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年頭所感① 2007編「宗教心を前提としない道徳や倫理は存在しない」

昨日、熊本帰りの新幹線の中で、仏教タイムスの年頭記事(年頭所感)を書き上げたという話をFBやツイッターで呟いたが、仏教タイムスでは、もう6年くらい毎年、正月号の年頭所感を書かせて頂いている。

昨日書き上げたのは、来年正月号の分なので、まだ公表はできないが、過去、数年間の文章を今日から毎日紹介したい。

時事的に少々古いものもあるが、案外、色あせていないものもあった。・・・と私は思っている。

よろしければご笑覧あれ!

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■2007年正月所感
「宗教心を前提としない道徳や倫理は存在しない」

新年明けましておめでとうございます。

さて昨年来、日本の教育が悲鳴をあげています。子どもも親も先生もそしてそれを取り巻く全てのものが悲鳴をあげている、と言って過言ではないでしょう。地域社会や各自治体の教育委員会はいうのおよばず国の文部科学省でさえ、ホントの所はどうして良いのかわからないでいます。六十年ぶりに教育基本法が改正になりますが、遅きに失した感さえぬぐえず、教育は国の根幹から問われる問題となっているのです。

私はいろんな機会に子どもの問題は実は子ども自身の問題以前に大人の問題であり、社会全体が抱えた問題の顕著な現れであると警告してきました。子どもは大人の背中をみて大きくなるのです。だから今の社会全体が抱えている閉塞感や喪失感、不安感を全部子どもに抱えてさせてしまったから、陰湿で心ないいじめが後を絶たず、自分の命を軽んじてしまう子どもさえも続出させたのでしょう。

教育の問題は国の根幹であり、教育の迷走は大人社会が歩んできた道の誤りをなによりも雄弁に語っているのです。どこかで間違ったこの国のかたち…。それが今、子どもの問題として問われているのです。親の責任や先生の責任、乃至教育界の問題といった視点では解決し得ない、この国が背負ってしまった不幸なのです。そしてその不幸のおおもとは日本人の宗教心の崩壊にあると私は思っています。それこそがこの国の本当の不幸なのです。

哲学者梅原猛氏が力説されるように、この国は明治維新と大東亜戦争の敗戦期に二度の神殺し、仏殺しを行ないました。そしてモノの豊かさだけを得て、『国家の品格』の著者藤原正彦氏の言葉を借りれば、この国は国の品格を失ったのです。

宗教心を前提としない道徳や倫理は存在しません。また道徳や倫理を失った国は国の体をなさないでしょう。私たちのこの国は明治以後、たかが百四十年ほどで、世界に冠たるモノの豊かさを誇る国になりましたが、そのわずか百四十年で心の貧しい国へと変貌を遂げようとしているのではないでしょうか。もう一度私たちは先人達が有史以来培ってきた神と仏との関係性を取り戻さなければならないと思います。そしてそれは宗教人の担うべき役割なのであります。

東大寺のお水取りは千二百五十四年間、一度も欠かすことなく行われてきました。伊勢神宮の遷宮にいたっては二十年置きに執行され、千四百余年で六十一回を数えてきています。そういう伝統は世界の奇跡だし、その奇跡を未だにこの国は粛々と続けているのです。わが修験道にしても役行者以来千三百年を超えてなお、その法灯を守り、山修行の伝統を守り伝えています。そういう明治以前の神や仏との関係を今一度取り戻すところに、この国のかたちを再生させる道筋があるのではないでしょうか。

「日本をなんとかしたい」と私は思っています。「なんとかしたい」をキーワードに今年から、何が出来るのか、何をどうするのかを始動させたいと思っています。

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*写真はネットから探してお借りした富士山の初日の出です。

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コメント

今年は大津でのいじめ自殺事件をはじめ、いじめ問題が当時大きな社会問題として取り扱われていたので書いたのですが、5年前に書いたこの記事の内容は、今も全く色あせない、いや、なんの解決もなされていない、大きな問題ですね。

明治のクーデター、敗戦…さらに田中美知太郎氏のもと京大を落第した梅原猛氏が大勲位・中曽根閣下と茶をすすり、エスノセントリズム研究センターや「モノ」つくり大学とやらをこしらえることで、我が愛する日本は精神亡きフェティシスト国家にまで落ちぶれてしまったとも感じますが。

梅原さんの、評価は亡くなってからが勝負かも・・・。生前中は賛否両論がありますが、死んでから、真の評価が生まれるのかも知れません。

先生の評価は私にはわかりませんが、神は二度死んだという文章は、私には目からウロコでした。
「戦争と仏教」という本にこの文章は所収されています。

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