「修験道に学ぶ子育てのありよう①」
「修験道に学ぶ子育てのありよう①」
ー田中利典著述を振り返る271016
文化伝承の破壊が日本を壊しかけています。子守唄さえとりあげられるような現代社会。そのような中で、もう一度自分たちのありようは何なのかを考えてみる必要があるのではないでしょうか。少なくとも、一神教がそんなに素晴らしいというようなことはないわけであります。
今、世界中で起こっている戦争の多くは、一神教同士の価値観のぶつかり合いであります。9.11のアメリカの同時多発テロ以来、アフガンやイラクで戦争が起こり続けています。イスラエルでは、もう2000年くらい、ユダヤ教とキリスト教とイスラム教でもめているわけであります。決して一神教がそんなに素晴らしいものではない。
ところが、明治以来一神教的な価値観を150年間続けてきて、どうも日本はどっぷりとつかりきってしまった感がございます。先ほど、神仏分離を明治維新に政府が行ったと言いましたけれども、実は庶民の中では、ついこの間まで、神仏習合は続いていました。皆さん方のお家には神棚があって仏壇があったはずであります。村の鎮守の祭りにも行くし、寺のお施餓鬼にも行くし、近くのお地蔵さんの地蔵盆にも行く。そうやって日本人は、ついこの間まで神仏習合をしてきたわけであります。
ところが、どうやらここ近年(家制度や村落共同体の崩壊によって)、その神仏分離の政策が現実に有効となってきた。家庭に仏壇も神棚もない家が増えています。宗教的な行事に参加しない家庭がどんどん増えてきています。どうも日本人は宗教をとりあげられて久しいところにきている。
そのひとつのあらわれが宗教教育の問題です。宗教教育は日本では行われていません。ご存知かどうか知りませんが、義務教育で宗教教育をやっていない先進国は日本だけであります。アメリカもヨーロッパも、義務教育の場で宗教教育は行われており、あのファシズム時代のイタリアやヒトラーがいたドイツでさえ、宗教教育は行われていました。しかし日本は行われてこなかった。それはなぜでしょう。
明治に神仏分離をして虚妄の国家神道をつくったというお話をいたしました。国家神道のもとに教育勅語という道徳を強要した。これは、国家神道という宗教というかイデオロギーの強要であります。明治国家はそれによって新しい国づくりをしてまいりました。宗教教育というか、教育勅語による国家神道的な価値観で日本は歩んできたわけでありますが、大東亜戦争に負けて、せっかく作った国家神道は壊されてしまいました。
(驚くべきことに戦後のGHQの記録を読んで頂くと解るのですが…)最高司令官マッカーサーは、進駐軍政策の中で日本をキリスト教国にしようとしたそうであります。しかし、ある事情からそれをやめた。その後、(明治以降の道徳教育を解体したまま)日本の宗教教育、日本の精神の形は空洞になったままであります。あらゆるところから宗教も道徳が抜かれてしまった。私は、ある種、明治からこっち、(有史以来、日本人の基層の部分を作り上げてきた宗教に対する)宗教狩りが続いている気がいたします。
ここに『教育ルネサンス』という読売新聞が取り組んでいる特集記事がございます。平成17年10月17日付の朝刊なのですけれども、読売新聞は今年になってから長期型連載という大きな意気込みでやっておられます。記事にはこうあります。「連載は来月には200回を数える。テーマは、英語教育の今、低下が指摘される読解力、フィンランドの教育、教師力、学校の安全、地域の教育力、専門学校の技、一元化が課題の幼稚園と保育園、子どもの食、構造改革特区で出来た学校、夏休みの宿題の変遷、親の教育力、図書館の役割、子どもの体力等々、多岐にわたる…」。
ここには、いろいろな分野で教育ルネサンスにかかわることをとりあげていると書かれていますが、なんと宗教教育、宗教情操教育について全然触れられていません。これは(この記事だけではなく)あらゆる分野でそういうことが行われているわけであります。日本の教育を考えたときに宗教が語られることがない。社会のいろいろな問題が出たときに宗教が語られることがございません。これにみるように神・仏を喪失してきたこの150年間がこのような事態をつくったのではないでしょうか。(日本人の基層の部分をなした神仏習合や文化伝承を)遠ざけて生きてきたからこそ、今のような日本人が日本人を探すような、そのような時代が来ているのではないかと私は思うものでございます。政教分離をやっている国はどこにもありません。日本が唯一であります。このことは、もうそろそろ考えなおさなければいけないのではないでしょうか。
ー母子保健協会全国大会基調講演・田中利典「修験道に学ぶ子育てのありよう」(平成17年11月講演録)より
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昨日一昨日にアップした「文化伝承の破壊の災禍①②」に続く、第3回目です。もうすこし続けたいと思います。よろしければ、最後までお付き合い下さい。よろしく。。
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コメント
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りてんさんありがとうございます。
1980年代生まれの私ですが、大切なことをしっかりと子供に伝えることができるように、勉強します。
投稿: 豆しば | 2015年10月16日 (金) 11時08分