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「日本仏教の危機~僧侶がみずから祈りを取りもどすこと①」

5年前、中外日報社から「日本仏教の危機について」ということで、依頼された論壇の記事です。2回に分けて掲載します。

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「日本仏教の危機~僧侶がみずから祈りを取りもどすこと①」
 ー田中利典著述を振り返る271019

1)葬式仏教の危機じゃないの?

友人から「日本仏教って危機なの?」と聞かれた。

「そりゃあそうでしょう。日本仏教って危機的じゃないの。ここ数年、お寺を取り巻く状況は悪化の一途をたどっているよ。たとえば、『おくりびと』って映画には僧侶は出てこなかった。葬送の場に僧侶が不在だった。『千の風になって』が流行ったけど、お坊さんまで「私のお墓の前で泣かないでください~♪」と歌う。島田裕巳氏の『葬式は、要らない』って本もよく売れた。それから、イオングループが葬祭業に参入し、死者を弔う心も一種の経済行為としての見方に拍車をかけた。
読経や葬送儀礼のない直葬や無宗教葬は、どんどんと広がっている。檀家離れや無縁社会が現出し、肝心のお寺自身も後継者不足が問題になっていて、日本仏教は間違いなく危機に瀕しているんじゃないの」

私はそう答えた。

だが、友人は反論する。

「でもそれって、葬式仏教の危機であって、それが日本仏教の危機ということにはならないんじゃないのかなあ……。
だってさ。仏教そのものは、一般の人の間では、関心は高まってるよ。仏教書はよく売れている。上座部仏教系の気づきの瞑想の本とか、ダライ・ラマ法王をはじめチベット仏教系の本は、書店で平積みになっている。
ここ数年の仏像ブームはすごいよね。奈良・平城遷都1300年祭がらみでは、寺院を訪れる人はすごく増えたんじゃないの。君の寺だって、昨秋に12万人が押し寄せたんでしょ。だから、どこが日本仏教の危機なのよ」

──なるほどなあ、そう言われたら、そうかなあとも思う。
でもやはり、日本仏教は危機を迎えているように思えてならない。

2)多くの寺院は葬祭仏教を基盤にしている

10年ほど前だが、私がまだ全日本仏教青年会の副理事長だったときに、「葬式仏教をぶっとばせ!」というテーマで全国大会を京都で行ったことがある。

そのときの大会記録を『葬式仏教は死なない』(白馬社刊)として出版した。その中で全国の寺院にアンケート調査を行い、調査報告を掲載した。全調査の8割以上が、葬儀や年忌法事、墓地管理など葬祭関連によるお布施収入に頼っていた。やはり今の日本の多くのお寺の実態は、葬祭と法事で経済基盤を成り立たせているのである。

葬祭仏教の危機は日本仏教の危機に直結している……。寺の内側から見て、正直にそう感じたし、今もそれは変わらない。

ところで、私は実は葬儀をしない僧侶である。寺はあるが檀家はない。信者さまを相手に、加持祈祷を専職にしている祈願寺院である。もちろん葬式ができないわけではなく、頼まれればしないこともないし、法事や年忌のお勤めもさせていただくこともあるが、それが主たる法務ではない。

だから檀家制度の崩壊と、葬祭仏教の衰微は、逆に我々にとって大きなチャンスなのだ……って言える立場にいるのかもしれない。

が、ことは、そんな簡単なことではない。

ー中外日報2010.12月掲載/田中利典著述「日本仏教の危機~僧侶がみずから祈りを取りもどすこと」から

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私なりにこの時期は懊悩していたような気がする。いろいろ書かせていただいたものである。続きをご期待ください。

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