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林南院あやべ脳天大祭のご案内

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   ★林南院あやべ脳天大祭のご案内★

~首から上の守り神・受験祈願の神祭(かみまつり)です~ 

  ・・・誰でもご参拝できます・・・

この春に金峯山寺の宗務総長職を離職し、五月から五十日にわたり行じました「蔵王供千願祈祷修行」に際しては、ご支援ご勝縁をいただき、ありがとうございました。

さて、来る十一月三日(祝)には自坊林南院脳天堂の秋の大祭を迎えます。昭和五十二年に吉野・金峯山寺竜王院より、丹波綾部の地に脳天大神様を勧請し、脳天堂としてお祀りして以来、首から上の願い事、受験の神さまとして信仰を集めてきました。今年は金峯山寺より五條良知管長猊下や修験衆を迎え、リニューアル大祭として執行いたします。

当日午後は、頭病平癒やボケ封じ、受験合格祈願をはじめ、天変地異災害の鎮静を祈り、例年通り、大峯秘法採灯大護摩供、並びに参拝者も一緒に行じていただく火生三昧・火渡り式を行います。

是非、大祭法縁にご来山いただき、秋の一日安穏な気持ちでお詣り下さい。

なお午前中の法要では、大祭法要と共に、報恩謝徳のお祈りも致します。早めに来山頂き、共にお参り下さい。初めての方もお気軽においでください!合掌

*特別祈祷(一万円・五千円)、脳天のぼり(各三千円)、護摩木(1本三百円)等をご希望の方は、同封の別紙申込み書によりお申し込み下さい。当日参拝ができない方もそれぞれご祈願申し受けます。当日受付も致します。

****林南院あやべ脳天大祭執行要項****

日 時  十一月三日(祝) 午前十時半より
厳修方  午前十時半頃  内法要・法華三昧
     午前十一時半  住職法話
     正  午    昼 食(五目飯弁当を予定)
     午後一時頃    大峯秘法採燈大護摩供厳修
             引き続いて火渡り式・火生三昧修行
             古札発遣、古札焚き
     午後三時頃   お札渡し
                                ◎古いお札等は当日、ご持参いただければお焚き上げ致します。

「神仏分離以前の生き方・・・」

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「神仏分離以前の生き方・・・」
 ー田中利典著述を振り返る271030

霊性を培うものは人間を超えた聖なるものとの出会いを常に意識することであるし、日本人は聖と俗を行き来する中で生きてきた。その聖と俗を行き来する場として常に自然との関わりがあった。森があったり山があったり・・・。

そういうことを全部取り上げられてキリスト教社会がもってきた物と金の豊かさだけでやってきた。アメリカだって病んでいますが、とはいえ、ある種キリスト教社会の価値観で制御されているものがある。

ですけど、日本の場合、日本人を制御してきた霊性に訴えるような聖と俗を行き来する多神教的な中で培われた日本人の精神文化が壊れてくることによって、アメリカ以上にどうしようもなくなってきたと感じます。アメリカでさえああなっているわけですから…。

決してアメリカの真似をしても幸せになれないのに、もっと深いところで壊してきて、それに代わるものを用意してこなかった。いまもコミュニティを壊し、家制度を壊し、とことん壊してきて、それに代わるものを与えられてこなかったから、文化の伝承が途切れるし、伝承の中で営まれてきた人間の当然のことが損なわれる。自然からも隔絶され、神仏からも隔絶され、文化の伝承からも隔絶され、日本人はどこへ行こうとしているのか。いまどこにいるのかさえわからない。

で、最近、戦前の教育勅語のような、徴兵制度のようなものを取り戻せば日本はまた甦るとよく言われますが、教育勅語も前近代的なものを否定した上に出てきたもので、本当に頼るべきものは、近代以前の日本人の姿にこそあり、そういうものを見ていくことが大事だ。そういう意味で少なくとも近代以前、神仏分離以前の神仏習合を真面目にやってきたのは修験道だけです。

神仏分離以前のもの見ていく一つの観点に深い自然との関わりがある。キリスト教社会というは自然との関わりが下手な宗教で、日本人は自然との関わりの中で多神教的なものを育んできたわけですから。多神教のような多様なものを認めていって、そして共存していく、その智慧を再び取り戻すべきなのです。

 ー仏教タイムス2005年3月掲載「対談:田中利典vs正木晃」より

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10年前の対談ですが、いまもおなじことをいろんなところでお話ししています。いや、いまこそ、ポスト近代としての、明治以前の価値観、いや、江戸期の日本人が細やかに生きてきた生き様を取り戻すときでしょう。

生活水準を江戸期に戻すことは出来なくても、生き方を学び直すことこそが、大事なのだと思います。

一般社団法人自然環境文化推進機構「第1回自然環境文化推進フォーラム」

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昨日は東京に行きだった。

一般社団法人自然環境文化推進機構による「第1回自然環境文化推進フォーラム」を開催するにあたり、その打ち合わせ会議に当団体の池袋にある東京事務所へ出向した。あわせて「誇り塾」の新春護摩供修法にあたり、護摩道場をお借りする世田谷の友人のお寺にもご挨拶に出向した。

今年3月末に還暦退職して、本当はしばらく悠々自適に暮らそうと思っていたのだが、5月からの蔵王供修行も含めて、なかなかそうはいかない毎日である。貧乏性というか、生来の性格も災いしているとも言える。

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さて、この一般社団法人自然環境文化推進機構であるが、今年7月に設立発足した新規法人で、早速来る11月23日に、紅葉で彩られた世界遺産の地・清水寺大講堂、成就院でフォーラムを開催する。ようやく、その全容が決まったので以下、紹介する。

環境問題に、山折哲雄先生を中心として、寺社をはじめ、多くの文化人に方々に集まって頂き、様々な取り組みをはじめようとする画期的な活動である。是非、多くの方々のご賛同を得たいと思っている。
よろしければ、まず今回のフォーラムにご参加ください。。

■一般社団法人自然環境文化推進機構「第1回自然環境文化推進フォーラム」

・開催趣意

近年、私たち人は、生活の利便性の向上や物質的豊かさを追い求めるあまり、国土の自然に大きな負荷を加え、生態系を改変、劣化、あるいは破壊し続けています。その結果、良好な自然環境の土台となる山、森、里、川、海における物質循環のつながりは分断され、生物の多様性は減り、美しい風景は消失し、国土の災害防止機能は衰え、気候は変動するなど、深刻な事態が生じています。

この憂うべき状況を眼前に見据えて、当機構では、日本人の自然への畏敬とその恵みへの感謝の念、いわば「祈り」の心を取り戻し、自然とともに生きるための精神的な土台を再構築することにより解決を図りたいと考えています。人々の心が変われば、行動も自ずと変わります。そのためには、日本の伝統文化、あるいは地域の風土に根付いた土着の文化をもって人々の心の修養を促すことが大事ではないかと思います。伝統的な文化と自然環境の保全という現代的命題が融和した“自然環境文化”の形成と普及、それが自然とともに生きる真に豊かな社会づくりには欠かせないのではないでしょうか。

今回のフォーラムは、伝統文化と自然環境に造詣の深い方々とともに精神文化の聖地で、古来の日本人の自然観を再発見しつつ、生物の多様性を保全し、地球の温暖化を防ぎ、いのち・暮らしが持続可能となる循環共生型社会を築き、一人ひとりの行動の変革へと繋いでいくことが出来るよう皆さまと共に考え、促進してまいりたいと思います。

・開催概要

日程
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2015年11月
23日(月・祝)13:30~16:30 京都 清水寺大講堂(フォーラム&サイドイベント)
24日(火)10:30~16:00 京都市内寺院等(フィールドワーク)

・フォーラム
■基調講演 『雪舟の目で、北斎の眼力で、京都の自然をながめよう!』
      講師 山折哲雄師(当法人代表理事 宗教学者)
■環境講話  近畿地方環境事務所所長 秀田智彦氏

■パネルディスカッション
(パネリスト)
 小笠原敬承斎氏(小笠原流礼法宗家)
 重森千靑氏(作庭家)
 私=田中利典(金峯山寺長臈、林南院住職)
 田丸みゆき氏(京菓匠 笹屋伊織 十代目女将)
 平井誠一氏(京つけもの 西 利 代表取締役社長)
(コーディネーター)
 山折哲雄師(宗教学者、評論家)

■総合司会
 私=田中利典(金峯山寺長臈、林南院住職)

・サイドイベント

お抹茶接待(12:30~13:15):特定非営利活動法人 和の学校
成就院(17:15~17:45):月の庭鑑賞案内
いけばな実演(17:45~18:15):【自然との共生】成就院月の庭にて池坊美佳によるいけばな実演
環境啓発コーナー

・フィールドワーク

11月24日 10:00~16:00
10:00 即成院 集合 貸切バスにより東山山麓トレイルコース他、散策しながらの講話

【主催】 一般社団法人自然環境文化推進機構
【後援】
 環境省近畿地方環境事務所、国連生物多様性の10年日本委員会、京都府、京都市、京 都商工会議所、京都仏教会
 京都府神社庁、明日の京都 文化遺産プラットフォーム、公益財団法人 大学コンソーシ アム京都
 公益財団法人 京都古文化保存協会、神仏霊場会、NHK京都放送局、MBS毎日放送、 京都新聞COM 朝日新聞社、α-STATIONエフエム京都

【特別協力】 清水寺
【協力】
 環境省京都御苑管理事務所、公益社団法人 京都モデルフォレスト協会、特定非営利活 動法人 和の学校

*詳細及び参加お申込みは、下記告知サイトへ。
 URL:http://opnec.jp/ 

「土と詩」 

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昨日の「菩薩の詩」に続き、もう一つ、講演会でときどき紹介する詩がある。「土と詩」だ。

昨日の、大倉源次郎宗家とのトークセッションでも、紹介した。やはり詳しく教えて欲しいと尋ねられたので、昨日に引き続き紹介する。

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「土と詩」   山尾三省

 土がそのまま詩であれば
 僕は幸福をつかんだのであろう
 詩がそのまま土であれば
 僕は幸福そのものであろう

 だが土の詩人は疲れて歌うことがない
 詩人の土は無言である

 幸福はいらない
 ただ生きてゆく
 ただ生きて心を実現してゆく

 土は無限の道場
 詩はそこに正座する

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地球は48億年前に誕生し、40億年前に最初に、ひとつの生命が出来たらしい。そこから細胞分裂、生命の連鎖が始まり、ようやく4億年前に地上に生命が海から這い上がってきた。以来、地上には生命があふれ、ようやく2万5000年くらい前に人類の原形が歩き出す。

つまり、私達は4億年前から地上動物として生き抜いてきたわけで、地上を離れては生きていけないのである。

私達は帰属するモノをなくしては生きてはいけない。土こそ、私達が帰属する場所。その喪失を山尾三省は警告する。・・・私はそう感じて、この詩を、機会を得ては紹介している。

山尾三省のファンの方からは、誤解であるといわれるかも知れないが、山に伏し、野に伏して修行する山伏道で得た、私の共感である。

「菩薩の詩」 

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私は講演会でときどき「菩薩の詩」というのを紹介する。
紹介するたびに、何人かの方から、全文を教えてくださいと言われる。

先日の三井記念美術館の法話会でも紹介したが、やはり聞かれた。
以前に本稿でも書いたことはあるが、再度紹介しよう。

***************

「菩薩の詩」 

人は不合理、非論理、利己的です。
気にすることなく、人を愛しなさい。

あなたが善を行うと、
利己的な目的でそれをしたと言われるでしょう。
気にすることなく、善を行いなさい。

目的を達しようとするとき、
邪魔立てする人に出会うでしょう。
気にすることなく、やり遂げなさい。

善い行いをしても、おそらく次の日には忘れられるでしょう
気にすることなくし善を行い続けなさい。

あなたの正直さと誠実さとが、あなたを傷つけるでしょう。
気にすることなく正直で誠実であり続けないさい。

助けた相手から恩知らずの仕打ちを受けるでしょう。
気にすることなく助け続けなさい。

あなたの中の最良のものを世に与え続けなさい。
けり返されるかもしれません。

気にすることなく、最良のものを与え続けなさい。

気にすることなく、最良のものを与え続けなさい・・・。

***************

これは「逆説の10カ条」といって、マザー・テレサがカルカッタの孤児の家の壁に書いたことで有名になり、マザーの名言として広く世間に流布しているが、 実はマザー・テレサ自身の言葉ではなく、アメリカ人のケント M. キースさんの作ったものらしい。

「菩薩の詩」というのも、私が勝手につけた題である。

ここ数年、考えられないような裏切りやひどい目に遭い、神も仏もないものか、と思うような世間の仕打ちにあってきたが、そのとき、この詩に私自身、支えられた。

菩薩の道というのは、こういうことだろうとそのときから思って、沢山の人に紹介をしている。人生の非合理を謳ったいい詩です。だからこそ、菩薩の道をゆくのだと思っています。

「イマドキ」

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昨日、バリ島で娘が結婚式を挙げた。夫婦二人だけの挙式だった。・・・昨夜のSNSでの「おやすみギャラリー」で、娘の写真をアップしたら、考えられないくらいたくさんの方からお祝いのコメントをいただいた。ありがとうございます。

夫婦だけの挙式・・・もちろん大事な一人娘である。その晴れ姿を見たくない親はいないだろう。私もそうだ。でも、イマドキなのだと思っている。

娘夫婦はこの6月に籍を入れて、都内の片隅で新生活をはじめた。

この春、婿の親ごさんと両家のご挨拶をしたときに、「入籍は6月にして同居生活をはじめますが、仕事の関係で新婚旅行だけなんとかすませて、挙式披露宴は来年秋までしません」と娘婿に言われて、「それはあかんやろ。」と言った。彼らのいうことは、私には意味がわからん話だったが、それでも「それやったら、せめて新婚旅行で、二人だけでいいから結婚式はしてきたら・・・」と言ったのだった。向こうの親も大いに同意していた。

イマドキとはいえ、やはり、なんとも親としては言いがたい話である。世間体もあるが、それより、犬や猫の子を嫁がせるわけではないので、たまらない気持ちもある。でもそこはぐっと押さえたのだった。

もともと、バージンロードなるものを娘と歩くのは恥だと思っていたので、それを免れたのは有り難い。とはいえ、寂しさも一抹は残る。

死んだ親父の口癖であった「お葬式はいままでお世話になった皆様への今生の別れだから派手にやればいいが、結婚式は若い二人がこれから新生活をはじめるわけで、派手にすることはない。ひとつひとつ積み重ねてくのだから、質素がいいのだ」と言っていたのを思い出して、まあ、二人だけの新生活もいいだろうと、思っている。・・・いや、思うようにしている、というのが正しいけど(^_^;)

おやすみギャラリーで、娘の花嫁姿を出したら、たくさんの方からお祝いの言葉をいただいた。・・・全部をわが最愛の娘に捧げたい。

写真は専門学校を卒業したときの親子写真。

「日本仏教の危機~僧侶がみずから祈りを取りもどすこと②」

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「日本仏教の危機~僧侶がみずから祈りを取りもどすこと②」
 ー田中利典著述を振り返る271020

3)その時代に生きた僧侶たちが血の滲むような努力をつづけてきたからこそ

6世紀中頃、日本に仏教が公伝して以来、仏教は国家的な規模による繁栄とともに、幾多の危機も迎えている。

豊臣秀吉の時代、刀狩りが行われ、寺院にあった僧兵達は武装解除して寺は武力を失う。武力を持った寺院が日本の仏教にとってよいことだったかどうかは別だが、それ以来、政治に対して発言力を失ったことは間違いない。
江戸時代の寺請制度・檀家制度は、寺院の経済基盤を安定させたが、しかし布教の自由はなく、葬祭仏教となって、いきいきとした活力は奪われてしまった。

明治の「神仏分離・廃仏毀釈」による打撃も日本仏教の形を大いに変容させた。

そして大東亜戦争の敗戦による農地解放は、寺院の経営基盤であった田畑などを大いに失い、これによって葬祭儀礼に収入を依存する体質や実子相続などの形が一般化した。

戦後は新興宗教が活発に起こった。また都市化による核家族化が進み、檀家離れに拍車をかけた。

しかしながら、大きな節目ごとに、その時代に生きた僧侶たちが血の滲むような努力をつづけたからこそ、現代にまで、曲がりなりにも日本仏教の法灯は守られてきたのだと思う。
それはまた僧侶だけの努力ではなく、日本人全体が先祖供養や現世利益などの祈りを通して、やはり日本仏教を心のよりどころとして求め、存続させてきたのだと思う。

4)本当の日本仏教の危機とは

人の生き死には人生最大の問題である。そこに宗教が必要とされるのは世の東西を問わず、そして長い人類の歴史を通じて変わらないことだったはずである。

けれども、いまやその厳粛な場に僧侶が必要とされない社会となってきているのだ。

それがもし本当なら、人生の厳粛なる節に、祈願などの場さえも生まれない。そしてそれは、祈りを喪失させた社会をも生むことになるであろう。
先祖供養や死者儀礼は現世利益と表裏一体でやってきたのが日本仏教だった、と私は思っている。

そこにこそ、祈りがあったのだ。

人々の心に祈りの心があり、僧侶の祈りが必要とされてきたのである。
映画『おくりびと』で僧侶がいなかったことも、「私のお墓の前で泣かないで下さい~♪」と歌う心も、『葬式は、要らない』のベストセラーも、イオングループのビジネスモデルも、どこか、僧侶自身の祈りの喪失とつながっているような気がする。

社会ぜんたいで祈りの喪失という現象は、今後ますます拍車をかけるにちがいない。
実はそこが今の日本仏教の危機たる本当の所以なのではないだろうか。──そう私は思っている。

5)まず僧侶自身が祈りを取り戻さなければならない

まず、僧侶自身が祈りを取り戻さなければならない。
仏に祈りもしない僧侶が死者儀礼や加持祈祷などに携われるはずがない。世間の人たちが祈りを忘れているのは、しっかりと祈る僧侶がいないからなのではないだろうか。

その現れをもっとも顕著に感じるのが葬儀の場だ。祈りの心を伝えられない僧侶が増えている。たんなる儀式の執行者になっていないだろうか。
人の生き死にの場で、祈りを期待されないような僧侶では意味がない。葬祭の場こそ、僧侶がみずから祈りの心をお伝えする機会なのだと思う。

あるいは、仏像は見るものではない。拝むものであり、祈りの対象である。そこにも僧侶が祈りの体現者として登場していなくてはならない。
博物館の管理人のようなことではダメなのは言うまでもない。祈りのない、拝む心のない仏像ブームは仏教の自滅であるとさえ、僧侶は思わなくてはならないだろう。

祈りを取り戻すこと、私はそれをなにより大切にしていきたいと思っている。

ー中外日報2010.12月掲載/田中利典著述「日本仏教の危機~僧侶がみずから祈りを取りもどすこと」から

****************

昨日の続き。

執筆から5年。・・・そろそろ仏教界側からも、いろんな動きが起こっているように思う。それも若い世代の人たちの中からである。

この3月末に金峯山寺の役職を私自身離れ、それを契機に、管長・総長職以下、平均年齢40歳代という、金峯山寺の体制は考えられないくらいの若返りを果たしたが、そういう中でしか、大きな変革はなしえないのかも知れない。

ただ、単に若返っただけでは意味がない。若年寄のような思考ではなく、激動の現代に向かって船出をしてほしいものである。

私は・・・といえば、である。

私はしばし、「つれづれなるままに、日暮らし、硯にむかひて、心にうつりゆくよしなし事を、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ」という吉田兼好法師の態で、1,2年は、自らを眺める時間を持ちたいと思っている。折角の還暦退職を大事にしたい。

それも運命であり、仏縁でもあるのだから。

五年前の記事を読み返してみて、しみじみと思う秋である。

「日本仏教の危機~僧侶がみずから祈りを取りもどすこと①」

5年前、中外日報社から「日本仏教の危機について」ということで、依頼された論壇の記事です。2回に分けて掲載します。

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「日本仏教の危機~僧侶がみずから祈りを取りもどすこと①」
 ー田中利典著述を振り返る271019

1)葬式仏教の危機じゃないの?

友人から「日本仏教って危機なの?」と聞かれた。

「そりゃあそうでしょう。日本仏教って危機的じゃないの。ここ数年、お寺を取り巻く状況は悪化の一途をたどっているよ。たとえば、『おくりびと』って映画には僧侶は出てこなかった。葬送の場に僧侶が不在だった。『千の風になって』が流行ったけど、お坊さんまで「私のお墓の前で泣かないでください~♪」と歌う。島田裕巳氏の『葬式は、要らない』って本もよく売れた。それから、イオングループが葬祭業に参入し、死者を弔う心も一種の経済行為としての見方に拍車をかけた。
読経や葬送儀礼のない直葬や無宗教葬は、どんどんと広がっている。檀家離れや無縁社会が現出し、肝心のお寺自身も後継者不足が問題になっていて、日本仏教は間違いなく危機に瀕しているんじゃないの」

私はそう答えた。

だが、友人は反論する。

「でもそれって、葬式仏教の危機であって、それが日本仏教の危機ということにはならないんじゃないのかなあ……。
だってさ。仏教そのものは、一般の人の間では、関心は高まってるよ。仏教書はよく売れている。上座部仏教系の気づきの瞑想の本とか、ダライ・ラマ法王をはじめチベット仏教系の本は、書店で平積みになっている。
ここ数年の仏像ブームはすごいよね。奈良・平城遷都1300年祭がらみでは、寺院を訪れる人はすごく増えたんじゃないの。君の寺だって、昨秋に12万人が押し寄せたんでしょ。だから、どこが日本仏教の危機なのよ」

──なるほどなあ、そう言われたら、そうかなあとも思う。
でもやはり、日本仏教は危機を迎えているように思えてならない。

2)多くの寺院は葬祭仏教を基盤にしている

10年ほど前だが、私がまだ全日本仏教青年会の副理事長だったときに、「葬式仏教をぶっとばせ!」というテーマで全国大会を京都で行ったことがある。

そのときの大会記録を『葬式仏教は死なない』(白馬社刊)として出版した。その中で全国の寺院にアンケート調査を行い、調査報告を掲載した。全調査の8割以上が、葬儀や年忌法事、墓地管理など葬祭関連によるお布施収入に頼っていた。やはり今の日本の多くのお寺の実態は、葬祭と法事で経済基盤を成り立たせているのである。

葬祭仏教の危機は日本仏教の危機に直結している……。寺の内側から見て、正直にそう感じたし、今もそれは変わらない。

ところで、私は実は葬儀をしない僧侶である。寺はあるが檀家はない。信者さまを相手に、加持祈祷を専職にしている祈願寺院である。もちろん葬式ができないわけではなく、頼まれればしないこともないし、法事や年忌のお勤めもさせていただくこともあるが、それが主たる法務ではない。

だから檀家制度の崩壊と、葬祭仏教の衰微は、逆に我々にとって大きなチャンスなのだ……って言える立場にいるのかもしれない。

が、ことは、そんな簡単なことではない。

ー中外日報2010.12月掲載/田中利典著述「日本仏教の危機~僧侶がみずから祈りを取りもどすこと」から

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私なりにこの時期は懊悩していたような気がする。いろいろ書かせていただいたものである。続きをご期待ください。

「修験道に学ぶ子育てのありよう(終)」

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「修験道に学ぶ子育てのありよう(終)」
 ー田中利典著述を振り返る271017

・・・実のところ、そういった意味では宗教者側もさぼってまいりました。今、何か問題がありましても、お坊さんに意見を求められることはほとんどありません。脳死臓器の問題でも安楽死の問題でも、ヨーロッパ社会では、牧師さんなり、神父さんなり、宗教家がその決定については大きな発言を求められますけれども、日本ではほとんど求められることがありません。それはさきに申し上げたように、社会全体が宗教狩りを行ってきたというひとつの証拠であるとともに、お坊さんも難しいことを考えなくてええので、そのほうが楽ですから、だまってきたというところもあります。だから坊さんや神主さん自身も大いに考えなければいけません。

しかしそれはそれとして、やはり社会全体ももうちょっと日本の宗教について考えてみるべきときがきているような気がしています。宗教教育を抜きにして、教育、人間の子育てというのは存在しないのであります。少なくとも、日本以外の国でそのようなことをやっている国はどこにもないというところから、考えるべきときがきているのではないでしょうか。

私は決して子育ての専門家ではありません。最初に申し上げましたように4人の子どももろくに育てたことがない。正直に言いますと私は、未だかつて子どものおしめを一度も替えたこともないろくでなしの父親であります。本当に何もしていないという親でございますが、家にいるときはお風呂だけは入れます。お風呂は自分で入れたほうが楽なのであります。風呂から出して服を着せるのは大変でして、1回だけ受け取る方をやってえらい目にあい、それからお風呂だけは自分で入れるのです。

ま、それでも単身赴任中なので月に5日しか家にいませんから、5回しか入れないわけで…。自分の子どもに対してもそうなのですし、ましてこれだけ世の中が激的に変わって来ている中、どうのようにして子どもを育てていけばよいかなどといったことは、実は私の知ったこっちゃない・・・というか力量をこえたことで、到底言えることではないのであります。しかし、先ほど申し上げました、日本人が持ってきた深い自然とのかかわりで培ってきた心情、島原の子守唄、五木の子守唄が何となく情緒として残っていくような母と子の関係のようなものを大事にしなければいけないということは思うわけであります。

それから、修験道は多神教の宗教である。神も仏も一緒に拝んできた。常に神と仏をそばにおいてきた。これは大事なことなのであります。神も仏も遠ざけ、神も仏もないのだというようなことは、決して人間を正しく成長させていかないのではないでしょう。

日本という国は不思議な国で、もう少し南にあると南方系の文化になっていたそうであります。もうちょっと北にあると北方系の文化になっていた。ちょうど南と北がほどよい位置にあって、南方系の文化・北方系の文化が等しく存在して、いいバランスである。

それから、南からも文化が入ってまいります。北からも文化が入ってまいります。中国や朝鮮など大陸からも文化が入ってきます。いろいろな文化がこの日本列島に入ってきて、しかも、日本より先は世界でいちばん大きい太平洋しかありません。行くところがないので、日本でいろいろな文化が集積地となって多重にして多様なものが育まれてきた。北方系の文化・南方系の文化、大陸の文化、いろいろな文化が日本の中で混在していて、その一つの象徴として、神も仏も等しく拝むような宗教観、精神文化を生んできたわけであります。

また日本は四季が豊かであります。四季が豊かであるということは、自然からたくさんの恵みをいただきます。自然に対する崇める心、感謝する心、尊ぶ心がこの日本列島の中で長年にわたって培われてきた。さらに世界中には活火山が800個あるそうですが、その800ある活火山のうち1割の、80個が日本列島の下にあるそうです。こんな大きい地球上の、1割の活火山が狭い日本列島の下にあるわけでありますから、そりゃ、しょっちゅう揺れます。地震の災害がある。でも、温泉がわいて恩恵もある。

台風もどんどんやってまいります。自然の脅威と自然の恩恵というのを二つながら感じてきた日本人の感性。これは決して一神教の人たちに卑下するべきものではなくて、日本人が日本人として誇るべきものなのではないでしょうか。少なくとも日本にあるキリスト教の教会も、イスラムの教会も、テロ攻撃をやりあっているのをみたことがありません。多様な文化をもつ日本だから共存できる。このように日本人は何でも受け入れてきた。神でもよい、仏でもよい、そのようなものをそばにおいてきた。先祖に対する感謝、自然に対する感謝、神・仏に対する感謝の心を常にはぐくんできた。

そのような状況の中で文化伝承があったのです。それを2回にわたって断ち切ったところに、実は大きな問題が生じてきたわけですから、そこのところに気がついて、ちょっと違うのではないか、自分たちが捨ててきたものの中にはいいものがたくさんあるのではないかということを、ぜひとも考えていただくようなことになればと願っております。

今回の「健やか親子21全国大会」では、皆さん方は、虐待の問題であるとか、少子化の問題であるとか、いろいろ大きな問題をお抱えになってそれぞれの地域で活躍なさっているのだろうと思いますが、たぶん宗教にかかわる部分がどこの活動でも欠落しているのではないかと推測します。私は特定の宗教の宣伝をしているわけでも何でもありません。修験道だけの宣伝をしているわけではなくて、日本人が神・仏とついこの間まで親しんできたことを、急速に捨ててきたことに問題があるのだなということに気がついていただきたいと思うばかりなのであります。

私は、80歳以上の人によくお願いをいたします。80歳以上の人は、自分が子どものときに、自分のお父さん・お母さん、自分のおじいちゃん・おばあちゃんから受け継いできた明治以前、近代化以前の良いものをたくさんその身に与えられて大きくなったはずであります。そのようなものを、もう息子の代には難しいかもしれませんし、手遅れかもしれませんから、孫の代には是非残してやっていただきたい。このまま死んだら国賊ですよと言うのです。

明治以前まで続いてきたものをなんでもかんでも意味がなかったとしてきたところには大きい問題があるということ。近代化以降のものがそんなに素晴らしいのかどうか。もう一度、考えていただくきっかけに本日のお話をしていただければ思います。具体的なことを申し上げる力は私にはありませんけれども、少なくともそのような視点を持つことから始めるのが大事なのではないかという気がいたしております。

修験道に学ぶとは、近代化以前の文化伝承の見直しである。文化伝承が廃れると、いろいろなところで不具合が起こります。今、大脳病理学的な問題で、子どもの崩壊ということも申し上げましたが、実は子どもを育てている親の代も崩壊したとしかいいようのない事件がたくさん起こっていますが、それは、やはり神・仏もないような価値観を持たされてきたことに大きな問題があった。もっともっと、今まで日本人が神・仏を隔てずにそばにおいてきたことの意義を見出していただければと願う次第であります。

長時間にわたり、ご静聴ありがとうございました。(拍手)

 ー母子保健協会全国大会基調講演・田中利典「修験道に学ぶ子育てのありよう」(平成17年11月講演録)より

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14日から連載でお届けした10年前の講演録ですが、今日で最終回です。実はこの講演録は後半からアップして、前半を入れると倍の長さです。

前半は主に修験道の解説や、吉野大峯の世界遺産登録のお話で、核心はアップした後半部分の文化伝承の破壊が中心です。

最後まで読んで頂いてありがとうございました。

10年前の話ですが、今でも通用するような問題点が浮き彫りになっていて、ここ10年世の中はちっともよくなっていないことを実感しますね。

写真は林南院秋の大祭での火渡りする信者さんとお子さん。小さい頃からこういう体験は貴重だし、大切ですね。

「修験道に学ぶ子育てのありよう②」

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「修験道に学ぶ子育てのありよう②」
 ー田中利典著述を振り返る271016-2

さて、私の話の前置きはここまででありまして、ここから本題でございます(笑)。本題までが長いので、本題がすぐに終わってしまうのですけれども、そろそろ本題に入りたいと思います。

では、修験道に学ぶ子育てのありようということになるのですが、今、申し上げましたように、近代化以降、(先に紹介したように梅原猛先生の説にあるがごとく・・・)二度にわたってわれわれは神・仏を殺してまいりました。神・仏から遠ざけられてきて、日本人の心のよりどころをなくしました。アメリカはキリスト教社会であります。ブッシュ大統領は聖書に手を置いて大統領の宣言をするわけであります。基盤にキリスト教というがっちりとした精神的な支えがあります。宗教文化の支えがある。今、「日本」という題名を打った本は売れるそうであります。日本人が日本人探しをしている。日本人は今どこにいて、どこに行こうとしているのか。自分たちが帰属するものを、どうも欠落させてきた結果のような気がするわけであります。

先ほど、しょうかいした梅原さんの新聞記事には「だからこそ明治以前に戻りましょう」とおっしゃいました。でもそこまでしかおっしゃっていません。では、明治以前の何に戻るのか。実は、明治以前のものって、私たちの周りにもうあまり残っていないのであります。

そのような中で、近代化以前、明治以前のものを、少なくとも修験道はかかえてきており、神仏習合という、神仏分離以前のものを真面目にやってきたわけでありますから、修験道的な価値観の中には何か学ぶべきものがたくさんあるのではないかと思うものであります。その一つは神仏習合である。神と仏をともにそばにおいてきた価値観であります。仏壇があり、神棚があり、それが何も違和感がなかった私たちの価値観なのです。

よくジャズをやっていた人やロックをやっていた人、あるいはシャンソンをやっていた人が、若いときにそのようなことをやっていても、中年以降になると、日本人は何となく演歌を歌ってしまう。美空ひばりが良くなってしまう。私も美空ひばりはそんなに好きではなかったのですが、最近よくカラオケで彼女の歌を歌うようになりました。だんだん年をとってくると、そういった演歌が、日本人になじんだものとして心地よくなる。

同じように、神様を拝み、仏様を拝むのが日本人にとって心地よかったはずであります。何も一神教のまねをして、それを無信心や無宗教と言う必要はないわけであります。日本人にとって心地よいものが日本人の居所であります。そういうことを考えることは決してそんなに悪いことではないはずなのです。

それから、自然とのかかわりを考えてください。日本は7割が山であります。都会というのは都市化が進むほど自然を壊していくところがありますが、どうも日本人は自然とのかかわりを忘れることによって、だんだん不具合な社会をつくってきた。自然とのかかわりをもう一度考えてみることが肝要であります。修験道というのは山で修行をいたします。山の中で神をみ、仏を拝んでいく宗教。そのように大自然の中で、神と仏のかかわりを持ってきた日本人のありようというものを、もう一度、私たちが取り戻すべきなのではないでしょうか。

ただ単に山に入ってただ歩くだけではなく(最近では森林浴などといいますけれども)、自分の体を使って神・仏とかかわっていくことが大事。人間は心だけで生きているわけではありません。体を伴って生きている。実践をすることによって、そのようなものを育ててあげる。都会の中でテレビゲームばかりしているのではなくて、実際にこの身を大自然の中へ落とし入れてやって、真っ暗なやみの中で自分を超えたものへの畏怖の心を抱かせる。あるいは大きな風、大きな滝、そのような自然の大きな勢いの中で、人間存在のちっぽけさを体験させてやる。そのようなことが極めて大事なのではないかということを思っています。

私たちは、アメリカ人にはなれません。私たちはアメリカ国籍をとることはできても、アメリカ人にはなれないわけであります。もしかすると、1万年くらい続いたかもしれない縄文時代から、この日本列島で、四季が豊かな中で暮らしてきた私たちは、私たちなりのアイデンティティ、つまりありようを持つべきであって、それが美空ひばりを恋しくなる日本人の心地よさだと思います。

この150年間の日本の歩みを見ていますと、私は、思わずマイケル・ジャクソンを思い浮かべてしまいました。彼は黒人ですが、白人になろうと一生懸命整形や化粧をしました。結果、滑稽で不気味な人間が出来上がってしまいました。日本人も、日本人であるにもかかわらず、アメリカ人の模倣ばかりをして、どうも本来の日本の在り方を忘れていた。しかしマイケル・ジャクソンは白人になれないわけであります。日本人もアメリカ人にはなれないわけであります。だから日本人のありようを考える中で本来の形を取り戻すことができるのではないでしょうか。

明治以前のものを探すことは本当に難しゅうございますが、修験道が持ってきた自然との深いかかわり、あるいは神・仏をともがらにして拝んでいく。そのような価値観というのは、これから子どもを育てていく中、あるいは親を育てていく中で、今、日本人が欠けている部分であります。

先ほど、日本人は無宗教ではないという話をしましたが、田中さんが言っているのは宗教ではなくて、それは習俗とか習慣でしょうという意見を、あるシンポジウムで受けたことがあります。実は、日本人のそのような宗教的心情を習慣や習俗やと言うこと自体が、宗教とは一神教的なもの、一神教のようなものが宗教であって、それ以外のものは宗教でないという一神教の洗脳を受けているわけであります。もうそろそろ本当に一神教的な価値観からばかりでものを見るのではなく、近代化以降のものだけが優秀で、それ以前のものは古くて悪いものという目をとり払って、日本人が営んできた美しさ、心のありようを見つめ直すべきときがきているのではないかと思います。

 ー母子保健協会全国大会基調講演・田中利典「修験道に学ぶ子育てのありよう」(平成17年11月講演録)より

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今日2回目のアップ。長い講演録ですので、まだ終わりません。次回で、最終稿になります。

あと少しですので、最後までお付き合い下さい。

「修験道に学ぶ子育てのありよう①」

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「修験道に学ぶ子育てのありよう①」
 ー田中利典著述を振り返る271016

文化伝承の破壊が日本を壊しかけています。子守唄さえとりあげられるような現代社会。そのような中で、もう一度自分たちのありようは何なのかを考えてみる必要があるのではないでしょうか。少なくとも、一神教がそんなに素晴らしいというようなことはないわけであります。

今、世界中で起こっている戦争の多くは、一神教同士の価値観のぶつかり合いであります。9.11のアメリカの同時多発テロ以来、アフガンやイラクで戦争が起こり続けています。イスラエルでは、もう2000年くらい、ユダヤ教とキリスト教とイスラム教でもめているわけであります。決して一神教がそんなに素晴らしいものではない。

ところが、明治以来一神教的な価値観を150年間続けてきて、どうも日本はどっぷりとつかりきってしまった感がございます。先ほど、神仏分離を明治維新に政府が行ったと言いましたけれども、実は庶民の中では、ついこの間まで、神仏習合は続いていました。皆さん方のお家には神棚があって仏壇があったはずであります。村の鎮守の祭りにも行くし、寺のお施餓鬼にも行くし、近くのお地蔵さんの地蔵盆にも行く。そうやって日本人は、ついこの間まで神仏習合をしてきたわけであります。

ところが、どうやらここ近年(家制度や村落共同体の崩壊によって)、その神仏分離の政策が現実に有効となってきた。家庭に仏壇も神棚もない家が増えています。宗教的な行事に参加しない家庭がどんどん増えてきています。どうも日本人は宗教をとりあげられて久しいところにきている。

そのひとつのあらわれが宗教教育の問題です。宗教教育は日本では行われていません。ご存知かどうか知りませんが、義務教育で宗教教育をやっていない先進国は日本だけであります。アメリカもヨーロッパも、義務教育の場で宗教教育は行われており、あのファシズム時代のイタリアやヒトラーがいたドイツでさえ、宗教教育は行われていました。しかし日本は行われてこなかった。それはなぜでしょう。

明治に神仏分離をして虚妄の国家神道をつくったというお話をいたしました。国家神道のもとに教育勅語という道徳を強要した。これは、国家神道という宗教というかイデオロギーの強要であります。明治国家はそれによって新しい国づくりをしてまいりました。宗教教育というか、教育勅語による国家神道的な価値観で日本は歩んできたわけでありますが、大東亜戦争に負けて、せっかく作った国家神道は壊されてしまいました。

(驚くべきことに戦後のGHQの記録を読んで頂くと解るのですが…)最高司令官マッカーサーは、進駐軍政策の中で日本をキリスト教国にしようとしたそうであります。しかし、ある事情からそれをやめた。その後、(明治以降の道徳教育を解体したまま)日本の宗教教育、日本の精神の形は空洞になったままであります。あらゆるところから宗教も道徳が抜かれてしまった。私は、ある種、明治からこっち、(有史以来、日本人の基層の部分を作り上げてきた宗教に対する)宗教狩りが続いている気がいたします。

ここに『教育ルネサンス』という読売新聞が取り組んでいる特集記事がございます。平成17年10月17日付の朝刊なのですけれども、読売新聞は今年になってから長期型連載という大きな意気込みでやっておられます。記事にはこうあります。「連載は来月には200回を数える。テーマは、英語教育の今、低下が指摘される読解力、フィンランドの教育、教師力、学校の安全、地域の教育力、専門学校の技、一元化が課題の幼稚園と保育園、子どもの食、構造改革特区で出来た学校、夏休みの宿題の変遷、親の教育力、図書館の役割、子どもの体力等々、多岐にわたる…」。

ここには、いろいろな分野で教育ルネサンスにかかわることをとりあげていると書かれていますが、なんと宗教教育、宗教情操教育について全然触れられていません。これは(この記事だけではなく)あらゆる分野でそういうことが行われているわけであります。日本の教育を考えたときに宗教が語られることがない。社会のいろいろな問題が出たときに宗教が語られることがございません。これにみるように神・仏を喪失してきたこの150年間がこのような事態をつくったのではないでしょうか。(日本人の基層の部分をなした神仏習合や文化伝承を)遠ざけて生きてきたからこそ、今のような日本人が日本人を探すような、そのような時代が来ているのではないかと私は思うものでございます。政教分離をやっている国はどこにもありません。日本が唯一であります。このことは、もうそろそろ考えなおさなければいけないのではないでしょうか。

 ー母子保健協会全国大会基調講演・田中利典「修験道に学ぶ子育てのありよう」(平成17年11月講演録)より

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昨日一昨日にアップした「文化伝承の破壊の災禍①②」に続く、第3回目です。もうすこし続けたいと思います。よろしければ、最後までお付き合い下さい。よろしく。。

「文化伝承の破壊の災禍①」

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「文化伝承の破壊の災禍①」
 ー田中利典著述を振り返る271014

私の友人で(一緒に本も出しましたけれども)正木晃さんという宗教学者がおいでになります。この正木晃さんが「昭和10年代に生まれた人の子どもの子どもの世代から、大脳病理学的に病んでいる子どもが出来てきている」と、このようにおっしゃっています。

実はこれを言うたびに、私は私の奥さんに怒られています。うちの奥さんは、お父さんとお母さんが昭和10年と昭和14年生まれなのです。ですから、その昭和10年代の生まれた人の子どもがうちの奥さんで、その奥さんが生んだ子どもが…つまり私の子どもですが…まさに私の子どもの世代。その世代から大脳病理学的に病んでいる子どもが生まれているということなのです(だから奥さんに怒られるのです)。

何かと言いますと、昭和10年代というのは、真っ黒に塗りつぶされた教科書で勉強した世代であります。敗戦によってそれまでの価値観が崩壊した時代です。それは、別の意味で言うなら文化伝承が途切れる世代であります。ただ途切れるけれども、その次の世代(つまり妻ですが…)はまだおじいちゃんがいたり、おばあちゃんがいたり、文化伝承が続いているのですが、その次の世代となると、もう本当に文化伝承が途切れてしまって不具合が起こる。

なにが不具合かというと、文化伝承が壊れると学びの場をなくすのです。子どもというのは、小さいときに多くのことをたくさんたくさん多くの人の中から、学ばなければいけないそうであります。それが、文化伝承が壊れることによって、親からも、おじいちゃん、おばあちゃんからも、共同体社会の中から教わる機会が失われるから、未熟なまま育っていく…。

この話はいろんなところで紹介してきたのですが、最近、正木先生から、もうちょっと正確に言うてほしいと注文がきて、メールで詳しくちょうだいいたしましたので、正確に伝えさせていただきます。

読みますと…「幼少時期、具体的にいうと、1歳から1歳半くらいの時期に母親から豊かな愛情を受けられないと、大脳の前頭前野の部位が健常に発達しないようです。このちょうど目の奥から額の奥にかけての、この裏側に大脳の前頭前野という場所があるそうです。これがものごとの判断をつかさどるところだそうですが、それが健常に発達しないようです。最近の説では、1歳くらいの赤ちゃんは、母親が2人いると認識しているようなのです。つまり、自分においしいおっぱいを飲ませてくれる優しいお母さんと、言うことをきかないときに叱る厳しいお母さんの2人がいると感じているらしいのです。しかし、その後の半年間くらいに母親から豊かな愛情を注がれていくと、その2人が実は1人の人物なのだという認識にいたり、少し難しい言葉を使うと、[人格の統合]ということが起こる。そして、自分の母親を正しく認識して、そこから、この世には自分と自分以外の者がいるという真理に目覚めるというのです。これを難しく言うと、[他者の認識]といいます。

このようなぐあいに、まず、最初に母親を認識し、次に父親を認識し、さらに兄弟・姉妹がいれば、それを認識する。だんだんと地域の人々を認識し、次には、人間の集団である社会というものを正しく認識して、そこに生きるすべを身に付けていくのです。以上は単なる精神論ではありません。繰り返しになりますが、人間の発育にまつわる大脳生理学的な問題です。

ですから、最初の時点で失敗をしてしまうと、エゴしかない人間になりかねません。最初の時点で失敗してしまうことを、[不可逆的]といって、後になって取り戻そうとしても非常に難しいのです。何しろ、人間の発育にかかわる領域ですから。最近のすぐにキレる子どもや若者を見ていると、どうもこの最初の時点がうまくいっていない気がしてなりません。子どもを生んですぐに外に働きに出たり、他人に預けたりして、自分の子どもに十分な愛情を注いでいない母親が増えてしまって、その結果、キレる子どもや若者が急増してしまったのではないか。そのように思えてならないのです。日本の伝統では[三つ子の魂百まで]と申します。これは全く正しい認識です。昔の日本人は豊富な経験の蓄積から三つ子の魂ということを繰り返し伝え実践してきたのです…」。

文化伝承というのは、家庭生活の中、社会生活の中でずっと続けられてきたものであります。ここで正木先生が指摘されているのは、実は母親を取り巻く状況が激烈的に変わってきた。ですから、母親の状況が変わってきているから、当然、その母親が愛情を注ぐべき子どもの状況も変わってきている。で、子どもの発育に問題が出てくる。文化伝承が壊れると、そのようなことが起きてしまう、ということを少し注目していただきたいと思います。

 ー母子保健協会全国大会基調講演・田中利典「修験道に学ぶ子育てのありよう」(平成17年11月講演録)より

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これも10年前の講演録ですが、今でも腑に落ちるところがありますね。

再掲載「回転焼きと母」・・・今日は母の祥月命日。

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「回転焼きと母」
   ー田中利典著述を振り返る271013

今日は母の祥月命日。まる4年になる。

亡くなった年に書いた「回転焼きと母」という文章を、あやべ市民新聞に投稿して、かどやさんという回転焼き屋さんがたいへん評判になった。狭い町なのに200人くらいの方がかどやさんを訪れ、あんたええことしたなあ・・・と客さまに言われたそうで、のちのち、お店のおくさんに感謝されたという、後日談も生まれた。

過去にこのブログでも載せたことがあるが、今日は母の祥月命日ということで、母を偲んで再掲載する。よろしければお読み下さい。

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「回転焼きと母」

母が十月に亡くなり、今月末に満中陰を迎える。早いものである。
 
母は今年一月に危篤になり、医者からも余命一週間と宣告されたが、その後、治療加療のおかげで、一時期は車イスに乗って病院の食堂で食事が出来るくらいまで回復した。闘病生活九ヶ月。その間、今まで、あまり母のことに気をかけなかった息子にとって、母を病室に見舞うことで、親孝行のまねごとをさせてもらった貴重な時間だった。

少し元気になった頃、「何が食べたい?」って聞くと、「回転焼き、買ってきてんか」と言った。それから、病院に行くときは、アスパの近くにあるかどやさんの回転焼きを持参した。あまりたくさんは食べられないので、毎回、一個だけを注文したが、いつ行っても、かどやさんは面倒くさがらずに、快く、一個の回転焼きを売っていただいた。母が美味しそうに食べていたことが今でも思い出される。

お葬式の朝、回転焼きのことを思い出した。棺にいれてあげようと思い、かどやさんに寄った。普段は一個しか頼まないが、その日は母が好きだった三つの味の回転焼きを三つ全部注文した。いつも一種類の一個しか頼まないので、いぶかしく思われたのか、「今日は三つなのですね?」とお店の方に声をかけられた。「はい‥、母が好きだったので、いつも買わせていただいていました。その母が亡くなり、今日はお葬式なので、いっぱい食べさせてやろうと思って‥」というと、「お金はいらんから」と言われて、暖かい三つの回転焼きを渡していただいた。優しさに、思わず涙が出た。

母のことばかりを思ってはいられないが、でも、かどやさんの前を通るたびに、美味しそうに回転焼きをほおばっていた母の顔が思い出されて、心がちくっとする。母の思い出が嬉しくなる、かどやさんの親切に今でも感謝、である。

ーあやべ市民新聞「風声欄/2011.11掲載」より

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今日も朝から、回転焼きを仏壇にお供えしました。

捨てたもんじゃない!・・・かな。

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昨日一昨日と、急遽、三井記念美術館で開催中の特別展「蔵王権現と修験の秘宝」で、小生の連続ショート法話会を開催した。

内容は山伏説法と題して、「金峯山寺と吉野山」、「金峯山寺の年中行事」、「修験道はすばらしい①」~「修験道はすばらしい③」まで、各30分ずつ。まあ、1時間半の講演を2つ分、5回に分けてやったわけである。急に企画したので、受講者がいるかどうか、心配したが、結構受けたし、たくさん来て頂けた。

久しぶりにしっかりとお話をすることになったが、この程度なら、いつでも出来ます。北海道でも、九州でも、ご要望があれば、年内であれば出かけますので、ご希望の方は是非!ご希望の方、詳細は直メールください。・・・とちょっと売り込みますね。

近頃はフォーラムやシンポでの依頼が多い。でも、しっかりとお話出来る機会というのもいいものであるっと思った2日間でした。まだまだ捨てたもんじゃないなあと、思わせていただきました。

「能言不能行ハ国ノ師」

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「能言不能行ハ国ノ師」
 ー田中利典著述を振り返る271009

(司会)
「今回の大テーマであります<21世紀に我々は何をすべきか、>と言う事で、パネリストの皆様方から、フリップに一言お書きいただきまして、この場で発表して頂ければと思います。

(田中)
私はよく人から、おまえの話は風呂屋の釜だと言われております。

つまりゆ(湯)うばっかりなんですけど、これはある種天台宗のせい…でもないんですが、関係があってですね、高校の時に比叡山高校に行き、いろいろ教わったのですが、伝教大師のお言葉に「よく言いて行なうことあたわざるは国の師なり よく行ないて言うことあたわざるは国の用なり よく行ないよく言うは国の宝なり 三品のうちただ言うことあたわず行うことあたわざるを国の賊となす」というのがありますね。「よく行ないよく言うは、これ国の宝なり」って、これはなかなか難しい。私は到底国の宝には成れない…

まあだから、その「よく行なってよく言う」事は出来ないけど、「よく言う」だけなら私でも出来るのちゃうかな。行ないがなかなかついてこないんで、つまりは言うばっかりなんですけども、「言わないし行なわない」という国の賊よりは、ましですから、ゆ(言)うことだけでも出来たら、と思っております。

特にお坊さんは、日頃生産活動をしていない訳であり、その分正しい事を常に見つめて、それを言うという事が大変重要な役割になってくると思う訳であります。だから自分ではそんな事出来てないだろうという話でも、なるべく言うようにしています。 

で、実は陳腐なモノを書いた言い訳を、今、しています。「作善」と書きました。仏教とは善を成す事、悪をやめて善を成す事、といいます。我々はやっぱり善を成さなくてはならない。ただ、善が何かという事を常に問うていたいと思います。

「仏教徒にとって善は何なのだ」ということを思っていただきたい。私は仏教徒、特に大乗仏教における善というのは「上求菩提下化衆生」に叶うこと。この全て善であり、それに叶わないのが、不善であると位置付けております。

己を高めようと努力をし、と同時に人々を救おうと努力をする、いわゆる菩薩道ですね。菩薩道に生きることが善であって、菩薩道に適わない事を悪と思い、日々戒めて、今後もなお戒めて行きたいと思います。

「作善」とは、大変に陳腐な言葉ですけれども、善の意味を仏教徒として常に見つめていきたい、そういう事を自分に問うて行きたい、そう思って書かせてもらいました。以上でございます。

ー田中利典著述集「平成13年度天台佛青連盟全国結集東京大会パネルディスカッション<21世紀に我々は何をすべきか>」シンポ録より

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これも懐かしい文章です。なにしろ、14年前のフォーラムです。並み居る天台の先輩達に混ざって、いきがって話をした厚顔無恥の記録です。

まあ、いまだに、私の「能言不能行ハ国ノ師」というスタンスは変わりませんが、さてさて、その「国ノ師」にもなれているかどうか・・・。くれぐれも国賊にならぬようにしなくては。。

*写真は伝教大師最澄さまです。

差し上げます! 『葬式仏教は死なない―青年僧が描くニュー・ブッディズム 』

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過去、私は「修験道入門」(集英社新書刊)や「はじめての修験道」(春秋社刊)など5冊の単著・共著本を出したが、それ以外にも一文を呈した本や、編集に関わった書籍は20冊を越える。

その中のひとつに『葬式仏教は死なない―青年僧が描くニュー・ブッディズム 』(白馬社刊・編集:全日本仏教青年会・2003/08)がある。以下。                                                       

http://www.amazon.co.jp/%E8%91%AC%E5%BC%8F%E4%BB%8F%E6%95%99%E3%81%AF%E6%AD%BB%E3%81%AA%E3%81%AA%E3%81%84%E2%80%95%E9%9D%92%E5%B9%B4%E5%83%A7%E3%81%8C%E6%8F%8F%E3%81%8F%E3%83%8B%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%96%E3%83%83%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%BA%E3%83%A0-%E5%85%A8%E6%97%A5%E6%9C%AC%E4%BB%8F%E6%95%99%E9%9D%92%E5%B9%B4%E4%BC%9A/dp/4938651424

本書は私が全日本仏教青年会の副理事長時代におこなった全国大会のシンポジウム記録。大樹玄承さんが理事長だったけど、大会の仕切りを友人のT氏に依頼して、理事長以下、加盟団体のみなさんの協力を得て、ほとんどふたりで中身はやらせていただいた。

はじめから青年会の編集で、記録集を作成するつもりで大会も企画したが、シンポジウムで講師のひろさちやさんがコーディネーターの私や、パネリストの高橋卓志さんとのやりとりの中で、怒ってしまい、ひろさんと当初話を進めていた春秋社での出版が出来なくなり、親友の竹内さんのご縁で、京都の白馬社から上梓することとなったという、なかなか苦労した本。

ひろさんが怒っちゃったので、かえって、シンポは面白くなったのでした。でもあとで謝ったけど、どうしても許してもらえなくて、出版社を替えないと上梓できなかった本。

ひろさんの講演と、私がコーディネートしたシンポジュウム記録や葬式仏教の現状を調査した報告書のほか、「青年僧が描くニュー・ブディズム」と題した私のまとめ文も載っている。もう10年も立つが、私が仏教青年会でいろいろやらせていただいた集大成の一冊(私は副理事長を7年させていただいた。7年は結構、異例なのです)。

もちろんAmazonでは新品は売ってなくて、中古品でしか、求められないが、先日、埼玉仏青で、同じような企画のフォーラムがあり、出演したら、当時の事務局を担当されていた島本さんから、在庫があるので、差し上げますと30冊ほどいただいた。

私的には、少々時代が立って古くはなっていても、当時はかなり鋭い内容だったと自負できるので、もしよろしければ、無料で差し上げます(送料はほしいなあ・・・)。

希望の方は、HGB01360@nifty.ne.jpまでメール下さい。

以下、所収された私の文章の原稿がありましたので、最初の部分を添付します。ご参照ください。

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まとめ――青年僧が描くニュー・ブディズム   田中利典

シンポジウム中でもコメントしたが、私は昔「檀家制度があるかぎり、僧侶の資質は上がらない。日本仏教をダメにする」と思っていた。しかし近年は宗旨替えをして「檀家制度があるからまだましなんだ」と思うようになった。偉そうに言うと「今ならまだ間に合う。日本仏教も捨てたものじゃない」と思っているのである。全日本仏教青年会全国大会「葬式仏教を考える~日本仏教活性化への道」のテーマに関わったのはまさしくそういった思いを持ってのことであった。

◎「葬式仏教」と揶揄される二つの理由

「葬式仏教」という言葉は、僧侶が自らを認めて使う言葉ではなく、外から仏教のあり方を揶揄して使用される批判的な言い方である。全国大会のテーマを決める実行委員会の席上、一部の理事から「僧侶自らが葬式仏教という言葉を使うのには抵抗がある」と反対意見が出たのも、世間の批判に対する嫌悪感の表れであろう。ではその葬式仏教のどこが問題なのであろうか。

私は二点を考えている。

一つ目は仏教原理からみて葬儀に関わる仏教は間違いである、という見方である。基調講演の中でひろさちや氏も「お釈迦さまは葬儀は出家者のすることではないと言われた」と述べられ、「今の日本の様子をみたらお釈迦様はさぞや驚かれるだろう」とさえ言っておられる。ところが逆にそんなことを聞いたら「えー、お釈迦さんってお葬式の親分じゃないの?」と一般の人からはびっくりされるくらい、日本仏教は仏教本来の原理原則から離れ、葬儀や法事に奔走している感がある。実際に今回の全国大会に際して行った僧侶アンケートの結果を見ても、その七割以上が、葬儀あるいは法事や墓地に関わる葬送儀礼の収入に依存しており、祈祷や拝観収益などを大きく凌駕していた。葬式仏教と言われる所以である。

しかし、だからといってお葬式や先祖回向に携わってきた日本仏教が全否定されるわけではないと私は思っている。

シンポや全体会でひろ氏が述べられた仏教原理主義への回帰は見識である。仏教原理を離れてしまっては仏教でもなんでもなくなってしまう。しかしながら私たちの先人は仏教伝来以前からある、我が国独特の祖霊信仰や、あるいは後に出てくる怨霊思想などと仏教原理を融合させ、日本ナイズした形で受容して、日本の精神文化を形成してきた。原理を捨てたのではなく、活用して変容させ、日本文化の血肉としたと言えるのではないだろうか。少なくとも今の日本仏教の基盤はそこにある。

問題は葬儀への関わり自体を否定するのではなく、仏教原理をどう活かして葬儀に携わるのかということであろう。今、多くの僧侶は宗門立の大学で仏教を学ぶが、大学で学ぶ仏教は仏道の実践ではなく、頭で学ぶ仏教原理ばかりである。そして卒業した彼らが直面する現実は葬式仏教の現場である。肝心の、大学で学んできた仏教原理をどう実践し、どう活かしていくかは個々人の問題として、放置されたままなのである。

二つ目の問題点は、肝心の僧侶たちがはたして葬儀自体を厳粛に執行できているのかという問題である。

こういっては失礼かも知れないが、葬儀屋さんは商売で葬式をしている。同様に僧侶も商売で葬式をしている、とすればまさに葬式仏教、葬式坊主のそしりは免れない。

人生最終の通過儀礼の場で僧侶が必要とされているのは、宗教人としての聖職性や引導者としての信頼性があるからである。仏教原理の体現者としての実践性に帰依をするから、檀徒は檀那寺に信頼を寄せてきたのである。

それが檀家制度に胡座をかき、寺を私物化し、商売で葬式をやっているかのような姿勢を僧侶が取ったとき、葬式仏教と揶揄されることになったのではないだろうか。葬式を厳粛に執行しているというのは仏教者として真摯に関わっているということである。

アンケート調査の結果を見ても「葬式仏教と批判されても仕方がない事実がある」と答えた人が八割を超え、僧侶自身の後ろめたさを感じさせる結果となったが、もっと自信をもって僧侶として葬儀に関わらなくてどうするんだと言いたい。

葬儀屋主導である、時間が限られている、などという言い訳も聞きたくない。たとえどうであれ、三界の導師として、死者や遺族に向き合う自信がなくて、僧侶と言えるであろうか。葬式仏教大いに結構! と言い飛ばすくらいの信心決定がないのなら、商売坊主に違いないのである。

◎葬儀をめぐる現代的問題

実は葬儀の問題は大変に複雑な要素を含んでいる。

「葬儀は習俗である」とひろ氏は一刀両断にされたが、今はその習俗・習慣もくずれている。明治初期に行われた神仏分離施策によって、神仏習合という我が国の精神文化の基層の部分を支えてきた独特の習俗は打ち壊され、戦後は家や家族、村を中心とする共同体社会の急速な崩壊によって、精神文化だけでなく慣習や社会制度など、あらゆる分野で大変革を迎えた。その結果、僧侶も習俗がわからない。神官も、村の長老もわからない。だれも習俗がわからなくなっている。

そもそも仏教葬儀式自体が習俗の上に、各宗派の教義を融合させて出来上がったという経緯がある。だから同じ宗派の葬儀式や追善儀礼も、土地土地によって多種多様である。その習俗が壊れ、変容している現状の前に、僧侶もまた立ちつくしているといえよう。
正しい葬儀とは何なのか、今は誰もがそれを知らない時代なのかも知れない。「自分らしい葬儀」「友人葬」「音楽葬」などが流行る所以である。

しかし仏教徒としての葬儀、僧侶が関わる厳粛な葬儀を行うという定義は明白であろう。宗旨によっていささかの違いはあるにせよ、仏教原理の体現者として、死者に対してはこの世の執着を除き、遺族には故人の死への悼みを癒すと共に、死を通して今生の自らの命の意味に目覚めさせる務めを果たすことであろう。シンポのまとめとして私が提言した「オーダーメイドの葬儀を心掛ける」とはそういう意味である。

実は冒頭で「檀家制度が日本仏教をダメにする」と書いたのには二つの意味合いがあった。

ひとつは檀家制度によって日本仏教は葬式仏教化し、社会のインフラが整い分業化が進んだ今日では寺院は葬儀のみをすればよいということになって、仏教本来の仏教教理の体現という側面が損なわれたという点と、檀家制度は寺族の世襲制や寺院私物化を促し、僧職自体が職業化してしまった点である。いずれにしても僧侶としての資質を問わずに僧侶となってしまう状況を生んでしまったというような一面を持つ。

しかしながらマイナス面だけを見ていた若い頃と違って最近檀家制度の優れた面に目がいくようになった。

日本仏教は明治初期に起きた神仏分離政策による廃仏毀釈運動や、戦後の農地解放による寺院の財政基盤の喪失など近代社会を迎えてから幾たびかの大きな法難に遭っているが、ある意味、檀家制度が支えとなって生きながらえた。もちろん先に指摘したとおり、僧侶の資質を低下させた面もあろうが、傍らでは多くの優れた僧侶を輩出してきた事実もある。日本仏教自体が死に絶えてはどんな優秀な僧侶も生まれ得ないだろう・・・

「日本の登山・・・」

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「日本の登山・・・」
 ー田中利典著述を振り返る271007

最近、百名山登山とか、中高年の登山が流行っていますが、どうも私は無宗教です無信心ですといった日本人のカルチャー、一神教的な価値観に洗脳されて西洋人と同様に自然を物として見る、畏怖する心を忘れた、そういう心で山との関わりを持つことに、大変な危険を感じています。日本人はもっと敬虔な思いで自然と関わってきたのであります。

...

山にいくと山の論理に従うことを前提に体も鍛えたし、準備もしたわけでありますが、今は自分達の論理、都会の論理でそのまま入っていくから道に迷って遭難するわけであります。山に入ると誰も助けてくれません。助けようとなると(山岳救助隊や経費やらで)大変なことになるわけであります。

そういったことがどうもおかしくなっている。今の日本人はどこか一神教的な価値観の上澄みだけに侵されているところがあって、西洋的な急作りの自分達の勝手な価値観で何でも行ってしまう。

私達の先祖たちはそんなことはしてこなかったはずだと思います。たぶん100年前にこの日本山岳会が設立なった時の先人たちというのは、明治以前のカルチャーをたくさん持った人たちが日本的な登山の形を踏まえて試行錯誤しながらお作りになったんだろうと思います。

今は明治以前のものって本当に少なくなってしまいました。私は、修験の身でございますが、修験も明治に殺されながら、天然記念物になりながらも、なんとか生きてまいりました。そんななかで、今申し上げたような価値観が実は残されているのだということを申し上げているわけです。そういった意味で、これからの日本的な登山のありかたを創造するというのが、大変大事なのではないか、と思うわけであります。

ー田中利典著作集/日本山岳会創立100周年・関西支部創立70周年記念大会基調講演録(於高野山大学 2005.11.17)より 

************

これもかれこれ10年近く前の、講演録ですが、いまでも通用するようなお話ですよね。。でもよく山岳会のみなさまに呼んでいただいたものです。このとき、たくさん本を買ってもらいました。

写真はネットで見つけました。残っていて感激です。
  • 「神仏和合の再興・・・修験道のいま⑤」

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    「神仏和合の再興・・・修験道のいま⑤」
     ー田中利典著述を振り返る271006

    お正月には初詣、子どもが生まれれば宮参り、お彼岸やお盆には墓参りをして、結婚式は神式かキリスト教の教会へ。そして葬儀はお坊さんを呼ぶ。また家庭には仏壇と神棚が違和感なく祀られる、それが日本人の宗教事情なのだが、欧米の人たちからみればそんなごった煮ような宗教姿勢は奇異に映り、不思議がられる。いや近頃では日本人自身が自分たちのことを「無宗教だ、無信心だ」と言いだす始末。どうやらもともと多様な形で継承されてきた日本人の宗教心を日本人自身が見失ったようだ。

    こうなったのには理由がある。我が国は仏教伝来以来、千年以上にわたって神と仏を分け隔てなく拝んできた。ところが、明治政府が行った神仏分離政策によって、融合していた神と仏が分けられてしまったのである。実はこの政策による一番の被害者が修験道であった。

    修験道は八百万の神と、八万四千の法門から生ずる数々の仏たちを、等しく拝する日本独特の民俗宗教である。この修験道が神仏分離によって一時禁止された。そして修験道の禁止から、わずか140年の間に、神社もお寺も別々のものとなり、この国の人たちは神と仏を別物と考えるようになった。あれもよいこれもよいと異なるものであっても分け隔てしない修験道的な、そして日本人的な信仰心が忘れ去られてきたのである。

    しかしようやくもともと持っていた多様な信仰心への回帰がはじまったようだ。それは修験道の山修行に集う人々にも見て取れる。たとえばこの夏の修行に参加した人たちの多種多様性は、極めて面白い。天台宗、真言宗、日蓮宗、浄土宗など伝統寺院の僧侶、そして権禰宜職にある神職や教派神道の教師さんたちが、私たち山伏と一緒になって、神も仏も隔てなく拝み、汗をかきかき山の行に没頭するのである。

    あるいは、平成16年に「紀伊山地の霊場と参詣道」として吉野大峯地域がユネスコ世界文化遺産に登録されたが、これこそこの地が持つ神仏混淆の日本的多様性と、修験信仰の聖地性が世界に認められたからだと言えよう。

    また神仏分離そのものが、神道界側からも仏教界側からも大きく見直され出した。

    この9月8日に、日本最大の霊場会が正式発足する(筆者注:この原稿は2008年のものです)。これは伊勢神宮を中心に、京都・奈良・大阪・滋賀・和歌山・兵庫のいわゆる西国各地に点在する150もの大寺・大神宮・大社が網羅された巡礼の会「神仏霊場会」であるが、これこそ神仏混淆の再興である。明治以後140年を経て、ようやく神仏分離の見直しに神社とお寺が手を携え始めたのである。

    近代化の行き詰まり、グローバル化への抵抗が、神仏混淆に代表される多様な価値観を再評価させつつある。修験道への関心の高まりも実はその辺に起因するのでは…と私は密かに思っている。(読売新聞2008年8月掲載)

    ー田中利典著作集・読売新聞2008.9月掲載「修験道のいま⑤」より

    ********

    全5回の連載が終わります。7年前の文章ですが、まあ、いまでも読めるところがあります。いかがでしたか・・・。

    こういった機会を宗務総長時代はなんども与えられました。有り難いことでした。

    ちなみに写真は文章中に出てくる「神仏霊場会」の比叡山・設立総会で、スピーチされる山折哲雄先生。発起人代表でした。

    「奥駈修行・・・修験道の今④」

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    「奥駈修行・・・修験道の今④」
     ー田中利典著述を振り返る271005

    大峯修験に関わる修験寺院の多くが夏になるとこぞって、吉野ー熊野間の奥駈修行に赴く。金峯山寺でも4泊5日の日程で、吉野ー前鬼ー熊野を行じている。この行は金峯山寺が通常募集している体験的な修行と違って、危険な行場も伴う本格的山伏修行であるが、そんな命がけの修行にも一般からの参加者は多い。何度か来る内に、資格をとって正式な山伏になる人までいる。

    この行に毎年参加する人たちは「これをやらないと一年のけじめがつかない」と口を揃えて言う。一年の中心をこの修行の参加においている人もいる。こんな奥駈修行の魅力とはなんなのだろう。

    私は日本人が長い年月を掛けて身につけてきた日常の生活慣習に畏敬の念を持っているが、その一つに、「ケ」と「ハレ」を行き来するという日本的知恵がある。日本人は日常を「ケ」と考えた。私たちは終わらない日常を生きているが、日常生活ではだんだん「ケ」がつくと考える。ケガレの「ケ」である。「ケ」がつくと次第に気が枯れてくる。だからケガレる。気が枯れてケガレると、気が弱り、ついには病気になる。だから病気になる前に、「ケ」を落とす必要がある。気を元に戻せば、元気になるのである。

    そのために行うのが「ハレ」である。晴れ着は「ハレ」の場所に行く着物のことをいうが、その「ハレ」とは聖なるものに触れることであり、それはまた非日常の場に行くことでもある。お正月や端午の節句などの五節句や、夏や秋のお祭りはもともとは「ハレ」を行うものだった。その日常の「ケ」と非日常の「ハレ」を行き来する中で、私たち日本人は一年を健やかに暮らしてきたのである。

    その「ケ」と「ハレ」を行き来する装置のような慣習を現代社会は失った気がする。毎日が「ハレ」の如く饗応する社会があり、日常の「ケ」だけが増大して、癒しとなるべき非日常を喪失してしまったのである。忌まわしい無差別殺人や尊属殺人が毎日のように報じられるが、現代社会はまさに気が枯れた人間たちに満ちあふれている。

    私たち山伏修行にはその失った非日常としての「ハレ」が今も脈々といきづいていると、私は自負している。山修行では一日12時間以上山中を歩く。奥駈ではそれが何日も続く。神を拝み仏を拝み、大自然の中で自分をこえたサムシンググレートに対し畏敬の念を持って行じ続ける。神仏とはまさに聖なるものであり、山中こそ、非日常である。この「ハレ」に触れたとき、私たちは日常生活に枯れていた「ケ」を洗い落として、元気を取り戻し、正気に戻るのである。

    最初に書いた「奥駈修行に来ないことには一年のけじめがつかない」というのは実に見事に、この「ケ」と「ハレ」を行き来する知恵が甦り、身についたからに違いない、と私は考えている。

    ー田中利典著作集・読売新聞2008.8月掲載「修験道のいま④」より

    **********

    読売新聞連載の続きです。全5回です。。

    急告!連続ショート法話会の開催

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    今週末、急遽、三井記念美術館で開催中の特別展「蔵王権現と修験の秘宝」で、小生の連続ショート法話会を開催することになりました。

    よろしければ是非おいでください。

    日時と表題

    ■10月10日(土)
    第1回 12:00~12:30  山伏説法「金峯山寺と吉野山」
    第2回 16:00~16:30  山伏説法「金峯山寺の年中行事」

    ■10月11日(日)
    第1回 13:00~13:30  山伏説法「修験道はすばらしい①」
    第2回 14:30~15:00  山伏説法「修験道はすばらしい②」
    第3回 16:00~16:30  山伏説法「修験道はすばらしい③」

    *申し込みその他は三井記念美術館の公式サイトへ
          ↓
     http://www.mitsui-museum.jp/event/lecture.html

    「山修行」

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    「山修行」
     ー田中利典著述を振り返る271003

    私の盟友・宗教学者の正木晃氏が提言している、賞味期限が残った二十一世紀型の宗教の要件とは次の五つに集約される。

    一つは自然と関わっている。二つは参加型。三つ目は実践型。四つ目は心と体に関わっていること。五つ目は統括的…逆の言葉で言うと排他的でないこと。この五つだが、修験道はその全ての条件を満たしている数少ない日本の宗教だと氏は絶賛する。おもはゆい気持ちもあるが、私もその気になっている。

    とりわけ自然との関わりが深い宗教というなら修験道は一番であろう。

    修験道は日本古来の山岳宗教に神道や外来の仏教、道教などが習合して成立した日本独自の民俗宗教であると説明されるが、その基盤は山岳信仰にある。大自然の中に分け入り、神仏を隔てなく拝み、大自然と一体になる宗教。山に伏し野に伏して修行するから山伏と呼ばれ、大自然を道場にするという、自然との関わりこそがその生命なのである。

    私は先年、インド医学のルーツともいうべきアーユルベーダを学んだ。そのときアーユルベーダの博士に「毎日必ず陽が沈む頃にじっと夕陽を見つめなさい」と教えられたことがある。最初意味がわからなかったが、ずっと見つめているとそのうち氷解した。落日の夕陽とは一日の終わりを告げている。夕闇に染まる太陽は自然の大いなる運行を教え、人間もまた自然の一部として生きていることを実感させてくれるのである。自然と切れてはいけないとアーユルベーダは教えているのだ。

    逆に現代社会は自然ととうに切れている。自然の一部である存在を忘れ、人間中心に生きているのが都会の生活なのではないだろうか。もう何年も夕陽を見つめたことのない人ばかりが暮らす街…それが大都会だろう。

    蓮華入峰に参加した統合失調症の青年が「最初来たときは歩く自信などぜんぜんなかったのに、途中で絶対帰ってはいけない、絶対帰ってはいけないと山に言われているような気がして、とうとう最後まで歩き通すことが出来ました」と自慢げに話していた。正に山修行の自然力に触れたから、修行をやり遂げたのだろう。統合失調症も引きこもりも、都会の疎外された生活が生んだ現代病である。もちろんさまざまな原因はあろうが、自然との関係を取り戻すとき、その多くの患いは癒される。それも山岳信仰の持つ大きな力であると思っている。

    ー田中利典著作集・読売新聞2008.8月掲載「修験道のいま③」より

    「無痛文明時代」

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    「無痛文明時代」
     ー田中利典著述を振り返る271002

    修験道の魅力のひとつは身体性を持っていることだ。

    修験とは実修実験、あるいは修行得験ともいう。実際に自分の身体を使って修行をし、験(しるし)を得るという意味である。理屈ではなく、自分の五体を通じて実際の感覚を得る宗教なのである。

    生命学者の森岡正博氏が面白い文明論を展開されている。曰く、現代社会は物質文明が高度に進んだ結果、無痛文明に陥っている。往古は自分で歩くしか移動の方法はなかったのに車や飛行機が発達し、家事すら、掃除は掃除機が、洗濯は洗濯機がする、そんな時代になって、自分自身の肉体を使うことが極端に減ってきた。つまり体が楽することばかりを優先する社会が生まれてきたという。これを無痛文明、痛みを感じない文明、あるいは家畜化された文明であると森岡氏は論ずるのだ。つまり人間が家畜化され、心と体のバランスが損なわれて、本来身体の主であるべき心が、身体に隷属することになる。…これを聞いたとき、私はだからこそ、山修行の持つ身体性は現代社会に重要な役割を持つのだと確信した。

    山での修行で我々が一番に感ずるのは、どんなに偉そうなことを言っても、この体ひとつでもって山の中を歩くしかない、という現実である。そしてくたくたになって思うのは、自分を超えたものの存在、つまり山中に在す神仏の存在である。我々の修行は大自然の中に曼荼羅世界を見て、神と仏を拝みながら歩くのであるが、山修行のよいところは、聖なるものに包まれる中で、心と体のバランスを取り戻すところにあるのではないだろうか。都会生活ではいろんな場面で心に疎外感を持たされるが、山修行に没頭すると、実感として、心と身体のバランスを取り戻し、魂と肉体の一体感を感受するのである。

    先日、今年の蓮華入峰に参加した人から手紙が届いた。「修行に行って身も心も垢が流れ落ちたような気分で家に帰ることが出来ました。それまではいやでいやで仕方がなかった自分の生活に生きる自信が甦ったような気分です。有り難うございました」。

    山修行は無痛文明に陥った現代社会への妙薬となっているのではないだろうか。そんな思いにさせていただいた手紙であった。

    ー田中利典著作集・読売新聞2008.8月掲載「修験道のいま②」より

    再掲載です!・・・10/14紀伊山地三霊場フォーラム開催。

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    再掲載です!!

    <紀伊山地三霊場フォーラム「紀伊山地の霊場と参詣道で行じる(歩く)こととそこへ至る魅力」>

    あのカンヌ映画祭グランプリ監督・河瀨直美さんと再びトークセッションをします。

    私は過去、奈良国際映画祭などでのステージを含め河瀨監督とは5回ほど、トークセッションをご一緒していますが、今年もまた紀伊山地三霊場主催フォーラム(歴史街道推進協議会共催事業)・「紀伊山地の霊場と参詣道で行じる(歩く)こととそこへ至る魅力」と題して、ご一緒することになりました。

    日時は平成27年10月14日(水)。場所は、あべのハルカス25F「大会議室」です。是非、たくさんの方にお出まし頂くことを念じます。

    告知が遅れたので、まだ申し込み者が少ないですから・・・。

    この5月には樹木希林さん主演映画「あん」の大ヒットなど、ますますいそがしくされていて、久しぶりに会う河瀨監督。どんなトークが出来るか、私自身、楽しみです。

    紀伊山地三霊場会議フォーラムは数えて7回目の開催。

    今までは全部、代表幹事の私が仕切ってきましたが、今回の仕切りは私ではなく、私は代表幹事を引退して、顧問としての出演。河瀨さんと上杉さんのトークセッションのパネリスト兼コーディネーターとして出させていただきます。

    【フォーラム詳細】

    □基調講演「伝えゆく祈りの場“紀伊山地”」
     講師:河瀨直美氏(映画作家)
    □パネルディスカッション「紀伊山地三霊場を行じる、その魅力」
     パネリスト:河瀨直美氏
            上杉雄猛師(高野山真言宗金光寺住職
                               高野山開創1200年全国結縁行脚隊隊長)
     コーディネーター:田中利典師(吉野・金峯山寺長臈
                                     紀伊山地三霊場会議顧問)

    日時:平成27年10月14日(水)13:30〜15:50(開場13:00)
    会場:あべのハルカス25F「大会議室」(大阪市阿倍野区)
    募集:220名(事前申込み、先着順)
    入場料:1名2,000円(当日支払)※歴史街道倶楽部会員は無料(本人のみ)
    応募方法:ハガキ・FAX・Eメール※詳細はWebサイト参照
    主催:紀伊山地三霊場会議
    共催:歴史街道推進協議会
    協賛:近畿日本鉄道株式会社、南海電気鉄道株式会社、西日本旅客鉄道株式会社
    後援(予定):奈良県、和歌山県

    □お申し込み、詳細は以下
      http://www.rekishikaido.gr.jp/2015sanreijo/

    --------------------------------------------------------------------------------

    *参考

    「紀伊山地の霊場と参詣道で行じる(歩く)こととそこへ至る魅力」(チラシ)
    http://www.kinpusen.or.jp/_src/sc1815/8bi88c98er92n8eo97ec8fea83t83h815b838983808360838983v.pdf

    紀伊山地三霊場会議
    http://kiisanti.jp/

    歴史街道推進協議会
    http://www.rekishikaido.gr.jp/

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