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武田鉄矢の「三枚おろし」

ネットをはじめてもう20年にはなる。最初はパソコン通信からはじめた。

いちりんさんとか北川さんとか菱村さんとか塙さんとか、ホントにながいつきあいをさせて頂いている。

さてそんな長いネット生活で、さんざん聞いてきた朝鮮や中国の反日思想については、多岐にわたってネット上ではいろんな情報や論議が展開されているが、なかなか、それは表のマスメディアには出てこない。

...

たとえば「○×言って委員会」でもちょこっとは出てもなかなか、その本質について、多くを語られているのを私は知らない。

それをラジオで正面から語り、YouTubeにもアップされているのを今日知った。武田鉄矢である。これ、面白い。

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いい悪いとか、悪意を招くとか、そういうことではなく、こういう見方もあることがなかなか言えない状況を自覚出来るだけに琴線にふれるものがある。よく言ったという感じである。

わかりやすいし、そんなに難しくなので、是非、聞いて頂きたい。ご紹介したい。

中国・韓国論
 → https://www.youtube.com/watch?v=b8WDxy_wDAc 

こちらの日本人論も面白い!両方聞くのがよいと思う。
 →  https://www.youtube.com/watch?v=TOIRbXmaG2U

「ア・センスオブホーム・フィルムズ」(下)ー田中利典著述集290531

「ア・センスオブホーム・フィルムズ」(下)ー田中利典著述集290531

過去に掲載した記述したものの中から、折に触れて本稿に転記しています。

今日はお約束通り、昨日に続きに「ア・センスオブホーム・フィルムズ」金峯山寺奉納上映会挨拶の(下)です。

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映像作家の河瀬直美監督は、東京で(あの東日本)大震災に遭遇されました。揺れるビルの中で感じたことは、「息子のそばに帰りたい、故郷の奈良に帰りたい」という思いだったそうです。身に迫る危機を前にして、人は誰でも、愛する人に会いたい、故郷に帰りたいと思う。それは世界中のだれもがどこであっても、同じように感じる感覚だと思います。

河瀬監督は、東日本大震災に対し自分に何が出来るかを考え、その地震に遭ったときの思いをそのまま形にしようと思われました。そして世界中の映像作家に呼びかけて、今回の「ア・センスオブホーム・フィルムズ」…ホームという感覚…つまり家、故郷、国土への思いをテーマとした映画が紡がれることになりました。

私たち金峯山寺では大震災に対し、家を守る祈りを届けたいと思い、芸術家は家への思いを形にしたいと思いました。それは、宗教と芸術が別々の方法で互いに共有した、ホームすなわち家や国土へのある種の危機感だったのです。その二つの出会いが本日の上映会に繋がりました。

今、大震災から半年を経て、「あれはなかったことにしよう」というような、日本の風潮を感じます。東北で苦しむ被災者のことも、原発事故でどうにもならない事態に陥っている福島のことも、まるでよその国の出来事のように、どこかで忘れたい、豊かな元の生活を早く取り戻したいという世の中の流れに、私は大変な憂いを感じています。

まだわからないのか、と大自然が、権現様が、言っておられるような気がします。揺るぎのやまない国土、うち続くさまざまな災害はそのお叫びのように感じてなりません。

あの9.11以降世界は変わりました。そして3.11以降、日本は変わらなければいけないと思います。なかったことにしてはいけない。その感覚を今回の作品映像が、今に生きる我々にきっと伝えていただけると思っております。そして、後世の人々にも伝えなくてはならないものだと感じています。

地震による福島原発の事故や、うち続く災害でわかったことがあります。それは効率優先という名のもとの経済発展がもたらした、豊かさが持つ危さであり、自然への畏敬や大地への祈りと感謝を忘れた行為の愚かさでした。

私たちは大地とホームを今こそ、取り戻す、取り戻す方向に向かわねばならないでしょう。今夜の映画祭を、蔵王権現様とともに鑑賞することで、なにかが生まれることを期待してやみません。

最後に、今回の奉納上映会開催に当たり、意を尽くして奔走された「なら国際映画祭実行委員会」のスタッフをはじめ、遠く日本にお出ましをいただいたビクトル・エリセ夫妻ほか多数の製作監督、多方面にわたり惜しまぬ協力をいただいた地元吉野山や関係各位のみなさまに心より御礼を申し上げるものであります。        

合掌

ー2011.9.11「ア・センスオブホーム・フィルムズ」上映会 於金峯山寺

参考資料主催:NPO 法人なら国際映画祭実行委員会
参加監督:アピチャポン・ウィーラセタクン、アリエル・ロッター、イサキ・ラクエスタ、ジャ・ジャンク、カトリーヌ・カドゥ、桃井かおり、百々俊二、ジョナス・メカス、想田和弘、チャオ・イエ、西中拓史、ウィスット・ポンニミット、レスリー・キー、ポン・ジュノ、キム・ソヨン、山崎都世子、ナジブ・ラザク、ペドロ・ゴンザレス・ルビオ、パティ・スミス、スティーブン・セブリング、ビクトル・エリセ、河瀨直美

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いまでも、涙が出るような挨拶ですね。私のとっては魂を絞りって、お話しした上映会のオープニングでした。

世界の河瀬監督にいろんな機会でご一緒させていただき、その後も、先日の「知人友人探訪」のような、とてもフレンドリーな間柄ですが、ほんとはとても私などでは到底かなわない、もの凄い人だとあらためて感じた上映会でした。

あれから6年。河瀬監督はあのとき以上にビックにおなりです。負けてられへんと、この挨拶を思い出し、気持ちを強くしております。・・・まあ、ともかく今は肺炎を治さなくてはねえ。

みなさん、河瀬監督の最新作「光」に足をお運びください。映画ってあっという間に上映会がなくなってしましますからね。

*写真は上映会当日、スクリーンの前に並んでオープニングの挨拶をする私と河瀬監督。

追伸 
「りてんさんの知人友人探訪」河瀬監督編のYouTube
まだの方は是非お聞き下さい。
 → https://www.youtube.com/watch?v=76HCaXqAk1s&feature=youtu.be

「ア・センスオブホーム・フィルムズ」(上)ー田中利典著述集290530

「ア・センスオブホーム・フィルムズ」(上)ー田中利典著述集290530

過去に掲載した記述したものの中から、折に触れて本稿に転記しています。

今回はいま話題の、新作「光」が公開中のあの河瀬直美監督が、6年前の9月、蔵王堂で開催された「ア・センスオブホーム・フィルムズ」の世界初上映会での挨拶から。世界の方が注目した、東日本大震災半年後の、世界に対して日本が発信した大きなメッセージの映画でした。

...

先日、「りてんさんの知人友人探訪」
      ↓
https://www.youtube.com/watch?v=76HCaXqAk1s&feature=youtu.be

にゲスト出演していただいたとき、河瀬さんがお話しになった、上映会突然に私の挨拶文をみて、「りてんさん、読んじゃダメ!」といわれて、あわてて私は丸暗記して、みなさんの前でお話をしたというあの原稿です。

長いので、今日と明日にわけて掲載します・・・。つまりこんな長い原稿をいきなり丸暗記させられたのでした(^^;)

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■「ア・センスオブホーム・フィルムズ」金峯山寺奉納上映会挨拶(上)

今宵はようこそ「ア・センスオブホーム・フィルムズ」金峯山寺奉納上映会にご上山いただきました。上映会を前に、ひとこと、ご挨拶申し上げます。

今、日本は大変なことになっています。あの東日本大震災の想像を絶する大災害から半年。そして西日本一帯を襲った先日の豪雨。奈良県南部や熊野地域はいまだ多くの方々が危険にさらされています。

半年前、連日映し出された大津波の映像と福島原発の惨状、そして数日前の集中豪雨のありさまを前に、私たちは立ち尽くすしかありませんでした。かけがえのない、私たちの美しい日本の国土が、今まさに大きな危機に瀕している、そんな気がしてなりません。

ここ蔵王堂はご開祖役行者開闢以来、千三百年にわたって祈りが続けられてきた修験道の根本道場です。蔵王堂に祀られる蔵王権現は、国家の災難を封じ、人々の生活を守る霊顕第一のご本尊で、その左足は、大地の振動を押さえ、地下の悪魔を打ち破る力を表しておられます。その権現様に、私たちは大震災の翌日から、梵鐘を打ち鳴らし、被災者の平安と亡くなった方への鎮魂の祈りを捧げるとともに、日本全体が不安におののく心の恐れを取り除くため、毎日毎日地震の起きた時刻・午後二時四十六分の祈りを続けています。今、このときに蔵王権現さまに祈らなくて、いつ祈るのかという思いからであります。

今日九月十一日は東日本大震災からちょうど半年を迎えるだけではなく、あの忌まわしい「9.11アメリカ同時多発テロ」からも10年の節目を迎えました。大きな意味を持つ今日この日、千年の祈りの場であるここ蔵王堂に於いて、私たちにとっての家族とは、故郷とは、祖国とは何かをテーマとする「ア・センスオブ・ホーム」の世界最初の上映会が奉納されようとしています。

地震津波の自然大災害や、原発事故のような人災、テロや戦火による被災によって、その都度、世界中で、人間にとってかけがえのないはずの生活や故郷や国が失われてきました。その、立ち尽くすしかないような現実を前に、私は蔵王権現さまへの祈りを持つしかありませんでした。それは私たちを育んできた大地や歴史・風土、祖国への感謝と、災いの消滅を願う祈りでした。

ー2011.9.11「ア・センスオブホーム・フィルムズ」上映会 於金峯山寺

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河瀬監督と知り合って、いろいろご一緒する機会がありましたが、「知人友人探訪」でもお話ししていたように、この上映会は強烈な印象です。彼女はほんまにすごいなあと思います。第一、ハレ女であることはまちがいない。

あの日、雨ならどうにもならんかったわけですが、ほんまにええ天気で、なんとも言えない霊気が会場全体をつつみ、あの世界の巨匠ビクトルエリセさんが最高に感動した、素晴らしい上映会になりましたからね。

それだけに、あの会場での挨拶は私にとって一世一代のものでしたが、それを「読むな!」といわれて、必死で覚えたのは一生忘れません。

あす、その後半部分を転記しますね。ってくらい長い挨拶だったのです。

*写真はそのときの上映会遠景。

「エキュメニカル賞」

忙しい中、カンヌのなおみ監督からメールが来ました。

カンヌ映画祭で監督が受賞された「エキュメニカル賞」についてお祝いのメールを差し上げた返信です。

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この「エキュメニカル賞」というのは、「人間の精神的苦痛や弱点ならびに可能性にいかに関わるかということを通じて人間の神秘に満ちた深遠さを示現するという映画の力を証明した芸術的優秀性のある作品を表彰する」という目的で、キリスト教徒の映画製作者、映画評論家、その他映画専門家によって1974年のカンヌ国際映画祭時に創設されたもの・・・・だそうです。

私たちの生きる世界に存在し、つながり得る多くのもの、こと、と分かち合う日が来ますように。逝ってしまった人々との絆も永遠であり続け、感謝と畏怖の念を持って、「光」が届く事を願っています・・・と監督からのメッセージがありました。

僕は「光」とは神そのものだと映画の感想並びになおみ監督との対談で申し上げましたが、まさにそういうことなのです。・・・ちょっと違うか(^^;)

みなさん、是非、映画館へ足をお運び下さい。

「紀伊山地の世界遺産と日本のこころ」ー修験道の世界からー

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来月8日に四国に行きます。新居浜市仏教会におこえがけいただいて、仏教講演会に出向します。

まあ、さすがにその頃には祇園の舞妓ちゃんも先斗町の芸姑さんも、みんな悪い菌は消え失せてくれているでしょうから、無事につとめられると思います。

演題は「紀伊山地の世界遺産と日本のこころ」ー修験道の世界からーというまあ、ざぁっとして表題です。主催は新居浜市仏教会。実は新居浜ははじめての地。ちょっとわくわくです。

チラシはファックスでいただいたものしかないので、画質がわるくてすいません。

さすがは河瀬さん。「エキュメニカル賞」受賞、おめでとう。

パルムドールは残念ながら、今年はなしでしたが、さすが、河瀬監督です。カンヌでの評価は上々で「エキュメニカル賞」というキリスト教の評価を得て、凱旋ですね。

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そのカンヌに招待された新作映画「光」の上映会も先週27日からはじまって、舞台挨拶も関西各地で行われます。是非多くの方にみていただきたい映画です。私ははやばやと試写会でみせていただきました。

先日のならどっとFMでの、河瀬監督との対談で、映画の感想や河瀬監督の映画作りについてのお話など、いろいろととっておきの逸話をお聞きしています。パリジェンヌとどら焼きなど、面白いですよ。

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YouTubeに挙げていますので、是非、こちらも映画の参考にお聞き下さい。河瀬監督ファンは必見?です。
 ↓
https://www.youtube.com/watch?v=76HCaXqAk1s&feature=youtu.be

「仏教の普遍性について」

「仏教の普遍性について」

仏教はいまから2500年ほど前にインドのゴータマ・シッダッタ(釈迦族から出た聖者といういみで釈尊と尊称される)が覚者(悟りを開く)となって開かれた宗教である。そのひろがりはキリスト教・イスラム教とならんで、世界三大宗教という。

仏教はインドでは早い段階で死滅する。今もわずかながらでもことはないが、インド全土で仏教とは1パーセントにも満たない。しかし釈尊が説いた法は、その金口説法にちかい原型を伝えるテーラワーダ(上座部仏教)系が南伝して、スリランカやタイ・ミヤンマーなどに根付いていまも国教に近い形で多くの人々の信仰を得ている。ダライラマ法王をいただくチベット仏教も、中期後期密教の教義を包含しつつもインド純粋のテーラワーダの思想を根底にしている部分も大きいと思われる(ここはちょっと怪しいかも・・・)。

かたや、釈尊が入滅して500年ほど立った頃から起こったいわば宗教革命的要素で、大乗仏教系の経典が次々と編纂され、般若思想や浄土教や密教などの新しい仏教運動を生みつつ、北伝して中国、韓国、そして日本へと伝えられてきた。

おおまかな流れなので、齟齬がたくさんあるが、まあ、一般的にはこんな仏教の変遷といってもよいだろう。

さて最近、日本の仏教の現状を捕まえて、釈迦本来の仏教とは似ても似つかぬ非なるもので、葬式仏教など噴飯ものだという論がまさに正論のように語られる風潮がある。たしかに江戸時代に寺請け制度の下、日本の大方の寺院は檀家制度に組み入れられて、葬式仏教を育んできた。いま、その葬儀の現状が音と立てて変容を遂げるその論理を支える正論が、一つにはそういう本来の仏教ではないという論調だろう。

では本来の仏教とはなんだ。仏教とは仏の教えである。仏(釈尊)が説いた教えである。そして私が仏となる教えである。・・・ということの範疇を出ない。で、そこを根底に、2500年間、さまざまな先人が出て、仏教を発展継承させてきた。その発展継承こそが、仏教を世界三大宗教になさしめたのである。釈迦本来の仏教というなら、インドではとうの昔に死滅しているのだ。

釈迦が開いた仏教が各地につたわり、それぞれの風土や民族、歴史の違いの中で、なお、仏教として信仰され、根付いて来たことこそが、仏教なのだと私は思っている。

そういう意味では六世紀半ばに公式に日本に伝わる仏教は伝来当時にすでに日本古来の信仰である神道とある種の融合がうまれ、その後には神仏習合、本地垂迹説などが興って、神と仏は共存してきたのである。仏教本来からいうなら、日本の仏教は釈尊が説いた仏教からは遠く離れて、神道教といってもよいかもしれない。ちょっと言い過ぎた、神道と融合した仏教、っていうくらいにしておこう。

現代の日本仏教界最高峰の碩学といえる高野山真言宗の松長有慶師とダライラマ法王との象徴的な面白いやりとりがある。以下、引用をする。

・・・ダライ・ラマ法王とは集まりの時に環境問題についての話をしました。日本人はものの中にも命を認める考え方を持っている。人間の道具としてものを使うのではなく、ものを命あるものとする、お互いの命の連関の中で環境問題を考えないといけないという話です。
 仏教では一切衆生と言います。日本人は石ころでも命あるものとする。山や川も全て命があり、尊崇する。それがまさに自然観だろうと思うのです。しかし、そういう話をすると、いろいろな点で話が合うところと合わないところがあるのです。その点でダライ・ラマは非常に嫌っているのですね。
 あの方は、自分がインド仏教のナーランダの伝統を継いでいるのだというプライドを持っておられます。だから、インドのものの考え方をする。よく考えてみると、仏教が中国に来て、動物と植物を衆生に含めるかどうか、一切衆生悉有仏性について、中国人は盛んに議論しているのです。
 インド人は、動物、植物は命を持たないものだと考えます。しかし中国では、動物までは認めるけれども植物は認めない、あるいは動物も植物も認めるのか、そういう議論があるのです。
 しかし、それが一番盛んに論じられたのは日本仏教です。ですから、日本仏教、特に平安仏教は、天台でも真言でも、そういう意味では一切のものの中に命が含まれている。そして、天地万物が自然環境に根付き、全てのものがそれぞれ命を持っていて、自分の命と同じなのだという考え方がある。この話をすると、ダライ・ラマは「違う」と言うのです。やはり命があるのは人間であり、動物までだということです。
 そういう議論をしてその後物別れになったのですが、それから1年ほど経ってまた日本に来られ、一緒にお昼を食べながら話しました。この前あなたが言っていた石ころにも命があるという考え方は、神道の考え方だなと言った。勉強してきたのですね。日本の仏教をそれなりに勉強してきたのです。ですから結局、仏教もそういう考えを持っていた。山や川といった命がないと思われるような全ての存在が命を持つという考えは、やはり日本に来て一番盛んになってきた。(2016年紀伊山地三霊場会議フォーラムより)

 本稿では仏教の普遍性について話をしている。キリスト教、イスラム教という世界宗教は自分たちの持った普遍性を全世界に広めようとする教えである。であるから、その土地や国が持ってきた歴史や風土を破壊して、自分たちの宗教だけを広めてきたきらいがある。いま世界を席巻しているグローバルリズムやISのイスラム原理主義っていうのは、そういうキリスト教、イスラム教が持っている価値観を基盤としているところがあるのではないだろうか。

 その点、仏教は同じ世界宗教と言うが、それぞれの土地や国や風土を打ち壊して打ち立てるのではなく、うまく融合して、その土地土地に根ざした信仰を育んできたといってもよいだろう。

 どちらに本当の普遍性があるのか?そこのところを考えないとこれからの世界はますます困ったことになるように私は思っている。

 現状の葬式仏教は糾弾されるべき点はごまんとある。寺族による寺院の私物化をはじめ、僧侶の質の低下、葬式自体の形骸化と信仰心の希薄化などなど、数え上げればきりがないが、だからといって、あんなものは仏教ではないというなら、釈迦滅後、本来の仏教などというものはこの世にそんなものは存在していないことになる、と私は思う。ダライラマ法王の説く仏教だって、釈迦が聞いたらひっくり返るかもしれない。わしゃ、そんなこと言うとらん、とのたまうかも知れないのである。

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 しかし仏教は厳然と今も存在し、多くの人々の生きる支えと成っている。また日本でも葬儀という厳粛なる場を通じて、やはり仏教の持つ大きな力が人々の生きる支えを担う部分もゼロなどでは決してないわけだ。

 私は仏教が2500年にわたって持ち得た歴史自体が人類の叡智なのだと考えていて、そういう叡智が世界宗教としての仏教を仏教ならしめてきたといってもよいだろうと思っている。

 あっちこっちに話が言って、味噌も糞もごった煮の話になってしまったが、ふと、朝からそんなことを思いついて、筆を走らせてみた。つっこみどころ満載である。それは私の不徳でしかない。多くの叱責が予想されるので、前もってお詫びをしておく。

*写真は釈迦如来像。

「りてんさんとあのカンヌの河瀬直美監督」

「りてんさんと河瀬直美監督」
 
カンヌ映画祭で、河瀬直美監督の「光」が脚光を浴びているそうです。とても嬉しい。
あのキムタクの「無住の住人」は上映会が終わって、5分間のスタンディングオベーションがあったと報道されていましたが、「光」はなんと10分間のそれがあったと報道がありました。ジャ○ーズ事務所が力を上げて、いろいろ情報を流しているのでしょうけど、それを上回る拍手というのは、なんだか誇らしいですね。
 
まあ、河瀬監督は今年で8回目のカンヌ。ホームグランドみたいなものですからねえ。でも今年の作品の招待が決まったときには号泣したと新聞記事で知りました。映画作りってほんとに大変ですからねえ。簡単なことじゃないんだなとあらためて尊敬しました。
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さて、河瀬監督の新作「光」は今月27日から日本全国でロードショーが始まります。「無住の住人」も見ましたが、試写会で「光」もすでに見せていただきました。フランスでの評価は当然だと思いました。
 
さてその新作「光」の話も含めて、河瀬監督の映画作りについて、先日ラジオにお招きして、「りてんさんの知人友人探訪」でいろいろお話をお聞きしました。りてんさんとなおみさんの仲のよさも伝わってくるお友達トーク全開です。
 
「知人友人探訪」はすでに今月で16回続いていて、そのうち第1回~第3回まではYouTubeにアップしていますが、なかなかアップしきれていません。
 
いま、ちょうど河瀬監督の話題が盛り上がっているので、過去のものを置いておいて、先に4この月に放送した第15回「河瀬直美監督編」をアップしてもらいました。なおみちゃんはトークの達人です。めちゃ、面白いですよ。よろしければ是非お聞き下さい。
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 ↓
 
そして映画「光」にも行ってくださいね。27日からです。

明日は第二回目の「たなかりてんのとれたてワイド763」




明日は第二回目の「たなかりてんのとれたてワイド763」・・・

明日はお昼から、地元綾部FMいかる「たなかりてんのとれたてワイド763」に出演します。昨年4月からはじめました毎週水曜日のコメンテーターを卒業して、新年度からは月一回(毎月第4金曜日に固定)のパーソナリティとして、この番組をやらせていただくことになってまして、その2回目。

明日のお相手も光枝明日香さん。放送は今まで同様に、正午から午後2時半までの生放送です。よろしければ、お聞きください。

新番組からメインのコーナーが二つになっていて、ひとつは新企画の「ここから始める綾部学」。今回は綾部文化協会の木下和美会長様です。12時半頃からの放送です。

また、以前から続けている、ならどっとFMとの共同企画「りてんさんの知人友人探訪」には東大寺第221世別当で、現在東大寺長老の筒井寛昭さまを迎えて、お友達トークを繰り広げます。

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ただし、ご存じのように、気管支肺炎がまだ完治してないので、声が50%です。お聞き苦しいところは明日香ちゃんに助けて貰おうと思っております。

ラジオ放送は http://www.jcbasimul.com/?radio=fmikaru ←こちらで全国どこでも、リアルタイムにに聴くことが出来ます。

*写真は「りてんさんの知人友人探訪」筒井長老編収録の様子。

「融通声明」

「融通声明」

私が比叡山高校の寄宿舎生活時代、同室と成った先輩で破天荒な人がいた。なんだかんだで、いまでもお付き合いをしているとてもユニークでチャーミングなお坊さんである。
ま、高校時代はこんな人がお坊さんになるとは思えないような悪ガキだったのだが…。やたら女性にもてた、ともかく愛すべき悪ガキである。エピソードはごまんとあるが、公にははばかられるので止めておきます。

2年ほど前、末期癌になったと連絡があり、お見舞いに行った。でもとても元気そうに見えた。これが今生の別れかなあと思いながら、初めて訪れた四条畷の先輩のお寺でひとときを過ごさせていただいた。良いお寺だった。高校時代の人となりをしっているので、人は見かけではないなあと反省をした。

その先輩から昨日電話があった。死んだのかなと思った…死んだら電話出来ないのだが。あの先輩ならそんなことがあっても可笑しくない、と矛盾したことを考えながら受話器を取った。

「田中、奇跡的に癌が消えてなあ。まだ生きてんにゃで」と河内弁の声。「そ、そーなんですか。悪いヤツは簡単には死にませんからねえ」と返事をする私。そんなやりとりではじまった電話だったが、「死に土産に世のため人のためといろいろ企画して、今度、大阪の国立文楽劇場でコンサートをするから、手伝わへんか?」というお話があった。残念ながら、私の日程が詰まっていてご一緒はできないのだが、聞けばまだチケットは残っているので、沢山の方にご紹介出来ればと思って、アップします。

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ちなみにこの和田先輩。融通念仏宗と天台宗の方はよくご存じの通り、現代の天台声明を大成させたあの伝説の多紀道忍大僧正のお孫さん。

時は7月14日(金)午後6時開演。場所は国立文楽劇場ー人形浄瑠璃の劇場ですね。
1部が融通声明で、2部では伝統楽器と声明とのコラボ。ウクライナなどの音楽家を呼んで、チャリティコンサートをするということである。みんなきれいな女性で、和田さんらしいとも思った。興味のある方はぜひぜひお見逃しなく。

なお、チケットぴあや文楽劇場でも発売をしていますが、和田先輩に、田中から聞いたといって、申し込んでいただくと先輩も喜んでくれます。

575-0014 四条畷市上田原316
正傳寺 和田康圓
電話 0743-78-0743
FAX 0743-79-9597

よろしくお願いいたしまーーーす。

「師の教え」ー田中利典著述集290524

「師の教え」ー田中利典著述集290524

今日も昨日に引き続き、5年前、朝日放送ラジオの「ちょっといい話」という番組に出演したお話の続き。番組は2本録りでしたから。そこからの転用です。

今回は師お話です。

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「師の教え」

私は15で得度を受けて僧侶になりました。ですから前の管長様(五條順教猊下)には15の時からお仕えしました。

管長さんはあんまりいろんなことを細かくは教えていただかなかったんですが、一番最初に言われたことが「志を大きく持ちなさい」という言葉でした。 

で、その後こうしていろんなことをさせていただくようにはなるんですけれども、最初に管長様にそう教えられたことが私の大きな支えになっています。

金峯山寺は平成16年に〈世界文化遺産〉に登録をされましたが、この時も金峯山寺を世界遺産に登録出来ないかということで、ちょうど平成11年の12月25日、…金峯山寺は昔からなぜか12月25日のクリスマスが一山の納会(忘年会)なんですね。

で、この忘年会の日に管長様に「金峯山寺の世界遺産登録の運動を始めたいのですが」と申し上げたら「やってみろ」ということになりましてね。そこから始めるのですけれども、それも「志を大きく仕事をしなさい」っていうことをずっと言われていたので、ほんとはなるかどうか分からないけれどもともかくやってみようということで始めたのでした。

まあ、本来ならなかなかそんなに簡単にいかないはずなんですが、ところが結構簡単にいったんですよ。

平成11年の秋頃から思いついて、平成12年の春から本格的な活動をはじめて、なんとその年の11月には国の文化審議会で答申されました。もっと前から高野山、熊野は世界遺産の登録運動を始めておられたのですが、私はそれを知らなかったんですね。

ところが、吉野が手を上げることで、紀伊半島全体で、吉野と熊野と高野がつながった。金峯山寺というお寺と、金峯山寺が行っている吉野から熊野まで修行する〈大峯奥駈修行〉というのがあるんですが、このお寺と道の両方で世界遺産登録を目指したのです。

その奥駈の道がつながることで、吉野と熊野がつながった。で、熊野には「熊野古道」という、高野とも大阪ともお伊勢さんともつながる道があった。高野にも町石道という古道があった。紀伊半島全体が道でつながって、しかも吉野は修験道の聖地、高野は真言密教の聖地、熊野は神道の聖地。それぞれ違う宗教が道でつながることになりました。

日本人のいわゆる、神さんも仏さんも等しく拝んできたその日本独特の宗教文化・精神文化が、紀伊半島の大きな自然の中で千年以上の単位で育まれてきたという文化的景観がキーワードになって、あっという間に登録をされるんです。

でも地元は初め「世界遺産になんか簡単になるかい?」という、そんなような空気もあったんですね。

奈良県も最初は「もうすでに奈良市の寺社と法隆寺と二つもあるから仕事が増えるだけやし、動き回るのはやめてほしいなぁ」という消極的な感じだったのですが、県庁の中には応援をしてくれる人もあって、正式な登録活動をはじめてからわずか5年、平成16年7月8日に正式登録されたのでした。

ほんとにあっという間に、実現したのです。私は世界最速と言ってるんですよ(笑)。

今は全国各地そこらじゅうで世界遺産登録の運動が始まってますが、高野にしろ熊野にしろ吉野にしろ、地元から推進して世界遺産登録が実現した事例の始まりのような形になりました。地域全体で、その地域が守ってきたいろんな資産を守っていこうという活動です。

その後、今度は登録が叶っただけではなくてそのことを始まりとして、世界遺産は自然と文化を二つながら保護・保全していこうというのが本来の目的ですから、熊野と高野にお声掛けして「紀伊山地三霊場会議」という、登録資産を持っている者同士の保護保全のための、連絡協議会をつくりました。

紀伊山地の三霊場というのは道も登録されていますし、三つの霊場が大変広く、1万3千ヘクタールという日本で一番広大な広がりがあります。その分、いろんなことが起こるじゃないですか。

ですからやはり皆で考えていこう、次の世代に伝えられるように、守っていくためには単に文化振興とか、観光振興とかではなくて、守っていくための手立ても考えようという取り組みです。

現在は高野山の松長有慶座主猊下に総裁を務めていただいて、年に一回守るための会議を開催しています。そういう大きな活動を進めて来られたのも、若い頃に管長猊下に「志を大きく持ってお坊さんになりなさい」という教えをいただいたお陰と思っています。

38年間お仕えして、先年管長様はお亡くなりにはなるのですけれども、今でも管長様の墓前に行くと、自分に「志を大きく行動しているか。これで間違いがないか」と、いつも自問自答しています。

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ほんとにあまり細かいことはおっしゃらなかったのですが、最初にそういうことを言うていただいたことが、後々の自分をつくっていくのに大きな力になった、と思っています。大変、私にとってありがたいことですね。

そういう意味では単に世界遺産になったことをゴールとせずに、なったことから始めるということで次の世代につなげていく、そういう志を継ぐ人をお寺の中に、あるいは地元の人の中につくっていくことも、管長様の「志を大きく持ちなさい」とお教えていただいたことを、若い人たちにつなげていくことになるのではないかなと思っているところです。 (平成24年12月30日 放送)

ー『ちょっといい話』第11集(新風書房刊)より
  http://www.shimpu.co.jp/bookstore/item/itemreco/1549/

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「師の教え」と題していますが、草場の陰ではしかめっつらでおられるかも知れません。晩年動き回り過ぎる私はいささか煙たがられたときもありましたから…。

でも臨終直前に枕元に呼ばれて「あとは利典君やみんなに頼む」とお声がけいただいたときに、なにかしら報われる気持ちになりました。あれを聞いたので、いまでも「志を大きく持ちなさい」というお言葉が私の中では大きく息づいています。

*写真は順教猊下亡き後、猊下の御遺言として出版した語録集です。私からの報恩の証でした。

「一生懸命にお祈りをすることの意味」」ー田中利典著述集290523

「一生懸命にお祈りをすることの意味」」ー田中利典著述集290523

今日は5年前、朝日放送ラジオの「ちょっといい話」という番組に出演したお話を転記します。この番組はいまも続いています。放送後、話の内容を本にして、出版されています。そこからの転用です。

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「一生懸命にお祈りをすることの意味」

宮村 金峯山寺と言いますと〈世界遺産〉でございますよね。そして今ちょうど「秘仏本尊特別ご開帳」が行われているということで、今日はどんなお話になるんでしょうか?

田中 はい。ご本尊のお話とご本尊にお祈りをすることで少しいい話がありましたので、そんなお話を・・・。

実は私どもの本堂・蔵王堂のご本尊は普段は前に〈戸帳〉という幕が下りていて拝めないんですが、今は12月9日まで特別ご開帳ということで幕を開けまして、皆さんにお参りをしていただいています。

このご本尊は普通の仏さんと違って「蔵王権現」と呼ばれる、修験道という山伏の宗教独特のご本尊なんです。

役行者という方が祈りだしたと言われるご本尊なんですが、〈悪魔降魔の尊〉、つまり悪魔を〈降伏〉する大変恐ろしいお姿をなさっています。

悪魔降伏ですから、悪魔を懲らしめるというお姿の中にはさまざまな意味があるのですけれども、左足でドカッと大地を踏みしめる意味は、大地の揺らぎを鎮めるということなんですね。

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昨年の3月11日に東日本で大きな地震があって、大きな津波がありました。その翌日から私たちは大地の揺らぎを権現さまの足で鎮めていただけるように、何とかこれ以上この日本の大地が揺るがないようにということで、お祈りを続けてるんですね。今も続けてるのですけれども。

震災が起こってから1ヶ月ちょっとぐらい経った時に、お勤めを終わって本堂を出ますと、知らない人から声をかけられたんです。その人は私のことをよく知ってて、東京方面で年に1~2回講演をしたりするので、その講演においでになったことのある方のようで、

「実は私は東北出身ですが、今回の震災で身内も友人も実家も誰も大きな被害に遭わなかった。それを思った時に誰かにお礼を言いたい、感謝の心を捧げたい、とそういう気持ちになって思わず新幹線に飛び乗っていた。で、気がついたらこの吉野の蔵王堂に来てお参りをしていた。

お参りをしていると、この蔵王堂で東北の震災のこれ以上地震が起こらないように、また亡くなったたくさんの方々の御霊が鎮められるように、というお祈りを毎日していただいてることにたまたま遭遇して、とても感動した。で、これは帰って実家の東北の人たちに、遠い吉野でも私たちのことを毎日お願いをしていただいてる、お祈りをしていただいてるということを伝えたい」

ということをおっしゃっていただいた。

震災については救援活動とかいろんな支援の仕方があると思いますが、我々はまずご本尊に日々お祈りをして、そのお祈りを通じて何か出来ることはないだろうかという気持ちを持っていたのですが、お祈りをすること自体がこんなに人々を力づけることになってるんだ、ということを、その方を通じて教えていただいて、改めて「一生懸命にお祈りをすることの意味」を感じたんですね。

実は日本というのは、金峯山寺だけではなくて日本中の寺社で、例えば東大寺さまでも、春日大社さまでも、大阪ですと四天王寺さまでも、日々、〈天下泰平〉〈風雨順次〉それから人々の安穏がずっと願い続けられている、そういうお祈りが続けられた一日が今日という一日なんだ、ということを私たちも自信をもって思わなければいけない。

そういうことが、出会ったその人を通じて、ご本尊に教えられたような、そんな気持ちにさせていただいたことがあるんですね。

蔵王堂のご本尊は、お顔の色が青黒色という大変鮮やかな色をしておられます。こんなに色鮮やかな仏さまってあまり無いんですよね。

顔は大変こわいのですが、その奥には仏さまの慈悲が込められている。そのこわいお姿の奥にある仏さまの慈悲はお肌の色に表れている。仏教では「青黒は慈悲を表す」といいます。仏さまの慈悲があの青い色。我々はこれを〈恕の心〉と呼んでいます。「女」扁に「口」を書いて「心」。これは「お互いを許し、認め合い、慈しむ」ということなんですね。

権現さまのお姿はただこわいだけではない。悪魔を降伏するような大きな力がある。大地の揺らぎを抑えるような大変な力がある。でもその奥には人々を受けとめて、そして人々の安らぎを慈しんでやろうという、そういう大きな慈悲が感じられるのです。

日々のお勤めを通じて、いろんな出来事があるたびに、我々にとって大事なことは何なのかということをご本尊から教えられるようなことでした。普段は幕が掛ってて拝めないんですけども、この12月まで開いてますのでぜひこの機会にたくさんの方においでいただいて、慈悲の心、お互いを認め、許し合うような、そういう大きな力のあるお祈りを感じていただけたらと思います。

宮村 そうですね。実際に写真で見るよりも、もっともっと実物はすごいって話はうかがってますので。

田中 はい。三体おられるんですが、中央は高さ7.3メートル。両側が6.1メートルと5.9メートル。写真で見る以上に圧倒的な大きさなんです。

大きいことによって悪魔降伏の力を全身で感じられるし、そしてその大きな慈悲も全身で受けとめられる。そういう大きい姿に接することで非常な力をきっと誰でも感じていただけると思っています。 (平成24年11月25日 放送)

ー『ちょっといい話』第11集(新風書房刊)より
  http://www.shimpu.co.jp/bookstore/item/itemreco/1549/

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この話は私にとっても、神仏祈るということの意義を再認識させていただける生涯忘れぬ逸話となりました。

*写真はもう5月7日で今年のご開帳は終了しましたが、その告知ポスター。

「僧侶という生き方」ー田中利典著述集290522




「僧侶という生き方」ー田中利典著述集290522

過去に掲載した機関誌「金峯山時報」のエッセイ覧「蔵王清風」から、折に触れて本稿に転記しています。

なんと13年前の5月にも同じようなことを書いていたかと思うと、我ながら進歩のなさにがく然としますねえ。早く肺炎を治して、近くの弥仙山にでも修行に行かなくちゃ。
誰か一緒に行きませんか??弥仙山もいい山ですよ。

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「僧侶という生き方」

最近、体調がよろしくない。好きなお酒も控え気味である。それでもやはり芳しくないのであるからなおのこと、面白くない。運動不足とか、過労とか、いろいろと思い当たることも多いが、一番はストレスであろう。

僧侶をしていて、ストレスがあるなどと吐露するのはいかにも情けない話であるが、正直な気持ちである。そういえばここ数年は僧侶をしているのか、営業マンでも気取って走り回っているのかわからないような生活が続いており、それはそれで有り難いといえば有り難いのだが、自分自身を見失うような忙しさの中で、だんだん心が枯れてきているのかも知れない。役行者ルネッサンスや世界遺産登録活動、などと浮かれすぎなのだろう。

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私は僧侶というのは職業ではなく、生き方だと思っている。しかし実際には職業としての僧侶の仕事や役割を果たすことに多忙な日々を汲々としている。ま、根底に生き方としての僧侶があるなら、それはそれで良しとしたい。

どちらに意識を置いているのかという、自分自身へ問いかけの問題であり、もちろん生き方としての僧侶に重きを置いておくべきであろう。そういう意味では忙しく日々を過ぎ越していくうちに、だんだん生き方としての僧侶生活から、今の私は遠ざかっているのかもしれないと、反省をしている。

もう何年も前から、引退するのがよいなぁという憧れがある。「僧侶を引退するってなんだそりゃ…」って言われたこともあるが、職業としての僧侶を引退して、生き方としての僧侶に、まっとうに取り組む、というくらいの意味である。また僧侶か営業マンかわからないような生活に明け暮れていては大事な人生を無為に生きてしまいかねない…と心のどこかで怯えているのである。

家庭を持ち、お酒が好きで、美味しいモノが大好きな生臭坊主がなに寝言を言っているのか…と叱られそうである。そりゃまあ、そのとおりである。しかもストレスをためて、体調を悪くしている僧侶などというのは噴飯ものであろう。

大峯山の戸開け式も終わり、今年も山修行の時期を迎えたが、運動不足とストレス症候群に思い煩う生活をひととき抜け出して、山伏本分の抖數修行に赴きたいものである。

山の霊気に包まれたなら、きっと寝言から醒めて、また新たなお力をいただけるのに違いない。あ~修験僧侶でよかったなぁ。そんなことを思える生活を取り戻さなくてはならない。

ー「金峯山時報平成16年5月号所収、蔵王清風」より

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ホントに、読み返してみるほど、ちっとも進歩していないというか、いやいや退化してるとすら、思える今日この頃です。反省反省。

*写真は山伏現役でかっこ良かった頃の吉野山人さん((笑)。

「今夜の一言特集・H29年2月~4月編」

「今夜の一言特集・H29年2月~4月編」

ツイッターやフェイスブックで書き綴ってきた「今夜の一言」。これってその日、その夜、つれづれに自分の心に浮かんが言葉を吐露したもので、まあ、人前に出せるほどのものではないですが、オリジナル名言(迷言かなあ…)です。パクリはありませんが、パクった場合は出典を載せています。(^^;)

●29.3~
今夜の一言「大きいことは半分できても大きいぞ、小さいことは全部できてもしれたものや」 ~智信尼語録「慈聲」から

今夜の一言「感謝の気持ちが大きい人は心穏やかである。なにかと喧しい人は不平不満に心が占領されている。」

今夜の一言「自分の力などたかが知れてて、何事も周りの力のお陰である、ということに気づかないと、人はその先を前に進むことが難しくなる」

今夜の一言「今夜はありがたや、ありがたや、ありがたやと三度呟いて寝ることにします」

今夜の一言「体を大事にしましょう。そのためには日頃から心を安らかに清らかに整えておきましょう。」

今夜の一言「事件は現場で起こっているというが、突き詰めると、事件は自分の心が起こしているものとも言える」

今夜の一言「友達の数だけ幸せ度が上がる」

今夜の一言「人は誰でもいつかは死ぬ。だから生きている間は一生懸命生きていよう」

今夜の一言「もったいないと思うから、ありがたいのが身にしみる」

●29.3~
今夜の一言「人生の成功者の多くは運のお陰だと言う。運は実力なのである」

今夜の一言「思うようにならないのが人生、なるようにしかならないのも人生。情けない自分を受け入れるしかないのも人生」

今夜の一言「願いは10回言うと叶う。口に十で叶う。なるほど!」

今夜の一言「幸せだから笑うのではない。笑うから幸せになるのである」

今夜の一言「腹が立つから怒るのであるが、腹が立ってもじっと我慢すれば怒りは起きない。怒らなければ、怒りはおさまるのである」

今夜の一言「天につば吐けば、おのれに帰る。それだけのことである。気づくも気づかぬも、おのれ次第と知るべし」

今夜の一言「今生きている有り難さや不思議さに思いを致たそう。文句など、言えようか」

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●29.4~

今夜の一言「恩きせがましい生き方は品がない」

今夜の一言「あんなにしてあげたノニ、あんなに頑張ったノニ、というノニ病を直しましょう」

今夜の一言「失敗を犯すのが人間であり、失敗は愚かなことではない。愚かなことはその失敗をいつまでも悔いることにある」

今夜の一言「お前は無能か!」

今夜の一言「人には優しく、自分に厳しく、それが出来たら良いのにね」

今夜の一言「罰当たりの人生だと自覚するから、感謝と懺悔で生きていかなければと思う」

今夜の一言「人は自分の業を生きている。」

今夜の一言「怒りは不幸を招き入れ、笑いは幸せを呼びこむ」

今夜の一言「いつか幸せになりたいという人は今の幸せに気づけないまま、幸せになることなく、いつか死んで行くだけである」

今夜の一言「生きるとは繋がりである

今夜の一言「人が人であるために、言葉を大事にするのである」

今夜の一言「優しい言葉を使わなければ優しい心は育まれない。人は言葉に支配されるものである」

今夜の一言「はい、と、素直に言えない人間は出来損ないである」

どれかお気に召すの、ありましたかしら??

*写真は憧れの坂村真民さんの色紙。しんみんさんはいいなあ。

明日の、ならどっとFM「タイム784」/「りてんさんの知人友人探訪」のゲストは、東大寺長老筒井寛昭さんです!

明日の、ならどっとFM「タイム784」(毎月第3金曜日午後3時~4時)/「りてんさんの知人友人探訪」のゲストは、東大寺長老筒井寛昭さんです。

筒井さんは元華厳宗管長。1946年奈良県のお生まれで、1955年に東大寺に入寺し、68年甲南大学文学部社会学科卒業。2007年東大寺執事長・華厳宗宗務長に就任後、2013年5月~2016年4月まで第221世別当(住職)、華厳宗管長をつとめられる。独自の視点を交え、華厳経の教えや大仏にまつわる逸話を説く講話会も行っておられます。

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奈良局での収録では過去、興福寺副貫首の森谷英俊猊下や岡本彰夫元春日大社権宮司さまはじめ、薬師寺の村上太胤管長さまなど、多彩な方々に出て頂いて、毎回好評を得ています。先月はカンヌ映画祭グランプリ監督の河瀬直美さんでした(写真)。お友達トークで盛り上がりましたが、筒井さんともお友達トークをしたいと思います。

明日は午後3時から4時、是非、奈良の方はどっとFMで聞いてください。
   ↓
http://www.jcbasimul.com/?radio=narafm

奈良市以外の方は、サイマルラジオで全世界で聞けます→http://www.jcbasimul.com/?radio=fmikaru 

なお、過去の収録分は順次、私の新しい公式サイト→ http://www.tanakariten.com/ やYouTubeで順番にアップさせていただいています。

「父母の恩重きこと、天のきわまりなきが如し…」ー田中利典著述集290515




「父母の恩重きこと、天のきわまりなきが如し…」ー田中利典著述集290515

過去に掲載した機関誌「金峯山時報」のエッセイ覧「蔵王清風」から、折に触れて本稿に転記しています。

さて昨日は母の日でした。みなさん、ちゃんとおかあさんに感謝の気持ちを伝えましたか?私は、今年、父が死んで17回忌、母の7回忌を迎えます。なので、仏壇にしか、お礼が言えませんでした。

で、今日の文章は4年前に、その父母の13回忌と3回忌の時に書いたもの。

「親孝行したいときには親はなし さりとて墓に布団は着せられず」という諺が身に沁みます。

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「父母の恩重きこと、天のきわまりなきが如し…」

今月、亡父の十三回忌を迎える。早いものである。実は母も今年、年忌を迎える。三回忌である。早取りして、合同で二人の年忌をする予定であるが、このところ、なにかにつけて、両親のことを思い出している。

その中でも、とりわけ、父が死んだときに、母に告げた自分の言葉が思い出される。

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私は父の通夜の席で、亡骸に寄り添っている母に「十年間は絶対葬儀を出さないからね」と言ったのであった。母は黙ってうなずいていた。

父の葬儀を終えて、半年くらいはなにかあるたびに体調を崩し、父の死によって身も心もすっかり弱ってしまった風だった。ところが、一年もしないうちにすっかりぴんしゃんして、父の介護から解放された自由さと、気ままな生活を得たような感じで、すこぶる元気になった。

母はそれから七年くらいは元気に暮らしてくれていたが、亡くなる前の二年半は病いがちで、最後は病院での十ヶ月に及ぶ闘病生活の末、一昨年に亡くなった。ちょうど父が死んで、十年と三ヶ月を生きたことになる。

息子(私)が言った「十年は葬式を出さない」という約束を、母は守ってくれたのだった。母と父は十歳違いだったので、享年はともに八十六歳。なんと月命日も同じ13日であった。こんなことなら十年といわず、十五年とか二十年とか言えば良かったなどと、今更ながら、悔いたりもしている。

「父母が この世を去りてふと想う 我に帰すべき 故郷はありや」

これはこの春、ふいに浮かんだ私の駄作の歌だが、父母を失う喪失感というか、寂寥感は、年月を追う毎に深くなるようにも感じる。

充分な親孝行をしてやれなかった後ろめたさの、裏返しなのかもしれない。昔はお盆や彼岸以外はあまりお墓参りなどしなかったが、ここ数年、よくお墓にもいくようになった。もう取り戻せない情愛が、人生の儚さを改めて教えてくれているようにも感じるこの頃である。

父母恩重経に曰く「父母の恩重きこと、天のきわまりなきが如し…」というが、亡くしてから気づく愚かさに今更ながら、愚禿の身を恥じている。

ー「金峯山時報平成25年7月号所収、蔵王清風」より

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みなさん、「父母の恩重きこと、天のきわまりなきが如し…」ですぞ。昨日、ちゃんとお礼を言えなかった方は、一日遅れでも良いので、電話でもメールでも、感謝を伝えましょうね。

*写真は父を亡くした時期によく読んでいた『父母恩重経』。最近読まなくなっていたが、この文章を思い出して、久しぶりにお唱えをすることにした。

「弘法大師高野開創の道再興修行」ー田中利典著述集290514

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「弘法大師高野開創の道再興修行」ー田中利典著述集290514

過去に掲載した機関誌「金峯山時報」のエッセイ覧「蔵王清風」から、折に触れて本稿に転記しています。

今回は3年前の記事。吉野と高野を結ぶという、なかなか歴史的な意義あるプロジェクトとなりました。

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「弘法大師高野開創の道再興修行」

去る五月二十八日から二泊三日をかけて、吉野金峯山寺から、高野山金剛峯寺への、弘法大師高野開創の道再興開闢修行を行じてきた。私を含む金峯山寺の修験僧と、金剛峯寺の若い僧侶たちの合同で行われたこの山行は、両山の歴史を新たに刻むメモリアルな行事となったのである。

話の発端は、私と同郷人である金剛峯寺の村上執行との出会いである。五年前のことになるが、那智勝浦町で開催された世界遺産シンポで、偶然、ご一緒した。歳は十数年違うが、同じ綾部の出身だということで意気投合した私は、当時、村上執行が着手されていた、「高野山開創の道調査」の助勢を依頼されたのであった。

「高野山開創の道」とは、高野山を開かれた弘法大師空海が、最初、吉野から大峯に入り、高野の地に至られたという伝説の道である。『性霊集』など弘法大師に関わる幾つかの文書に「空海、少年の日、吉野から南に一日、西に二日行きて、幽玄の地に至る。名付けて高野という」と大師自身の手で記されているが、その高野へと導かれた道を探そうというのが開創の道の企画であった。

高野山から天辻峠までの和歌山県側は調査を終えたが、そこから先は奈良県なので、「お前、手伝え」と同郷の大先輩から命じられたのである。そこで私は、即座に奈良県庁の友人に連絡をして、奈良県挙げての事業として取り組んでもらうこととしたのであった。

あれから五年。何度かの調査踏破を重ねて、ようやくこの五月に、吉野ー高野を結ぶ弘法大師高野山開創の道を再興するところとなった。

吉野と高野の聖地を結ぶ道は、来年に開創千二百年を迎える高野山の慶祝プロジェクトであるとともに、平成の御代に新たな意味をもって、吉野と高野の聖地同士を繋ぐ壮大な事業である。それは世界遺産登録十周年を迎えた「紀伊山地の霊場と参詣道」の内、唯一繋がってなかった吉野と高野の間を結ぶことで紀伊山地の世界遺産霊場の一体化が果たされることでもある。

六月末にはトレイルランナーが、正式レース「KOBOTRAIL2014」としてこの道を駆け抜けた。これも新しい試みである。なぜなら、道は人が通ってこそ道になるのである。高野開創の道は弘法大師が千二百年前に踏破されて以来、実は忘れられた道であった。それを再興したのが我々の開闢修行であったが、更にトレイルランナーが駈けることでこの道は更に道となる。平成の御代に、新しい試みによって、二つの聖地を結ぶ道が再興されるところに現代的な意味が生まれるのに違いないと私は思っている。  (宝)

ー「金峯山時報平成26年7月号所収、蔵王清風」より

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実はこの吉野ー高野の道は、ある大きな意義を持つことに、このプロジェクトに関わりながら気づきました。なにかといいますと、世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」は吉野と熊野は大峯奥駈道で、高野と熊野は熊野古道中辺路で繋がっているのですが、吉野と高野の道は繋がっていませんでした。それが、すでの1200年前に、弘法大師によって開かれていたということがわかり、再興されたことで、吉野・熊野・高野の三霊場が名実ともに道で繋がったということなのです。

今年も「KOBOTRAIL2017」として、この吉野ー高野の道をつかってのトレイルランニングの正式レースが、来週の21日に執り行われます。道は人が歩いてこそ、道になるわけですから、途切れずに今後も継承されていくことを念じてやみません。

*写真は弘法大師さま。

「お地蔵さま賛歌ー田中利典著述集290510」

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「お地蔵さま賛歌ー田中利典著述集290510」

過去に掲載した機関誌「金峯山時報」のエッセイ覧「蔵王清風」から、折に触れて本稿に転記しています。

今回はもう14年前の文章。この気持ちはいまも変わりません。日本人、みんなが大好きだった「お地蔵様」。それはいまでも変わらない、と思いたいです。

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「お地蔵さま賛歌」

過日、家の近くのお地蔵さんで地蔵盆のお参りをした。近所の子供達と親が集まり、掃除をして、お供えをして、お勤めをしたのだ。お勤めは般若心経と地蔵菩薩の真言。「おん・かー・かー・か・びさまえー・そわか」と子供達にもお地蔵さまの真言を教えて、一緒にお唱えをしてもらった。

いつの頃からか、日本人は無宗教であるという流言が世間に充ち満ちている。耐えられない流言だ。日本人は決して無宗教であるはずがない。日本人ほど宗教的な民族はいないといっていくらい宗教的なのだ。ばかな文化人か、欧米政策に踊らされた売国奴の人種が垂れ流す誠に無知な流言なのである。

なにをもって日本人は宗教的な民族であるかというと、冒頭に書いた地蔵盆の光景などはその典型的な一例である。村の辻辻にはお地蔵さんが祀られていて、その土地土地に住む子供たちの成長を見守り続け、子供達も村々の鎮守様同様に、辻の地蔵様を拝んできた。

そんなことは誰でもが知っていたし、どこでも行われていたことだった。無宗教の民族がそんなことをするはずがなく、いまだ細々ながらでも続けられているはずがない。子供のそばでいつも見守るお地蔵さんのことは誰もが知っている。

お地蔵さんも拝む、村の鎮守さまも拝む、家の仏壇も拝む、神棚も拝む…それは日本独自の習俗や信仰なのかもしれない。少なくともキリスト教やイスラム教など一神教社会のような唯一絶対の神だけしか認めない民族からすれば、いろんな神さん仏さんを雑多のまま拝んでしまう日本人は無宗教に映るかも知れないが、四季の恵み豊かな日本の風土は、一神教を誕生させた砂漠の民たちには理解できない、多様な価値観を肯定する優れた感性が培われてきたのだ。地蔵盆のお勤めをしながら今更ながらそんな思いを抱いていた。

「おん・かー・かー・か・びさまえー・そわか」のかーかーかーとはお地蔵さんの笑い声である。子供と共に生き、子供の成長を見守り続けた地蔵様の歓声である。この声が聞こえる限り、日本の明日はまだまだ捨てたもんじゃないと思っている。子供達に地蔵さんの真言を唱えさせながら、いつまでもこの地蔵さんの笑い声がとぎれない日本の民衆文化を自負心を持って、継承させていきたいと願うものである

ー「金峯山時報平成15年9月号所収、蔵王清風」より

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この間、子供とお墓参りに行きました。途中で、件のお地蔵様の前を行き来します。そのたびに子供が黙ってお地蔵様にお辞儀して、通っていました。幼い頃、毎日のように、おばあちゃんに手を引かれて、このお地蔵様にお参りしていましたが、そういう日課が、いまでも子供にお地蔵様への、畏敬の気持ちを伝えているのだと思って、嬉しくなりました。変な理屈をこねるより、こういうことが一番大事なのだと思います。

*写真は子供のことが大好きなお地蔵様です。

「今夜の一言特集・H28年12月・H29年1月編」

「今夜の一言特集・H28年12月・H29年1月編」

ツイッターやフェイスブックで書き綴ってきた「今夜の一言」。これってその日、その夜、つれづれに自分の心に浮かんが言葉を吐露したもので、まあ、人前に出せるほどのものではないですが、オリジナル名言(迷言かなあ…)です。

しばらく、休んでいましたが、とりまとめています。今日は昨年12月と今年1月編をどうぞ・・・。

●2812~
今夜の一言「遊んで暮らせたらいいね。…、仕事を仕事だと考えず、遊びだと思うと、全部、遊びになるぜぇ。」

今夜の一言「何事も、自分がやったと思うんじゃない。やらせて頂けたと思いましょう」

今夜の一言「人は愛した分だけ、愛される。嫌った分だけ、嫌われる。人生はおおむね、トントンくらいで上出来だ」(2712の再録)

今夜の一言「新しい出会いがある人生は幸せである。新しい自分に出会える人生はなお幸せである」

今夜の一言「帰るとこのにいづれは帰る。所詮、旅の途中の出来事なのです」

今夜の一言「宗教や芸術は評論ではなくて、実践である」

今夜の一言「自分の尺度で世間を生きると世間はとても小さくなる」

今夜の一言「言葉ひとつで日々の値打ちが台無しになる。価値を高める言葉を使いましょう」

今夜の一言「はいと言ってやりましょう。文句を一言いうごとに、あなたの値打ちが下がります」

今夜の一言「捨てる神あれば拾う神あり‥‥ああ、私もちょっとは神になりたい!」

今夜の一言「人は自分の人生に責任を持つ以外は自分の人生を証明できない」

今夜の一言「この世は苦であると釈尊は説いたが、この世が苦であるとわかってしまうと、果たして人は生けていけるのであろうか

今夜の一言「人生の答えは自分次第。だから時々間違うし、時々へこむ。時々幸せもわかるし、時々悲しみも味わう」

今夜の一言「若いときの夢に裏切られる人生もある。夢は時として残酷なものなのだから。それでも私は人生に感謝したい」 ~ある知人の死を悼んで。

今夜の一言「自分の人生は自分で全うするしかない。ふと、足元を見ると、底が割れているにもかかわらず」

今夜の一言「人は思いだけで生きている。思いは無限だ。無辺にして無量なのだから」

今夜の一言「悟りとは気づきである。小さな気づきは泡のように消えるけど、大きな悟りへと続く道でもあるのです」

今夜の一言「人には優しく、自分に厳しく生きているなら、幸せはいつでも微笑んでいる。仏さまの教えです」

●2901~
今朝の一言「世間虚仮。〰人はいつか幸せになりたいと願うが、人はいつかは死ぬのが真実。真実には夢も希望もない。だから人は虚妄の中に生きる」

今夜の一言「愛というものには常に、いとしさと、切なさと、醜さと、悲しみが入り混じっている」

今夜の一言「感謝します、感謝します、感謝しますと三度呟いて、今夜も寝ます

今夜の一言「寒い夜には熱燗と優しい言葉があればいい。暖め合って眠りましょう」

今夜の一言「お天道様がみてござる、っていう心を大事にしたいです。胸くそ悪い輩が横行する世の中だからこそ、1本の白い蓮のような気持ちを保てればと思います」

今夜の一言「念ずれば花開き、無為に生きれば腐蝕する。誠にこの世は因縁果」

***************:

駄作ばかりですが、みなさん、なにかこころに響くものありましたか?

「壊すだけなら誰でも出来る!」

「壊すだけなら誰でも出来る!」

一昨日書いた「ふるさと喪失を憂う」と昨日の「葬式は無用ではない」は私にとって、実は対になった文章である。

どう対か?いうと、私はかねてより、日本人の人柄を育んだ価値観として、

「お天道様がみてござる」
「ご先祖様に顔向けが出来ない」

この二つが極めて重要だと思っている。そう、ちょっと前の時代は当たり前の、誰もが子供の時に、親や祖父母に教わってきた、心得るべき教えであった。

ところば戦後わずか70年あまりに、こういうことが急速に言われなくなったし、現代人の心の中では、脆くも葬りさられようとしているではないだろうか。

つまり「お天道様がみてござる」というのは、その土地土地に人々が繋がって生きているからこそ、神さまや仏さまに対して生まれる恐れ・感性である。そこには「お天道様」の先に具体的な「世間様」にも繋がっている。

また「ご先祖様に顔向けが出来ない」というのは葬送儀礼をはじめ、先祖供養の心が継承されているからこその、醸成される価値観であろう。

人を人たらしめる倫理感があった。

その両方が崩壊しつつある現代社会。日本はどこに行こうとしているのか、私はそこを強く憂いているのだ。

墓なんかいらない、骨なんかどこかの海にまいてくれ、お金のためなら土地も自然も好きなように開発したらよい、故郷もいらない、子供も、思い出もいらない、自分さえ幸せなら世間などどうでもよい・・・とうそぶく日本人がやたらふえて、まあ、それもいいというならいいのだけれど、壊しただけで、次をつくれないと民族の崩壊を促すだけになっちまわないかい!と憂いているのである。

昨日の記事:「ふるさと喪失を憂う」
http://yosino32.cocolog-nifty.com/blog/2017/05/post-fce5.html

一昨日の記事:「葬式は無用ではない」
http://yosino32.cocolog-nifty.com/blog/2017/05/post-5c33.html

「ラジオ音源を探しています」

「ラジオ音源を探しています」

「明日への言葉/花に祈る山に祈る」
http://asuhenokotoba.blogspot.jp/2015/05/blog-post_2.html

...

上記にアップされている内容は、2015年5月2日のNHKラジオ「明日への言葉」で放送された私のインタビュー記事です。

このインタビューはNHKBS放送の「こころの時代」で放映されたものを、ラジオ用に短く編集して流されたものなのですが、実は私の手元にありません。

「こころの時代」の映像は頂いているのですが、ラジオ放送分はなぜかNHKにないと言われて、手元に届かなかったのです。

もう丸2年前のことですが、誰か音源をお持ちの方があれば、ご一報ください。
よろしくお願いいたします。

「葬式は無用ではない」ー田中利典著述集290508

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「葬式は無用ではない」ー田中利典著述集290508

過去に掲載した機関誌「金峯山時報」のエッセイ覧「蔵王清風」から、折に触れて本稿に転記しています。

今回は「葬式は無用ではない」という話。まあ、檀家を持たず、葬儀葬祭には関わりの極めて少ない私がとやかくいう立場にはない、とするむきもあるが、私なりに、考えた提言である。それは本稿を書いた4年前も、今もぶれてはいない。

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「葬式は無用ではない」

いま、日本の葬儀の現場では、劇的な変革が起こりつつある。葬儀無用論、墓無用論である。とはいえ、現実にはまだ八十パーセント近い人が仏式のお葬式をやっている。そこで、どうして仏式で葬儀をするかということを考えてみる。

日本人にとっては人には「霊魂」があることを前提として、仏式の葬送儀礼が行われてきた。

例えば、奇跡を否定した加持祈祷というものはあり得ない。加持祈祷で奇跡を前提としないなら加持祈祷そのものが否定される。もちろん、奇跡や奇瑞は、行者の法力だけではなく、神仏の力によってもたらされるのであるが…。いずれにしろ人間の合理的な理解を超えている事態が起きるから、それを奇跡と感じるのであろう。これが加持祈祷のあり方である。

それと同様に葬儀も、もし「霊魂」を前提としない、あるいは「霊魂」が行き着く先の来世を前提としないなら、葬儀の意義は存在しない。葬儀をする以上は、やはり「霊魂」の存在が前提となっているのだ。

ところで、なぜ、仏教では死んでから戒名を与えて、葬儀をするのか?実はお釈迦様は一般の人の葬式はしなかったが、自分の身内の葬式はしておられるという。

それで自分の身内の葬式として、我々も、まず、死者を仏教徒にしてから葬儀を行うというので死者に戒を授けて、受戒の名前を与える…と、まあ、仏教の理屈ではそういうことになっているらしいが、日本仏教ははそれだけではなく、少し違う意味合いがはあると私は思っている。

日本人は死んだ後、名前・戒名をいただけば、それで霊魂が成仏すると考えたのある。諡(おくり名)という。死んでから、名前をおくることによって魂が清まるという考えが、仏教伝来以前からあった言霊信仰と融合して、徐々に日本人の習俗に浸透してきた。仏教徒になったら、戒名をいただき、名前が変わる。これで成仏するんだ、あるいはそういう期待が生じたのである。つまり死んだ人に名前を与えるということ自体が、実は鎮魂であり、霊魂の浄化になる、としたのだ。仏教本来の意義とはそもそも違うが、仏教と日本人古来の習俗との融合が起こっていることをしるべきだと私は思うのである。私説というそしりを受けるかも知れないが‥。

本宗の方も近頃は葬儀に関わる行者さんが増えている。是非、関わる以上は葬儀の成り立ちや有り様をちゃんと自覚して、自分の役目を全うしてもらいたい。金峯山寺では葬儀特別研修も行われるが、ただ単に儀礼でやるのではなく、まさにそこに成仏という、故人の魂がうかばれる行為に関わる肝心なところを体得して事に向かっていただきたいと念ずるものである。

人には霊魂があるということを信じてきた日本人にとって、お葬式は決して無用ではない、と葬儀葬祭の専職ではない筆者であるが、そう考えている。

ー「金峯山時報平成25年10月号所収、蔵王清風」より

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日本仏教は、インド仏教とはちがう。日本仏教のあり方があってよいと私は思っている。

近頃、なにかと、本来の仏教は生きている人のためのもので、死んだ者ばかりを相手にしているような日本仏教は仏教ではない、というような意見が正論として語られることば多い。間違いなく、私は宇井白寿先生以来続く東大・近代仏教学の災禍のひとつでもあると思っている。

まあ、確かにお釈迦さまが説いた仏教は、まるごと葬式仏教化したような日本仏教とはずいぶん違うのは確かなことだろう。日本仏教はある意味、神道教でもある、と私も思う。

だからといって日本仏教全部を否定するというのもどうかなあ。

日本仏教は日本仏教なりに、形成発展継承してきて、現在に至っている。葬式仏教、形骸化、、堕落の部分も大いにあるのは認めざると得ない。金ばかり要求する出来損ない坊主も大いに問題ではあるが、だからといって、現状の破壊ばかりを論じてしまうのはいかがなものかと、私は危惧するのだ。

戒名が謚というのは私の独自の意見だが、日本人は神信仰と言霊信仰でやってきたのだから、仏教もそこに合流している部分が大きい。縄魂弥才・和魂洋才の国柄である。

ともかく、日本仏教、ガンバレ!と言いたい。

*写真は伝教大師最澄さま‥私の本文に寄せたイメージです。


「りてんさんの知人友人探訪」

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すでに何度もフェイスブックやSNSで、空援隊というフィルピンを中心に大東亜戦争で戦没された日本人兵士のご遺骨収集帰還活動をされているお話を紹介してきました。

その事務局長である倉田宇山さんとの対談させて頂いた「りてんさんの知人友人探訪」がYouTubeにアップしています。

なかなか視聴回数が増えないのですが、日本人にとって、とても大事な問題を熱く話しています。倉田さんのトーク力も素晴らしいので、わかりやすく興味深く、聞いて頂ける内容です。

...

多くの方々に知って頂ければと思います。23分ほどの対談です。以下です↓

https://www.youtube.com/watch?v=5e0QsJ3lmBs

是非、感想もお願い出来ればと思います。きっと倉田さんの励みになるはずです。

「りてんさんの知人友人探訪」倉田宇山空援隊事務局長編

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すでに何度もフェイスブックやSNSで、空援隊というフィルピンを中心に大東亜戦争で戦没された日本人兵士のご遺骨収集帰還活動をされているお話を紹介してきました。

その事務局長である倉田宇山さんとの対談させて頂いた「りてんさんの知人友人探訪」がYouTubeにアップしています。

なかなか視聴回数が増えないのですが、日本人にとって、とても大事な問題を熱く話しています。倉田さんのトーク力も素晴らしいので、わかりやすく興味深く、聞いて頂ける内容です。

多くの方々に知って頂ければと思います。23分ほどの対談です。以下です↓

https://www.youtube.com/watch?v=5e0QsJ3lmBs

是非、感想もお願い出来ればと思います。きっと倉田さんの活動の後押しになるはずです。

「ふるさと喪失を憂う」・・・田中利典著述集290507

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「ふるさと喪失を憂う」・・・田中利典著述集290507

今日は過去の著述ではなく、いま、出来立ての、書き下ろしです。

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「ふるさと喪失を憂う」

「ふるさと」という歌がある。以下、歌詞を転載。

兎(うさぎ)追いし かの山
小鮒(こぶな)釣りし かの川
夢は今も めぐりて、
忘れがたき 故郷(ふるさと)

如何(いか)に在(い)ます 父母
恙(つつが)なしや 友がき
雨に風に つけても
思い出(い)ずる 故郷

志(こころざし)を はたして
いつの日にか 帰らん
山は青き 故郷
水は清き 故郷

この歌、2番で
「お父さん、お母さんはどうしているだろうか
 一緒に遊んだ友達は、あのころと変わらずに元気でいる
 だろうか、
 雨が降ったら、故郷の雨の日を思い出し、風が吹いたら、
 故郷の風を思い出す
 毎日の、ふとしたことで思い出すのは故郷の景色」

と、ふるさとへの郷愁を唄い、3番では

「故郷を離れて都会に出て、一人前の立派な社会人になり、
 いつか、ひとつでも大きな仕事を成し遂げたら、
  故郷に帰ろうと思う
  緑の美しい、あの故郷へ
  澄んだ水の流れる、あの故郷へ 」

と、最後はふるさとに帰りたいと唄う。

そうなのです、この歌が出来た時代はふるさとを出てもずっと
ふるさとを思い、父母や友を思い、
そしていつかはふるさとへ帰るのです。

実は明治以前、近代を迎える以前は、みんなその土地、ふるさ
とに繋がって暮らしていた。
その土地で生まれ、その土地で死んでいった。

そこを壊して、近代国家が出来、人々はみんな、それぞれの理
由や事情で、ふるさとを離れていった。

いま、NHKの朝ドラ「ひよっこ」で描かれる戦後、復興日本の
姿はまさにふるさとを思いつつ、ふるさとを離れざるを得なか
った時代のお話。

そして現在、大きな問題があるとすれば、もう、ふるさとを離
れただけではなく、皆がふるさとには帰らなくなった時代。
帰る場所もない時代。
そう誰もがふるさとを捨てだ時代なのだ。

本当にこれでよいのだろうか‥。
「ふるさと」という歌を聴きながら、ひとり私は憂れいている。

*写真はNHK朝ドラ「ひよっこ」の1シーン。

「母との時間」ー田中利典著述集290506

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「母との時間」ー田中利典著述集290506

過去に掲載した機関誌「金峯山時報」のエッセイ覧「蔵王清風」から、折に触れて本稿に転記しています。

今日は今年で7回忌を迎える母が、まだ生前中に書いた拙文。母の日が近いので、なんとなく母のことを思い出し、転記させていただくことにした。

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「母との時間」

五月初旬、毎日、母を病院に見舞った。といっても金峯山寺での単身赴任中の私のことなので、自坊に帰ってきていたゴールデンウィーク期間の数日、それも多くて日に二時間くらいしか病床にはいられない。とても介護というようなものではなく、申し訳なく思うばかりである。

それでも母の側に居る間は手をさすったり、足を優しくもんだりしている。そんな母に触れるほどに、ずいぶん弱ったものだと思う。日に日に衰弱していく姿に、大したこともしてやれないもどかしさを感じ、胸が潰れそうになる。

母は心臓と肝臓と腎臓の機能が著しく低下しているが、それでも意識はしっかりしていて話は出来る。

江戸時代の禅師・正受老人が「病中は只是れ六道修行、ひたすら病犬猫の態にて六道に流転せよ流転窮まりて断滅せん」と教えを遺しておられる。要は「病気ほどよき修行はないと心得よ。病気になった犬や猫のように羞恥心を捨てよ。医師や看護師の言うがまま、されるがままに打ちまかせ、心中で六道流転せよ。流転に流転を重ねて窮まった時、執着や迷いは断滅す」というほどの意味である。

自分ではなにも出来なくなりつつある母は、そんな自分を覚悟しているようで、身体の痛みを除いては、ほとんど文句を言わない。自宅看護が難しいので、もう自宅へは戻れないかもしれないことも、常時は家族がそばに付き添えないことも、すっかり受け入れている。まさに正受老人の境地にいるかのような穏やかさである。

そんな母は涙なしでは接しられないような容態であっても、どこか凛として私には映る。自分が病気を得てもこうはいかないだろうと正直思うほどである。

母は一月から綾部市内のS病院に緊急入院し、三月から主治医が居るK病院に転院した。ここ二年は入退院を繰り返したが、今回の入院ではなにかすっかり覚悟があるのか、執着心や迷いというのがそげ落ちているように思えるのである。両病院ともたいへんよくして頂いているが、でもS病院の担当医師の愛想の悪さには辟易したし、K病院にも改善をお願いしたいことはたくさんある。まあそれは身内の欲というもので、側に居られない分、母の介護は医師や看護師さんに頼るほかはなく、ただありがたいと、心から感謝合掌するのみである。

母に遺された時間があといくばくかは知らないが、出来るだけ、今の気持ちのまま、心穏やかに毎日を過ごしてもらいたいと願っている。ご本尊のご加護のもとに…

ー「金峯山時報平成23年6月号所収、蔵王清風」より

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この年の秋、母は静かに今生を終えた。前日、見舞いに帰った私は病床でいろいろと話をした。「よくいままで頑張ったね。ありがとうね」と母に言った。その翌朝、ひっそりと亡くなった。いつも言ったことがないような殊勝なお礼などを言ったので、安心して逝ったのかもしれないと後悔したが、あのまま、長らく病床にいるのは、それはそれで辛かったろうと思う。

母の日…。おかあさんのいる方は、ちゃんとお礼を言ってあげてくださいね。私はお仏壇の前でしか、もう言えなくなってしまいました。

「かあさん。生んでくれて、育ててくれて、ありがとね…」

*写真は母が元気な頃、親しい仲間たちとの記念写真。中央が母です。

「一即多の多神教」ー田中利典著述集290505

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「一即多の多神教」ー田中利典著述集290505

過去に掲載した機関誌「金峯山時報」のエッセイ覧「蔵王清風」から、折に触れて本稿に転記しています。

今日は8年前の文章。あの頃は「一即多」のフレーズがマイブームだったなあ。

いまですか?いまは「グローカル」です。

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「一即多の多神教」

この六月に青年僧の会で記念講演をお願いしている哲学者の内山節さんとは、三年ほど前から知己を得て、親しくしていただいている。

その内山さんと話しているときに、欧米の一神教と日本の多神教との比較の話になり、私の持論を興味深く聞いていただいたことがある。私は欧米の一神教がいうところの多神教と、日本の多神教とは少し意味合いが違うと思っている。日本人の多神教観は単なる八百万の神という認識ではなく、一即多の多神教だと思っている。

つまりこういうことだ。八百万の神々は天照大神に帰一し、その天照大神が八百万の神に展開している。別のものではなく、同じものの表れとみるのだ。仏教的に、別の言い方をすると、曼荼羅世界の神々・仏たちは全て大日如来に帰一し、大日如来を開けると曼荼羅世界に遍満する諸尊に展開するのである。一、即ち、多なのだ。

これに対して、欧米世界の多神教観はそうではない。一神教が生まれる前の段階の、アニミズムや原始形態の信仰が多神教世界で、その多神教が淘汰されて一神教が生まれたのだとする。一神教以前の、未熟な宗教形態として、多神教を切って捨てるのである。日本との違いは大きい。

さてなぜ学者でもない私が「一即多」の宗教観を披瀝したのかというと、それが私の信仰観に基づくからである。その辺が哲学者と信仰者の違いで、内山先生もそこに大きな興味を持たれたようである。

私はもう十数度、大峯奥駈修行を遂行したが、あの大峯連山はまさに神仏在す曼荼羅世界である。大峯峯中、釈迦岳の手前、両峯分けの靡きを持って、北側が金剛界曼荼羅、南側が胎蔵界曼荼羅とするが、大峯連山には金剛界・胎蔵界の曼荼羅諸尊が遍満していて、その中を行じさせていただくのが奥駈修行なのだ。

そしてここが肝心なのだが、その曼荼羅世界の諸尊諸菩薩は全てご本尊金剛蔵王権現に帰一している、と金峯山修験は説く。

蔵王権現の別名を「金剛胎蔵王如来」と呼ぶのはその由縁で、曼荼羅世界の全てを統べる大霊格が蔵王権現なのである。その蔵王権現の身体の中で跋渉苦行するのが我々の大峯修行なのである。

私はこれまで、あれもよい、これもよいとするのが日本的宗教信条だと言ってきた。それは評論としての文化観である。しかし信仰者としての信条は決してそれではいけないと思っている。蔵王一仏に帰依できてこそ、吉野修験、金峯山修験の本物の信仰者なのである。

最近蔵王権現様の前に座るたびに「拝み方が足りん!」と叱られているような気持ちになるが、それは蔵王一仏の本尊観がまだまだ脆弱だという不徳の現れにちがいない。

あいかわらず耳障りのよいことばかりを言っているように聞こえるかも知れないが、未熟なるが故に、蔵王一仏を生涯の指針として、これからも行じさせていただければと願うばかりである。

ー「金峯山時報平成21年5月号所収、蔵王清風」より

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ここしばらくのマイブームフレーズは「一即多」「土に還ろう」「グローカル」と続いているが、文中に出てきた内山節先生との出会いがかなり影響しています。先生は現状日本の、数少ない叡智の一人とも言える哲学者です。先生との出会いは私にとってとても大きなものとなっています。

内山先生。8年前に青年僧の会でお招きして以降もときどきお会いしていますが、今回、久しぶりに、今度は東京で開いている私塾「誇り塾」の6月講座(6/17開催)に来て頂きます。基調講演とトークセッションを行います。いまからとても楽しみです。…塾生以外のビジターの方にも参加を呼びかける予定ですよ。

「内山節vs田中利典/聖地吉野より見える世界とその未来~グローバリズムとローカリズム」に興味のある方は直メールくださいませ。

*写真はグローカルなご本尊:蔵王権現像(提供:金峯山寺)。

「法華経、おそろしや」ー田中利典著述集290504

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「法華経、おそろしや」ー田中利典著述集290504

過去に掲載した機関誌「金峯山時報」のエッセイ覧「蔵王清風」から、折に触れて本稿に転記しています。

今日のもそうとう古い文章です。というか、昨日掲載した翌月の文章。20年前です。あの頃、毎月、法華経を解説してましたね。まる3年。鎌田茂雄さんの「法華経購読」(講談社文庫刊)を種本に、毎月1品ずつ、解説と読誦を行っていましたねえ。なんにもわかっていなかったくせに…。相当、恥ずかしいなあ。

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「法華経、おそろしや」

「毎自作是念 以何令衆生 得入無上道 速成就仏身」。これは法華経如来寿量品の最後の四句である。日頃の勤行では何気なく唱えている読み慣れた経文であるが、過日、私の担当する研修会で、ちょうどこの如来寿量品を講読したとき、この一節に胸を詰まらせたことがある。

それは寿量品の解説を一通り終えて、みんなで偈文の書き下しを読み上げていたときであった。「毎に自らこの念を作す、何を以てか衆生をして、無上道に入り、速やかに仏身を成就することを得せしめんと」。

この一偈が誠にどうにも有り難くなってきて、自分ながら驚いてしまったのである。涙が滲みだし有り難さが心にじんと響くのであった。懸命に泣くまい泣くまいと歯をくいしばってふと目を上げると、席の前列の二、三人の人が、やはり小生と同じように感無量の表情を湛えている。こんなことがあるのだろうかと、不思議なくらいの有り難さであった。

二年あまり、この研修会では法華経の講読は続いているが、あんなことは後にも先にも一度きりであるが、本当に法華経の有り難さが身にしみた一時であった。それ以後、法華経講読の冒頭では必ず、この寿量品の偈文をみんなで読み上げることにしている。

法華経には五つの功徳が説かれている。受持・読・誦・解説・書写の五つである。受持とは持つことであるが、本当はただ持つのではなく、法華経の教えを堅く信じ、堅持することをいう。でも単に持つだけでもそれはそれで功徳にはなる。読とは目で見て読むこと、誦とは暗唱すること、心の中で繰り返し読むこと。

解説は法華経の意味を理解し、人々に説いていくこと。書写とは写すこと、つまり法華経の写経である。これらは五種の功徳であると共に、五種法師の修行でもある。法華経を広める人のことを法師というが、その法師が行ずるべき修行が受持・読・誦・解説・書写の五つなのである。

この五種法師の修行、当初、漫然と受けとめていたが、寿量品の冥加に出会って以後、読誦の大切さに思いを致すようになった。何よりも我々は法華経を読まなければならないのである。しかも身にしみて有り難くなるような読み方をしなければならない。近頃真剣にそう思っている。

実は法華経を読み出して不思議なことがもう一つある。それは法華経を読み進めば読み進むほど、先の五種法師の修行を私に行じさせようと、法華経自体が問いかけてくるのである。強要してくるといった方が正確かも知れない。

それはちょっと怖い感じさえする。法華経とはそんな不思議な経典であるが、先に述べたように法華経は間違いなく有り難い経典でもある。その法華経が修験道にとっては中心的経典であることは自明のことである。是非、多くの人に法華経の縁に連なっていただきたいと思っている次第である    
  
ー「金峯山時報平成9年3月号所収、蔵王清風」より

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「一昼夜法華経不断行」という修行を金峯山寺ではじめるきっかけになったのは、40代はじめに、ここに書いたように法華経を三年にわたって講義して、いかに法華経の全巻をみんな誰も読んでいないという、宗門の現実に触れたからでした。

それは「法華経を読み進めば読み進むほど、先の五種法師の修行を私に行じさせようと、法華経自体が問いかけてくるのである…」という自覚が私を動かしたともいえます。法華経、おそろしや、なのです。

*金峯山寺の法華経不断経開闢法要のようす(提供:金峯山寺)。

「菩提心の種まき」ー田中利典著述集290503

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「菩提心の種まき」ー田中利典著述集290503

過去に掲載した機関誌「金峯山時報」のエッセイ覧「蔵王清風」から、折に触れて本稿に転記しています。

今日のはそうとう古い文章です。いまから遙か20年前。まだ20世紀末のもの。それだけに私の文章も青臭く、稚拙です(いまも稚拙ですけど…)また、40代初頭で、志もいささか青臭いです。まあ、少々照れますが、心意気を読んでみてください。

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「菩提心の種まき」

二十一世紀が目の前に来ている。「新しい革袋には新しい酒を注げ」という諺があるが、まさに二十一世紀という新しい革袋に相応しい酒が必要とされる時を迎えているのである。

別に飲む酒の話ではない。我々が生きる時代の、思想・文化・政治・宗教・社会機構などあらゆる分野に亙っての変革のことを言っている。特に今世紀末は今まで人類が経験したことのないような、激烈な文明の進歩と社会変革が生み出されようとしているのである。

で、私たちがなすべき話は宗教である。「こころの時代」といわれて久しいが、二十一世紀こそ、こころの世紀であろう。つまり宗教の責務たるや極めて重大である。その責務を果たすに相応しい活動が出来ているかどうか、宗教に関わる人間は皆がこの際、省みて自己変革につとめねばならないと思うものである。宗教に巣くって、おのが糊口を賄うのに汲々としているような志のない者は、直ちに席を辞して、立ち去れと言いたい。

仏教徒にとっての志とは菩提心につきる。釈尊があるとき托鉢をしておられると一人の農夫が通りかかり、「我々は田畑を耕し作物を作って生活しているが、おまえ達は何も作り出すことなしにただ食べ物を乞うているだけの、穀潰しではないか」と罵ったのに対し、釈尊は物静かに「私たちは目に見えるものは何も生産していませんが、人間が正しく生きていくための菩提心の種蒔きをして、人の心を耕しているのです」とお答えになったという。

その菩提心の種蒔きが大切なのである。これこそを自己の生活の中心に据えて生きていくことが、仏教徒の正しい生き様なのである。

近年僧侶の職業化形骸化が著しい。サラリーマン住職だって珍しくはない世の中である。そんな人たちが本当の意味で、他人に対して慈悲深い教化活動をおこなえるものなのだろうか。僧侶とは姿・形ではなく、菩提心に関わる生き様のみが問われなくてはならないのである。

僧侶にとって生き様のみが問題であるとすれば、在家・出家の別などない。サラリーマン化した出家(と称する)僧侶より、サラリーマンでありながら宗教活動をする在家の人々の方が優れている場合だって多いのである。

いわゆる在家宗教者の時代の予見が新世紀にはある。少なくともそれくらいの自負をもった、今世紀末の修験者でありたいものである。われわれ在家行者を旨とする修験者にはその使命がある、と私は思っている。 
      
ー「金峯山時報平成9年2月号所収、蔵王清風」より

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昨日、ひとりの入門希望者が自坊にやってきました。聞けば、得度受戒許可の前行として、大阪・東住吉の自宅を徒歩で出て、はるか綾部の私のところまで踏破を目指したそうですが、途中で股関節を傷め、最後はバス・JRなどを利用したとのこと。それでも60キロ以上を自力で歩いて来られたのでした。

修験道を志す中で、自分の体をつかって、その道を求めようとする姿勢…。感心をしました。そして、私のいくつかの講演会や講座に出る中で、齢60を目前にして発心を起こしたんだという話を聞き、私なりの「種まき」がひとつの形となって現れたのだと思うと、とっても嬉しくなるのでした。まあ、種まきというのはいささかおこがましいことではありますが…。

このところ、日本仏教=葬式仏教論の煩瑣なやりとりに少々疲れていましたが、20年前の志を忘れることなく、私なりの仏道を行じていければと、改めて思い直した文章でした。

実は今年に入って彼で4人目の入門者となりました。こういう仏教のあり方というのも有りかと私は思います。仏教ちゅうか、修験道ですけど(^^;)

*写真は過去に行じた大峯奥駈修行、真ん中が筆者。

「日本葬式仏教、非仏教説?」

「日本葬式仏教、非仏教説?」

葬式の現場が大変革を起こしつつある。いろんな問題が原因である。

その話の流れは葬式仏教と化した日本の仏教はそもそも仏教ではないという論調まで、世間を覆っている感がある。私は葬式に直接関わらない修験僧だが、そういう状況には違和感を覚えるのである。

ついては私の盟友正木晃先生が金峯山寺の機関誌に連載中の「修験道の未来」の中で、いろんなお話を書いて下さっている。

以下、その中で注目する記事を掲載しておく。ご参考まで・・・。

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○宗報「金峯山」平成28年9月号掲載

 「葬式仏教」は日本仏教だけの現象だという説は、真っ赤な嘘である。現在、仏教が広まっている地域では、どこでも僧侶が葬儀をいとなんでいる。スリランカもタイも、チベットもブータンも、みなそうである。

 しかも、近年になって始まったのではなく、昔からそうだったことが明らかになっている。仏教の生まれ故郷、インドでは、かなり早い段階から、僧侶が葬儀をいとなんでいた。

 考えてみれば、仏教における葬儀の第一号は、ブッダ自身の荼毘にほかならない。従来はブッダの荼毘は火葬を職業とする人々が担当し、仏弟子たちは葬儀にいっさいかかわらなかったと言われてきたが、最近ではブッダの荼毘にのぞんで、仏弟子たちが積極的にかかわったことが指摘されている。

 その後、ブッダが涅槃に入られてまもない段階では、僧侶がいとなめる葬儀は仲間内の場合だけ、つまり僧院内で僧侶が亡くなった場合だけだったようだが、しばらくすると、在家信者の葬儀も僧侶がいとなむようになっていったという。五世紀ころになると、僧院には在家信者の葬儀をもっぱら担当する役割の僧侶すらいた事実が判明している。

○宗報「金峯山」平成24年1月号掲載

先祖供養の起源
 もし仮に、「お迎え」が親をはじめとする近親者が深くかかわっているとすれば、先祖供養が注目されることになる。ご存じのとおり、日本仏教では、先祖供養が重要な位置を占めてきた。しかし、その反面で、先祖供養などは、本来なら仏教とは無縁で、たんなる習俗あるいは慣習にすぎないという見解もよく耳にする。はたして、それは本当なのだろうか。

 初期仏教にまつわる文献の研究からすると、ブッダ自身は先祖供養とは無縁だった。しかし、ブッダの入滅後、そう遠くない段階で、仏教が先祖供養に舵を切ったようである。

 では、仏教における先祖供養の起源はどこにもとめられるのか。有力な説の一つは、死後、忉利天(三十三天)に再生した摩耶夫人のために、ブッダが誰にも告げず、雨安居の三か月のあいだ、この天にのぼり、母のために説法し、サンカーシャというところに降りてきた(三道宝階降下)という伝承である。

 この伝承は、いわゆる原始仏典の『増一阿含経』巻二八「聴法品」などに出てくる。したがって、ブッダの入滅後、遅くとも二〇〇~三〇〇年以内に成立した可能性が高いと考えられている。

  その『増一阿含経』巻二八「聴法品」三六には、ブッダが「五事」を説いたと書かれている。「五事」とは、以下のことがらだ。

  ①法輪を転ずべし
  ②父母を度すべし
  ③信なき人を信地に立て
  ④いまだ菩薩の心を発せざる者にして菩薩の意を発せしめ
  ⑤その中間においてまさに仏の決を受くべし

 さらに、アショヴァゴーシャ(一〇〇年ころ 馬鳴)による仏伝として有名な『ブッダ・チャリタ(仏所行讃)』には、「母のために法を説かんがゆえに、すなわ忉利天に昇れり。三月天宮に処り、善く諸天人を化せり。母を度して報恩畢り、安居の時過ぎて還れり」と書かれている。したがって、「五事」の「父母を度すべし」が、亡き父母に対する「特別の孝養」を意味していることになる。

 さまざまな文献から推測すると、紀元前三世紀ころの、アショーカ王の時代には、この伝承が民衆のあいだに流布し、民衆にも、いま現に生きている父母はもとより、すでに亡くなってこの世には存在しない父母に対する報恩の行もまた、推奨されていたことがうかがえる。

 もちろん、すでに述べたとおり、歴史上のブッダは、生きているうちに、父母をはじめ、かかわりのある人々に対して孝養を尽くすことは奨励しても、祖先供養や追善供養に対しては、否定的だった。出家僧の行動規範をしるす律蔵に、生母摩耶夫人説法の伝承が見当たらない理由は、そのためらしい。

 しかし、民衆のあいだでは、先祖供養や追善供養が待望され、仏教教団としても、それを無礙に否定できなかった。三道宝階降下の伝承は、そう示唆している。

 ちなみに、インドで仏教と対抗関係にあったヒンドゥー教は先祖供養をしない。また、仏教では盛んな遺骨崇拝もしない。この二つの歴史的な事実を知る人はごく少ないようだが、仏教の本質を考える上では、ぜひとも覚えておく必要がある。

 ようするに、遺骨崇拝も先祖供養も、仏教の原点あるいは原点近くに起源があった。これはまぎれもない事実だ。そして、この二つが日本人の感性と合致して、「日本仏教」の原型をつくりあげたのである。

「みんなが味方になる」ー田中利典著述集290502

Kounosuke25


「みんなが味方になる」ー田中利典著述集290502

過去に掲載した機関誌「金峯山時報」のエッセイ覧「蔵王清風」から、折に触れて本稿に転記しています。

私は自分でいうのもなんですが、かなり正直に生きています。だから書いたエッセイもその時々の自分がそのまま現れています。本編を読み返すと、その頃の自分がまざまざとよみがえるのです。あの頃、凹んでいたなあ・・・。

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「みんなが味方になる」

最近、凹んでいて、なかなか抜け出せないでいる。そんな折り、久しぶりに自分を奮い立たせてくれる言葉に出会った。少々長くなるが、是非読んでもらいたい。

「随所に縁がある。縁を求めていけば、全部君につらなるわけや。傍らで応援してくれる人というものは、何とでもできる。ひとりぼっちでやったらええやないか。『きょうからやろう』と思ってやっていって、三日たてば、後継者が一人できる、十日たてば二人できる。そうしていつの間にか雲霞のごとく後継者ができてくるというようにならないといかんな。僥倖を待っていたらあかんで。」

「”千里の道も一歩から”やからな。そのくらいの気持ちやないと、千里も遠いところへはなかなか行かれへんやろう。そやけど、一歩ずつ足を出していったら、ついには行けるわけや。志しさえ変えなかったら必ずできる。ちっとも心配いらんと思う。君が心配していたら、みんなが心配する。もう自分は心配しない、自分は日本のためになるんだ、自分を応援しない人は損な人やと思わなあかんで。」

「君が何か与えられるものがなかったらあかんわけや。今は与えるものがないとしても、将来、日本をこういうふうによくするというものがあれば、無限のものをもっていることになる。自分はたくさんのものをもっているのやということを知らせたらいい。」

「だから君な、ひとりだと思うなよ。日本全部自分の友だちにできるんや。もっていき方だけの問題や。あとは自分のもっていき方次第でみんな味方になる。味方にならんということはないはずや。そのくらいの信念をもってやらんとあかん。」

まるで私に直接話しかけてくれているようなこの文章は、PHP出版『リーダーになる人に知ってほしいこと』(松下幸之助述)の一文である。読んでいて泣きそうになった。もちろん、私がここに語られる、リーダーであるわけではない。しかし私にはいつも、大げさに言うなら、「日本をなんとかしたい」という志がある。

「あほなことをいうて」と周りの人に笑われているかもしれないけれど、実際にはなんにもできないのかもしれないけれど、志だけは失わずにいたいと、これを読んで改めて思い直したのだった。ともかく、松下幸之助さんに笑われんよう、しっかりしていたいものである。
      
ー「金峯山時報平成22年6月号所収、蔵王清風」より

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凹んでいた私が松下幸之助さんに救われた文章でした。なかなか「みんなを味方」には出来ないけれど、あの頃の自分に笑われないようにだけは、しないといけません。

*写真は松下幸之助さん。

「青の吉野山、青の蔵王権現」ー田中利典著述集290501

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「青の吉野山、青の蔵王権現」ー田中利典著述集290501

過去にどこかで掲載した拙文を折に触れて拙文を本稿で転記しています。

今日から5月。いよいよ新緑が美しく輝く季節です。今日はこの時期、なんども紹介していますが、4年前のフリーペーパー誌「やまとびと」に認めましたものです。青の吉野山、青の蔵王権現・・・ゴールデンウィークに出かけるなら吉野山ですよ。存分にお楽しみいただければと思います。ご開帳は5月7日まで。

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「青の吉野山、青の蔵王権現」

吉野といえば日本一の桜の名勝。 「一度は行ってみたいものです…」などと言われる。もちろん桜花爛漫の吉野山の絶景は素晴らしい。

しかし、桜が散って新緑の時期を迎え、心地よい五月の風が渡る吉野山が、私は一年中で一番好きである。

新緑なのだから、正確には「緑」なのだが、私にとってはこの時期の吉野山のイメージは青、である。朝靄の中、あるいは暮れなずむの夕闇のひととき、一瞬、新緑の全山が薄青色に染まり、修験の聖地にふさわしい佇まいを見せてくれるのだ。

第一、桜の時期と違って、山には人の姿がまばらである。桜の頃の喧噪がまるで夢・幻だったかのごとく、しーんと静まりかえる町並みには、俗世から抜け出たような清らかな時間が流れている。

今年のこの五月、吉野山のシンボル金峯山寺蔵王堂で、秘仏本尊金剛蔵王権現の特別ご開帳が行われている(*)。

蔵王堂の秘仏本尊はお肌の色が普通ではない。鮮やかな青黒色である。何年か前に放送されたNHK仏像ベスト10で、「色の鮮やかな仏第1位」にも選ばれたことがあるほど、その鮮やかな青黒色は、拝む人の心を奪ってはなさない。青の吉野山と、青の蔵王権現…。まさに新緑の季節にこそ、ベストマッチな風景と言えるであろう。

加えて、蔵王権現の青は、ただの青ではない。深い意味がある。「青黒は慈悲を表す」と仏典に記されるとおり、お肌の色に、仏の慈悲が示されている。

お参りされた方はご存じだと思うが、蔵王権現は怒髪天をつくばかりの、忿怒の形相をなさっている。それは悪魔降伏の姿なのだが、ただし、単に怖いというだけではなく、仏の慈悲で人々を救い導く、大きな願いを持った怒りの現れなのだ。内なる悪魔を封じ、外なる悪魔を破る力、とも言えようか。

親が子を叱る。叱って導く。その怒りは常に深い親の愛、親の心を奥に秘めているが、そういう親の情愛のような、慈悲の怒りを青黒は表している。

新緑から深緑へと移ろい行く季節の中で、一度、青い吉野に訪れてみてはどうだろう。青の慈悲に癒やされ、心が清らかになること、請け合いである。

ー2013年5月発行「やまとびと5月号」所収

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*写真は今年のご開帳のポスターです。

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