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「仏罰が当たった蛙男」

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「仏罰が当たった蛙男」

ばあーんばぁーんとドラが打ち鳴らされると、その音に合わせて、ピョンピョンと飛び跳ねる大青蛙。毎年夏に行われる金峯山寺の伝統行事、奇祭「蓮華会蛙飛び」です。

ある雑誌の対談で、イラストレーターのみうらじゅんさんと対談したことがあります。その時、みうらさんは対談の内容はそっちのけで、蛙飛び行事の話ばかりをされていたことがありました。「ともかくあの祭りはものすごく面白い」と、大賛辞を浴びたのでした。

確かに面白いです。大青蛙の着ぐるみが出てくるような宗教行事は希有のものだし、動きそのものもとってもユーモラスなのです。

「蛙飛び行事」を執り行う側として、長年出仕をしていると気づかないものですが、外側から見るとしたら、あんなに面白い行事はないのかもしれません。…みうらさんとお話しながらそんなことを思っていました。

その頃から、この蛙飛びが絵本か童話にならないかと漫然と思っていました。そして、このたび念願が叶い、絵本「かえるとび」をお届けすることになりました。

きっかけは、前作の絵本「蔵王さまと行者さま」の制作でした。前作と本作両方に携わっていただいたコミュニケ出版下井謙政さんと、作画の松田大児氏さんとの出会いがなければ、本書が世に出ることはなかったでしょう。金峯山寺絵本シリーズの第二弾が「かえるとび」なのです。

「親の因果が子に報い…」というのは仏教の教えではありません。仏教では「自分の業因で自分の結果が出る」と教えます。

大きな悪業を重ねた罪は自分で負わなければならないのです。

蛙になった男のように、仏罰に当たって目覚めるのならまだ救いがあるともいえます。

「かえるとび」に教えられた仏様、蔵王さまの教えが、少しでも世に広がっていけば、世知辛い世の中も少しは良くなるのでは…と念じて、巻末のご挨拶と致します。

 ー絵本『蛙飛び』(金峯山寺編集/コミニケ出版刊)の「巻末あとがき」より

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仏罰が当たったかのような体調不良が続いています。

今日は朝から大雨・・・。本当だったら今夜は友人と五山の送り火を見に行くことになっていたのですが、どうにも夕べから食欲がなく、背中の痛みが尋常ではないので、節制して約束もドタキャンで、朝から断食しています。

仏罰について考えてみました。

2年前の文章ですが、仏罰が当たる、というようなことを言わなくなった世の中は、へんな権利ばかりを主張するややこしいことになっているようです。

「むかし、むかし、あるところに極悪非道の乱暴者がおりました。ある日、その男が金峯山にのぼり、蔵王権現や修験者に暴言をいいました。すると仏罰があたり、大鷲がどこかから飛んできて、男を断崖絶壁の上に置き去りにされました・・・」という物語がこの蛙飛び行事を作りました。仏罰が当たることを伝えていくことに大きな意味を感じます。

体調不良も含めて、今日は一日、凹んでいます。やはり健全なる肉体に健全なる精神が宿るのですね。

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