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「17万人の山伏消滅」ー田中利典著述集290213

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「17万人の山伏消滅」ー田中利典著述集290213

過去に掲載した金峯山寺の機関誌「金峯山時報」のエッセイ覧「蔵王清風」から、折に触れて拙文を本稿で転記しています。

今日は17万人の山伏消滅の話です。4年前に書いた文章。よろしければお読みください。

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「17万人の山伏消滅」

明治初期の神仏分離、修験道廃止の時代に、職を失った山伏の数はなんと十七万人がいた…という話を講演会などでするようになって随分経つが、この十七万人という数、最近一人歩きし始めている。

実は十七万人は私が調べた数字ではない。友人である日枝神社宮司三輪隆裕氏の「国家神道の成立とその背景」という論文が出典で、それをもとに紹介しているのである。

それにしても十七万人とはすごい数字だ。現在の日本において、伝統仏教諸教団および新興の仏教系の教団を含めて、僧籍を持った者(僧侶)の数は約二十二万人と言われている。

「なんだ、(当時の修験者の総数である)十七万人よりも、現在の僧侶の数のほうが多いじゃないか」と思うかもしれないが、現在の日本の人口が一億二千六百万人余。それにに対し、明治初期の総人口はたった三千二~三百万人。つまり、約四分の一の人口の時代に、十七万人もの山伏がいたということになるのだ。現在の人口に換算するなら、六十数万人もの山伏がいることになる。いかに途方もない数字であることがわかるだろう。

修験道は明治に大法難に遭うが、その凄まじさを実感させてくれる数字が十七万人なのである。私が紹介をするようになって、よそでもときどき見かけるようになった。明治の法難の中で、修験自体の勢力が損なわれ、また研究者からも、単なる猥雑な迷信信仰の如き扱いを受けたせいもあり、修験道全体が正しく把握されていないのが実情であるが、それだからこそ、十七万人という数のインパクトは大きいのだろう。

修験信仰は決して日本人にとってマイナーな信仰ではない。日本という環境・風土そのものが生んだ日本土着の信仰であり、日本的な精神文化の象徴でもある。それは、神と仏を分け隔て無く尊んできた日本人の心そのものえお伝えているとも言えるであろう。是非、そういう視点をきちんと持って、蔵王権現信仰を歩んでいきたいものである。そう、十七万人の末裔の一人として…。

ー「金峯山時報2013年2月号所収、蔵王清風」より

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*写真は大峯を行く山伏たち。

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