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「修験道と女性」

Nyoningoma

「女性と修験道」

奈良国立博物館で講演を終えたときのことである。私に近づいて来られた一人の女性から「修験道は女人禁制なのですね?」と訊かれた。一瞬、質問の意味が理解できず、きょとんとしてしまったが、ああそうかと気が付いた。

ご存じのとおり、今なお、大峯山の山上ヶ岳一体は女人禁制が守られている。それゆえ、修験道そのものが、あらゆる面で女人禁制をたもっていると思われたのであろう。

そのときは、簡単に「違いますよ」と答えたものの、問われるまでもなく、これは修験道にとってすこぶる重要な問題である。そこで以下に、私論ながら、女人禁制の観点から女性と修験道について、一文を寄せさせていただく。

結論から先に言うと、修験道全体は決して女人禁制ではない。それは、大峯山に関わる修験道の伝統教団で組織された醍醐寺・聖護院・金峯山寺の修験三本山内における男性女性の教師数比率を見れば、一目瞭然である。平成十年に調査によれば、醍醐寺が男性が六十八%女性が三十二%、聖護院は男性七十三%女性二十七%、さらにわが金峯山寺は男性女性が半々であった。

金峯山寺は、もともと山上と山下に本堂があった。山上本堂は厳格な精進潔斎や女人禁制を守り、冬場は閉ざされた。それに対し、山下本堂は、老若男女が誰でもいつでも参拝できる寺として、いとなまれてきた。明治期の神仏分離・修験道禁止の法難の後は、山下本堂と山下本堂が別々に経営され、現在の金峯山寺はその山下本堂を中心に歩みを刻んできた。こういう歴史の経緯から、女性参加の数が他の二山より多いのかもしれない。いずれにしろ、修験三本山の現状をみるかぎり、修験信仰そのものが女人禁制では決してない。

実際に今は、奥駈修行や伝法潅頂、護摩加行、法螺講習などといったあらゆる金峯山修験本宗の経歴行階修行に、女性も男性とまったく同等に参加している。それは醍醐寺や聖護院においても変わらないと聞く。

それはそうであろう。修験道は、その出発点から、在家信仰のかたちをとり、男女の両性に対して開かれていたのだから。その証拠に、開祖の役行者は、役の優婆塞とも呼ばれた。優婆塞は在家の男性信仰者を意味し、女性の在家信仰者を意味する優婆夷とセットになる。このように、開祖以来、信仰の上では、分け隔てしないのが修験道の本分なのである。

                 ー『山伏入門』拙稿「女人禁制と修験道(淡交社)より

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