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「能 春日龍神」

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今日は奈良新公会堂で行われた「能 春日龍神」に招かれて、行ってきた。大変勉強になったし、素晴らしい公演と催しだった。

昨夜の睡眠不足で、第一部「観世流 能 春日龍神」は前半部分で気絶するような睡魔に襲われていつものように恥ずかしながら、しばらく墜ちたが、後半の春日龍神が出てくるところからは刮目して観劇した。

また幕間のトークセッションと能楽ワークショップもよかったが、第二部の対談「春日龍神と大和の能」西山厚VS大倉源次郎両師の対談はとりわけ素晴らしかった。西山先生はあいかわらずずぬけて、面白く深い。また大倉宗家のお話も深くてわかりやすかった。宗家には時間がちょっと足りないかなと思った。

第三部の幽玄×デジタルの春日龍神は新しい試みとして、能の現代的な可能性に挑戦した映像作家花房伸行さんと能楽師武田宗典さんとのコラボもよかった。

いづれにしろ、今回呼んでくれたNHK奈良局の荒木アナの企画と進行役としての活躍を賞賛したい。

10数年前に企画した金峯山寺での蔵王権現能の催行以来、能楽などまったく門外漢にもかかわらず、能楽とのご縁が続いている。権現能は昨年、大槻文蔵・裕一さん親子の「二人静」奉納舞台を行うなど継続しているし、能楽をテーマにしたトークセッションやシンポにもときどき呼ばれるようなことになっている。なにしろ国立能楽堂のリーフレットの冒頭文章を書いたことさえある。

しかしそれでもなかなか能楽はいまだ難しいというのが正直な感想。自分の不勉強と教養のなさを棚に上げて申し訳ないが、それでもまあ平均的日本人としてはましな方だと思う私が難しいのだから、日本国民の多くがそう思っているといってもいいかもしれない。

そういった中で、今回のNHK奈良局による試みは能楽振興にはとても大きな一歩を記すことになるのではないかと思った。

それから、能楽を見ていつも思うし、今回も思ったが、昔の人たちは、とても細やかに生きていたのだなあという感想である。近代の幕開け以降、年を降るほどに、日本人の消費生活が蔓延して、おおざっぱで無教養な生活が広がっているように思えてならない。

私のテーマである「近代との戦い」は私にとって、「グローバルとローカルを考える」というキーワードまでたどり着いたが、能楽もそこを抜きには語れないのではと、新たな学びをいただいた今日の観劇であった。

阪神淡路大震災から20年

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明日で阪神淡路大震災から丸20年を迎えます。月日の経つのは早いものです。

ちょうど、前年に私は金峯山寺で仏教青年会を立ち上げた。そして立ち上げて1年目に、阪神淡路大震災が起きたのでした。

一周忌法要には加盟してすぐだった全日本仏教青年会の1周忌法要に青年会として初参加しました。それから毎年、神戸の仏教青年会(JB神戸)を中心に営まれる全日本仏教青年会の慰霊行脚に参加しました。

13回忌を終えて、以後は、だんだん足が遠のいたが、全日本仏教青年会やJB神戸では慰霊法要が行われています。

今年も参加出来そうにないのですが、明日の、震災が起きた5時46分には遠く吉野から神戸を遙拝して、6000人以上の御霊に対して、祈りを捧げようと思っています。

写真は毎年、震災が起きた時間に歩いていたころの慰霊行脚です。

今期の秘仏ご開帳ポスター出来!!

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「今年のご開帳ポスター出来!」

今年の金峯山寺の秘仏ご本尊ご開帳は春期のみ。
期間は3月28日から5月6日までの39日間です。

その今期の渉外用ポスターが出来ました。
蔵王権現とそのご神木吉野桜のデザインです。

いいでしょ。

「グローバルの嘘」

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おはようございます。朝からブログ更新です・・・田中利典プチ著述集270108

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「グローバルの嘘」

明治以降、私たちはなにか騙されてきたのではないでしょうか。

近代というものがヨーロッパ社会で生まれて以降、世界はユニバーサル、あるいはグローバルという美名のもとに、一つの価値観で画一化することを目指してきました。ユニバーサルもグローバルも普遍性を持っているという理解なのです。

そして現にいまもグローバリゼーションという嵐によって、その土地の文化、その土地の風土が世界中で破壊され続けています。

しかしその風土、その土地で生まれたものを大事にすることのほうが、人類や地球にとっては普遍的なことなのではないでしょうか。

数学者の藤原正彦さんが『国家の品格』(2005年、新潮新書)という名著の中で書いているように、いくらチューリップが美しいからといって、世界中の花をチューリップだけにしてしまってはたまったものではありません。サクラが似合う国、ブーゲンビリアが似合う国、ユリが似合う国、サボテンの花が似合う国──それぞれの国柄に合わせたいろいろな花があっていいのです。

カルチャーとは「耕す」ということが原義であり、まさにそれぞれの風土が生んだ言語、宗教、経済行為など、それぞれの多様性の中にこそ人類の普遍的価値があると考えるべきだと思っています。

明治以降、近代化の名のもとに欧米的な価値観を植え付けられてしまった私たちですが、いままさに、あらためて自分たちの風土を見つめ直して、その文化を耕していくことが求められていると言っていいでしょう。

             ー拙著『体を使って心をおさめる 修験道入門 (集英社新書)』より

「吉野・大峯の修験道 そして 伊勢・熊野へ~自然を感じ己と向き合う~」

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昨年秋に取材があった松平健さんとの競演?番組の再放送が決まりました。
当該地域の方は是非ご覧下さい。

番組名・・三重テレビ開局45周年記念番組「熊野古道」 - 三重テレビ放送
・第10話 「吉野・大峯の修験道 そして 伊勢・熊野へ~自然を感じ己と向き合う~」

以下、各曲の再放送の日程です。

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とちぎテレビ  2015年1月11日(土) 20:00

KBS京都    2015年1月22日(木) 19:00

TVK     2015年1月7日(水)  20:00

東京MXテレビ 2015年1月25日(日)  19:00

ぎふチャン   2015年1月4日(日) 18:00

群馬テレビ   2015年1月31日(土) 19:00

BSフジ     2015年3月11日(水) 22:00

お正月は怒濤の日々

お正月は毎年、7日までが忙しい・・・。いわゆる怒濤の日々です。

12/31 年越し護摩
1/1   自坊林南院修正会勤行と家族の年賀
1/1   夜、吉野に帰山
1/2   金峯山寺年賀式、蔵王堂修正会出仕
1/3   蔵王堂修正会出仕
1/4   綾部自坊帰山
1/5   吉野金峯山寺帰山
1/6   金峯山寺花供講年始・新年会
1/7   自坊綾部林南院初護摩供

・・・とまあ、1週間で綾部と吉野を2往復しています。

もう30年くらいはこういうお正月を送っている吉野山人さんでした。

「修験道、大峯修行と私」

昨年は世界遺産登録10周年ということでさまざまなことに携わりました。また5年ぶりに五冊目となるなる拙著を大手出版社の集英社から、集英社新書として上梓しました。『体を使って心をおさめるー修験道入門』です。そのほか、『修験道の真実と未来』(京阪奈出版刊)や『奈良の紅葉』(淡交社)、『ちょっと良い話』(自由出版)など私の著述のある本も何冊か出ました。

また「なんでも鑑定団」や「新TV見仏記」はじめ、たくさんのテレビ番組にも出、松平健さんや佐野史郎さんなど多くの方々ともご一緒する機会がありました。シンポジュウムでは阿木耀子さんや三田村邦彦さんなどともご一緒しています。

そんな中、昨年秋には今までの自分を総括するような連載となった、朝日新聞奈良総局、「人生あおによし」にも全20回で連載していただきました。

お正月にあたり、第一回分を再掲載します。

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「修験道、大峯修行と私」

皆さんは山伏というとどんな人を思い浮かべますか。山野を駆け巡って一生を送る行者でしょうか。あるいは俗人の願いに応じて加持祈禱をする姿でしょうか。実は、そのいずれもが山伏の大切な修行であり実践です。

私はいま金峯山修験本宗で宗務総長という実務を束ねる役職にあり、また京都府下にある自坊でも加持祈禱や信者さんの相談事に携わっています。さらに講演や会議で各地を回ることも多く、いわば典型的な「里山伏」といってよいでしょう。しかし毎年何回か大峯山中に入って修行をすることは欠かしたことがありません。いや忙しいのを理由に山に入ることが少なくなると体の調子を崩します。若いころは過酷な山修行は体に悪いと思っていましたが、過剰な負荷を掛けることで逆に体が目覚めるのかもしれません。

人々の悩みや願いに対応するには、厳しい山修行で培う法力が必要です。ですが里で悩みを持った人にばかり相対していると、自分自身の気力が奪われ、力がすり減ってきます。だから自ら邪気を払い、気の濁りをリセットして再び法力を高める山修行が必要になるのです。常に山の修行と里の行を循環する、それが山伏の活動なのです。

修験道は一言で言えば山の宗教です。難しく言えば日本古来の山岳信仰に神道や外来の仏教、道教、陰陽道などが混淆して成立した日本固有の民俗宗教です。山を歩く、礼拝する、滝に打たれる、瞑想する、これ全てが山伏の修行であり、体を使った実践修行です。実修実験の道が修験道。理屈ではなく五体を通して実際の感覚を体得し、それによって心を高めて覚りを目指すのです。

吉野から熊野にかけて紀伊半島の中心を背骨のように貫くのが霊峰大峯山脈。修験道の開祖、役行者に開かれた最高にして最大の根本道場といわれています。大峯山山上ケ岳は今も女人禁制を貫いていることで知られます。その一帯を含む、北端の吉野山から南端の熊野本宮に至るまで1500メートル級の山々が続く山脈を尊称して大峯山と呼びます。修験道の聖地中の聖地です。吉野山から山上ケ岳に至る山々を金峯山と呼びます。吉野金峯山は役行者が金剛蔵王権現を山上ケ岳で祈り出された伝承によって、修験道発祥の地として根本道場となりました。

その修験道は明治初期に徹底的な弾圧を受けました。徐々に復興はしたものの、宗教史の中では未だに異端のように扱われているのがとても残念です。私は、文明社会が行き詰まりを見せている現代にこそ、自然を恐れ敬い、肉体を使って心を整える修験道の出番だと考えています。

10年前、「紀伊山地の霊場と参詣道」がユネスコの世界遺産に登録されました。これは私が提唱する「修験道ルネサンス」の幕開けだと思っています。1300年の歴史をもつ修験道が、文明社会になぜ必要なのか。私の半生を語りながら、皆さんにお伝えしたいと思います。

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続きは朝日新聞奈良総局「人生あおによし」の公式サイトでどうぞ。
登録すれば無料で読めます。

http://www.asahi.com/area/nara/articles/list3000049.html

賀正・・・

12/31 自坊林南院で年越し護摩

1/1   自坊林南院で修正会と家族で年賀

       午後からの大雪で慌てて吉野に帰山

1/2   金峯山寺で年賀式

       蔵王堂修正会出仕・一山新年会

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1/3   蔵王堂修正会出仕

・・・という今年最初のスケジュールです。今年は少しゆっくりと歩きたいと思っているのですが、さてさて。

新年明けましておめでとうございます。

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