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されどわれらが日々

9784167102050

柴田翔の『されどわれらが日々』を30数年ぶりに読んだ。大学に入ったころに読んだ本である。

石巻に日帰りで行った車と飛行機の行き帰りの時間で、さらっと読んだのだが、なんでこんな本に昔は夢中になったのかと????がいっぱいだった。若かったせいなのだろうか。

一月くらいまえ、なにかの雑誌でこの『されどわれらが日々』の書評が載っていて、気にかかったので、実家の本棚を探した。柴田翔のほかの作品『われら戦友たち』や『鳥の影』『贈る言葉』などはほこりまみれで赤茶けた文庫本が棚の奥から見つかった(結構当時はまっていたんだよね)が、『されど・・・』だけがなかったので、わざわざ写真の新装版を買って読んだのだった。

私の世代は安保闘争からはるかに乗り遅れた時代で、本書の時代からは2、3世代はあとになる。ただ大学にはいって4ヶ月ほど、私も民青系の歴史学研究会(・・・いわゆる歴研)に入っていて、学生運動の匂いを追いかけていたこともあり、そういう時期に読んだのかも知れない。高野悦子の『二十歳の原点』とか、懐かしいね。

まあいづれにしろ、若いときと言うのは、わからないことだらけの中で生きていたのだなあと改めて思ったりした。

ありえないような長い手紙ばかりの文章や、作者の意図的な虚無感に当時は魅了されたのだから、そういう自分を振り返れて、少し懐かしかった一冊でもあった。

よく考えると今の私のいびつな女性観に影響を与えたのは、寺山修司の少女趣味と、柴田翔の小難しく嘘っぱちな虚無だったのかもしれない。

でも人間って言うのは若いときの感性に縛られてしまう傾向があり、あまり進歩していないということも実感する…。ちょいと情けない。

そう言う意味でも、いやな自分に再び巡り会ったような気にさせられた一冊である。

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コメント

「されど〜」も「二十歳の原点」も私の受験生時代の絶好の逃避先でした。
晴れて京都に登ってきて、高野さんの命日に山陰線の線路脇にお花を供えてお参りしたり、旧・立命館跡前の喫茶「シアン・クレール」が閉店したのに涙したり…。
自分の思想とは全く関係なく、京都とナルシスティックな感傷とにドップリ浸かって二十年を過ごしました…。

柴田翔 贈る言葉で プログ検索中です。
ずいぶん前、贈る言葉 という本を 古本屋さん で 見かけて タイトルが 気になって 50円で 購入。贈る言葉 というと 私は 金八先生を 思い出します(関係ない話ですね。ジョ-ダン 冗談)
先ほど 柴田翔 ウェーブで 検索しました。東京大学名誉教授 すごいですね。
芥川賞作家 すごいです。
作家研究会(名前検討中 

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