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「中外日報の随想随筆④」

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「中外日報の随想随筆④」

中外日報で連載している拙稿「随想随筆」全4回の最終回です。

少々甘い最終章になりましたが、まあ、とんがらないでつれづれに、いまの心象をしたためています。

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よろしければご覧下さい。

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「りてんさんといく拝観講座」

本山宗務の第一線から退いて、今までとは違う比較的自由な立場で金峯山寺にもに関わっているが、この春、「りてんさんといく金峯山寺拝観講座」を企画した。Facebookやブログなど、SNSでの告知を中心に、二十名限定で募集して、有り難いことに最終二十一名の参加者を得た。

内容は吉野山の宿坊に宿泊して、修験道講座、宿坊夕座勤行、蔵王堂夜間拝観、夜の交歓親睦会、そして翌日の蔵王堂朝座勤行、蔵王堂秘仏拝観案内、本地堂法話会、お別れ昼食会と、午後三時から翌日のお昼過ぎまでびっちりと予定を組んで、ご一緒した。普通の講演会なら、四回分くらいはしゃべったかもしれない。

そんな研修講座を主催して感じたのは、自分たちが思う以上に僧侶の世界、お寺の世界に対して一般の方々が興味を持っているということだった。「こんなに身近にお坊さんと会うことはないです」と言われたりしたし、「一杯、接したことが嬉しい」と多くの参加者に喜ばれたのだった。

逆に言えば、私たち僧侶が思う以上に一般の人々から僧侶が遠ざかってしまっているということだろう。そのことを私たちは深く自覚しなくてはいけない。

四回にわたり本稿で紹介した、地元綾部でのコミュニティラジオの出演も、Amazonの僧侶派遣業の問題も、寺社フェス向源のことも、更には「金峯山寺拝観講座」も、私にとっては同根から来ている。

宗教から遠ざかった人々に寄り添う試みが大切なんだという思いである。

初詣に行き、お盆には墓参りをし、神社や教会で結婚式を挙げ、クリスマスも祝い、人生の終焉には大方が僧侶を呼んで葬儀をする…そういう日本人が無宗教であるはずがない。

宗教者側が、もっと積極的に世間に対しいろんなアクセスをする必要がある。

宗教を取り巻く状況は決してよいとはいえない。政教分離の問題もあるし、オウム真理教事件以降はここ二十年、宗教といえば禁忌される風潮さえ漂ったままである。そこを打破する努力がこれからは更に問われていくだろう。

私自身、まさに修験の教えで言う「山の行より里の行」を自分なりに体現したいと思う。役職を離れた今の私に何が出来るのか、たかがしれてはいるが、私なりにこの道を進めていくことをお誓いして、本稿を終えることとしたい。 (了)

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全4回の完結です。実は今回の原稿執筆は大ちょんぼをしていまして、字数制限を勘違いしたまま書き上げました。

依頼されていたのは12字×79行でしたが、私が書いたのは17字×79行。なんと3割も多く書いたので、削るのに大変苦労をしました。少し舌足らずな感が残ったのはそのせいもあります。

またなにかの機会で元原稿をアップしたいと思います。

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