「祭のあと・・・そして、誰もいなくなった」
「祭のあと・・・そして、誰もいなくなった」
節分の法要を前後して、久しぶりに綾部の田舎寺もしばらくは賑わう日だった。
5日には東京に嫁いだ娘や二人のお弟子さんが午後から来てくれて、宿泊。前日の6日は家内の妹をはじめ大挙お手伝いが集まってくれて、夜の食事会は13名。7日当日には更に増えて、法要を終えた打ち上げには21名の人が席に着いてくれた。
大祭当日は、父が住職をしていた往年の頃のような大祭というわけにはいかないながら(多いときはこんな狭い寺に250名近い人が来てくれていた・・・)、それでもそれなりの人で賑わい、今年も無事節分会法要を行うことが出来た。
そして打ち上げのあとも5名の方が泊まって、今日は朝から片付けをやってくれる。お蔭で昨日たためなかったテントもしまうことができ、境内の清掃も終わって、午後からは一人帰り、二人帰りして、先ほど、最後に娘も夜行バスに乗って、檀那はんの待つ東京へ戻っていった。
そう、そして誰もいなくなったのだ。
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