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山紫水明の地・故郷綾部の変貌

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今週、地元の新聞に掲載された私のコラムです。

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「山紫水明の地・故郷綾部の変貌」

私は15のとき、綾部を離れた。以来、住民票は綾部に置いてあるものの、他所暮らしが続いている。20年ほど前に一旦は家族を伴って実家に戻るが、仕事の関係もあり、結局家族だけが綾部に戻り、私は単身赴任を続けている。故に、自治会の役目も、PTAの仕事も全くさせていただくことが出来ず、家内に任せきりの私は、地域のことには何も関わりを持てないのだから、故郷の変貌ぶりをとやかくいう立場にない。

それを承知していても、である。このところの、わが故郷の変貌ぶりには驚かされる。
...
綾部は「山紫水明の地」が自慢であった。都市周辺の地域は開発が進んでも、昔ながらの、里山と田んぼが広がり、水と緑に恵まれた場所が綾部のはずであった。

ところが、いつのまにか、慣れ親しんだ目の前の山には工業団地が誘致され、裏山はゴルフの練習場となり、今また、南側の山林はゴルフ場の廃業に伴う大開発が施されて、聞けばソーラー発電の用地となるという。実はこのゴルフ場にはいくつかの地域のお墓が併設している。もともと墓地があった山林が開発されてゴルフのミニコースとされたのであるが、ここがソーラー発電所に変わるというのだ。我が家の先祖代々の墓も隣接地にあり、さきの彼岸に墓参りに行って、腰を抜かしたのである。

環境保全と地域開発の相克は近代文明社会の永遠の課題かも知れない。でも、いまさら直線で30キロ先にある大飯原発のことを言おうというわけではないが、里山の生活を守り続けた先祖の生き方は大事なモノを私達に残してくれてきたように感じている。

綾部の地に生きることの意味は、その辺にあることにようやく気づきはじめていただけに、今回の墓地周辺の大変貌が、すこぶる残念でならない。
ご先祖さまも変わりゆく里山の姿に心穏やかざる気持ちなのではないかと、私はしばしブルトーザーの轟音響くお墓の前で立ち尽くしていたのだった。
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