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さらば吉野!また会う日まで・・・

「退任のご挨拶」

私は三月三十一日を以て、金峯山修験本宗の宗務総長を辞するところとなりました。足かけ十五年の長きにわたる在任中、本当に多くの方々に支えていただきましたこと、心より御礼を申し上げます。

昭和四十六年、私は五條覚澄法主猊下の勧めによって、天台宗の比叡山高校に進み、その後、龍谷大学や叡山学院での学生生活を終えると、昭和五十六年に五條順教猊下のもと、金峯山寺に入寺をしました。最初に順教猊下にご教示いただいたのは「志の大きな僧侶になりなさい」ということでした。以来、教学主任、教学部長と職責を担い、平成十三年には、金峯山寺執行長・本宗宗務総長に就任して、順教猊下の下で、多くのことに関わらせていただきました。

顧みますと、本宗及び寺内においては、台帳管理のOA化や宗門規定集の制定、金峯山時報の改編、宗報「金峯山」の創刊、高祖会大法要や本地堂供養会、観音堂・愛染堂両大祭の新設をはじめ、部長会・役員会の常設、宿直制度の制定、学林制度の改編、一般者向けの体験修行の開始や伝法灌頂式物の整備、蔵王堂再建四百年祭開催、千人結縁灌頂開会、青年僧の会の発足、金峯山寺公式サイトの運営、「国軸山」山号・世界遺産碑建立など、多岐にわたる仕事を担わせていただきました。

また宗外においては、なんといってもユネスコ世界遺産登録をはじめとする修験道ルネッサンス活動、役行者大遠忌修験三本山合同事業や、役行者霊蹟札所会発足、大峯奥駈道連絡協議会発足、紀伊山地三霊場会議設立、修験道大結集平和の祈りの大護摩供開催、「役行者展」・「祈りの道展」・「山の神仏展」と三つの特別展の開催、弘法大師の道プロジェクト、全日本仏教青年会や神仏霊場会、奈良県宗教者フォーラムでの活動、南都諸寺社や関係官庁、近畿日本鉄道、JR東海など関連団体との提携、修験道広宣のための五百回余を越える数々の講演会やシンポジュウムの出演、著作の出版などなど、枚挙に暇がないほど、身の丈を越えて、たくさんのことに関わらせていただきました。

もちろん人間ひとりの力で出来ることなどたかが知れているわけで、これも偏に蔵王権現様、役行者様のお導きの思し召しであり、管長猊下のご指導や支えて頂いた多くのみなさまのお力添えのお蔭であると至心に感謝するところであります。

「金峯山寺や修験道をもっと多くの人々に知って頂くためにはどうしたらよいのか?」とアドバイスを求めたとき、何人かの方から「薬師寺の高田好胤さんのようなお坊さんが出るとよい」と言われました。私はついには高田好胤さんのようにはなれませんでしたが、「田中利典」として、私なりに多くのことに関われたのではないかと思っております。

お坊さんの世界では「四十、五十は洟垂れ小僧」といいます。六十歳を迎えて、ようやく一人前になれるというような意味です。奇しくも私は今年還暦の六十歳を迎えます。ようやく一人前になれる年齢となり、これからという思いがあります。

今回、総長職を離職するところとなりますが、仁王門大修理をはじめ宗内外とも多くの問題を抱えるいま、新たな形で、金峯山寺やご本尊さまからいただいたご恩をお返しして行かなければならないと思っております。奈良県や地元吉野山への恩返しもさせていただければと思います。

これまでいただきました皆様方からのご支援ご交情に深く感謝し、心よりの御礼を申し上げて、ご挨拶と致します。 合掌

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今朝の朝日新聞奈良版でも紹介されました。大層なことです。ホントに恥ずかしい次第です。

お世話になりました・・・。

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NHKEテレ「こころの時代~宗教・人生~」の一日でした。

今日は一日、NHKEテレ「こころの時代~宗教・人生~」の取材でした。なかなか珍しくうまくしゃべれなくて、かなり疲れました。まあカメラの前で4時間も取材をうけたのはさすがに初めてのこと。疲れもしますねえ。 自己採点45点でした。

なんかあまり期待して見られないかもしれません。11048272_834884546577536_9481529277

放送時間をお知らせします。

...

4月26日日曜 午前5時~6時
5月2日 午後1時~2時(再)

まだ自坊林南院での撮影が残っていますが、さてさて・・・。

写真は今日のインタビューの模様。

『奈良大和路の桜』

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私が主筆を担当させていただいた『奈良を愉しむシリーズ 奈良大和路の桜』(淡交社刊)がこの3月16日・・・昨日、全国発売となりました。

本書は昨年刊行されたシリーズの第一弾『奈良大和路の紅葉』の姉妹本で、吉野山の千本桜をはじめ、写真家桑原英文氏による奈良県内の有名な桜名所を網羅した写真と、蔵王権現ご神木の山桜の話などを紹介した私の巻頭文「大和の桜 吉野の桜」、それから吉野の花を紹介した「吉野山巡覧」のほか、や岡本彰夫春日大社権宮司などのエッセイが掲載されています。

私の巻頭文、「大和の桜 吉野の桜」は日本文化と桜を考察した渾身の文章。奈良の桜名所が網羅された良書です。。ぜひ。

NKH番組のお知らせ!『世界遺産 ドリームツアー! 究極の愛を求めて!』

NKH番組のお知らせ!

『世界遺産 ドリームツアー! 究極の愛を求めて!』

最近はテレビに出まくりの感じであるが、先日も、静御前について、NHKの番組取材があった。適当なことをしゃべったが、放送されるらしい。番組の終わりの方なので、よろしければご覧下さい。

放送は以下↓

【総合】3/24(火)夜 10時~
http://www.nhk.or.jp/sekaiisan/tour/

【BSプレミアム】3/25 昼 10時05分~
http://nhkworldpremium.com/program/detail.aspx?d=20150325100500&ssl=false&c=26

『利典さんと吉野――田中利典著作パネル展』に行ってきました!

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昨日から始まった奈良県立図書情報館での『利典さんと吉野――田中利典著作パネル展』。今日、沖縄帰りの足で、奈良に寄り、見てきました。

FBでもお友だちの情報館のMさんの企画展示。生きている人の、著作展示は初めてやりましたと言っていただき、有り難いの一言。

お近くの方は是非県立図書情報館まで。二階エントランスにおいて催されています。

内容は以下。

2015.3月パネル展・物産展企画
図書館劇場Ⅸ第6幕 千秋楽記念
『利典さんと吉野――田中利典著作パネル展』
期間:2015年3月10日(火)-29日(日)
場所:図書情報館2Fエントランス

『利典さんと吉野――田中利典著作パネル展』

1「絶滅危惧種、山伏」
2「初修行、五歳」
3「吉野・大峯の世界遺産登録」
4 著作紹介vol.1「吉野薫風抄 修験道に想う」
5 著作紹介vol.2「修験道っておもしろい!」
6 著作紹介vol.3「体を使って心をおさめる修験道入門」
7 著作紹介vol.4「蔵王さまと行者さま」著者:総本山金峯山寺 2012年
8 著作紹介vol.5「蛙飛び 著者:総本山金峯山寺 2013年
9 著作紹介vol.6「鬼と行者さま」著者:総本山金峯山寺 2014年
10 その他著作/「はじめての修験道」田中利典・正木晃著 2004年
「修験道大結集」 監修:金峯山寺 白馬社 2006年
「熊野 神と仏」 原書房 2009年
「学べる!世界遺産の本 奈良」 京阪奈情報教育出版 2012年
「修験道の真実と未来」 奈良県宗教者フォーラム実行委編 京阪奈出版 2014年
「奈良大和路の桜」 田中利典・桑原英文他 淡交社 2015年 

3月29日(日)の講座・図書館劇場Ⅸ「奈良・大和の群像」開催の日まで行われています。当日は「役行者という人」と表題で講演させていただくことになっていますが、講演後、本の販売もあります・・・。

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「近代との戦い」

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「近代との戦い」

私は奈良県吉野山にある修験道の根本道場金峯山寺に暮らしているが、修験道は明治初年の神仏分離政策と、そのあとにつづく修験道廃止令によって大法難に遭遇する。金峯山寺も一時期廃寺とされ、また全国にあった修験霊山の多くは解体されて、修験道そのものが廃絶の危機を迎えたのである。

その後、政府の施策も転換され、当山派修験の醍醐寺や本山派修験の三井寺、聖護院などを中心に修験道も徐々に復興を遂げ、金峯山寺もまた少しずつ寺勢を取り戻しつつある。

さてこの神仏分離政策、修験道廃止とはいったいなんだったのかを考えると、行き着くところは日本の近代化という背景にぶち当たる。欧米諸国による植民地化が進むアジアにおいて、植民地にされないためにも、その当時の国策として日本の近代化を急がないといけない事情があった。そのためには国民国家への組織習俗の作り替えに、神仏分離や修験道廃止が必然だったようだ。それによって、日本はアジア諸国でいち早く近代化に成功し、植民地となる難を逃れたのも事実である。それはそれでいいとしたい。

ところで、その近代化がもたらした欧米主義によるグローバリゼーションによって、世界は本当に幸せになったのだろうか。近代社会が人類を幸福に導くという幻想は、そろそろ終わりつつあるのだはないか、という現実に我々はいま直面している。

過度な物質文明社会は人間性を疎外し、理由なき殺人を行う若者や尊属殺人を生み、また文明社会の精緻を集めた原子力発電は、福島原発事故に際して先祖代々受け継いで来た土地を奪われた同胞たちを生んだ。更に神仏分離以来の神殺し、仏殺しによって、日本人には寄り添うべき宗教も道徳も損なわれつつある感がする。また世界に目を向ければ、文明の衝突とも言える、欧米諸国とイスラム世界の相克と思うとき、私たちの人類の未来に希望の光はあるのだろうかと、立ち尽くす日々である。

近代がヨーロッパ社会で生まれて以降、世界はユニバーサル、あるいはグローバルという美名のもとに、一つの価値観で画一化することを目指してきた。ユニバーサルもグローバルも普遍性を持っているという理解なのである。

そして現にいまもグローバリゼーションという嵐によって、その土地の文化、その土地の風土が世界中で破壊され続けている。日本において修験道もまたその生け贄とされたのだった。しかしその風土、その土地で生まれたものを大事にすることのほうが、人類や地球にとっては普遍的なことなのではないか、私はそう気づいたのである。

数学者の藤原正彦さんが『国家の品格』(二〇〇五年、新潮新書)という名著の中で、いくらチューリップが美しいからといって、世界中の花をチューリップだけにしてしまってはたまったものではない。サクラが似合う国、ブーゲンビリアが似合う国、ユリが似合う国、サボテンの花が似合う国──それぞれの国柄に合わせたいろいろな花があっていいはずだと書いておられる。

カルチャーとは「耕す」ということが原義であり、まさにそれぞれの風土が生んだ言語、宗教、経済行為など、それぞれの多様性の中にこそ人類の普遍的価値があると考えるべきなのではないか。

明治以降、近代化の美名のもとに欧米的な価値観を植え付けられてしまった私たちだが、いままさに、あらためて自分たちの風土を見つめ直して、その文化を耕していくことが求められていると言っていいだろう。

その鍵を握るのは私はグローバルからローカリズムへの転換だと思っている。私にとっての「修験道を通してみた近代との戦い」は新たなローカリズムへの目覚めと言ってもいい段階まで進んできた。

ー随筆集『山に祈るー峯寺老僧随想録』(松浦快芳著/山陰中央新報社刊)書評原稿より

「修験道の廃絶」

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今から1400年ほど昔、西暦538年、あるいは552年といいますが、仏教が正式に日本に伝わってまいりました。はじめ蘇我氏と物部氏の間で少し神様を祀る一派と、仏教を祀る一派が揉めますが、ほとんど揉めたのはこのときだけ。後1300年以上、神様と仏様は仲良くやってまいりました。

神道は仏教が伝わる前は、神道という概念、言葉さえなかったかもしれません。ところが仏教の広大な教義、論理を元に、神道も神道という概念が出てまいりました。あるいは仏教美術、仏教の建物様式を真似て神殿ができたり、あるいは御神像までできたりして、神道は仏教の影響を受けました。

仏教も日本人が受け入れたときに、既に非常に神道を意識していました。その証拠の一つが、仏教が伝来したときに造られた仏像の多くが楠であった。楠というのは霊木信仰であります。元々日本にあった神信仰に仏教が融合していった。中国や朝鮮には霊木で彫られた仏像というのはほとんどありませんが、日本では最初に造られる仏像の多くは霊木に刻まれている。神様と仏様はいずれ融合して、神仏習合、神仏混合の宗教を生んで、いわば日本人の精神文化、仲の良い夫婦のような関係でやってきた。その夫婦の間に生まれたのが修験でありました。

ところが明治に、明治維新が成ってすぐ、政府ができたかできないかわからないときに、いち早く出された施策が神仏分離。1300年以上続いた神様と仏様がここで袂を分かちました。廃仏毀釈という運動がこのあとに生まれるんですが、ややもすると神仏分離によって被害を受けたのは仏教だけのようにいわれますが、実は神道も随分な被害を受けます。後に出てくる国家神道というヒエラルキーの中に、古い形の神道は改変をされて、地域にあったたくさんの神々が合祀の下に鎮守の杜が壊される。神道も仏教も大変な被害を受けたのがこの神仏分離の時代でありましたが、いずれにしろ仏教は仏教で純化すれば生き残ることができました。神道は神道で純化すれば生き残ることができた。

ところが修験というのは神仏習合の宗教でありますから、生き残ることはできませんでした。大方の修験寺はつぶされるか、神社になるか。ついには明治5年に修験道廃止令というのが出ます。金峯山寺も上が山上の本堂で、下が山下の本堂で、全体が金峯山寺というお寺だったんですけども、明治5年の神仏分離、修験道廃止以降、2年間がんばりますが、2年後には吉野の地主神の金峯神社の、山上の本堂は奥宮、山下の本堂は口宮ということで、寺の姿をなくす、寺号をなくしました。

全国にあった山のほとんどは修験信仰でした。熊野は熊野権現、英彦山(ひこさん)は英彦山権現、白山は白山権現、羽黒山は羽黒山権現、富士山は浅間大菩薩(せんげんだいぼさつ)。神様と仏様が融合した形で、日本のほとんどの霊山は信仰されてきたんですが、そのことごとくが神社となって生き残るか、廃絶するかという時代を迎えたのであります。これは何も修験だけの問題であったわけではなくて、日本国全体の大きな転換期でありました。私はある種の文化大革命、日本人の精神文化がここで大きく変えられたと思っています。

ー吉野大峯世界遺産登録10周年記念連続講座in東京世界遺産『吉野大峯』の魅力:演題:日本が日本のままで生きている世界遺産「吉野大峯」(平成26年7月11日 東京SYDホール)講演録より

でかでかと載りました!!

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今年1月24日に東京国際フォーラムBホールで行われた、奈良県による首都圏シンポジウム「奥大和で見つける私 〜神と仏に出会う〜」が昨日、毎日新聞にでかでかと紹介をされました。なかなか立派な紙面ですねえ。

コーディネーター役の私も、漫才のようなやりとりだったと褒めて??もらっています。

漫才だけでなく、かなり高尚なお話しも最後の締めではしたのですがねえ。毎日さん、ちゃんと聞いてた? (-_-)

『利典さんと吉野――田中利典著作パネル展』

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来る3月29日(日)には奈良県立図書情報館開催される講座・図書館劇場Ⅸ「奈良・大和の群像」の最終回に、「役行者という人」と表題で講演させていただくことになっているが、この講演に併せて、図書館劇場Ⅸの千秋楽を記念するイベントとして『利典さんと吉野――田中利典著作パネル展』が、なんと3月10日から講座開催日の29日まで、図書館情報館二階エントランスにおいて催されることになった。ほかにも吉野物産展なども開催される。

しかし、なんとも気恥ずかしいというか、有り難いことである。
内容は以下。

2015.3月パネル展・物産展企画
図書館劇場Ⅸ第6幕 千秋楽記念
第一弾『利典さんと吉野――田中利典著作パネル展』
第二弾『吉野物産展』
期間:2015年3月10日(火)-29日(日)
場所:図書情報館2Fエントランス

『利典さんと吉野――田中利典著作パネル展』
1「絶滅危惧種、山伏」
2「初修行、五歳」
3「吉野・大峯の世界遺産登録」
4 著作紹介vol.1「吉野薫風抄 修験道に想う」
5 著作紹介vol.2「修験道っておもしろい!」
6 著作紹介vol.3「体を使って心をおさめる修験道入門」
7 著作紹介vol.4「蔵王さまと行者さま」著者:総本山金峯山寺 2012年
8 著作紹介vol.5「蛙飛び 著者:総本山金峯山寺 2013年
9 著作紹介vol.6「鬼と行者さま」著者:総本山金峯山寺 2014年
10 その他著作/「はじめての修験道」田中利典・正木晃著 2004年
「修験道大結集」 監修:金峯山寺 白馬社 2006年
「熊野 神と仏」 原書房 2009年
「学べる!世界遺産の本 奈良」 京阪奈情報教育出版 2012年
「修験道の真実と未来」 奈良県宗教者フォーラム実行委編 京阪奈出版 2014年
「奈良大和路の桜」 田中利典・桑原英文他 淡交社 2015年 

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