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「便利なツール」

「便利なツール」

メールはたいへん便利なツールである。そして便利なだけに、ある種の不便さ、不具合にも突き当たる。

ひとつはメールをしない人とのやりとりである。メールをやっていない人に連絡を取るのには、その人の周りでメールを使っている人を見つけて、その人経由で連絡をしてもらうという方法か、さもなくば、今まで通りの手段、つまり手紙を書くか、ファックスを使うかしかない。

この過去のやり方というのが、便利なものに馴れきっている今となっては、かなり面倒なのである。パソコン上で作った文書をメールならそのまま添付ファイルで送ればすむが、手紙もファックスも一々印刷して、それから手紙なら表書きと、連絡文を添えて投函する。田舎暮らしなので、わざわざポストまで行かなくてはならない。

ファックスは投函する必要はないにしろ、やはり打ち出して、ファックスの送付状を作成して、ファックス番号を調べて、送ることになる。

手紙もファックスも、そういう付随して作業をしないといけないと思うと、どこかでおっくうになり、作業が沈滞してしまうことがままある。

もうひとつは、逆の不具合である。メールをやりとりする間柄にあるのに、物事の相談を人を介して、依頼されたりすると、なんなんだと思わせられたりする。直接やりとりが出来ているだけに、これも逆にやっかいなことだ。

先日も日本を代表するような大御所を招いてのシンポジュウムのコーディネーを依頼されたが、その内容や詳しい経緯などなにも相談されないまま、第三者を通じて、このようになりましたからと、メールが届いた。光栄なことであるとはいえ、主催者の人物とは、過去にもっとややこしい内容のやりとりなどをメールで何度もしたことがあるのにもかかわらず、いきなり、高度の内容のシンポジュウムのコーディネーター役を、本人からではなく、決定事項として、連絡されたのである。申し訳ないが、なんでも受けるポリシーの私としても、さすがにこれでは受けならない。

少なくとも、シンポのコーディネーターの依頼をこんな形で、私はしたこともないし、されたこともない。なにを考えているんだろうと、不信感しか生まれないのである。

メールは便利なツールであるが、便利さ故に、不具合もいろいろとついて回るのだなあと、改めて思いを致している。

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