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「富士山と世界遺産」

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「富士山と世界遺産」

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実はようやくグローバリズムの行き詰まり、いわば近代の破綻が見えつつあり、欧米諸国においても、そういった近代以降の欧米主義的な価値観ではない、カルチャーの違いに気付こうという流れがここ数年の間に広がっていると聞き及んでいます。

いや、もうそろそろ、そういった違いに気付かなければいけない。近代以前のもの、あるいはキリスト教以前に持っていたものが、この日本の中にはまだ残されていて、そういうものの象徴としての富士山に気付くことが大変大事なことではないかと私は思っています。  

美しいということと、聖なるものであることというのは、大変近しいものであると私は思います。美しいものは完成形に近いものであります。それはまた神と仏の領域でもあります。

富士山は、その姿からして神・仏の領域に近い景観を持っていて、しかも1000年にわたり、私たち日本人は、あの富士山の中に浅間大菩薩や木花開耶姫を始め様々な神・仏を見てきた。そこに気付かなければ、富士山の世界遺産性ってのは、なかなか生まれないのではないかと、私はそのように思います。

 

富士山世界文化遺産国際シンポジウム

-「テーマ・世界遺産と富士山の象徴性パネルディスカッション」より

 於 2008年11月9日 富士市交流プラザ多目的ホール

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