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「吉野というところ・・・④」ー田中利典著述集280827

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「吉野というところ・・・④」ー田中利典著述集280827

ご好評いただいた、21日から書き始めた記事の最終回です・・・

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「吉野というところ・・・④」

いよいよ話は本題のテーマに関わる、後醍醐天皇、南北朝時代を迎えます。

後醍醐天皇は建武の中興という、鎌倉方を討ち破って天皇親政の政治を取り戻しますが、しかし建武の中興はわずか2年数ヶ月で敗れて、後醍醐天皇は足利尊氏に京の都を追われ、この吉野に逃げておいでになるわけであります。これも義経の時に申し上げましたように、後醍醐天皇はなにも花見がしたいから吉野に来たわけではなくて、この吉野の持っている金峯山寺の経済力と軍事力と、それから山伏という全国に網羅されたネットワークと、そういった勢力を頼りにこの吉野においでになるわけであります。このあと、南朝のことは本題なので詳しくお話しますが、今日は70分しかないので、この調子でしゃべると3時間位になりそうですから、少し先を急ぎます。

時代を先に進め、豊臣秀吉の時代のお話に移ります。ちょうど今年のNHK大河ドラマの『軍師官兵衛』で今、放送しているのは第一次朝鮮出兵のころですが、この第一次朝鮮出兵が終わった文禄3年(西暦1594年)に、戦国大名の勝ち残り全員を引き連れて、秀吉は吉野に花見に参ります。ちょうど現在の蔵王堂が再建されたばかりの頃です。

秀吉の花見というと、「醍醐の花見」が有名ですが、実は「醍醐の花見」は、吉野の花見をした後、そのときの花見が非常に良くて心に残っていたのですが、もう吉野には行くだけの体力気力が秀吉になかった。それで、京都の醍醐でやったというのが「醍醐の花見」。つまり、いわば本家は吉野です。

それはさておき、秀吉は吉野で大花見の饗宴を催します。徳川家康、伊達政宗、前田利家・・・戦国大名の勝ち残り、五千人が集まって花見をしたのです。で、花見っていうと今や、春になれば皆がやりますが、花見を一般の人がするようになるのは、結構新しいんですね。皆さんの大好きな「暴れん坊将軍」の時代からなのです。

このあいだ、松平健さんが取材に吉野においでになり、私とツーショットの写真撮りました。案外大きな人でしたね。その松平健さんの演じた「暴れん坊将軍」徳川吉宗の時代に、江戸の庶民が、火事や飢饉や、いろんな改革で疲れ果てていて、街は治安が悪くなっていた。そこで江戸の庶民に楽しみを持たせることも大事だろうということで、隅田川の堤など、江戸のいろんなところに桜を植えた。そして庶民に花見をすることを奨励して、以降、庶民が花見を楽しむようになるんだそうです。だからそれ以前は、庶民が花見をするようなことはなかったのですが、それよりもはるか前に秀吉は、吉野で大花見の宴会を行ったのです。大々的な花見の嚆矢ともいわれています。

ところで、この花見が問題なんですが、吉野山は桜で有名で、「吉野即桜」のイメージなのですね。ただ実はこの桜は、・・・江戸の隅田川の堤とか久度山とか,そんなところの桜は吉宗が人々に花見をさせるために植たのですが・・・吉野の桜は違うわけです。人が花見をするために植えたわけではない。これは後で詳しく申し上げます。私は後で申し上げると言いながら、よく申し上げないことがある。そのときはお許しください(笑)。

次に本居宣長も吉野に3度参詣しております。本居宣長は、吉野の一山の水分神社と関係が深い方です。水分神社はもともとは分水嶺、農作に由来する水の神様ですが、この「水を分ける」と書くので、「みくまり」が「みくまり・みくもり・みこもり・・・こもり」とって、日本人特有の言霊信仰から、「みくまり神社」を「子守神社」というようになり、子授けの神様になっていきます。本居宣長は、子供が出来ないことを悩んでいたお父さんとお母さんがこの子守神社の神様に願をかけて生まれた子供なのです。それで宣長自身生涯3度もおいでになった。金峯山寺は明治までは、神様と仏さまが同居していました。水分神社も一山の中の神社でした。

また西行の足跡を慕って、俳人芭蕉は生涯に2度吉野に訪れています。これも桜の吉野が文学性を持った歴史のひとつ。こうやってみると、ずいぶんいろんな人がおいでになっている。良寛をはじめ、まだまだ他にもおいでになります。いつだったか吉野山で時代行列をするとするなら、古代の神武帝から幕末の吉村寅太郎の時代くらいまで、吉野を訪れた人たちだけでものすごい行列ができるなと話したことがあります。残念ながらお金がないので吉野町ではできてません。(本稿終わり)

 ー連続講演「伝えたい世界遺産『吉野』の魅力」(第6回)平成26年11月22日/奈良まほろぼ館講座「吉野と嵐山の縁(えにし)~後嵯峨/亀山上皇と吉野と嵐山~」より

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写真は暴れん坊将軍です。

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