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「友の死を悼む・・・」

「友の死を悼む・・・」

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「どうも体調が悪いから今日の長崎出張はやめて、一日養生するわ…」といって自室のベットに戻ったきり、大動脈剥離で急逝した友人。その彼の弔いために、湘南の閑静な住宅街にある彼亡き自宅を、今日訪ねてきました。

「私はまだ主人の死を受け入れられなくて…」と満中陰を過ぎてもなお、涙ぐむ奥様の姿が痛々しく、いかに愛されていたご夫婦か、心に伝わって来ます。

「ともかく経文を上げさせてください」と霊前に向いました。

「なーんだくわさん、元気じゃないか」と思わず声をかけたくなる遺影。その写真を前にして、ひとしきり、お経を読みました。

「くわさん、死んだんだよ」と声明の旋律に乗せて、彼に言い聞かせるように心を込めました。「でもありがとうね。ホントにお世話になったね。感謝してます。ホントに感謝です」と、葬儀に来れなかった詫びを言いつつ、生前お世話になった感謝の気持ちをお経に込めたのでした。享年64歳。私より一つ年上の、兄のような人でした。

経を読み終えると、憔悴する夫人を気遣って毎日来ているという娘さんから、「父はみなさんの中ではどんな人間だったのですか。是非教えて下さい」と聞かれたのでした。

「くわさんはまるごと、利他の人でした。私とのお付き合いはわずか3年たらずですが、会ってからのくわさんは、常に自分に関わる人のために、その人の良いところを引き上げて、なんとかその人に役に立ちたいと労を惜しまぬ人でしたよ。私もずいぶん助けられた。つい亡くなる数日前も、いろいろと褒めてもらって、励ましてもらっていました」

そう・・・くわさんはホントに「利他の人」でした。そのいかつい風貌からは思いも付かない細やかな気遣いが出来る、とてもとても心優しい、素敵な人でした。惜しんでも惜しみきれませんが、そんな友人のいきざまに、彼の人生の最後の部分ではあったけれど、多少なりとも関われたことは私も幸せでした。

奥さんから聞いた話では、急逝するその前夜に、自分の財産のことやお墓のことなど、奥様の老後の心配も含めて、するべき事はすでに終え、言うべきことは全部いい伝えておられたとのこと。いま思えば、とても清らかな終焉だったそうです。私には到底まねなど出来ないなあと、改めて彼の凄さを知ったのでした。

「あんまり泣きすぎては、くわさんが悲しみますよ。もう、僕のやるべきこそは全部やり終えて逝ったのだからと、きっと彼は笑いながら、悲しみにくれる奥様のことを気遣ってくれていますよ」と、くわさんの代わりに奥様を諭して、私はなごり惜しいご自宅を後にしたのです。

彼の住んだ湘南の町は、立冬だというのに暖かな秋晴れの空が広がり、爽快な風が吹き抜けていました。まるで、彼の人柄そのものような清風の中で、私は彼との、今生の別れを告げたのでした。

もう一度言います。「くわさん、ありがとね」。

*写真は彼のフェイスブックから借りました。写真をみると、涙がこぼれます。いい人でした。

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