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「山伏=修験者」

おはようございます・・・今週もまた「みんな大好きで生きましょう!」

さて連日続けているプチ著述集。今日もアップします。

 

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「山伏=修験者」

修験道を実践する人のことを「修験者」という。じつは、もう一つ呼び名がある。「山伏」だ。漢字では「山臥」とも書く。

山伏(山臥)という呼び名のゆらいは、読んで字のとおり、「山に伏す(臥す)」ことにある。もう少し詳しくいうと、山を住処として寝起きし、山を教室として学び、修行して、さまざまな智恵や力を身につける人を指している。

ちなみに、山伏には、出家した僧侶もいれば、ふつうの仕事をしている俗人もいる。つまり、山伏の世界では、出家しているとか出家していないとかはどうでもよくて、問題にならない。むしろ、問題になるのは、どれくらいの期間を山で修行したとか、すぐあとで説明する「法力」とか「験力」がどれくらいあるか、という点だ。

いま「智恵と力を身につける」と述べた。「智恵と力」の両方あるところに注目してほしい。

智恵だけでもなければ、力だけでもない。その両方を身につけて、はじめて山伏=修験者と呼べるのだ。

さて、智恵と力というとき、前のほうの「智恵」については、詳しい内容はともかくとしても、なんとなく理解できるだろう。ようするに、人からとか書物からとかではなく、自然から、自分自身の心と身体をとおして学びとった深い智恵と考えてもらえばいい。

しかし、後のほうの「力」については、なかなか理解しにくいかもしれない。少し説明しておこう。

この力のことを、昔の修験者や山伏たちは「法力」とか「験力」と呼んでいた。現代的にいいかえると、いわゆる超能力だ。

そもそも「修験道」という言葉に、そういう意味が込められている。「修験道」を分解すると、「修」+「験」+「道」になる。つまり、「修」行によって「験」力を得る「道」という意味だ。

 ー『はじめての修験道』(田中利典・正木晃共著/2004年春秋社刊)「第1章  修験道とは」より
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