「修験道と21世紀の宗教の要諦」
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「修験道と21世紀の宗教の要諦」
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私は、宗教学者の正木晃先生と大変親しくしており、『はじめての修験道』(春秋社刊)と言う本を二人で書いたりもしたのですが、先生は修験道の可能性について、この様に言っておられます。
二十一世紀型の宗教の要諦は、五つ。
まず自然と関わりを持った宗教でないと、これからはしんどいであろう。
それから、参加型であること。お坊さんが拝んで、後ろで信者さんが拝むのではなくて、一緒に行じる、一緒に菩提心を養っていく、そういうような参加型でないといけない。
それから、実践的でないといけない。頭の中だけでことを運ぶのではなくて、実践的な宗教でないと、二十一世紀にはしんどいであろうと。
それと、心と体に関わること。
そして、排他的でないこと、いわゆる総合的であること。
修験というのは、まさに自然を道場に行ずるわけであります。また、奥駈修行にしろ、山の修行にしろ、一般の方も一緒に歩いていただいています。まさに参加型であります。それから、実践の修行であるから、当然、実践的であります。
それと、まさに体の修行を通じて、心の状態を作っていく、心と体に関わります。また、あらゆる人たちを受け入れてきました。排他的ではありません。天台宗のお坊さん、真言宗のお坊さん、神主さん、皆一緒に修行していただいています。総合的であるという意味で、二十一世紀にこれから必要とされる要諦というなら、修験というのは全て持っているということになります。
これからは、修験が重ねてきたものの中に、現代的に生かしていくものがたくさんあるのではないかというわけであります。
最後に私の意見を継ぎ足しますと、風土としての宗教についてです。
日本は日本としての有り様が、私はあってしかるべきだと思います。インドに生まれた仏教でありますが、中国を経て、日本にやってまいりました。お念仏にしても禅にしても、ある意味、非常に日本的な発展の形で、私は出来てきたと思います。
これを私たち自身が大事にしていく、見直していく。そういったものの一つとして、修験道は極めて日本的風土が生んだ宗教であるわけで、その視点を大事にすることは、決して意味のないことではないと私は思っております。
ー『天台―比叡に響く仏の声』 (龍谷大学仏教学叢書3:自照社出版 (2012/03) ) 「第三章 天台の実践行」より
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