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「役行者霊蹟札所会を語る」

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ともかく、今年は吉野大峯の世界遺産登録10周年ってことで、わたしゃ、テレビに出たり本を出したり、もうまじ、めいっぱい仕事をしていますが、講演会やシンポもめじろ押し。決まっているこれからの予定では10/4、10/10、10/11、10/18、11/1、11/15、11/20-21、11/22、12/6などなど・・・。

いっぱいあるなか・・・10月10日の世界遺産登録10周年記念「役行者霊蹟札所会 吉野山出開帳」連携講演会in東京の告知します。

□役行者霊蹟札所会 吉野山出開帳 ~役行者ゆかりの36寺社が吉野山に集う~イベント連携講演
「役行者霊蹟札所会を語る」

・趣旨
修験道の開祖役行者にゆかりのある、近畿圏内36寺社が加盟する役行者霊蹟札所会では、11月12日(水)から16日(日)まで、吉野町吉野山の総本山金峯山寺において2回目となる吉野山出開帳が行われます。出開帳とは、各寺社の役行者尊またはゆかりの仏像、画像を国宝蔵王堂に一堂に集め、36寺社を巡拝できるもので、吉野大峯の世界遺産登録10周年を記念して開催されます。最近はやりの朱印も一度に集める事のできる行事です。

この開催を記念して、本講演では、役行者霊蹟札所会 副会長で金峯山寺 宗務総長 の田中利典 師 をお招きし、「役行者霊蹟札所会を語る」と題して、お話いただきます。
 
1.日 時 : 平成26年10月10日(金)16:00~ (約70分程度)
2.講 師 : 田中 利典 師(役行者霊蹟札所会 副会長、金峯山寺 宗務総長)
3.会 場 : 奈良まほろば館2階
4.資料代等: 無料
5.定 員 : 70名(先着順)
6.申込方法

・ハガキまたはFAX
必要事項(講演名・講演日・住所・氏名(ふりがな)・電話番号・年齢)を明記いただき、奈良まほろば館あてご送付ください。

・ホームページ
「申込フォーム」からお申し込みください。

・お問い合わせ先
奈良まほろば館 【開館時間】 10:30~19:00
〒103-0022 東京都中央区日本橋室町1-6-2 奈良まほろば館2F
電話03-3516-3931 / FAX03-3516-3932

※聴講券等の発行はいたしません。定員に達し、お断りする場合のみご連絡いたします。
※申込後にキャンセルされる場合は事前にお知らせください。

・公式ホームページ
http://www.mahoroba-kan.jp/course.html

「大峯奥駈」

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「大峯奥駈」

大峯奥駈は、吉野から熊野まで、紀伊半島の中心を背骨のように貫く尾根道、つまり「大峯奥駈道」を七泊八日かけて歩きとおす修行だ。ちなみに、大峯奥駈道は全行程で170キロメートルほどあり、奈良・和歌山・三重の三県にまたがっている。

もちろん、ただ歩きとおすだけではない。その間にある「靡(なびき)」と呼ばれる聖なる場所を、一つずつ祈りを捧げながら、歩いていく。

靡は、役行者の法力(神通力=超能力)に、草木も靡いたというところから名付けられたという。学者や研究者たちは、距離をあらわす言葉が変じて道筋をあらわすようになったと考えているが、私たちはあくまで修験道の信仰にもとづいて、「役行者の法力に草木も靡いた・・・・・」から靡なのだと信じている。

この靡は、現在では全部で75ある。平安時代の末期には、100から120くらいあったらしいが、その後すこしずつ整理されて、いまの七十五になった。

靡が聖なる場所だということは、すでに述べた。では、なぜ、聖なる場所なのか、もう少し詳しく説明すると、修験道にかかわる神や仏が出現する場所、もしくは居住している場所とみなされているために、聖なる場所なのだ。

一つ一つの靡については、これから大峯奥駈修行を解説するなかで触れていくが、全体として見た場合、とても興味深い事実がある点を、あらかじめ指摘しておこう。

実は、歩きはじめの頃の靡が、仏像であったり、お堂であったりと、人間によって作られた人工的なモノばかりだったのが、山の奥深くに歩き入っていくにつれて、人工的なモノの比率が少なくなっていく。その代わりに多くなってくるのが、自然のモノだ。岩だったり、樹木だったり、内容はさまざまあるが、最終的には自然のモノばかりになってしまう。

この、人工のモノ→自然のモノという変化こそ、修験道の本質をあらわしているといっていい。つまり、山伏たちは、大峯奥駈道を歩いていくうちに、次第に人工的なモノの世界から脱して、自然のモノの世界へと分け入っていく。それは、いいかえれば、人間界から神仏界への移入でもある。

 ー『はじめての修験道』(田中利典・正木晃共著/2004年春秋社刊)「第4章 修行の世界」より
http://www.amazon.co.jp/%E3%81%AF%E3%81%98%E3%82%81%E3%81%A6%E3%81%AE%E4%BF%AE%E9%A8%93%E9%81%93-%E7%94%B0%E4%B8%AD-%E5%88%A9%E5%85%B8/dp/4393203046


Amazonには新刊在庫切れになっていますが、金峯山寺には置いています。お求めは0746-32-8371まで。

弘法大師の道再興開闢修行・・・さいこーでした。。

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BS-TBSの「Kobo Trail 2014/空海の道を走れ!!(前編) ~吉野より南に1日・西に2日、高野へ~」を見ています。

リアルタイムには見れませんでしたが、録画を再生中。。 

この5月、懸命に歩いた弘法大師の道再興開闢修行のしんどかった日々が、じんわりと心の中に甦ってきます。

弘法大師の道再興開闢修行・・・さいこーでした。。

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放送では2カット出ています。


「山は神仏の世界」

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「山は神仏の世界」

西洋の魔法使いには、良い魔法使いと悪い魔法使いがいる。このことは、『ハリー・ポッター』を読んでも、よくわかる。良い魔法使いの代表がダンブルドア校長で、悪い魔法使いの代表がヴォルデモートだ。

日本では悪い魔法使いというのは、あまり登場しない。戦争ばかりの西洋に比べれば、日本ははるかに平和なところだったので、ヴォルデモートみたいに、とことん悪い魔法使いは出番がなかったらしい。あえて探すと、夢枕獏さんの『陰陽師』に出てくる道満あたりだろうか。

ちなみに、『古事談』や『峯相記』などの記録によれば、道満は実在した人物のようだ。「法体」、つまり坊さんの格好をしていると書かれているので、どうやら密教系の陰陽師だったらしい。

話をもとにもどそう。山伏のなかに悪い魔法使いタイプが全然いなかったわけではないが、たとえいたとしても、ごく少なかった。その理由は、山で修行をしていたからだ。

日本の山は、さっきも説明したとおり、聖なる場所だった。神や祖霊、つまり先祖の霊が住んでいる、とても素晴らしい場所だった。

六世紀に仏教が大陸から伝わると、仏教もまた、修行のために聖なる場所を求めて山に入った。すると、山は神や祖霊だけではなく、仏たちもいる場所になった。たとえば、日本史上、最高の宗教的天才といわれる空海さんも若い頃、立身出世主義のガリ勉ばかりの大学をやめ、真の教えを求めて山に入り、厳しい修行を積んだことは、よく知られている。

こういうぐあいに、神や仏や祖霊がいる聖なる場所で修行をしているかぎり、悪いことはしにくい。すごくきれいなところにはゴミを捨てにくいのと、似た理由だ。仮に悪い心を持っていたとしても、修行を積んでいるうちに、心が洗われて、きれいになってしまう。

ところが、キリスト教のように森や山を毛嫌いして、ああいうところにいるヤツにろくなヤツはいないと決めつけていると、ほんとうにどうしようもない悪いヤツばかりが集まってしまう。そして、ますます悪くなる。もともとはきれいな心を持っていても、朱に交われば赤くなるということわざではないけれど、心が汚れて、悪いヤツになってしまう。

その点、日本は恵まれていた。山を、神や祖霊や仏がいる聖なる場所とみなしてきたおかげで、とことん悪いヤツが現れるのを未然に防げたからだ。考えてみれば、私たちのご先祖さまたちは、とても賢かったということになる。

 ー『はじめての修験道』(田中利典・正木晃共著/2004年春秋社刊)「第1章 修験道とはなにか」より
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BS-TBS「空海の道を走れ!!」放送告知

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またまたテレビに登場しまーす。

●BS-TBS「空海の道を走れ!!」放送告知

『3.11で「千年の死」があらわになった・・・!
高野で「千年の道」が甦った・・・!!

19歳の少年・空海が見つけた道を金峯山寺の修験者と金剛峯寺の修行僧が歩き、
そこを世界のトップアスリートとともにトレイルランナーが走り抜けた!!

“世界の条件“が変わってしまった21世紀初頭、
「次なる千年」へのバトンタッチはこんなカタチか も・・・?!』

●放送日時

BS-TBS
①9/28(日)11:30-12:00
「Kobo Trail 2014
空海の道を走れ!!(前編)
~吉野より南に1日・西に2日、高野へ~」

②10/5(日)11:30-12:00
「Kobo Trail 2014
空海の道を走れ!!(後編)
~大師が見つけた夢の跡をたどって~」

「そもそも、修験道とは」

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「そもそも、修験道とは」

修験道を学問的に定義すると、こうなる。

修験道とは、「日本古来の山岳信仰に、神道や外来の仏教、道教、陰陽道などが混淆して成立した日本に固有の民族宗教」である。

「山岳信仰」というのは、これまで説明してきたように、山をあがめ、山に代表される自然を先生にして学ぶ宗教のことだ。

「神道」というのは、日本の神さまたちをあがめる宗教のことだ。日本の神さまといっても、八百万の神々というくらいで、天皇家のご先祖ということになっている天照大神から、道ばたの名もなき神さままで、たくさんいる。ここではとりあえず、外国生まれではない神さまたちをあがめる宗教と考えてもらえればいい。

「仏教」はご存じのとおり、2500年ほど前のインドで、ブッダが開祖となって広まった宗教だ。日本には、1450年くらい前に、中国から朝鮮半島をへて入ってきた。現在に至るまで、日本人の精神にもっとも大きな影響をあたえてきた宗教といっていい。仏教の場合は、生まれ故郷のインドから、民族や国を超えて世界中に広まったので、「世界宗教」ともよばれる。だから、同じように、民族や国を超えて世界中に広まったキリスト教やイスラム教と並んで、世界の三大宗教ともいわれる。

「道教」というのは、中国生まれの宗教だ。今から2500くらい前に、老子という人がはじめた。ちょっとなじみがないかもしれないけれど、『西遊記』の孫悟空とか『三国志』の関羽が道教のヒーローといえば、わかってもらえるだろうか。不老長寿の秘法を学んで、最終的には仙人になるための宗教といってもいい。その反対に、すごく現実的に金儲けのために信仰する人もあって、このへんがいかにも中国的というか、ようするに何でもあり!という宗教でもある。

「陰陽道」というのは、天体の運行や気象現象、あるいは方位などをもとに、未来を予知する神秘的な技術だ。生まれは古代の中国で、日本には仏教と同じころ、つまり1450年くらい前に入ってきたらしい。夢枕獏さんが書いて大ヒットしている『陰陽師』の世界が、そのものズバリだ。主人公の安倍清明が呪文を唱えたり、ふしぎな絵図を描いて、邪悪な敵たちと戦う場面を思い浮かべれば、おおよそイメージできる。

「混淆」というのは、いろいろな要素が混じりあっているという意味だ。したがって、修験道というのは、とても古くから、たぶん縄文時代ころからあった山岳宗教を母胎にして、神道も仏教も道教も陰陽道もみな混じりあって出来上がった宗教ということになる。

「民族宗教」というのは、その民族だけが信仰している宗教のことだ。さっき仏教のところで述べたように、民族や国を超えて世界中に広まった「世界宗教」の、ちょうど逆といっていい。とはいっても、世界宗教は仏教とキリスト教とイスラム教に三つしかないので、そのほかの宗教はすべて民族宗教になる。神道は日本の民族宗教で、道教は中国の民族宗教だ。そして、修験道も、日本の民族宗教になる。

 ー『はじめての修験道』(田中利典・正木晃共著/2004年春秋社刊)「第1章 修験道とはなにか」より
http://www.amazon.co.jp/%E3%81%AF%E3%81%98%E3%82%81%E3%81%A6%E3%81%AE%E4%BF%AE%E9%A8%93%E9%81%93-%E7%94%B0%E4%B8%AD-%E5%88%A9%E5%85%B8/dp/4393203046


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「神仏習合」

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「神仏習合」

いま、ある段階から、山には、神や祖霊だけでなく、仏もいるようになったと述べた。このことについて、説明しておこう。

六世紀に初めて仏教が日本に伝えられたとき、当時の人々は、仏を異国の新しい神と考えたらしい。『日本書紀』などでは、「蕃神」と書かれている。

いつの時代でも、新しいモノに対して反対する人が必ずいる。仏教が伝えられたときも、そうだった。日本にはちゃんと昔から神さまがいるのだから、仏とかいう異国の新しい神などいらないと、いちゃもんを付けた。有名な聖徳太子の時代には、仏を祀るかどうかをめぐって、戦争になったことさえあった。

しかし、そうこうするうちに、もともと日本にいた神々と、外国から入ってきた仏たちは、ひじょうに仲良くなってしまった。奈良時代の終わりから平安時代の初め頃には、神々と仏たちはハネムーン状態になって、仲睦まじく暮らすことになった。もちろん、ときには夫婦喧嘩もあったけれど、明治維新までの1100年間は、平穏な暮らしがずっと続いてきた。

神々と仏たちのハネムーン状態が実現したのは、ある考え方のおかげだった。その考え方というのが、「神仏習合」だ。

「習合」というのは、「二つのモノがじつは同じモノ」ということを意味する。英語では、シンクレティズム syncretismという。直訳すると、「融合」だ。

したがって、「神仏習合」は、神と仏が融合しているという意味になる。日本の歴史や宗教に沿ってもう少し具体的にいうと、日本の神々はインドの仏たちが、日本の実情に合わせて、神々の姿をとってこの世に現れたものだ、という意味になる。多少むずかしくいえば、神も仏も本質は同じで、両者ともに日本列島に住む人々を救済するために働いていることになる。

だから、神々をあがめることと、仏たちをあがめることとは、同じことなのだ。

たとえば、伊勢神宮が祀る天照大神は、仏教の大日如来が日本の実情に合わせて現れたものになる。同じように、熊野の本宮は阿弥陀如来、新宮は薬師如来、那智大社は観音菩薩。奈良の三輪山の神は地蔵菩薩。京都の祇園の八坂神社に祀られている牛頭天王=素戔嗚尊は薬師如来・・・・・・・・。こういうぐあいに、日本中の神々に仏たちが配当された。

この考え方が大成功したのは、どちらか一方がもう一方を強制的に排除してしまわなかったからだ。もし、どちらかが強制的に排除されたりしたら、排除されたほうには恨みばかりが残ってしまう。

かつてキリスト教は自分たちだけが絶対に正しいと主張して、ほとんど暴力的に相手を排除してしまった。その結果、恨みつらみがどんどん積み重なっていって、ヴォルデモートみたいな、とてつもなく悪い魔法使いが生まれてしまったのだ。

私たち日本人のご先祖たちは、そんなバカなことはしなかった。神々も仏たちも、両方が楽しく暮らせる道を選んだ。それが神仏習合だった。そして、その神仏習合をになってきたのが山伏たちであり、修験道だったのだ。

 ー『はじめての修験道』(田中利典・正木晃共著/2004年春秋社刊)「第1章 修験道とはなにか」より
http://www.amazon.co.jp/%E3%81%AF%E3%81%98%E3%82%81%E3%81%A6%E3%81%AE%E4%BF%AE%E9%A8%93%E9%81%93-%E7%94%B0%E4%B8%AD-%E5%88%A9%E5%85%B8/dp/4393203046


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*写真は金峯山寺所蔵(旧安禅寺本尊蔵王権現像)

吉野大峯世界遺産登録10周年記念シンポジウム

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まあ、今年は世界遺産登録10周年で、わたしゃ、めいっぱい仕事をしていますが、講演会やシンポもめじろ押し。決まっているこれからの予定では10/4、10/10、10/11、10/18、11/1、11/15、11/20-21、11/22、12/6などなど・・・。

いっぱいあるなか・・・11月1日の世界遺産登録10周年記念シンポジウム~千年前から伝わった「吉野のこころ」を千年後にも伝えたい~を告知します。

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吉野大峯世界遺産登録10周年記念シンポジウム
~千年前から伝わった「吉野のこころ」を千年後にも伝えたい~

(主催) 吉野町 自治総合センター
(協賛)吉野大峯世界遺産登録10周年記念事業協議会 (後援)総務省、奈良県

●日時:11月1日(土) 午後1時~

● 基調講演:宗田好史氏(京都府立大学教授)

● パネルディスカッション
パネリスト:宗田好史氏(京都府立大学教授)、

田中利典師(金峯山寺宗務総長)、

三田村邦彦氏(俳優)、

阿木耀子氏(作詞家)

コーディネーター:久保美智代氏(世界遺産研究家)

● 児童・生徒による世界遺産学習発表会

●参加費   無料

●開催場所  吉野山ふるさとセンター体育館  【定員】 300名(事前申込制)

●お問合せ 吉野町文化観光交流課 ☎0746-32-3081

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ともかくいっぱいありますが、どこかでお会いできることを期待しております。
おいでになったら、気軽にお声がけくださいね。

「これを宝物と言わずして、なにを宝物と言うのか」

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「これを宝物と言わずして、なにを宝物と言うのか」

吉野大峯から熊野に至る紀伊山地一帯、吉野大峯・高野・熊野の三霊場こそは、神仏宿る聖地として、日本固有の宗教文化を最も色濃く今日に伝える貴重な文化遺産だ。異なる宗教の共生、自然と人間との共生という二重の意味において、世界遺産の精神ともみごとに重なり合う。

これを宝物と言わずして、なにを宝物と言うのだろうか。この宝物をきちんと守り活かしていくこと。それこそは、真に豊かな日本の国家を築くことにとどまらない。ともに生きるどころか、敵対者はうむを言わせず抹殺する宗教戦争の様相すら見せている世界に対し、共存共生の一つのモデル・ケースを提示することにさえなり得るのだ。

キリスト教やイスラム教のような一神教的な思想にもとづいて、世界全体を一元的な価値観に染め上げ、グローバル化することが、いかなる末路を迎えるか。それは、二〇〇一年九月に起きたアメリカの同時多発テロ事件、それにつづくアフガンやイラク戦争などに明らかだ。

そして、この冷厳な事実に、いまや世界中が気付き始めている。このときに及んで、むしろグローバル化の対極として、吉野大峯・熊野・高野に象徴される山岳霊場がはぐくんできた多神教的な世界観、互いの価値観を認め合う世界観のなかにこそ、諸宗教や諸民族が仲良く共生するための秘訣がある。

こう考えてくると、「紀伊山地の霊場と参詣道」が世界遺産としてもちうる意義も、おのずから明らかになってくる。豊かで寛容な信仰が、古代から現在に至るまで、修行や巡礼のかたちで絶えず実践されているという事実そのものが、全人類を苦悩させ絶望させている環境破壊と宗教対立に満ちた今日の世界に向けて、まさに有意義なメッセージとなりうるのだ。

今回の世界遺産登録は、ぜひとも以上のような視点から見つめていただきたい。世界遺産を活かした地域作りにあたっても、経済的な議論の前に、こういうた精神的な視点をきちんと踏まえることを求めたい。そのうえで、私たちは、日本の伝統文化を世界に向けて発信していくべきなのだ。・・・写真は写真家の高橋良典氏(写真複製不可)

 ー『はじめての修験道』(田中利典・正木晃共著/2004年春秋社刊)「第5章 現代の修験道」より
http://www.amazon.co.jp/%E3%81%AF%E3%81%98%E3%82%81%E3%81%A6%E3%81%AE%E4%BF%AE%E9%A8%93%E9%81%93-%E7%94%B0%E4%B8%AD-%E5%88%A9%E5%85%B8/dp/4393203046


Amazonには在庫切れになっていますが、金峯山寺には置いています。お求めは0746-32-8371まで。

「諦める」

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「諦める」


鏑木:
僕は苦しいことを楽しむ、ということですね。苦しいことなんて日常やる機会ないじゃないですか。

言い換えればめったに味わえない苦しい状況も含めて楽しもうという。サインと一緒に書くんですけどね、「楽しむ勇気」って。「オレ、こんな苦しいところまでやってるよ、へへへ」みたいな(笑)。それがすごく重要ですね。それを乗り越えると無心の境地ですよね。何も考えてない、ひたすらゴールへ突き進んでるという自分というか。それが心地よくもありますよね。

田中:
修験道の場合も少し似ているところもあるんですけどね。私は「諦めるしかないな」と。

諦めた時には歩けるんです。例えばここで止めたらこういう理由がたつとかいろいろ考えるじゃないですか、それも諦める(笑)。来たんやから行かなしゃあないやないかと。

とにかく行こ、と諦める。諦めるのがいちばん。自分のいろんな想いも諦める。

それしかないんですよ。足が痛い、痛いけどしようがない、諦めて歩こう、と。ひきつっても、怪我しても、まあ怪我したもんはしようがないと諦める、受け入れる。

そうすると終わった後にね、ありがたいんですよね。

自分の足にもありがたいし、助けてくれた周りにもありがたいし、いろんなものがありがたい。

それは途中で諦めたりいろんな理由をつけてリタイアすると、ありがたいというところまで心がいかない。

始めからありがたいと思ってたら嘘ですよね。本当に苦しいところを乗り越えて、諦めて到達すると、本当にありがたい

       ー弘法大師の道特別対談「田中利典×鏑木毅」より
     ↓
       http://www.okuyamato.pref.nara.jp/kobodaishi/koubou_01.html

「修験道大結集「平和の祈りのメッセージ」

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平成16年に「紀伊山地の霊場と参詣道」として世界遺産登録受けた吉野大峯地域の記念事業として取り組んだのが、「修験道大結集」(本になっています→ http://www.amazon.co.jp/%E4%BF%AE%E9%A8%93%E9%81%93%E5%A4%A7%E7%B5%90%E9%9B%86-%E9%87%91%E5%B3%AF%E5%B1%B1%E5%AF%BA/dp/4938651599)。

その結願に、参加17集団、修験寺院の決議として、採択したのが「修験道大結集・世界平和の祈り」でした。

今年はその世界遺産登録10周年。修験道大結集も10周年となり、11月16日午後2時から、10周年平和の祈りの大結集大護摩供を行います。

...

そのときに、再度、「平和の祈りのメッセージ」を宣言したいと思います。

実は、このメッセージは、平成21年の5周年のとき、更に白光真宏会富士聖地地球シンフォニー平和の祈りと、昨年の奈良県宗教者フォーラム10周年金峯山寺大会・平和祈願祭大護摩供のときにも、採択して読ませていただきました。

以下、大結集結願の護摩のときのオリジナルメッセージです。

********************

世界遺産登録記念・ユネスコ憲章賛同事業
 修験道大結集「平和の祈りのメッセージ」

 ”人が信じる、すべての仏に、神々に、合掌”

私たち人間は、地球の住人です。
その地球、そして大宇宙の森羅万象の中で、私たち人間は特別に優れているとか、
劣っているとか、そういうことはありません。
あらゆる命、あらゆる存在が、全て等しくこの世にあります。

しかし、人間はその真理を忘れ、今に至りました。
欲望を満たすことだけが生きる意味ととりちがえ、森羅万象をないがしろにする。
人間同士、些細な理由で互いをわけへだて、差別する。
宗教、人種、歴史、文化…。互いの価値観のちがいを、ことさらにあげつらい、
蔑み、妬み、争い、ときには殺し合う。なんとあさはかなことでしょう。

歯止めのきかない自然環境破壊、頻発するテロや戦争、すべてが、その結果です。
今、人間はみずから播いた災いの種に苦しめられています。
そして、この苦しみは、私たちの子や孫の世代まで、
そのもっと、ずっと先の世代まで続くのです。

「戦争は人の心の中で生まれるものであるから、
人の心の中に平和の砦を築かなければならない」とユネスコ憲章の中にあります。
禍の根源にあるのは、私たち一人ひとりの心です。
見えざる大きな力が働いているわけではありません。
この心を正すことなくして、地球に平穏は訪れません。

世界自然憲章の前文は「人間は自然の一部である」と語ります。
「自然は人間を癒す」とも語ります。
人間は、自然との深い関わりなしに、その歪んだ心を正すことはできないのです。

山に伏し、野に伏し、自然を、そこに坐す神仏を祈る修験道は、
そうした人間の心に巣食う罪、過ちを戒め、五体を通した修行の中で、
清め、再生することを実践してきました。
大自然の霊気に接することで、
山を、木々を、一切の存在、命を敬い、感謝する心を育んできました。
また釈尊は「すべての生きとし生きるものよ幸いあれ」と述べました。

人と人は、過去にとらわれず、互いを思いやる。すべてを咎めず、許す。
その精神は「恕」の一文字に集約されます。
私たちは、世界遺産記念奉賛行事結願のこの日、ユネスコ憲章の精神に賛同して行った
「修験道大結集・平和の祈りの大護摩供」結願の証として、
この「恕」の心を、世界に、未来に発信します。
そして、地球上の山川草木、さらには大宇宙のありとしある全存在とともに、
宗教、人種、歴史、文化の違いを超え、すべての人間に、森羅万象の一切に、
「地球平穏・世界平和」への祈りを捧げ続けることを宣言します。

**
 
   主催
     修験道大結集吉野実行委員会
    共催団体  
     吉野町 吉野ユネスコ協会 奈良県ユネスコ連絡協議会 世界遺産吉野協議会
    後援団体
     (社)日本ユネスコ協会 日本山岳修験学会 奈良大学 NHK奈良放送局
    修験道大結集平和の祈りの大護摩供参加寺院
            大峯山護持院竹林院 総本山金峯山寺 大本山薬師寺 修験道五流尊瀧院
            総本山聖護院門跡 天台宗青岸渡寺 験乗宗総本山光明寺 
           大峯山護持院桜本坊 犬鳴山七宝瀧寺 大峯山護持院東南院
           大峯山護持院喜蔵院 大峯山護持院龍泉寺 日光修験道山王院
           伊吹山修験伊吹山寺 天台寺門宗総本山三井寺 高尾山薬王院 
           総本山醍醐寺三宝院 大峯山寺                       (護摩修法順)

***

ちなみに今年の10周年大護摩供は11月16日午後2時です。思えば私のここ10数年の修験道ルネッサンス・・・近代との戦いの、総決算でもあります。

だれでも参拝はしていただけます。山伏さんの出仕も可能です(金峯山寺の事務局に事前にお問い合わせ下さい)。

さあ、やるぞ、ぜひ!!

「世界遺産のカストーディアン会議」

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「世界遺産のカストーディアン会議」

今日、午後1時半から、世界遺産「吉野大峯」の整備保全事業に関する連絡協議会が金峯山寺聚法殿(旧吉野山ビジターセンター)にて開催される。

この協議会は平成16年に世界遺産登録された大峯奥駈道及び吉野大峯地域の保全、保護、整備を進めるため、行政と民間が一体となって取り組むための会議として、私が提唱し、奈良県はじめ、関係官庁の環境省や林野庁、そして吉野町や天川村、十津川村など奥駈道保持の関係町村とともに、奥駈修行に直接関わる金峯山寺や大峯山寺、聖護院、醍醐寺、三井寺など修験寺院など、広範囲な団体で発足した意義ある会議である。世界遺産の第1の門番ーカストーディアン」たる位置づけを以て行われる。今年で8年目を迎えた。

とりわけ今年は紀伊山地の霊場と参詣道として「吉野大峯」が世界遺産登録をされて10周年の節目となり、この紀伊山地の霊場と参詣道の世界遺産登録に直接関わっていただいた文化庁主任文化財調査官/本中眞氏に「世界遺産と取り巻く状況ー紀伊山地の霊場と参詣道の登録後10年を経過してー」と題して特別講演もしていただく。本中氏とは世界遺産登録運動を通じて、大変懇意にしていただくようになり、いろいろ世界遺産に関わる学びをさせていただいた方で、今回もお願いをして来ていただいた。

なお、写真は昨年の会議の模様です。

「日本人の神と仏」

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「日本人の神と仏」

古代に成立する古事記、日本書紀というのはそれまで「倭」と呼んできたこの国が「日本」という国名のもとに中央集権的な国作りをするときに、今まであった伝承や記録などを整理して生まれた神話の歴史と物語です。そしてその神話の神様たちも長い年月、仏たちと仲良く融合して、私たち日本人の生活を支えてくれていました。

明治に神仏分離を断行し、古事記や日本書紀の神様は国家神道の神様に読み替えられ変容します。しかしせっかく神仏分離をしてまで成立した国家神道は第二次世界大戦に負けて以来、GHQの神道指令によって解体され、その姿を見失うことになりました。

そして残ったのが日本的なモノをすべて廃された、マルクス主義や強欲資本主義という欧米優先主義の近代思想だったのです。だから日本人は自分たちがもってきた日本的な神仏のことをわからず、明治以来の欧米の一神教のような価値観で自分たちのことをみるから、ややこしくなってしまったのです。

明治期にレリジョンを宗教と訳しました。

しかしレリジョンは一神教の宗教のことを指すのであって、唯一絶対の神を持たない日本人の宗教とは全く違うものだったのです。

一神教のゴッドは、八百万の神でも、八万四千の法門からいずる仏でもなく、まして権現神のような広汎な神々ではない、我々には理解しがたい人間を超越して絶対無二の神なのです。

日本人は無宗教ではありません。私たちは日本的な神と仏を抱き続けている立派な文化を国土の中に残し続けています。明治と戦後、2度の神殺しを経験した日本人ですが、今からでも遅くない。私たちの周りに寄り添い続けてきた神や仏の存在に気づけば、十分間に合います。

 ー「男の隠れ家」2010年6月号(グローバルプラネット社)『日本の「聖地」を往く』記載:田中利典筆「日本人の神と仏」より

*写真は神仏習合からうまれた権現信仰の象徴・金剛蔵王権現(旧吉野山安禅寺蔵)

「山伏=修験者」

おはようございます・・・今週もまた「みんな大好きで生きましょう!」

さて連日続けているプチ著述集。今日もアップします。

 

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「山伏=修験者」

修験道を実践する人のことを「修験者」という。じつは、もう一つ呼び名がある。「山伏」だ。漢字では「山臥」とも書く。

山伏(山臥)という呼び名のゆらいは、読んで字のとおり、「山に伏す(臥す)」ことにある。もう少し詳しくいうと、山を住処として寝起きし、山を教室として学び、修行して、さまざまな智恵や力を身につける人を指している。

ちなみに、山伏には、出家した僧侶もいれば、ふつうの仕事をしている俗人もいる。つまり、山伏の世界では、出家しているとか出家していないとかはどうでもよくて、問題にならない。むしろ、問題になるのは、どれくらいの期間を山で修行したとか、すぐあとで説明する「法力」とか「験力」がどれくらいあるか、という点だ。

いま「智恵と力を身につける」と述べた。「智恵と力」の両方あるところに注目してほしい。

智恵だけでもなければ、力だけでもない。その両方を身につけて、はじめて山伏=修験者と呼べるのだ。

さて、智恵と力というとき、前のほうの「智恵」については、詳しい内容はともかくとしても、なんとなく理解できるだろう。ようするに、人からとか書物からとかではなく、自然から、自分自身の心と身体をとおして学びとった深い智恵と考えてもらえばいい。

しかし、後のほうの「力」については、なかなか理解しにくいかもしれない。少し説明しておこう。

この力のことを、昔の修験者や山伏たちは「法力」とか「験力」と呼んでいた。現代的にいいかえると、いわゆる超能力だ。

そもそも「修験道」という言葉に、そういう意味が込められている。「修験道」を分解すると、「修」+「験」+「道」になる。つまり、「修」行によって「験」力を得る「道」という意味だ。

 ー『はじめての修験道』(田中利典・正木晃共著/2004年春秋社刊)「第1章  修験道とは」より
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Amazonには在庫切れになっていますが、金峯山寺には置いています。お求めは0746-32-8371まで。

「自然との対峙と山伏修行」

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「自然との対峙と山伏修行」

修行の大前提は人間の存在を超えた聖なるものとの対峙である。

日本における近代化・欧米化による物質文明蔓延の災いは、四季と自然からの恵みの豊さの中で育まれてきた聖なるものとの関係を、粉々に壊したことが一番だと筆者は思っている。

であるがゆえに、不便さの中に身をおき、自分の身体を使って神仏との対峙を経験する山伏修行は近代化以前に培われた日本人の原風景に回帰出来る可能性を秘めている。

難しいことを言っても始まらない。

ただひととき、日常の、異常とも言える物質化された生活を離れ、非日常の大自然の中で、不便さに身を投じて、神と言ってもかまわない、仏と呼んでもかまわない、大らかで尊厳に満ちた聖なるものとの出会いを体験することである。

いかに我々が物質社会に飼い慣わされ、神仏から遠ざけられて、人間性を失っているのか気づくモノがあるはずである。

ー「シンプルライフと山伏修行」/シンプルライフ普及センター会報誌・2004年3月号記載

「祈りの回廊」秋冬号に登場!

「祈りの回廊」秋冬号、ようやくとうちゃこ。世間には少し前から出回っているようですが。

私も冊子の8ページに特別講話として、ちょこっと出ていますが、小さい文字ですねえ・・・。

この手のものを手にする年代を考えると、この文字ではねえ。

...

と、思うのですが、ねえ。

 

もともとサイトで公開されていたものなので、ここでなら、読みやすいですよ。

★奈良祈りの回廊特別講話」
http://www3.pref.nara.jp/miryoku/megurunara/inori/special-interview02/

「祈りの回廊」秋冬号、ようやくとうちゃこ。世間には少し前から出回っているようですが。
私も冊子の8ページに特別講話として、ちょこっと出ていますが、小さい文字ですねえ・・・。

この手のものを手にする年代を考えると、この文字ではねえ。

と、思うのですが、ねえ。

もともとサイトで公開されていたものなので、ここでなら、読みやすいですよ。
★奈良祈りの回廊特別講話」
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「大自然の非日常に浸かる山修行」

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「大自然の非日常に浸かる山修行」

少し想像力をはたらかせてイメージしてみていただきたいのです。大自然の山の中を修行するとは、どんなことなのか。

山の中は、電気もなければ水道もない。道にしても、古来より踏みしめられた歩きやすいところもありますが、場所によっては「ここ以外に足場がない」というような、木や岩などにつかまりながらようやく通れる難所もあります。むせ返るほどの植物のにおい、土のにおい、森が抱える生物の息づき。雨がふれば濡れ、風が吹くままになびき、朝日がのぼれば明るくなり、夕方、陽が沈めば暗くなります。

どうでしょう。私たちがいま、暮らしている日常生活とは、大ちがいでしょう?

農業や漁業などの第一次産業に従事されている方は、山の修行の世界とある程度近いような、自然とふれあう日々かもしれませんが、オフィスなどに勤める方々の生活は、もっともっと非自然的で、あらゆるものがコントロールされた環境下だと思います。

車や電車で通い、電気のあるところでパソコンや機械を使って仕事をする。室内の温度も、たいがいは適切な温度に調節されています。あたりまえのように携帯電話やタブレット端末で通信し、あふれかえるような情報量の中で仕事をこなし、家に帰ればテレビや電子レンジを使いこなす。自然にふれ合う機会どころか、自然な陽の光の変化さえ感じにくいままに一日が過ぎていきます。それを日常とする現代人にとっては、大自然が非日常です。

大自然の深山幽谷をひたすら歩き、自然に浸りながら自分という生命を感じるひとときでは、「自分」というものの使い方が変わってくるとさえ言えるのではないか、私はそう感じます。

ー拙著『体を使って心をおさめる 修験道入門 (集英社新書)』より

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『体を使って心をおさめる 修験道入門 (集英社新書)』
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「なかったことにしてはいけない!」

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昨日、中秋の名月で、3年前の「ア・センス・オブ・ホーム・フィルムズ」の上映会のことを思い出して、アップしましたが、そのときの、ご挨拶を掲載します。

河瀨監督から、挨拶直前に、「原稿を見ないで、りてんさん自身の、自分の言葉で話してほしい」と急に言われ、大急ぎで、予定原稿を丸暗記したのを思い出します。結構長い原稿だったので、しんどかったなあ。

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「なかったことにしてはいけない!」

今宵はようこそ「ア・センスオブ・ホーム・フィルムズ」金峯山寺奉納上映会にご上山いただきました。上映会を前に、ひとこと、ご挨拶申し上げます。

今、日本は大変なことになっています。あの東日本大震災の想像を絶する大災害から半年。そして西日本一帯を襲った先日の豪雨。奈良県南部や熊野地域はいまだ多くの方々が危険にさらされています。

半年前、連日映し出された大津波の映像と福島原発の惨状、そして数日前の集中豪雨のありさまを前に、私たちは立ち尽くすしかありませんでした。かけがえのない、私たちの美しい日本の国土が、今まさに大きな危機に瀕している、そんな気がしてなりません。

ここ蔵王堂はご開祖役行者開闢以来、千三百年にわたって祈りが続けられてきた修験道の根本道場です。蔵王堂に祀られる蔵王権現は、国家の災難を封じ、人々の生活を守る霊顕第一のご本尊で、その左足は、大地の振動を押さえ、地下の悪魔を打ち破る力を表しておられます。その権現様に、私たちは大震災の翌日から、梵鐘を打ち鳴らし、被災者の平安と亡くなった方への鎮魂の祈りを捧げるとともに、日本全体が不安におののく心の恐れを取り除くため、毎日毎日、地震の起きたちょうどその時刻・午後二時四十六分の祈りを続けてきました。「今、このときに蔵王権現さまに祈らなくて、いつ祈るのか!」という思いからであります。

今日9月11日は、東日本大震災からちょうど半年を迎えるだけではなく、あの忌まわしい「9.11アメリカ同時多発テロ」からも10年の節目を迎えました。大きな意味を持つ今日この日、千年の祈りの場であるここ蔵王堂に於いて、私たちにとっての家族とは、故郷とは、祖国とは何かをテーマとする「ア・センスオブ・ホーム」の世界最初の上映会が奉納されようとしています。

地震津波の自然大災害や、原発事故のような人災、あるいはテロや戦火といった被災によって、その都度、世界中で、人間にとってかけがえのないはずの生活や故郷や国が失われてきました。その、立ち尽くすしかないような現実を前に、私は蔵王権現さまへの祈りを持つしかありませんでした。それは私たちを育んできた大地や歴史・風土、祖国への感謝と、災いの消滅を願う祈りでした。

映像作家の河瀬直美監督は、東京で大震災に遭遇されました。揺れるビルの中で感じたことは、「息子のそばに帰りたい、故郷の奈良に帰りたい」という思いだったそうです。身に迫る危機を前にして、人は誰でも、愛する人に会いたい、故郷に帰りたいと思う。それは世界中のだれもがどこであっても、同じように感じる感覚だと思います。河瀬監督は、東日本大震災に対し自分に何が出来るかを考え、その地震に遭ったときの思いをそのまま形にしようと思われました。そして世界中の映像作家に呼びかけて、今回の「ア・センスオブホーム・フィルムズ」…ホームという感覚…つまり家、故郷、国土への思いをテーマとした映画が紡がれることになりました。

私たち金峯山寺では大震災に対し、家を守る祈りを届けたいと思い、芸術家は家への思いを形にしたいと思いました。それは、宗教と芸術が別々の方法で互いに共有した、ホームすなわち家や国土へのある種の危機感だったのです。その二つの出会いが本日の上映会に繋がりました。

今、大震災から半年を経て、「あれはなかったことにしよう」というような、日本の風潮を感じます。東北で苦しむ被災者のことも、原発事故でどうにもならない事態に陥っている福島のことも、まるでよその国の出来事のように、どこかで忘れたい、豊かな元の生活を早く取り戻したいという世の中の流れに、私は大変な憂いを感じています。まだわからないのか!、と大自然が、権現様が、言っておられるような気がします。揺るぎのやまない国土、うち続くさまざまな災害はその叫びのように感じてなりません。

9.11以降世界は変わりました。そして3.11以降、日本は変わらなければいけないと思います。なかったことにしてはいけない。その感覚を今回の作品映像が、今に生きる我々にきっと伝えていただけると思っております。そして、後世の人々にも伝えなくてはならないものだと感じています。

地震による福島原発の事故や、うち続く災害でわかったことがあります。それは効率優先という名のもとの経済発展がもたらした、豊かさが持つ危さであり、自然への畏敬や大地への祈りと感謝を忘れた行為の愚かさでした。

私たちは大地とホームを今こそ、取り戻す、取り戻す方向に向かわねばならないでしょう。今夜の映画祭を、蔵王権現様とともに鑑賞することで、なにかが生まれることを期待してやみません。

最後に、今回の奉納上映会開催に当たり、意を尽くして奔走された「なら国際映画祭実行委員会」のスタッフをはじめ、遠く日本にお出ましをいただいたビクトル・エリセ夫妻ほか多数の製作監督、多方面にわたり惜しまぬ協力をいただいた地元吉野山や関係各位のみなさまに心より御礼を申し上げるものであります。         合掌

ー「 『ア・センスオブ・ホーム・フィルムズ』金峯山寺奉納上映会挨拶 」より

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3年前の原稿ですが、いま読んでも、あまり古さを感じない気がします。先日の大雨で、自宅の一部が被災しただけに、よけい自然の猛威に対する畏怖を再認識しています。

それからわずか10数分で、これ、全部覚えた集中力はわれながら、感心感心・・・。

「ア センス オブホームフィルムズ と 今年の名月」

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「ア センス オブホームフィルムズ と 今年の名月」

中秋の名月・・・今年も、吉野山にも名月がかかりました。

時を感じます。

実は3年前、東日本大震災の半年後にあたる、9月11日がその年の、中秋の名月でした。

その夜、蔵王堂で、河瀬直美監督主催の、「311 ア、センス、オブ、ホームフィルムズ」の世界初の上映会が行われたのでした。あの夜も、蔵王堂境内には煌煌と中秋の名月がかかっていました。

以下は当時の機関誌に書いた記事です・・・

「ヴィクトル・エリセ氏など世界各地の著名な映画監督らが東日本大震災の被災地への思いを込めて制作した三分十一秒のショートフィルム全二十一本をまとめた映画「3・11 ア・センス・オブ・ホーム・フィルムズ」の奉納上映会が、九月十一日午後六時半より、金峯山寺蔵王堂に於いて行われた。

この上映会は「なら国際映画祭」の一環として企画されたもので、国宝・蔵王堂正面に奈良市の小学生たちが布を縫い合わせ作ったスクリーンが張られ、約五百名の観客が見守る中、月明かりの下で映画作品が初上映された。

上映会を企画したのは奈良出身のカンヌ映画祭グランプリ受賞監督・河瀬直美さんで、去る五月に大阪で開催された紀伊山地三霊場会議主催「世界遺産フォーラム」でゲスト出演し、金峯山寺では大震災翌日から、被災地復興と被災物故者の慰霊のためのお祈りを続けていることを知って、是非、金峯山寺での上映会を熱望されて、実現するところとなった。

この映画の各編を結ぶ主題は「ホーム(家)」。大震災によって物理的な家だけでなく、精神的な意味でも家が被害を受けたとの認識があることから生まれたもので、この作品は、被災地に向けてのメッセージが込められたものや震災当日を再現したものなど、世界各地のさまざまな監督が担当した家族や人との絆を描いたショートフィルムの作品集となっている。

被災地の復興への祈りを続ける金峯山寺と、大震災を契機になにか支援のメッセージを映像化したいという河瀬監督との縁が、上映会の開催に結びついた。」

・・・あの夜の上映会は素晴らしいひとときでした。

あれから3年。 被災地の復興は進んでいるのだろうか。どこかで、みんな、忘れかけているのではないだろうか、そんなことを、今年の名月の下で、改めて思い直しています。

*写真、うまく撮れなくて、残念です(^_^;) でも今夜の吉野山にかかったリアルタイムな月です。

「秘仏本尊・蔵王権現」

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「秘仏本尊・蔵王権現」

大きな蔵王堂の中には、これまた大きな秘仏本尊である三体の蔵王権現がまつられています。さらには、高さが四・五九メートルもある松材寄木造りの蔵王権現像が堂内の回廊に客仏として安置されています。

客仏というのは、この堂内にまつられるために造られたものではなく、諸事情によって本来の場所ではないところに納められている仏像のことで、金峯山寺の客仏は、明治の廃仏毀釈のときに山内から蔵王堂に移されたものです。

秘仏本尊に次ぐ大きな客仏の蔵王権現もまた、かつて奥千本にあった安禅寺蔵王堂のご本尊でしたが、明治の廃仏毀釈で寺が壊されたため、ここに移されたのです。

それにしても、なぜ、蔵王権現の本尊は秘仏なのでしょうか。

蔵王権現というのは「仮に現れた姿」です。それを隠すというのは論理的に矛盾しますし、隠すような大きさの像ではありません。また、文書にも秘仏という記載はありません。私は、これについて「蔵王権現像はもともと秘仏だったわけではなく、歴史的な必然で秘仏になった」という結論に達しています。

常時開帳していたわけではなかったようですが、明治以前は人々が蔵王権現を拝むことができていました。本居宣長による吉野の紀行文『菅笠日記』にも、蔵王権現を、前にかかっていた戸帳を開けて参拝した様子が残されています。

しかし、金峯山寺が廃寺まで追い込まれた法難の時代に、明治政府は「蔵王権現はまつってはならぬので、お像を外に出して壊せ」と命じました。ところが、蔵王堂は、蔵王権現を造りながら建てたお堂でしたから、蔵王堂ごと壊さないと本尊を外に出すことができない構造だったのです。ですから当時、私たちの先人たちは苦慮の末、扉を閉めて拝めないようにした上で、ご神体としての鏡を前面に置いて法難の時をしのいだのです。

のちに金峯山寺は仏寺に復帰してもとの信仰を取り戻しますが、蔵王権現参拝はいったん政府により禁止されたものであったがゆえに、禁止令以降は幕を掛け、秘仏として扱うようになった……「秘仏・蔵王権現」というのは、まさに先人たちの知恵によって守られてきた歴史の証であると、私は思っています。

  ー拙著『体を使って心をおさめる 修験道入門 (集英社新書)』より

*秘仏ご本山は今年、吉野大峯の世界遺産登録10周年記念行事として11月1日から30日まで1ヶ月間ご開帳されます。

「豪雨は怖い」

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「豪雨は怖い」

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昨日の雨で、本堂裏の物置小屋兼大祭時のお弁当などの炊き出しで使う台所が水浸しになった。

今日は昼間になかの荷物やだめになったものなどを出して、掃除をしたが、なかなか大変である。山の水なので、泥水だから汚水ではないが、それでも泥臭さが取れない。 水が引いたあと、水はけの悪い床に、泥がたまっていたのを、ブラシで洗ってはき出したが、なかなか大変な作業である。

丹波市や広島での被災地などの復旧作業とは比べものにならないとはいえ、泥水は手強いと実感する。床上浸水したところや、家が倒壊された被災地は本当に大変なご苦労だろうと思う。

それにしても、このところの異常気象で、四日市や岐阜や、福知山・丹波市や広島で、つぎつぎと豪雨被害の目の当たりにしてきたが、まさかまさか自分の家が、水浸しになるとは思わなかった。

福知山・丹波市の豪雨のときも、約15時間くらい雨と雷が続いて、凄い水が出たが、今回は、この綾部地域限定のような雨で、1時間に80ミリ、3時間で200ミリ近い雨が夜中に降った。 こんな雨、どこで、ふっても大災害を引き起こすに違いない。うちなどは、物置の浸水と本堂の床に水が入った程度だったわけで、まだ不幸中の幸いと言えよう。

東京や大阪などの大都市だと、もっともっと都市機能を麻痺させて、被害が甚大だと思う。 まだ台風の時期を迎える前である。これからもまだまだ異常気象による豪雨や竜巻などの危険が予想されるとのことであるが、人ごとと思わずに、災害対策の備えをしておく必要があるだろう。身を以て、実感した。

それにしても、めったに家にいない私であるが、昨日はいてよかった。 なにしろ、あの豪雨の中、夜中の3時に、冠水した境内に止めていた家内の車を、水の来ていない場所に移動させたのだから・・・。

*ちなみに写真は11月3日林南院大祭の火渡りの写真。文章とは関係がありません。

「ユネスコ世界文化遺産・紀伊山地の霊場と参詣道登録十周年」

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「ユネスコ世界文化遺産・紀伊山地の霊場と参詣道登録十周年」

私が登録運動を始めたのは平成12年の春でした。私は「登録はゴールではなくスタートにしたい」と最初の段階から思っていました。

幸い手を挙げて、4年足らず、平成16年には見事、登録が実現します。そこで登録後にすぐに、金峯山寺や聖護院・醍醐寺・大峯山寺など世界遺産大峯奥駈道に関連する修験寺院や、道を管轄する奈良県・吉野町など関係市町村、それから環境省などとともに、奥駈道の保全に関わる「世界遺産吉野・大峯地域連絡協議会」を発足させ、また登録5周年の平成21年には、高野山や熊野三山など登録寺社による保全のための連絡協議会「紀伊山地三霊場会議」(総裁・松長有慶金剛峯寺座主)を立ち上げて、登録を単なる世界遺産観光誘客に終わらせるのではなく、保護保全の活動に繋げるよう心掛けてきました。

世界遺産を守るカストーディアン(第一の門番)としての役割を目指し、登録によって環境が荒らされることのないよう取り組んできた10年でした。

日本には現在17の世界遺産がありますが、この「紀伊山地の霊場と参詣道」は特殊な遺産と言えます。紀伊半島という深い自然の中に、日本人の精神文化の基盤ともいえる、神仏習合の信仰が残されています。豊かな自然があるだけではなく、人々が金峯山寺や高野山、熊野本宮大社などのお堂やお社、そして那智の滝や大峰山脈など自然そのものを千年単位で祈り込んできた歴史があるのです。

登録10周年を期に、更に保護保全の活動を継続発展させて行きたいと、年頭に当たって思うものであります。     合掌

ー仏教タイムス2014年正月号掲載

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ここ10年くらい、ずっーーと仏教タイムスという仏教界業界紙に念頭記事を依頼され、書かせていただいてきた。転記したのは今年の分である。

この依頼をしてくれた担当記者が先月で、退職した。彼がいたから、書いてきたと言っても過言ではない。今日、ちょこっと彼とお別れ会をしようと思う。

ところで、今年は世界遺産登録10周年事業並びに修験道大結集10周年大護摩供(11/16午後2時厳修・・・)と、この11月はいろんな行事が目白押しの金峯山寺です。詳しくは・・・また、書きます。

宿泊者限定夜間拝感「声明と闇に浮かぶ蔵王権現」 PV

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宿泊者限定夜間拝感「声明と闇に浮かぶ蔵王権現」 PV

主演? たなかりてんで、お届けします。頑張りました。(笑)
青の秘仏蔵王権現様と声明(諸天讃・・・)が素晴らしいです。

監督はあの窪塚洋介さん。吉野山観光協会・旅館組合さんが、金峯山寺の全面協力の下にが制作しました。凄い出来です。

よろしければ、ご覧ください。

宿泊者限定夜間拝感「声明と闇に浮かぶ蔵王権現」 PV

https://www.youtube.com/watch?v=_NFxEKW0apg&feature=youtu.be&list=UUjfegE9ITgKBNo4BK_VKk_g

「葬式仏教をぶっとばせ!」

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「葬式仏教をぶっとばせ!」

私は今、檀家制度が家庭や共同体社会の中で果たしてきた役割の大きさを見直すことの重要性を強く感じている。大変革という大きなうねりの中に檀家制度も変容を遂げつつあるとはいえ、今ならまだ余力もあり、自らの手で作り変えていく能力も残されているはずである。

消し去られてしまったものを復活させることは難しいが、今あるものを立て直すことはそれより遙かに容易である。今ならまだ大いに間に合うであろう。

第2分科会での井上氏の報告にあったように、檀家制度と会員制を共存させながら、寺院の運営を行っている僧侶の活動はすでに全国ではじまっている。これからもっともっといろんな活動が、ユニークな寺院が出てくるだろう。僧侶という生き方、寺院というフィールドを十分に使って、是非仏教原理の体現をしてもらいたいものである。共に行じたい。それが日本を救う道に通じるはずだ。

仏教を元気にしようとは僧侶自らが元気になることであり、さらには日本の社会全体が元気を取り戻すことである。それが新しい、ニュー・ブディズムとでも形容できるような「次世代の葬式仏教」の姿なのではないだろうか。

ー『葬式仏教は死なない 青年僧が描くニュー・ブッディズム』(白馬社刊・2004年刊)より

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上記の文章は2003年、京都で行った全日本仏教青年会全国大会「葬式仏教をぶっとばせ!」で開催された大会記録をまとめた、『葬式仏教は死なない 青年僧が描くニュー・ブッディズム』(http://hakubasha.co.jp/?p=133)の、まとめに書いた拙稿である。

あれから10年余。葬式仏教・葬祭仏教を取り巻く環境は激変の一途である。隔世の感さえある。 2003年の全日仏青全国大会は、約7年にわたって副理事長職をつとめた私なりの、全日仏青活動の集大成と位置づけた大会であり、実行委員長の人選も含めて、企画運営した。大会のシンポでは講師の選考だけではなく、自らコーディネーターもつとめ、大会記録の編集員までも厚かましくも担当して、最終のまとめ論の執筆もしたのであるが、10年余の星霜を感じる文章である。

あの当時も、葬式仏教をぶっとばせ!とばかり、葬祭・葬式仏教の担い手である僧侶側からもたくさんの取り組みが世の中では展開されていた。そのリーダー的存在は、シンポにも出ていただいて激論を展開された松本市の高橋卓志師であり、あるいは新潟で活躍されていた安穏廟の小川英爾師たちだった。私より少し上の世代の人たちである。私の世代ではイベント寺を発足させた大阪・應典院の秋田さんもいる。

そして10年がたち、ますます葬祭や葬式が取り巻く環境が移ろう中、また新しい世代から、新しい僧侶が生まれている。

釈徹宗さんなどはその代表選手だろうが、それをいよいよ実感したのが、最近詠み終えた『お寺の収支報告書(橋本英樹著・祥伝社新書)』 であった。 彼の言う、檀家制度の打破、離壇の勧めなどは、葬式仏教ではない、祈祷仏教という立場の修験僧を忘れて、時代の流れの速さに立ち尽くす思いでさえある。本書の前では、檀家制度を生かした上での、私が描いた日本仏教の活性化論など、まるで陳腐な年寄りの戯言にさえなってしまっている。しかも葬祭仏教の現場に生きる葬式坊主の立場からの提言であるから、極めて迫力がある。全く以て痛快ともいえる。

ま、じつは細かく読むと、橋本師の意見には全面は同意できないところもあり、私から見れば、禅宗坊主臭さは否めないものの、ここまで書いていいの?っていうくらいのことが、直球で綴られていて、頼もしい。いや、私などは、正直、足下にも及ばないほどである。

ともかく一読をお勧めしたい。僧侶も、一般の方も同様に彼の活動はいろんなことを考えさせてくれるに違いない。

橋本英樹著『お寺の収支報告書(祥伝社新書) 』 http://www.amazon.co.jp/%E3%81%8A%E5%AF%BA%E3%81%AE%E5%8F%8E%E6%94%AF%E5%A0%B1%E5%91%8A%E6%9B%B8-%E7%A5%A5%E4%BC%9D%E7%A4%BE%E6%96%B0%E6%9B%B8-%E6%A9%8B%E6%9C%AC%E8%8B%B1%E6%A8%B9/dp/4396113765/ref=pd_sim_b_3?ie=UTF8&refRID=149ZHAV4F2G8H94871SA

橋本師の属する曹洞宗だけではなく、たぶんどの宗門も、もう10年足らずで、高橋さんや秋田さんや、私達の世代がトップになり、葬祭を巡るいろんな活動が、宗門も是認せざるを得ない時代を迎えるにちがいない。ニュー・ブッディズムと、あえて書いたあの当時の先見性は間違いなかったようにも思う。いや、世の中はその先さえ、見据えなければいけないのだろう。

実に面白いじゃないか!!

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綾部のコミュニティラジオ「FMいかる」今日生出演!

綾部のコミュニティラジオ「FMいかる」今日生出演!

私の自坊がある京都府綾部市のコミュニティFMラジオ「FMいかる」に今日午後1時より10数分の生出演をします。ほとんど綾部にいない私は、実は初出演。

ご存じのようにテレビ番組はもとより、ラジオでもNHKの「宗教の時間」や、毎日放送ラジオの「ありがとう!浜村淳です」などメジャー番組にはなんと2度づつ、そのほかいろんなラジオ番組にもう10数回出ていますが、地元のコミュニティラジオは初出演。いかにも自坊にいない私の生活を象徴していますねえ。

今日は先日地元綾部の「あやべ市民新聞」でも紹介していただいた拙著新刊『体を使って心をおさめる~修験道入門』(集英社新書)のご紹介をはじめ、自坊林南院のご紹介もしていただける・・・ま、自分で話すのですが・・・ということです。乞う、ご期待。なんと、インターネットサイマルラジオで全国でライブで、聴けますので・・・。

◎FMいかるサイト

http://www.fmikaru.jp/

◎サイマルラジオでリアルタイムに聴けます。今日の午後1時でーす。お聞き逃しのなく!

http://www.jcbasimul.com/program/area06_a01.html?TB_iframe=true&width=290&height=245

「なんでも鑑定団、放送予定日」

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「なんでも鑑定団、放送予定日」

 

30日に収録した「開運!なんでも鑑定団」ですが、テレビ東京系列全国ネット( 大阪はテレビ大阪、奈良は奈良テレビ、滋賀は琵琶湖放送?・・・なんと京都はありません(>_<)・・・ )で、2014年9月23日(火)20:54~21:54放送予定となっています。

再放送は約2ヶ月後、及びBSJAPANでの放送が6ヶ月後の予定です。

さて、収録は公開放送で、吉野町公会堂で300名の聴衆を前に行われました。収録の前になんども「バラエティなので、そこのところをよろしく!」と関係者から言われたので、なるべくみなさんの意に添うように頑張ったつもりです。 もちろん、金峯山寺に古くから伝わる什物や仏像仏画などは絶対に鑑定になどは出せませんが、ちょうど、適当と思われるものを思いつきました。

今回は吉野大峯世界遺産登録10周年記念事業広宣の一環で、吉野町と吉野山観光協会などが、苦労をなさって、TV「なんでも鑑定団」を吉野に招くことになりました。 ぜひお寺も協力して欲しいと言われて、鑑定物を出したのですが、本心、採用されて慌てましたね。

もちろん、世界遺産登録を最初に提唱し、今回の10周年事業委員会の副委員長でもある私としてはなんとか力添えをしたいとおもっていたので、まあまあ、あり得ないようなシチュエーションでの収録でしたが、頑張ったわけです。根っから、目立ちたがりですしね。

それにしても、東大寺や法隆寺さんなどではあり得ないようなことですので、番組放送後におしかりの意見をたくさんいただくのではと今から心配です。

内容は、放送日までは、詳しく書けませんが、とにもかくにも、放送当日をお楽しみに。 実弟の東南院住職も出ていますが、いろんな意味で私は前座。向こうが主役ですねえ。

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