「チベット旅行記」① ー田中利典著述集を振り返る280830
「チベット旅行記」① ー田中利典著述集を振り返る280830
もう10年前になる。ちょうどチベットに、西寧とを結ぶ青蔵鉄道が開業する直前のラサの町を、盟友の正木晃先生一行とともに訪れたのだった。先生はもう6度目か7度目のチベット訪問だったように聞いている。
稚拙ながらそのときの旅行記を、仏教タイムスに連載させていただいた。
心が痛むのだが、あれから、チベットはますます混迷を深めている。鉄道が敷延されたことで、それまで以上に漢族が大量に流入し、チベット民族への圧政は更にひどくなり、命を持って抗議の焼身自殺が繰り返されるチベット僧の数はすでに百数十人にのぼるという。最近は中国当局が隠すので、数すら把握出来なくなっているようだ。
そういう状況への危惧は、10年前にすでに予見される私の旅行記だったと思う。
今、スーパーサンガと称して、有志の僧侶たちとともに「宗派を超えてチベットの平和を祈念し行動する僧侶・在家の会」(http://www.supersamgha.jp/about/)という活動に加わっているが、それもこのときのチベット行きがきっかけとなっている。
今のチベットの惨状を考えると、いささか、のんきな面もある旅行記になっているので、顰蹙をかうところもあるかもしれないが、あえて加筆訂正などせず、そのまま載せようと思う。よろしければ読んでください。全9回である。
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「主なきポタラ宮」
今年6月、宗教学者正木晃氏らに同行して秘境の国チベットの仏教寺院を巡った。以下はそのチベット仏教見聞録である。
チベットといってまず最初に思い浮かぶのは世界遺産「ポタラ宮殿」であろう。私の憧れの地でもある。私たちはラサ市に入り、真っ先にこの地を訪れた。
ラサ市の西の端に位置するポタラ宮は歴代ダライ・ラマ法王の元居城である。この国の古建築を代表する宮殿式建築群は、どこまでも高く、青く澄んだ空を背にして、思い描いたとおり、ラサの市内を睥睨してそびえ立っていた。
「ポタラ」とは、「観音菩薩が住まう地」の意味で、観音菩薩とは、その化身たるダライ・ラマのこと。チベット仏教独特の転生活仏の信仰である。13階建ての巨大な宮殿は政治施設の白宮と宗教施設の紅宮に分かれ、紅宮が白宮に支えられるように、中央部分の8階以上の高層を占めている。
1959年、主であるべきダライ・ラマ14世は、中国の、チベット併合ともいえる侵攻政策による弾圧を避けインドに亡命し、以後、インド北部のダラムサラに亡命政府を樹立して、国の外からチベットの独立運動を展開されているのはつとに知られるところ。
ただ、漢人たちのチベット流入を含め、中国政府が行っているこの国への介入を思うとき、ダライ・ラマ法王が法王として、二度とこの地にお戻りになることはないだろうなあと…漫然と思ったのであった。
ー仏教タイムス2006年9月掲載「チベット旅行記」より
*写真はポタラ宮である。
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