること、感謝すること、そして希望をもつことです」

~今の自分を自分たらしめる、全部のことはなにかによって与えられしもの。父も母も妻も子も、友人も師も弟子も同僚も。そう思えば心は広がり、自分を越えたなにかと出会えるような気がします


「自分の気持ちに素直が一番。でも素直なだけではだめな浮き世も思い知って、それでもなお素直で生きたいと私は思う」

~自分の気持ちに素直なだけではうまくいかない。なぜなら、人間っていうのはわがままだし、自己中心にしかものを考えられないし…だから素直なだけではうまくいかない。それでも自分に素直に生きたいと思う。

「みえなきものを味方にするものは強い」

~佐藤優さんの講演会で、佐藤さんがしきりにそうおっしゃっていた。キリスト教にしろ、仏教、神道にしろ、みえなきものとの繋がりの中に信仰の世界がある。それは信仰者という特殊なものではなく、いきとし生きるもの全てに通じることなのだと私も思う。

「一生懸命ゆっくり生きよう。なにかとゆっくりは出来ない人生だからこそ」

~毎日毎日忙しいけど、だからこそ一生懸命ゆっくり生きようと思っていたいね。忙しいと見過ごしてしまうものがばかりになってしまいます。もったいないです

「もらったものはお返ししなくちゃ。父や母からの贈り物は我が子に。そしてたくさんの人からもらったものはよりたくさんの人に」
~生きているってことは、たくさんの恵みを頂き続けることだけど、そのいただいた恵みをどれだけ増やして、人に巡らせることだとも思う

「君の心がわからないのが一番辛い。でももっと辛いのは忘れられてしまうこと」

~初恋のときってそんな感じで生きていたんじゃなかったかなあ。なんだか遠い昔のようなこと。忘れられてながく立つ・・・。人間だんだん汚れていくね

「正直に言いますが、もう正直に生きる以外、自分を自分をたらしめる方法がないような気がします」

~人はやっぱりどこかで自分を取り繕うと思う。正直に生きることはしんどいものだ。でも正直に生きることの方が実は取り繕う自分を保つより何倍も楽なのですよね。改めてそう思った夜です

「想いが大きいからと言って、必ずうまく行くとは限らない。時を得ること、幸運を得ること、そういうものが伴わないと物事はうまく行かないものだ」

~なんでもうまく行かない方がよいこともある。どこで運を使うか、どの時を活かすか、それが肝心。しかし得てして人はここという時にやれないものだ 。

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言葉を綴る②

言葉を綴る…パート2をお届けします。

「みんな誰かのために生きている。生きていると言うことはそういうことだ。だから自分のために生きるより、誰かのために生きることが一番の幸せだと思う」

~明日の朝も祝福があることを念じましょう。南無蔵王権現

「いざというときに力を出せない人間はだめなんだ。それはどんな時でも、どんな場合でも。」

~テレビニュースから流れるカン元総理の言い訳を聞いていて、彼が可哀相に思った。言い訳しか彼にはないのだろう。テレビに出るなよって思った。一番可哀相なのは国民なんだから・・・。

「永遠に生きることが出来ないことがわかっているから、この一瞬を大事に生きたいと思う」

~そんなことはみんなわかっているよ。わかっていても、そう叫びたいときもある。そう…生きること、生きているってことは、いつもそういうものなのだ、って確かめたいときがあるよね。

「どうやってもだめなことはある。どうやってもだめなときもある。ぐっと我慢する」

~その、ぐっと我慢ができなくて、じたばたして、結果がいいことなんてないのです。でも人はその我慢ができなくなってしまう。可愛いものです。そういう自分を認めるしかありません

「偽善と真実の中で生きることの意味は大きい」

~どうせ人間の人生など行き当たりばったりで、真実など無いのだとうそぶいているが、そこにしか生きる場所がないということを突き詰められている

「今日一日を心を尽くして生きるだけ」

~いつのときも、誰に対しても出来るだけのことが出来る自分でありたいと思う。もちろんそうはいかないときの方が多いのが凡人であるし、それも是としつつ、心持ちだけでもそうありたいと思う

「自分がどんなに惨めな存在であるか、しっているのは自分だけ」

~人はみんな虚勢をはって生きている。頑張って生きている。でもたまには正直に本音をはいてもいいよね。だって自分のことは全部自分がしっているもの。

「執着しつづけるから心が堅く固まり苦しくなる。執着を手放せば心は開放されるのだ」

~執着心とはやっかいなものだ。頭でわかっていてもなかなか簡単に執着はなくならない。忘れること、捨てること、離れること…思い通りにならない自分の心が一番やっかいである。

Chrysanthemum

許せません!!!

友人からのメールです。添付します。許せませんね!!

関係者で既に話題になっていることと思いますが、
各地でご神木を故意に枯らして換金化を図る者・業者が出没しているようです。
注意喚起が必要かと思います。

大木を狙って、薬剤で枯らせた後、業者として現れるそうです。
(やり口が中国人っぽいでしょうか。)

とも(佐竹)

(以下引用)
http://satehate.exblog.jp/18099189/
「ご神木」への攻撃こりゃひどいな

小社会 2012年06月10日07時59分
http://www.kochinews.co.jp/?nwSrl=289484&nwIW=1&nwVt=knd

いつごろ、何で読んだのかは忘れてしまったが、米国の初代大統領ジョージ・ワシントンの少年時代の話は記憶の底に残っている。桜の木を切り、怒った父親に「自分がやりました」と正直に告白、逆に褒められたという逸話だ。

多くの人々の心を打った誠実な少年の話は、いまでは伝記作家の創作とされている。それでも先年、ワシントンが少年時代を過ごした住居跡が発掘された際、桜の木の切り株を捜したのは、神話が生き続けている証しといえる。

県内各地で、クスノキやヒノキ、スギの大木が人為的に枯らされる被害が相次いでいる。ワシントン少年はおのを使ったが、こちらはドリルで根元に十数カ所の穴を開け、薬剤を注入するという悪質さ。樹木医の懸命の治療でも回復しなかったようだ。

神社の「ご神木」として、地域の住民らに古くから親しまれてきた大木も含まれている。「罰当たり」というほかないが、手間をいとわない周到な手口からみて、単純ないたずらとは考えにくい。いったい誰が、何のために…謎は深まる。 

日本樹木医会県支部はボランティアの協力を得て、早急に見守り体制をつくるという。広い県土ゆえに難しさはあるだろうが、地道な努力が再発防止につながればと願う。むろん、警察の捜査にも期待したい。

大地に根を張った巨木は、その地域の自然や歴史などを体現したような存在だろう。これ以上、悲しませないで。

以下に写真多数
http://tokiy.jugem.jp/?eid=957

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一体なんなのでしょうね!日本の大切な宝の一つであるご神木を守りたいものです。

みなさんのお力を!

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言葉を綴る①

「言葉を重ねる」はパート6で、一旦、終わりました。

その後復活させましたが、「呟き」に合わせて、少し文章を書いています。「言葉を綴る」として、まとめました。これは今もツイートが続いています。人に読んでもらうようなものじゃなく、自分の心に生まれたことをただ呟いているだけですが、よろしければ見て下さい。

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言葉を綴る…パート1

*

「苦難を怖れるな、苦難にくじけるな。僕がついている」

~人生は病気だとか怪我だとか、想いもよらない苦難に遭遇する。それは誰も避けられない。でも一人じゃない。きっとそのとき、家族や友だちや同僚など回りの多くの人たちが、支えてくれるに違いない。自分とみんなを信じよう。

*

「愛しいもののために全てを捧げられないような人間はろくでもない人生を送るに違いない」

~気の迷いでもよい、間違いであってもよい、自分の情熱に正直に生きていたい。渇愛も愛、慈愛も愛。そして普遍の愛も「愛」だという。その全てを知ることが人生の宿題なのかもしれないね。

*

「世界中の悲しみを受け止められるような人間になりたい。それを自分の喜びと思えるような人間でありたい」

~偽善といわれるかもしれない。でも、そういう生き方があこがれであり、生き様でありたいと思う。もちろん、そんなことが出来るほど上等な人間ではないのはわかっているが、少しでも上等でありたいと願う。

*

「人は一人では生きていけない。素直に認めましょう。きっと楽になれるから」

~友人と話をしていて、そういうことに素直になれない時があるのだって思った。それは、それぞれの生きてきた道が違うせいもあるんだけど、でも結局、私はみんなの中で生きているってわかった方がいいんだよ。

*

「同じ時代に生きていることを感謝しよう」

~当たり前のような一日がはじまり、当たり前のように一日を終える。でもその一日をともに出来る喜びは実に深く大きい。そのことに気づかなくても人は生きていけるが、気づいて生きた方が一日の深さを抱きしめることが出来るに違いない。

*

「標なき人生といえど、多く人の導きの中にいまの私がいる」

~ひ弱で頼りない私を支えてくれているのは多くの友人や先達、知人である。

*

「悲嘆に寄りそうすべはない。ただ想い、ただ願い、ただ祈るのみ…」

~石巻市に向かってますが、なにが出来るか、自分自身に問いながら、二度目の東北、石巻に入ります。

*

「人に安らぎを求めるならば、まず人に安らぎを与えることを思いなさい。自分になにができるかを先に考えることが肝心なのです」

~わかっているようで実はなんにもわかったいないのが人生です。なんどもなんども同じ間違いを繰り返し、それでも成長できない自分を抱きしめて生きるのですね。

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言葉を重ねる⑥

言葉を重ねる…パート6をお届けします。
    
「1日の長さは24時間だけど悲しみは長く楽しみは短い」

「自分に興味を持ってもらえることは生きる喜びのひとつである」

「過去の自分がはずかしいのは、今の自分がはずかしいからだ」

「夜が待ち遠しい人生。夜が怖い人生。幸福の尺度かも知れない」

「逃げも隠れもしないけど、ちょっとだけ、消えたいときもある」

「なんのために生きるのか?私が私であるために、です」

「人生に正解などはありはしない。あるがままに流れるだけだ。ただあるとするなら、自分の思うがままに生きることが大切だってこと」

「現実は甘くないけど、楽観的に僕はいきたい」

「自分のために生きることが誰かのためになればいい。誰かのために生きることが自分のためになればいい。そういう人生は素晴らしい」

「人生に意味などありはしない。万一あるとしたら、それは自分を確かめること」

「完全主義者は嫌いじゃない。私自身がずいぶんいい加減なのに、完全でありたいと思っているから。でもそんなに頑張らなくてもいいんだよね」

「友達って簡単にいうけれど、かけがえのない人はそういるわけではない。それに気づいたとき人生はまた豊かになる」

「大事なものは得難いのに、失うのは容易い。だから大切に大切にしなくてはもったいない」

「難しい顔より笑顔がいい。笑っているあなたは最高です」

「わかり合える人を一人でも失うことは人生の損失だ」

「巡り来る季節の中で人は生きる。生きている限り、人はまた巡り会うこともできる」

「所詮人の世のことは、泡沫(うたかた)の夢。酔いしれるのも一興です」

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*私のインタビューラジオ・NHK第2放送の「宗教の時間ー紀伊山地の神仏信仰」が
アンコールアワーとして、6月24日(日)午前8:30~午前9:00と、7月1日午後6:30~7:00に再放送されます。
よろしければお聞き下さい。

言葉を重ねる⑤

言葉を重ねる…パート5をお届けします。

「言葉はいつも全てではなく、心もいつも全てではなく、でもほかになにがあるというのだろう」

「本当のことは知らない方が幸せなのかもしれない。でもそれが本当に幸せなの?誰か答えてくれませんか」

「悲しいのはわすれられてしまうこと」

「誰も好きなことだけをして生きた行くわけにはいかないけれど、かといって嫌いなことだけをやって生きてきたわけじゃない」

「あきらめるとはあきらかに見るということ。そこがむずかしい」

「言葉はいつもこんなに虚しいのに、言葉でしか心は伝えられない」

「大切なことは自分の思いを捨てないことだ」

「悲しみは伝染する。でも喜びも伝染する。僕は喜びを伝染する生き方をしたい」

「生きているだけでいいと思える一日でありたい」

「眠らない夜もきっと朝は来る」

「人への思いやりは自分への思いの裏返しである」

「人はひとりでは生きて行けないのに、ひとりで生きるさみしさをすぐ忘れる」

「今目の前にあることから逃げるのは、その後の一生を棒に振る、と思った方がよい」

「そうじゃないふりをしながら、人は自分のことだけを語っている」

「その人の応じたものしか天は与えない、と思えば、乗り切れないことはなにもない」

「花咲く今日も花散る明日も人の世のうつろいは儚くて優しい」

「己心弥陀…という。おのれの心の中に、仏はいるという。でもこの仏、なんにもしてくれない。いつも笑っているだけなんだよね」

「そのときそのときを真剣に生きる。その積み重ねが答えとなって現れる」

「桜の散り際の潔さに、人生のはかなさを感じるのです」

「笑顔には人を幸せにする力がある」

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ラジオ「宗教の時間」に再登場します

2年前の5月に放送された番組名「ラジオ・宗教の時間ー紀伊山地の神仏信仰」が、今日NHKから、再放送しますと連絡がありました。

放送局はラジオNHK第2。

放送日は6月24日(日)午前8:30~午前9:00(再放送は7月1日午後6:30~7:00)。

内容は「紀伊山地が世界遺産に登録されて5年を記念したフォーラムが奈良県吉野町で開催されたことをうけ、金峯山寺執行長の田中利典さんに山岳信仰の未来についてお話を聞く」というものです。

出演者 金峯山寺執行長…田中利典
きき手  元NHKディレクター…金光寿郎

ラジオ宗教の時間は、ずいぶん前、世界遺産登録直前の2004年に一度出たことがありますので、今回の再放送は2回目のもの。

前にブログにも書きましたが、前回も今回もNGなし、収録30分番組の取材が30分の収録だけで一発OKになりました。ほぼ30分きっかりの録音で終わっていますので、編集なしノーカット版です。

ですので、かんだところもかんだまま放送されています(>_<)

過去に聞いた方も、初めての方もよろしければ、是非エアチェックしてみてください。

あの渥美清さんと、河瀨直美さんにも褒められた、自慢のいい声ですので・・・・。

以下、番組の公式サイト・・・ただ今日(6/10)通知を受けたばかりですので、まだ、反映されていないかもしれません。

http://www.nhk.or.jp/program/kokoro/

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言葉を重ねる④

おはようございます。言葉を重ねる…パート4をお届けします。

「とても小さな出来事でも大きな幸せがある」

「人は偉くなる前に、大体が偉そうな人になる」

「恋は自分探しの旅、愛は自分作りの旅」

「私の人生はまだまだ発展途上だ。そして発展途上のまま、人生を生き抜きたい」

「妄想が全てを不幸に導く」

「報われない毎日を生きることもそう悪いことじゃないだよ」

「恋は突然であり、愛は必然である」

「悲しいことも苦しいこともいつか消える。そういう人生であれば幸せといえるのかもしれない」

「悲しいことも苦しいこともいずれは消える。だから人は生きていける」

「生きること自体が修行のようなものだ」

「誰よりも大事なものが自分以外であるべき方が人生は豊かだ

「一番大事な人の前で、一番大事なことを言える人間でありたい。でも往々にして人間は一番大事なときに立ち尽くすものである」

「精一杯生きている人は素晴らしい。精一杯なことだけで素晴らしい」

「仏、仏を知りて、衆生、衆生を知らず」

「勇気を出して、さよならを言ってみよう。次のこんにちわが、きっと聞こえるはず

「人は恋をするたび、人間を学び、自分を学ぶ」

「生きているかぎり全てに愛を捧げたい」

「子を思う親の愛を知ったとき、子は救われ、親は子の愛によって、愛の意味を知る」

「子が元気でいてくれるだけで、親は幸せである」

「人を傷つけると、ホントは自分も傷ついている。それを知っている人は誰にでも優しい」

「私はたくさんの人に愛されている。だからたくさんの人を愛することができるはずだ」

「人はどうせ土になる。学びが多くても、足りなくても、最後は土になって地球に帰る。地球に愛される土になることだけを忘れなければ、それでよいのかもしれない」

「本番に強くないと生き残れない。そういう強さが成功に導くと知らなければいけない」

「思いを変えれば態度が変わる。態度が変われば生活が変わる。生活が変われば心も変わる。自己変革の第一歩である」

「誰もわかってくれなくても自分だけでもわかっていれば人はなんとか頑張れる」

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言葉を重ねる③

言葉を重ねる・・・パート3です。

「ときには立ち止まってみるのも悪くはない。人生は急いだところで行く先は決まっているのだから、さ」

「今日も1日笑うぞ!今日も1日楽しむぞ!今日も1日生ききるぞ!」

「前を見たり、後ろを見たり、上を向いたり、うつむいたり。そうやってみんな生きているのですね」

「希望とは心を明るくすることだ。」

「願いと祈りは違う。祈りには自分自身の中に神がいる」

「不幸を数えてはいけない…不幸の数は幸福より少ないわけはない。」

「楽天的に生きなければ、楽天的な成果は得られない。でもそれが出来ないから悲観するんだよ」

「悲しいことの1つ1つも生きていく証なのだ」

「恋することは狂うこと。愛することは耐えること」

「誰もが、人生初めて恋して、人生初めて結ばれて、人生初めて家をなし、人生初めて親を失い、人生初めて年老いて、人生初めて死んでいく。」

「たくさん望むからたくさん叶う。でも望みすぎるとなんにも叶わない」

「人と人の繋がりの中に自分がいる。繋がる中でしか、生きてはいけない」

「じっとして、じっと心をこらす。じっとして、じっと心に思う。じっとして、じっと見つめる。そんな風に過ごす時間をもってみましょう。心が落ち着くよ」

「人生には自ら地獄を作り出す生き方と、自ら極楽を作り出す生き方がある。君はどっちを選ぶかい?」

「悲しいときも笑いましょう。苦しいときこそ笑いましょう。笑顔が心を緩めてくれます」

「心を尽くして、この身を尽くして、全てを尽くして、生きて行きます」

「たとえ報われずとも、人には心を尽くしておきたい」

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言葉を重ねる②

言葉を重ねる・・・パート2です。

「私はできるだけ正直に生きたいと思っている。しかし正直に生きれば生きるほど自分だけでなく、回りの人々も傷つけてしまう。それがなによりつらい。」

「普通に生きて普通に死ぬことはそうたやすいことじゃない」

「一升の瓶には一升の水しか入らない。無理するなよ。そういう一生でいいじゃないか」

「ひたすら感謝。ひたすら懺悔」

「雨音を聞いている。地球が潤っている。土も潤っている。潤っている音が聞こえている。春の雨はすべてに優しい。」

「人生にチャンスはそう何度もない。かといって一度きりというわけではない」

「人間はいづれ土になる。どうせなら、いい土になりたいね。」

「人間は不幸になりたがる。不幸になりたがる人間は不幸にしかならない。幸せになろうとしなければ幸せにはなれない」

「どんなに辛くても希望を失うな。希望だけが君の可能性を鼓舞してくれる」

「なんのために働くの?それはお金のためです。生活のためであります。生きるためなのです。いえ…本当は自己満足のためです。」

「なんのために働くの?生かされている命を大切に使わせてもらうためです」

「すっごい後悔をするのに、また同じあやまちをくりかえす。人間なんだなあ」

「どうしてもそれじゃないといけないことなどないのに、どうしてもそれじゃないといけないと思うのが人間だよ。」

「みんな、心の中に宝物を授かっている。大事にしようね」

「身体が病むと心が病む。心が病むと身体も病む。凡人だからしょうがない」

「生きていくのはみっともない日々の積み重ね…。でもそういう自分が愛おしい」

「自己否定からはなにも生まれない」

「生きるだけでも意味はある。でも出来るなら自分の思い通りに生きたいと思うのが人間で、思いどおりに生きられないのも人間である」

「気のあう人々と仕事をするのは気持ちがいい。気のあう人々に出会えるのはその人の福徳なのかも知れない」

「今日もまた大切な命をいただきました。大切に一日使わせていただきます」

「人が人を思うことは、人が人とつながっているからこそであり、人は人との繫がりの中で生きていくしかない」

「人はなにかを失っても、なおなにかを求め続けるもの。命ある限り」

「人を思うことは自分を思うこと。人と人の中でしか、私は生きられない」

「大きく息をすってごらん。心の中に大きな力が湧いてくるよ」

「過去は幸せを呼ばない。未来に幸せは待っている。そう思って生きないと、もったいない」

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言葉を重ねる①

今年になって、自分の心に浮かぶままに、ツイッターで呟き続けた言葉をまとめてみました。

一時、休止をしましたが、最近、また再開して、呟き続けています。・・・まとめ、その①です。

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「普通に生きて普通に死ぬことはそうたやすいことじゃない」

「心が疲れ傷ついたとき、身体をいじめてごらん。身体の疲れはどこかで限界が来て甦る。そのとき心も癒されている、心と心、身体と身体だけでは人は癒されない

「人は自分の尺度でしか、人のことを推し量れない。自分の経験したことでしか、人には接しられない。」

「人生はときに自分を肯定できなくなってしまう。でも自分を肯定してやらないと自分の力は発揮されない

「人生には問題が山積みだ。だから生きていて楽しいんだと思う。飽きたら生きていけないよ」

「答えを求めて懊悩するのは、実はその答えがすでにわかっているのに認めたくないからだ。人は概ねそういうものだ。」

「誰も見送る人のないときであっても、旅立たないといけないときがある。」

「神や仏を拝むのは、結局、懺悔と感謝に気づくことだよ」

「人は追い詰められなければ見えない景色がある。人の優しさとか愛情とかの色合いは時としてそういうものである」

「いろんなことがあったのに人は優しい。人はいろんなことがあったから優しくできる」

「今、ぼくが歩いている道は昨日も歩いた道のように思う。一昨日も、その前の日も歩いた道のように思う。同じ道ぐるぐるぐるぐる回りつづけているのだろうか?いや、ぼくは一体どこへ向かおうとしているのだろうか。

「今日を懸命に生きたか?寝る前に自分に問いかける」

「せいいっぱい生きているだけでいいんだよ。できるだけ笑顔で、ね。」

「どうにもならんことがある。じっと我慢する」

「朝日が昇る。神の祝福のときだ!今日一日の希望を降り注いでくれる」

「人生はドラマだ。たくさんのドラマを演じた人ほど、人に優しくなれる」

「世の中で一番大事なことは自分のために生きるのではなく、誰かのために生きることだ」

「大事に大事に今を生きたいと思います」

「人は自分が愛された分だけ、人を愛することが出来る」

「人は誰にも知られたくないことがある。でも本当は誰かに知って欲しいと一番思っていることなのかもしれない」

「一度しかない人生だからこそ生きる意味がたくさんある」

「人生を哲学的に生きることはおろかなことだ」

「若者にどうしても伝えておきたいことがある。若いということはもうそれだけで価値があるってことを!」

「人は人を愛することで本当の自分に出会う」

「人生に回り道はない。人生とは道そのものだから」

「人生の答えは自分の前にしかない。不幸な人はいつも答えを自分の後ろに探し続ける」

Tulips

至福かも・・・

ところで、今日は私にとって特別に素晴らしい一日であった。ご開帳の打ち上げも楽しく出来た。まだ言えないけど、とてもハッピーな企画も順調に進んでいるし、遠い人からの便りももらったし、ついでに言うと、ザックジャパンも快勝。

もう盆と正月とお誕生日が一緒に来たような、そんな日であった。

そんな中で、そういう些細なことに馬鹿みたいに喜ぶ自分も、今夜は悪くないと思った。みんな、ありがと、ね。

みんなと生きていることがこんなに楽しいと今夜は素直に嬉しい、69日ご開帳感謝の夜です。それでも、いつもなにかと、いろいろわがままでごめんなさい。

春のご開帳閉幕です。感謝。

吉野山は新緑から深緑に変わる時候を迎えています。

お陰様で、3月末から始まった69日にわたる蔵王堂のご開帳も今日の高祖会大法要・結願法要を以て、閉幕し、合計で12万6千人を越える参観者に御来山いただきました。ありがとうございました。

白洲信哉さんプロデュースの六田知宏「奥駈」写真展も好評を博しました。

もちろんJR東海の「うましうるわし奈良」キャンペーンとの合同広報が効を奏したとはいえ、ほんと、いろんな面で大成功といってもいい結果となりました。支えていただいた多くの皆様のおかげと、心より感謝致します。

もう怖いくらいの、大成功ですが、どこかでまだまだという想いもあります。

秋も10月1日から12月9日までの70日間、ご開帳があります。

秋に向け、鋭気を養いたいと思います。

ともかく多くの人々に感謝を込めて・・・・。

*****************************

天体ショーは天変地異

この間から皆既日食や部分月食、そして今日の金星日面通過と、希なる天体ショーが続いている。もともと天体ショー自体が天変地異の一つであるが、少々不気味な感じがする。

古くは魏志倭人伝の昔から天体ショーと地震などの関連着ける記述があるが(http://www.diced.jp/~rakushi/tenpen.html)、今はそんなものは迷信だと一笑するのが、近代人の理性のようにいうが、本当にそうか。

天体の運行と地球の動きは関係ないと誰が言えるのだろうか…と思う。

かといって、むやみに不安を煽るつもりもないが、備えあれば憂いなしというが如く、出来る範囲内でアンテナは張っておかなければならないだろう。

Images

祝!12万人

ついに大目標の12万人を越えました!

3月31日以来、65日目の昨日、2800人の参観者を数え、トータルで12万人を突破しました。昨日までの合計は12万1500人となりました。深く御礼を申し上げます。

土曜日の最終になる夜間拝観も170名を越えて大盛況でした。

この観桜期・新緑の秘仏本尊ご開帳は平成17年の世界遺産登録時(当時は拝観料500円)に同じ日程では約8万8千人..。今回は国宝仁王門勧進寄進ということで拝観料は1000円で、その数字を遙かに上回りました。

ちなみに昨年の同時期は約3万人の参観ですから(拝観料500円)いかに今回は凄いか、ご理解いただけると思います。

JR東海のうましうるはし奈良キャンペーンのお蔭ですが、権現様のもとに多くの人々の願いを集めたいという想いが伝わったようで、有り難いです。

こういう風にうまくいくことがもう10年くらい続いていて、怖いくらいですね。身を慎んで、素直で、驕らず、権現様に勤めたいと思います。100903_170101

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