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「父母の恩重きこと、天のきわまりなきが如し…」ー田中利典著述集290515




「父母の恩重きこと、天のきわまりなきが如し…」ー田中利典著述集290515

過去に掲載した機関誌「金峯山時報」のエッセイ覧「蔵王清風」から、折に触れて本稿に転記しています。

さて昨日は母の日でした。みなさん、ちゃんとおかあさんに感謝の気持ちを伝えましたか?私は、今年、父が死んで17回忌、母の7回忌を迎えます。なので、仏壇にしか、お礼が言えませんでした。

で、今日の文章は4年前に、その父母の13回忌と3回忌の時に書いたもの。

「親孝行したいときには親はなし さりとて墓に布団は着せられず」という諺が身に沁みます。

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「父母の恩重きこと、天のきわまりなきが如し…」

今月、亡父の十三回忌を迎える。早いものである。実は母も今年、年忌を迎える。三回忌である。早取りして、合同で二人の年忌をする予定であるが、このところ、なにかにつけて、両親のことを思い出している。

その中でも、とりわけ、父が死んだときに、母に告げた自分の言葉が思い出される。

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私は父の通夜の席で、亡骸に寄り添っている母に「十年間は絶対葬儀を出さないからね」と言ったのであった。母は黙ってうなずいていた。

父の葬儀を終えて、半年くらいはなにかあるたびに体調を崩し、父の死によって身も心もすっかり弱ってしまった風だった。ところが、一年もしないうちにすっかりぴんしゃんして、父の介護から解放された自由さと、気ままな生活を得たような感じで、すこぶる元気になった。

母はそれから七年くらいは元気に暮らしてくれていたが、亡くなる前の二年半は病いがちで、最後は病院での十ヶ月に及ぶ闘病生活の末、一昨年に亡くなった。ちょうど父が死んで、十年と三ヶ月を生きたことになる。

息子(私)が言った「十年は葬式を出さない」という約束を、母は守ってくれたのだった。母と父は十歳違いだったので、享年はともに八十六歳。なんと月命日も同じ13日であった。こんなことなら十年といわず、十五年とか二十年とか言えば良かったなどと、今更ながら、悔いたりもしている。

「父母が この世を去りてふと想う 我に帰すべき 故郷はありや」

これはこの春、ふいに浮かんだ私の駄作の歌だが、父母を失う喪失感というか、寂寥感は、年月を追う毎に深くなるようにも感じる。

充分な親孝行をしてやれなかった後ろめたさの、裏返しなのかもしれない。昔はお盆や彼岸以外はあまりお墓参りなどしなかったが、ここ数年、よくお墓にもいくようになった。もう取り戻せない情愛が、人生の儚さを改めて教えてくれているようにも感じるこの頃である。

父母恩重経に曰く「父母の恩重きこと、天のきわまりなきが如し…」というが、亡くしてから気づく愚かさに今更ながら、愚禿の身を恥じている。

ー「金峯山時報平成25年7月号所収、蔵王清風」より

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みなさん、「父母の恩重きこと、天のきわまりなきが如し…」ですぞ。昨日、ちゃんとお礼を言えなかった方は、一日遅れでも良いので、電話でもメールでも、感謝を伝えましょうね。

*写真は父を亡くした時期によく読んでいた『父母恩重経』。最近読まなくなっていたが、この文章を思い出して、久しぶりにお唱えをすることにした。

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