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「グローバルからパーソナルへ―修験道ルネサンス」

朝日新聞「人生あおによし」の連載が今日で終わりました。
全20回の最終は「修験道ルネサンス」で締めくくりましたが、限られたスペースではなかなか意を尽くせないもどかしさもありました。

この5月に出した 拙著『体を使って心をおさめる 修験道入門 (集英社新書)』の最終稿も修験道ルネサンスでした。

以下、添付します。
「人生あおによし」と読み合わせていただければ幸いです。

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「グローバルからパーソナルへ―修験道ルネサンス」

いまの日本の国のあり方は、第二次世界大戦以降のユニバーサルとかグローバルなものの考え方にのっとって、「国家が国民を管理する」というやり方です。それは、極端にいえば、国民を資本に国家経営を成り立たせる一方通行的な関係でもあります。たとえば管理している国がいざなにかがあったときに守ってくれるのかといったら、あの東日本大震災の被災地や福島第一原発の事故時の対応を見てもわかるように、国が一家の主のごとく、家族である国民の面倒をしっかりみて守るなんてことはないのです。

私たち国民は、少しずつ、今のグローバル社会の欺瞞に気づいていると思います。物質文明が発達して、確かに私たちの暮らしは便利になりました。私も含め、現代に生きる人はみな、その便利さは享受したいと思っているはずです。しかし、一方通行の管理社会に身をまかせきるのではなく、仏教や神道、もちろん修験道も説く「関係性の中に真理がある」というような社会にこそ身をおきたいと望んでいるように感じます。

自然と人、社会と人、人と人……、その繋がりあう中に人生の真理があるのです。つまり、アンチグローバリゼーション、神仏和合の世界、人間と自然との関係性の中で自分自身を見出すような社会に、いま一度立ち帰るべき時期なのではないか、はっきりと意識しないまでもそう感じている人が多い気がします。

私は、日本人がこれからの時代、もっと心から望む日本的な生き方ができるよう、その可能性を広げる役割を修験道がになっていると思っています。それを私は「修験道ルネッサンス」と呼んでいます。

日本という国が産声をあげたときから続き、しかも、絶えずパーソナルな関わりにより添ってきた山伏の世界の中に、これから千年先の日本を考えるのに大切なものがあると、そう私は確信しています。

ぜひ、修験道の可能性をみなさんも経験してみてください。

  ー拙著『体を使って心をおさめる 修験道入門 (集英社新書)』
     第10章「脱・グローバル社会と修験道ルネッサンス」より

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