「みんなが味方になる」ー田中利典著述集290502
過去に掲載した機関誌「金峯山時報」のエッセイ覧「蔵王清風」から、折に触れて本稿に転記しています。
私は自分でいうのもなんですが、かなり正直に生きています。だから書いたエッセイもその時々の自分がそのまま現れています。本編を読み返すと、その頃の自分がまざまざとよみがえるのです。あの頃、凹んでいたなあ・・・。
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「みんなが味方になる」
最近、凹んでいて、なかなか抜け出せないでいる。そんな折り、久しぶりに自分を奮い立たせてくれる言葉に出会った。少々長くなるが、是非読んでもらいたい。
「随所に縁がある。縁を求めていけば、全部君につらなるわけや。傍らで応援してくれる人というものは、何とでもできる。ひとりぼっちでやったらええやないか。『きょうからやろう』と思ってやっていって、三日たてば、後継者が一人できる、十日たてば二人できる。そうしていつの間にか雲霞のごとく後継者ができてくるというようにならないといかんな。僥倖を待っていたらあかんで。」
「”千里の道も一歩から”やからな。そのくらいの気持ちやないと、千里も遠いところへはなかなか行かれへんやろう。そやけど、一歩ずつ足を出していったら、ついには行けるわけや。志しさえ変えなかったら必ずできる。ちっとも心配いらんと思う。君が心配していたら、みんなが心配する。もう自分は心配しない、自分は日本のためになるんだ、自分を応援しない人は損な人やと思わなあかんで。」
「君が何か与えられるものがなかったらあかんわけや。今は与えるものがないとしても、将来、日本をこういうふうによくするというものがあれば、無限のものをもっていることになる。自分はたくさんのものをもっているのやということを知らせたらいい。」
「だから君な、ひとりだと思うなよ。日本全部自分の友だちにできるんや。もっていき方だけの問題や。あとは自分のもっていき方次第でみんな味方になる。味方にならんということはないはずや。そのくらいの信念をもってやらんとあかん。」
まるで私に直接話しかけてくれているようなこの文章は、PHP出版『リーダーになる人に知ってほしいこと』(松下幸之助述)の一文である。読んでいて泣きそうになった。もちろん、私がここに語られる、リーダーであるわけではない。しかし私にはいつも、大げさに言うなら、「日本をなんとかしたい」という志がある。
「あほなことをいうて」と周りの人に笑われているかもしれないけれど、実際にはなんにもできないのかもしれないけれど、志だけは失わずにいたいと、これを読んで改めて思い直したのだった。ともかく、松下幸之助さんに笑われんよう、しっかりしていたいものである。
ー「金峯山時報平成22年6月号所収、蔵王清風」より
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凹んでいた私が松下幸之助さんに救われた文章でした。なかなか「みんなを味方」には出来ないけれど、あの頃の自分に笑われないようにだけは、しないといけません。
*写真は松下幸之助さん。
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