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「父母追慕抄」・・・

「父母追慕抄」・・・

6月19日に父の17回忌、母の7回忌法要を合同で執り行いました。その記念に上梓したのが「父母追慕抄」。親族をはじめ、親しい方々にもらって頂きました。

まあ、私の自己満足で作った冊子です。父や母のことがなにかの形になればと思いました。

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少々、父母のことについては、デフォルメしているところもありますが、故人を追慕して褒めることが追善になるというか、浄化の作用があるのではと思っています。まったく、仏教的ではないのですが。

実は金峯山寺で10数年前に「蔵王権現能」という企画を催行して以来、なにかと、能楽の方々とご一緒する機会が出来ました。能をテーマにしたシンポジュウムにも何度か出演し、国立能楽堂の機関紙に原稿を書かせていただくなど、学もないのに能楽との関わりが増えました。大倉流宗家の大倉源治郎さんや他の能楽師のみなさんとも、なにかと親しくさせていただいて、今秋11月には東京で、来年1月には愛知の豊田市での能楽講座にも出演させていただきます。

そんな中で学びを得て、浄瑠璃や能楽の、あの情念の世界は故人に対する魂の浄化なのではないか・・・と、そういうふうに感じることがあり、そしてそれは能楽だけではなく、文章を綴る上でも、そういった魂の浄化というのがあるのでは、という思いを持ちました。

書くという行為が書く人自体の浄化であるとともに、書くことで書かれる側にも浄化の効用があるように思います。

それで、生前、十分に親孝行をしてこなかった懺悔と、その追善にああいう形で文章にしたものをあらためて冊子に組み直してみたのでした。

幾人かの方から、あの本を読んで、あらためて親孝行や、親の供養を考えたというご意見もいただきました。そういう機会にしてもらえたとしたら、それはたいへんありがたいことです。
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ただ、書名についてた「父母への追慕抄」ではなく、「への」を取って単に「父母追慕抄」の方が良かったのではないかというご意見も、2、3の方にいただきました。私も出してからそう思いました。気づきが遅かったです。

意味があるのかないのか、人生2度目の肺炎に罹患して、さまざまな思いを巡らす62度目の夏です・・・。父母への思いも人生の一コマだと感じています。

*写真は今日のあやべ市民新聞で紹介された「父母追慕抄」の記事。

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