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「自然と交わる」

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「自然と交わる」

 ー田中利典著述を振り返る271127

自然と交わるというのは、つまり自然の摂理を身をもって覚えていくということです。自然は常に摂理で動いている。ところが人間が作った社会というのは自然の摂理と別物です。

でも、人間はどこまでも自然の一部です。だから自然と切れることによって、本来人間は自然の一部であって、そうやって生きているのに、その部分が壊れた人間になってしまっている。

人間は必ず死ぬ。死ぬということは自然の摂理です。周りで人が死ぬことで自然の摂理を体験する。それが切れてしまうと、リセットすれば生き返るようなゲーム感覚で自分の命も人の命も考えてしまう。

青木ヶ原の樹海で首を吊って死のうとしたら、ロープが切れて死ななかった。その時その人は「死ぬかと思った」と言ったというのです。その時の死はホントの実体的な死で、死のうと思った時の死は実体のない死です。

つまり死ぬとはどういうことか分からない、自然の摂理から離れた死しか認識の中にない世の中になっている。それは自然との関係が切れたことによる大きな災いだと思います。

 ー仏教タイムス2005年3月掲載「対談:田中利典vs正木晃」より

****************

自然とともに生きていることをもっと大事にしないといけないですね。
10年前に同じ事をいっていますが、ますます必要性を感じます。

*写真は大峯の山中を行ずる山伏一行

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コメント

自然との関係かぁ。。。

町にいても
老いていったり、病気になったり
感じにくいだけで鏡に映る自分は自然の中にいるんですけど
それがわかりにくくなりますねぇ。。。

何かの命を貰って生きてるのも
町ではわかりにくいのかも。

津波が来たり、地震が来たり、自然はすぐそばにあるのに。
生きていられる、生かせてもらえてる自分。
今日も1日生きたいってかみしめて生きないとダメですね。

にゃおさん、コメント、いつもありがとうございます。

生かされている毎日、大事に生きたいですね。

吉野山人。

はい。余計なことにとらわれず、生きられるうちは毎日精一杯、生きていきます。

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