« 2017年10月 | トップページ | 2017年12月 »

「りてんさんの綾部学」が大々的に紹介されました!

「りてんさんの綾部学」が大々的に紹介されました!

Ccf20171129_0001

毎月第4金曜日の正午から地元綾部の「エフエムいかる」というコミュニティラジオのパーソナリティをつとめていますが、その番組「たなかりてんさんの取れたてワイド763」の中で、綾部のみなさんをゲストに招く「ここからはじめる綾部学」というコーナーをやっています。先日の放送で取材があり、昨日のあやべ市民新聞紙上で、大々的に取り上げて戴きました。

綾部に帰郷して3年目。まだまだ外の関わりも多く、綾部に足が落ち着かない私ですが、古里綾部を新たに学び直したいと思い、この番組に、特に綾部を代表するような皆様をお迎えして、いろいろと教えていただくというのがこの「綾部学」コーナー。あやべ市民の方も知っているようで、実は知らなかったという新たな発見がきっとあると思って、放送をしていますが、嬉しい取材でした。記事をご参照ください。

なお、過去のゲストは以下のみなさんでした。
4月  第1回 元綾部市長 四方八洲男さん
5月  第2回  綾部市文化協会会長 木下和美さん
6月    第3回 綾部商工会議所副会頭 山下信幸さん
7月  第4回 半農半X研究所所長 塩見直紀さん
8月  第5回  綾部市民新聞社長 高崎忍さん
9月  第6回  綾部市観光協会会長 平野正明さん
10月 第7回 綾部世界連邦運動協会会長 鹿子木旦夫さん
11月 第8回 綾部市市民憲章推進協議会会長 今村博樹さん

「知人友人探訪の第22回目/花山院弘匡春日大社宮司編」

「知人友人探訪の第22回目/花山院弘匡春日大社宮司編」

23635652_1416658708431322_12486816_

「知人友人探訪の第22回目/花山院弘匡春日大社宮司編」をYouTubeにアップしていただきました。

番組中でもお話をしていますが、はじめて花山院宮司に出会ったとき「田中さん、先祖がたいへんお世話になりました」と言われたのがとても印象的でした。「なんのことかいな?」と思ったのですが、寛弘4年(1007年)8月に関白藤原道長が金峯山に参詣(御嶽詣)し、経筒を埋納したという、世に言うところの「藤原道長御嶽詣で」のお話なのです。

もう少し詳しく言うと、御嶽詣(金峯山を金の御岳と呼ぶためこう称された)のためには、まず精進潔斎が必要であり、この年閏5月17日に中宮亮源高雅宅を精進所として3月弱の長斎(本来は百日)を道長は始めています。実は蔵王権現には子を授かるという効験が信じられていて、『栄花物語』には、御嶽詣での翌年、娘の彰子の懐妊がわかった時に「みたけのしるしぞや」と喜んだと書き、皇子誕生を祈っての御嶽詣であったと述べたというのですが、そのお話のこと。なんとも、一千年の時空を越えたご挨拶をいただいたのでした。

以来、なにかと親しくしていただき、現在は日本で一番大きい巡礼の会「神仏霊場会」でご一緒して、役員を務めています。

そんな間柄での、番組出演依頼となりました。いつもにましての、楽しい宗教談義となっています。以下です。

https://youtu.be/EAffLe-kKOA

「りてんさんの知人友人探訪」は奈良・春日大社宮司の花山院弘匡さん

「りてんさんの知人友人探訪」は奈良・春日大社宮司の花山院弘匡さん

今日は、お昼から地元綾部のFMいかる「たなかりてんのとれたてワイド763」に出演します。

23722197_1416658698431323_418844730

メインのコーナーが2つ。ひとつは今年からはじめました「ここから始める綾部学」。今月は綾部市市民憲章について、綾部市市民憲章推進協議会会長の今村博樹さんをお迎えしまお話をお聞きします。12時半頃からの放送です。
                                                      
またならどっとFMとの共同企画「りてんさんの知人友人探訪」には奈良・春日大社宮司の花山院弘匡(かさんのいんひろただ)さんを迎えて、お友達トークを繰り広げます。午後1時過ぎです。こちらは先日奈良で収録した分です。ビック対談をご期待下さい。

番組の放送時間は正午から午後2時半までの生放送です。放送は http://www.jcbasimul.com/?radio=fmikaru ←こちらでリアルタイムにに聴くことが出来ます。

写真は花山院弘匡宮司さんとの収録風景です。

「仏教の普遍性について」(下)

昨日の続きです。
23795798_1653759984689984_359906237




***********

「仏教の普遍性について」(下)

現代の日本仏教界最高峰の碩学といえる高野山真言宗の松長有慶師とダライラマ法王との象徴的な面白いやりとりがある。以下、引用をする。

・・・「ダライ・ラマ法王とは集まりの時に環境問題についての話をしました。日本人はものの中にも命を認める考え方を持っている。人間の道具としてものを使うのではなく、ものを命あるものとする、お互いの命の連関の中で環境問題を考えないといけないという話です。

仏教では一切衆生と言います。日本人は石ころでも命あるものとする。山や川も全て命があり、尊崇する。それがまさに自然観だろうと思うのです。しかし、そういう話をすると、いろいろな点で話が合うところと合わないところがあるのです。その点でダライ・ラマは非常に嫌っているのですね。

あの方は、自分がインド仏教のナーランダの伝統を継いでいるのだというプライドを持っておられます。だから、インドのものの考え方をする。よく考えてみると、仏教が中国に来て、動物と植物を衆生に含めるかどうか、一切衆生悉有仏性について、中国人は盛んに議論しているのです。

インド人は、動物、植物は命を持たないものだと考えます。しかし中国では、動物までは認めるけれども植物は認めない、あるいは動物も植物も認めるのか、そういう議論があるのです。

しかし、それが一番盛んに論じられたのは日本仏教です。ですから、日本仏教、特に平安仏教は、天台でも真言でも、そういう意味では一切のものの中に命が含まれている。そして、天地万物が自然環境に根付き、全てのものがそれぞれ命を持っていて、自分の命と同じなのだという考え方がある。この話をすると、ダライ・ラマは『違う』と言うのです。やはり命があるのは人間であり、動物までだということです。

そういう議論をしてその後物別れになったのですが、それから1年ほど経ってまた日本に来られ、一緒にお昼を食べながら話しました。この前あなたが言っていた石ころにも命があるという考え方は、神道の考え方だなと言った。勉強してきたのですね。日本の仏教をそれなりに勉強してきたのです。ですから結局、仏教もそういう考えを持っていた。山や川といった命がないと思われるような全ての存在が命を持つという考えは、やはり日本に来て一番盛んになってきた」(2016年紀伊山地三霊場会議フォーラムより)

本稿では仏教の普遍性について話をしている。キリスト教、イスラム教という世界宗教は自分たちの持った普遍性を全世界に広めようとする教えである。であるから、その土地や国が持ってきた歴史や風土を破壊して、自分たちの宗教だけを広めてきたきらいがある。いま世界を席巻しているグローバルリズムやISのイスラム原理主義っていうのは、そういうキリスト教、イスラム教が持っている価値観を基盤としているところがあるのではないだろうか。

その点、仏教は同じ世界宗教と言うが、それぞれの土地や国の風土を打ち壊して打ち立てるのではなく、うまく融合して、その土地土地に根ざした信仰を育んできたといってもよいだろう。

どちらに本当の普遍性があるのか?そこのところを考えないとこれからの世界はますます困ったことになるように私は思っている。

現状の葬式仏教は糾弾されるべき点はごまんとある。寺族による寺院の私物化をはじめ、僧侶の資質の低下、葬式自体の形骸化と信仰心の希薄化などなど、数え上げればきりがないが、だからといって、あんなものは仏教ではないというなら、日本仏教は仏教ではないことになる。

しかし日本仏教は厳然と今も存在し、日本人の多くの人々の生きる支えと成っている。また葬儀という厳粛なる場を通じて、やはり仏教の持つ大きな力が人々の生きる支えを担う部分もけっして小さくない。

釈迦滅後、本来の仏教などというものはもともとこの世に存在などしていない、と私は思う。ダライラマ法王の説く仏教だって、釈迦が聞いたらひっくり返るかもしれない。わしゃ、そんなこと言うとらん、とのたまうかも知れないのである。

私は仏教が2500年にわたって持ち得た歴史自体が人類の叡智なのだと考えていて、そういう叡智が世界宗教としての仏教を仏教ならしめてきたといってもよいだろうと思う。

あっちこっちに話が言って、味噌も糞もごった煮の話になってしまったが、ふと、朝からそんなことを思いついて、筆を走らせてみた。つっこみどころ満載である。それは私の不徳でしかない。多くの叱責が予想されるので、前もってお詫びをしておく。

********



みなさん、すいません。さも今書いたようなことを言っていますが、ほんとはこれ、今年の5月28日に書き上げたもので、実はその日の朝にFBにもアップしています。私のFBを読んでくれている方は、きっと前に見たなあと感づかれたと思いますけど(^_^;)

あの頃は、確か友人が仏教原理主義のような話題を累々と書いていて、そのことに、私自身が違和感があったので、そこを言いたいだけで思わず綴った文章です。まあ、それ以外の他意はありません。いまもその意見は変わっていませんが…(笑)

写真は日本仏教ならではの尊神ともいえる「蔵王権現さま」です。

「仏教の普遍性について」(上)

朝からちょっと書いてみました。今日明日で連載します。よろしければ読んでください。

A0234068_2165931

**************

「仏教の普遍性について」(上)

仏教はいまから2500年ほど前にインドのゴータマ・シッダッタ(釈迦族から出た聖者といういみで釈尊と尊称される)が覚者(悟りを開く)となって開かれた宗教である。そのひろがりはキリスト教・イスラム教とならんで、世界三大宗教という。

仏教はインドでは早い段階で死滅する。今もわずかながらあるのでゼロとは言えないが、インド全土では仏教は1パーセントにも満たない。しかし釈尊が説いた法は、その金口説法にちかい原型を伝えるテーラワーダ(上座部仏教)系が南伝して、スリランカやタイ・ミヤンマーなどに根付いていまも国教に近い形で多くの人々の信仰を得ている。ダライラマ法王をいただくチベット仏教も、中期後期密教の教義を包含しつつもインド純粋のテーラワーダの思想を根底にしている部分も大きいと思われる(ここはちょっと怪しいかも・・・)。

かたや、釈尊が入滅して500年ほど立った頃から起こったいわば宗教革命的要素で、大乗仏教系の経典が次々と編纂され、般若思想や浄土教や密教などの新しい仏教運動を生みつつ、北伝して中国、韓国、そして日本へと伝えられてきた。

おおまかな流れなので、齟齬がたくさんあるが、まあ、一般的にはこんな仏教の変遷といってもよいだろう。

さて最近、日本の仏教の現状を捕まえて、釈迦本来の仏教とは似ても似つかぬ非なるもので、葬式仏教など噴飯ものだという論がまさに正論のように語られる風潮がある。たしかに江戸時代に寺請け制度の下、日本の大方の寺院は檀家制度に組み入れられて、葬式仏教を育んできた。いま、その葬儀の現状が音と立てて変容を遂げるその論理を支える正論が、一つにはそういう本来の仏教ではない、という論調だろう。

では本来の仏教とはなんだ。仏教とは仏の教えである。仏(釈尊)が説いた教えである。そして私が仏となる教えである。・・・ということの範疇を出ない。で、そこを根底に、2500年間、さまざまな先人が出て、仏教を発展継承させてきた。その発展継承こそが、仏教を世界三大宗教たらしめたのである。釈迦本来の仏教というなら、インドではとうの昔に死滅しているのだ。

釈迦が開いた仏教が各地につたわり、それぞれの風土や民族、歴史の違いの中で、なお、仏教として信仰され、根付いて来たことこそが、「仏教」なのだと私は確信している。

そういう意味では六世紀半ばに公式に日本に伝わる仏教は伝来当時に、すでに日本古来の信仰である神道とある種の融合がうまれ、その後には神仏習合、本地垂迹説などが興って、神と仏は共存してきたのである。仏教本来からいうなら、日本の仏教は釈尊が説いた仏教からは遠く離れて、神道教といってもよいかもしれない。・・・これはちょっと言い過ぎた。「神道と融合した仏教」、っていうくらいにしておこう。(明日に続く)

「便利なツール」

「便利なツール」

メールはたいへん便利なツールである。そして便利なだけに、ある種の不便さ、不具合にも突き当たる。

ひとつはメールをしない人とのやりとりである。メールをやっていない人に連絡を取るのには、その人の周りでメールを使っている人を見つけて、その人経由で連絡をしてもらうという方法か、さもなくば、今まで通りの手段、つまり手紙を書くか、ファックスを使うかしかない。

この過去のやり方というのが、便利なものに馴れきっている今となっては、かなり面倒なのである。パソコン上で作った文書をメールならそのまま添付ファイルで送ればすむが、手紙もファックスも一々印刷して、それから手紙なら表書きと、連絡文を添えて投函する。田舎暮らしなので、わざわざポストまで行かなくてはならない。

ファックスは投函する必要はないにしろ、やはり打ち出して、ファックスの送付状を作成して、ファックス番号を調べて、送ることになる。

手紙もファックスも、そういう付随して作業をしないといけないと思うと、どこかでおっくうになり、作業が沈滞してしまうことがままある。

もうひとつは、逆の不具合である。メールをやりとりする間柄にあるのに、物事の相談を人を介して、依頼されたりすると、なんなんだと思わせられたりする。直接やりとりが出来ているだけに、これも逆にやっかいなことだ。

先日も日本を代表するような大御所を招いてのシンポジュウムのコーディネーを依頼されたが、その内容や詳しい経緯などなにも相談されないまま、第三者を通じて、このようになりましたからと、メールが届いた。光栄なことであるとはいえ、主催者の人物とは、過去にもっとややこしい内容のやりとりなどをメールで何度もしたことがあるのにもかかわらず、いきなり、高度の内容のシンポジュウムのコーディネーター役を、本人からではなく、決定事項として、連絡されたのである。申し訳ないが、なんでも受けるポリシーの私としても、さすがにこれでは受けならない。

少なくとも、シンポのコーディネーターの依頼をこんな形で、私はしたこともないし、されたこともない。なにを考えているんだろうと、不信感しか生まれないのである。

メールは便利なツールであるが、便利さ故に、不具合もいろいろとついて回るのだなあと、改めて思いを致している。

「明日は花山院宮司様の登場!」

「明日は花山院宮司様の登場!」

23550246_1646400892092560_389010386

ご存じのように、綾部のコニュニティラジオ「FMいかる」と奈良市のコニュニティラジオ「ならどっとエフエム」さんで、パーソナリティのレギュラーをつとめています。

その番組の中で、私の知人友人をお招きして、ゲストトークをさせていただいています。
毎回、ものすごい豪華メンバーで、今月もビックなゲストをお招きします。

次回放送は明日11月17日。

今回のゲストは奈良・春日大社宮司の花山院弘匡(かさんのいんひろただ)さん。花山院宮司は1962年9月7日生れ,佐賀県出身。85年3月國學院大學文学部神道学科卒業。87年4月奈良県立富雄高等学校に赴任。96年4月奈良県立片桐高等学校に転任,2004年4月奈良県立奈良高等学校に転任のあと,08年4月春日大社宮司就任されました。

藤原道長のひ孫、家忠を祖とする花山院家の第33代当主さまです。父上も先々代の宮司で、幼い頃から境内の一角でお育ちになりましたが、「おやじと同じ道を歩むとは考えたこともなかった」と…。ところが高校の社会科教師だった45歳の時、前宮司の体調不良で後継を要請され、「教えるプロとしての自負があったのに、突然『すぐに教師を辞めてほしい』と言われた」そうです。結局、周囲に説得されて、宮司となられましたた。春日大社宮司としては明治以降で第11代目に当たられます。

宮司とは私が教学委員長を務めている日本一の霊場「る神仏霊場会」でもご一緒していて、現在宮司さまは霊場会の副会長をお務め頂いています。

番組はサイマルラジオで、どこでもリアルにエアチェック出来ます。よろしければ、是非、お聞き下さい。

放送は明日の17日の午後3時から4時までです。
  ↓
http://www.jcbasimul.com/?radio=narafm

なお、「りてんさんの知人友人探訪」はYouTubeに順次あっぷしてもらっています。過去の放送分の全てがアップされています。是非ご覧下さい

○FMいかる「知人友人探訪」出演者一覧
<平成28年>
4月13日 
第1回 村上保壽高野山大学名誉教授
5月11日
第2回 倉田宇山空援隊専務理事
5月25日
第3回 宮城泰年聖護院門主
6月9日
第4回 狭川普文東大寺第222世別当
7月13日
第5回 森谷英俊興福寺副貫主
7月27日
第6回 宗教学者正木晃先生
8月24日
第7回 岡本彰夫元春日大社権宮司
9月14日
第8回 村上太胤薬師寺管長
10月19日
第9回 田中敏彦元地域部長と映画監督塩崎祥平氏
11月18日
第10回 石田太一唐招提寺副執事長
<平成29年  >
1月4日
第11回 五條良知金峯山寺管長
1月25日
第12回 辻本浩司奈良県庁観光局局長
2月22日
第13回 宗教人類学者植島啓司先生
3月22日
第14回 信貴山真言宗朝護孫子寺鈴木貴晶管長
4月28日
第15回 カンヌ映画祭グランプリ映画監督河瀬直美さん
5月26日
第16回 東大寺第221世別当・筒井寛昭現東大寺長老
6月23日 
第17回 森清範清水寺貫主
7月28日
第18回 龍谷大学名誉教授淺田正博先生
8月25日
第19回 漢方医桜井竜生氏
9月22日
第20回 清風高校校長平岡宏一先生
10月27日
第21回 NPO法人音楽の森理事長 荒井敦子氏

アドレスは以下です。
 ↓
https://www.youtube.com/channel/UC7QVbr1Vj7sbtHdYECt6Ufw/videos

*写真は再生回数がトップの聖護院宮城猊下との回の収録の様子。

「能楽と田中利典さん」

「能楽と田中利典さん」

人間国宝に認定された能楽小鼓方宗家大倉源次郎さんとは、なんども対談やシンポジュウムでご一緒した旧知の間柄である。その宗家が9月に新刊を上梓された。「大倉源次郎の能楽談義」(淡交社刊)です。

https://www.amazon.co.jp/%E5%A4%A7%E5%80%89%E6%BA%90%E6%AC%A1%E9%83%8E%E3%81%AE%E8%83%BD%E6%A5%BD%E8%AB%87%E7%BE%A9-%E5%A4%A7%E5%80%89-%E6%BA%90%E6%AC%A1%E9%83%8E-%E8%83%BD%E6%A5%BD%E5%A4%A7%E5%80%89%E6%B5%81%E5%B0%8F%E9%BC%93%E6%96%B916%E4%B8%96%E5%AE%97%E5%AE%B6/dp/4473042006/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1510604382&sr=1-1

・・・実は宗家に依頼され私も本文中に一文を載せている。ほんのささやかな一文である。以下、ご紹介する。

51ldfsbaq8l__sx350_bo1204203200_

**********

「能楽と吉野山」金峯山寺長臈 田中利典

能楽の世界など全くの門外漢な私が縁を得たのは、平成12年の役行者1300年大遠忌記念に吉野山金峯山寺の本堂蔵王堂内にて、「谷行」の奉納舞台を催行したのがはじまりだった。吉野山での本格的なお能の上演は明治初年の神仏分離による金峯山寺の一時廃寺以来、百数十年ぶりの快挙となった。

ご縁は更に広がる。吉野の隣町、大淀町で中世期に存在した「桧垣本座」の復興活動にも関わりを得たのがきっかけで、今では蔵王堂秘仏ご開帳前夜祭として、復興した「ちびっこ桧垣本座」の子どもたちや能楽師の先生方をお招きする奉納の舞台を、毎年春に開催している。悠久の歴史と花の吉野にふさわしい、能楽との再縁に深く感謝するものである。

***********

11月10日の東京・銀座能楽堂での「能楽師津村禮次郎師公演」での講演といい、なにかと能楽師の方との御縁をいただいているが、山伏として、ありがたいことである。

なお来年1月20日には愛知県の豊田能楽堂でも、能楽講座に招かれて、お話をすることになっている。

能狂言が見たくなる講座 第4回 「能と仏教(3) 修験道・山伏とは何だろう(2018年01月20日<土> 開場:13:30 開演:14:00)
会場:豊田市能楽堂 

http://www.t-cn.gr.jp/info_n/1900/

ホントは能楽のことなど、全く理解出来ていないのに、厚かましいかぎりであります。

「友の死を悼む・・・」

「友の死を悼む・・・」

14729238_535816903284370_8291208630

「どうも体調が悪いから今日の長崎出張はやめて、一日養生するわ…」といって自室のベットに戻ったきり、大動脈剥離で急逝した友人。その彼の弔いために、湘南の閑静な住宅街にある彼亡き自宅を、今日訪ねてきました。

「私はまだ主人の死を受け入れられなくて…」と満中陰を過ぎてもなお、涙ぐむ奥様の姿が痛々しく、いかに愛されていたご夫婦か、心に伝わって来ます。

「ともかく経文を上げさせてください」と霊前に向いました。

「なーんだくわさん、元気じゃないか」と思わず声をかけたくなる遺影。その写真を前にして、ひとしきり、お経を読みました。

「くわさん、死んだんだよ」と声明の旋律に乗せて、彼に言い聞かせるように心を込めました。「でもありがとうね。ホントにお世話になったね。感謝してます。ホントに感謝です」と、葬儀に来れなかった詫びを言いつつ、生前お世話になった感謝の気持ちをお経に込めたのでした。享年64歳。私より一つ年上の、兄のような人でした。

経を読み終えると、憔悴する夫人を気遣って毎日来ているという娘さんから、「父はみなさんの中ではどんな人間だったのですか。是非教えて下さい」と聞かれたのでした。

「くわさんはまるごと、利他の人でした。私とのお付き合いはわずか3年たらずですが、会ってからのくわさんは、常に自分に関わる人のために、その人の良いところを引き上げて、なんとかその人に役に立ちたいと労を惜しまぬ人でしたよ。私もずいぶん助けられた。つい亡くなる数日前も、いろいろと褒めてもらって、励ましてもらっていました」

そう・・・くわさんはホントに「利他の人」でした。そのいかつい風貌からは思いも付かない細やかな気遣いが出来る、とてもとても心優しい、素敵な人でした。惜しんでも惜しみきれませんが、そんな友人のいきざまに、彼の人生の最後の部分ではあったけれど、多少なりとも関われたことは私も幸せでした。

奥さんから聞いた話では、急逝するその前夜に、自分の財産のことやお墓のことなど、奥様の老後の心配も含めて、するべき事はすでに終え、言うべきことは全部いい伝えておられたとのこと。いま思えば、とても清らかな終焉だったそうです。私には到底まねなど出来ないなあと、改めて彼の凄さを知ったのでした。

「あんまり泣きすぎては、くわさんが悲しみますよ。もう、僕のやるべきこそは全部やり終えて逝ったのだからと、きっと彼は笑いながら、悲しみにくれる奥様のことを気遣ってくれていますよ」と、くわさんの代わりに奥様を諭して、私はなごり惜しいご自宅を後にしたのです。

彼の住んだ湘南の町は、立冬だというのに暖かな秋晴れの空が広がり、爽快な風が吹き抜けていました。まるで、彼の人柄そのものような清風の中で、私は彼との、今生の別れを告げたのでした。

もう一度言います。「くわさん、ありがとね」。

*写真は彼のフェイスブックから借りました。写真をみると、涙がこぼれます。いい人でした。

続続続続々と・・・「知人友人探訪の第21回目/NPO法人音楽の森理事長荒井敦子先生編」

続続続続々と・・・

22751993_1394058884024638_202157172

「知人友人探訪の第21回目/NPO法人音楽の森理事長荒井敦子先生編」がYouTubeにアップされました。

私たち兄弟ともに親しくさせて頂いている歌の先生との、爆笑トークをお聞き下さい。

...

ともかくまあ、全編にわたって元ディスクジョッキーでもある先生のマシンガントークが炸裂しています。

私の甥っ子さんのメインボーカルによる、荒井先生の新曲「蔵王のこころ」など、歌の先生のゲストならではの話題もたくさんありますので、楽しいですよ。

以下です。

https://www.youtube.com/watch?v=2XpdZ0C_6lM&app=desktop

林南院大護摩供をYouTubeにアップ

23261872_1464528253624296_334624167

おはようございます。

一昨日終えた、自坊林南院あやべ脳天秋季大祭・採灯大護摩供と火渡り式のビデオをYouTubeにアップしていただきました。

開始10分頃からの、ドローンによる空撮は圧巻です。大護摩供の空撮は貴重なものですし、想像以上に素晴らしい迫力です。

...

https://youtu.be/JGOgPueeW28

ぜひ、ご覧下さい。

「いよいよ、準備はじまります」

「いよいよ、準備はじまります」

11月3日は自坊の林南院/あやべ脳天大祭です。今日からお弟子さんたちが順次、お手伝いに来てくれます。今年も無事に大祭が執行出来そうです。

改めまして、参拝のご案内を致します。

Ccf20171024_0001

************

あやべ脳天大祭~首から上の守り神・受験祈願の神祭(かみまつり)

来る11月3日(祝)には自坊林南院脳天堂の秋の大祭を迎えます。昭和52年に吉野・金峯山寺竜王院より、丹波綾部の地に脳天大神様を勧請し、脳天堂としてお祀りして以来、首から上の願い事、受験の神さまとして信仰を集めてきました。今年は金峯山寺より五條良知管長猊下や修験衆を迎え、リニューアル大祭として執行いたします。

当日午後は、頭病平癒やボケ封じ、受験合格祈願をはじめ、天変地異災害の鎮静を祈り、例年通り、大峯秘法採灯大護摩供、並びに参拝者も一緒に行じていただく火生三昧・火渡り式を行います。

是非、大祭法縁にご来山いただき、秋の一日安穏な気持ちでお詣り下さい。

なお午前中の法要では、大祭法要と共に、報恩謝徳のお祈りも致します。早めに来山頂き、共にお参り下さい。初めての方もお気軽においでください!合掌

*特別祈祷(1万円・5千円)、脳天のぼり(各3千円)、護摩木(1本3百円)等をご希望の方は、同封の別紙申込み書によりお申し込み下さい。当日参拝ができない方もそれぞれご祈願申し受けます。当日受付も致します。

****林南院あやべ脳天大祭執行要項****

日 時  11月3日(祝) 午前10時半より
厳修方  午前10時半頃  内法要・法華三昧
     午前11時半  住職法話
     正  午    昼 食(五目飯弁当)
     午後1時頃    大峯秘法採燈大護摩供厳修
             引き続いて火渡り式・火生三昧修行
             古札発遣、古札焚き
     午後3時頃   お札渡し・特製ぜんざいのご供養
     ◎古いお札等は当日、ご持参いただければお焚き上げ致します。

« 2017年10月 | トップページ | 2017年12月 »

本・著作

最近のトラックバック

Twitter

  • Follow me
  • Twitter
    TwitterPowered by 119
2018年10月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      
無料ブログはココログ