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「ローカルな日々…運動会の私」」

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「ローカルな日々…運動会の私」」

私は15の時、家を出た。その後、吉野で家庭を持って、家族とともに一度は家に戻ったが、すぐに単身生活に入り、結婚後もほとんど綾部での生活はしていない。つまり自治会もPTAも家内に任せっきりだった。それはいまも実は変わらないし、その生活を支えてくれた家内には感謝している。

そんな私が最近しきりに話している「グローバルからローカルへ」「これからはローカル力の時代」などというのは、なんだか怪しい話だなあと、ひさしぶりにびっちり子供の小学校と地域合同の運動会に出て、実感をした。

...

何年ぶりかで、競技にも参加した。地域対抗の綱引きの人数あわせでかり出されたのである。予選・準決勝・3位決定戦と3度の試合にフル出場である。明日あたりは腕や腰が痛いにちがいない。

ここしばらく、自分の立ち位置について、考え直している。ありがたいことに、いまも変わらずいろんなところから声もかけていただくし、ラジオの仕事をはじめ、新しいジャンルでの仕事も始まっている。

吉野勇退以来、恩知らずな仕打ちを経験させられているのも現実で、その都度、私もきっとそういう思いをいろんな人にさせてきたのだなあと、辛い思いに接するたびに、我が身の行き超してきた日々を振り返っている。

地域の人にも許されている感がある。というか、許されているのかどうかはわからないが、家内にまかせっきりという状況をみなさんに知ってもらっているようには思えた運動会。

私はもともと、さらりとした関係が持ちにくいタイプで、べったりとなるか、無関係なほどの間柄であるかの、どちらかしかない人である。地域のこともべったりとするほど参加出来るなら、そういう関係も構築できるが、いまの私の環境からはそれは少し望みにくい。それ故、無関係な関係でおつきあいをするのが精一杯である。なんだか、知らない人ばかりになった地域の運動会で、そういう思いに立ち尽くしていた。

よほど、知らない人ばかりとはいえ、昨日の河瀬監督のなら国際映画祭での居心地の方がよかったほどである。

こういう思いというのはリタイア時代に入った人が必ず経験することなのかもしれない。

とはいえ、ローカルな時代が来ていることは間違いない。ローカル人として生きていない私がいうのはやはり真実味がないが、ローカル人になってしまっては気づけないこともあるように思う。あいかわらず評論家的だなあといわれそうだが、それもいまは自分の立ち位置として、流れのままに生きてみようと思っている。

過去になんども言ってきたが、「70の田中利典」に出会ったとき、自ずから答えがでていればよいと思っている。

*写真は今日曇天の中で行われた運動会

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