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「あとからくる者のために」

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「あとからくる者のために」

今日は59回めの誕生日・・・朝から(正確に言うと4日ほど前からですが・・・(^_^;))、たくさんの方々にお祝いのメッセージをいただきました。

頑張ってお返事をしたり、いいねを押したりしていますが、全員の皆様にはなかなかお答え出来ません。お許し下さい。

でも、こんなにたくさんの方々にお祝いのメッセージをいただいて、ほんとに、とてもとても幸せです。

誕生日には常々、「ご両親に生んでくれて有り難うと言いましょう…」と人に言っています。

そういいながら自分自身は、実は母が亡くなる5年ほど前から、ようやく言えただけで、なかなか実際に実行するのは難しいですね。母も照れますしね。

母は平成23年になくなりましたが、亡くなる年も病床で、「生んでくれてありがとう」と言ったら、恥ずかしがってか、聞こえないふりをしてはぐらかされたことを、今でも懐かしく覚えています。

そんなわけで、3年前の10月に母を亡くして以降は、直接親に有り難うは言えない子供になってしまいました。まあこの歳まで言えたのは幸せは方だと思います。

それで、2年前からはお仏壇に向かって、有り難うを言うことにしました。 今日も自宅に帰ってきて、仏壇に2本の「みたらし団子」をお供えして、「おとうちゃん、おかあちゃん、生んでくれてありがとう」と言いました。

59回めの誕生日に、父や母のことを考えながら、ふと、坂村真民さんの「詩」を思い出しました。

今日、たくさんいただいた御礼に、その詩を転記します。

父母を思い、我が子を思い、世を思い、世界を思う。

そういう思いで、これからも、生きて行きたいと思います。

みなさまへの感謝を込めて・・・

******

「あとからくる者のために」  作 坂村真民

あとからくる者のために

苦労をするのだ

我慢をするのだ

田を耕し種を用意しておくのだ

あとからくる者のために

しんみんよお前は 詩を書いておくのだ

あとからくる者のために

山を川を海を きれいにしておくのだ

あああとからくる者のために

みなそれぞれの力を傾けるのだ

あとからあとから続いてくる

あの可愛い者たちのために

未来を受け継ぐ者たちのために

みなそれぞれ

自分で出来る何かをしてゆくのだ

*******

短い詩ですが、すばらしいです。

私は父母のあとからきた者。

子供や孫は私のあとからくる者。

それは親だけではなく、たくさんの先人達先輩達がそうだし、

これからあとに続くたくさんの若者達、子供達がみんなそうだ。

だれでもみんなが、誰かのために生まれてきて、

誰かのために生きている。

だからこそ、私も、あとからくる者のために、

私は私になりにちゃんと生きて行きたい。

そんなことを改めて感じた誕生日でした。

深謝。

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