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「世界遺産の第一の門番」

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「世界遺産の第一の門番」
 ー田中利典著述を振り返る270923

7月(平成16年)の世界遺産登録後、しばらくして開催されたアジアユネスコ文化センター主催の国際シンポジウム「紀伊山地における文化遺産について考える」にパネリストとして招かれた私は、コーディネーター役の京都府立大学助教授で、イコモス(国際記念物遺産会議)の委員である宗田好史氏から思いがけない提言を受けた。

宗田氏曰く、「田中さんは今回の世界遺産の第一の門番(custodian)という役目を背負っておられる。 第一の門番とはイコモスの定めた『国際文化観光憲章』に唱われている言葉で、第一の門番と訳されているが、custodianはカソリックの世界でローマのバチカンの礎となった最初の法王、聖ペテロを称して、神の国のcustodianといい、天国の鍵をもっていると理解されている。西洋語圏では特別な意味があり、金峯山寺執行長として、世界遺産(神)が吉野大峯なら、まさにそういう役割を果たす立場にある」と、教示していただいたのである。ずいぶん過大な評価で少々とまどうほどであったが、これは私が今回の世界遺産登録に関して、常に観光のあり方や地域活性化に関して厳しい発言をしてきたことへの、エールであると受け止めている。

そこで原点に返って、今回の「紀伊山地の霊場と参詣道」の世界文化遺産登録に掛ける私の想いとはなんであったのか。あらためてふり返ったみたい。

実は近代化とは欧米化であるとともに、言葉を換えれば、一神教的価値観への魂の売り渡しであった。それに対して、権現信仰こそ、神仏習合した多神教的価値観を象徴する日本人の精神文化の拠り所の一つだったのである。

私のこういった思いは最近私以外にもいろんな人が声を挙げていただくようになった。哲学者梅原猛氏も「反時代の密語」というコラムで「近代日本において神殺しは二度にわたって行われた。近代日本が最初にとった宗教政策、廃仏毀釈が一度目の神殺しであった…そこで殺されたのは仏ばかりではない。神もまた殺されたのである。外来の仏と土着の神を共存させたのは主として修験道であるが、この修験道が廃仏毀釈によって禁止され、何万という修験者が職を失った。この従来の日本を支配してきた神仏を完全に否定することは、近代日本をつくるために必要欠くべからざることと思われたのである…私は小泉八雲が口をきわめて礼賛した日本人の精神の美しさを取り戻すには、第一の神の殺害以前の日本人の道徳を取り戻さねばならないと思う」(朝日新聞/「神は二度死んだ」平成16年5月18日)と書いておられる。梅原氏は殺されたとおっしゃっているが、修験道は死滅しなかった。現にここで生きているのである。

今回の世界遺産登録は金峯山修験にとって、あるいは修験道全体にとっても、神仏習合のシンボルたる権現信仰発揚を以て、日本に、あるいは世界に、何らかの役割を果たす好機を与えられたと受け取るべきだと思っている。それが一度は国によって殺されかけた権現さまからの、現代社会に対する思し召しだと私には思えてならないのである。

ちょっと難しいことを言い過ぎているかも知れない。このままではしかめっ面の「第一の門番」になってしまいそうである・・・。

*写真は金峯山寺所蔵・安禅寺本尊蔵王権現。明治に安禅寺が廃寺となり、蔵王堂に祀られることになった。明治の修験道廃止の法難を逃げ延びた象徴的尊像でもある。

ー田中利典著作集・『修験道っておもしろい!』 出版社: 白馬社 (2004/10) 「世界遺産登録」草稿より

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