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「わが死の話」

「わが死の話」

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古い文章を調べていて、自分で書いた「死」の話を見つけた。まあまあ面白いと思うので、掲載する。

①友人が自分の死について書いていた。それを読んで、私も、ちょっと自分の死について考えてみて、一文を書いてみたくなった。友人も私も互いにそういう歳なんだろう‥。ところで、死を考えるといっても、まだ本当の意味では、身につまされるような切迫感はないわけで、切迫感が無いからこそ、自分の死をある意味自由に、そしてまあ楽しげに考えられそうな気がする。

...

②そりゃもう目の前に死が迫ってしまっていると、自分の死を優雅に語ることなどというようなことは間違いなく出来なくなっていて、きっと必死でもがいているか、余裕が無くオタオタしているに違いないだろう。まだまだどこか死が少し遠くて、でも、そろそろ人ごとではないくらいという、身近さにある今のうちに、ちょこっと考えるのも悪くはないかもしれないだろう。

③ちょっと前になるが、大学の同級生が胃がんで摘出手術をした。後から聞いて、見舞いにいくと連絡をしたが、元気になってから会いたいというので、返事を待っている。でもなかなか言ってこないので心配である。癌はやはり人ごとではない歳なのだと思う。同情ではなく、自分の事として、彼には会いたいと思う。

④私には家族もいるし、支えてくれる友人も多い…いや、多いかどうかははなはだ怪しいが、自分では多いと思っている、ということである。で、もし身体が衰えたら、たくさんの人に心配をかけたり、やっかいになったりすることになるが、それはやはりいやだなあと思う。もう何年も前になるが、母がお正月明けに重篤になり、10ヶ月入院して結局一度も退院出来ないまま亡くなったが、日々衰えている母を見ながら、さぞかし辛いだろうなあと痛感した。いずれ私も行く道…なのだろうが、母は入院生活によく耐えて、最後は「ありがとう、ありがとう」とお礼ばかりを言っていた。

⑤私は母のようにはなれそうにないし、過度に妻や子どもに世話になるのも、なんだか辛い。かといって知らない人にお世話になるのももっと寂しいような…。だとすれば「突然死」が理想といえば理想のようにも思うだが、といってどういう「突然死」がいいのかは皆目見当がつかない。とにもかくにも、たくさんの人に迷惑をかけるようなことも出来たら避けたい。

⑥死について書いていた友人曰く、「断食死」がいいと言っていた。まあ、それも悪くないと思う。ただ少しずつ食事の量を減らし、五穀を立ち、断食死に至るというのは、そうとう覚悟と気力がないと無理なような気がする。断食は以前から「三日断食道場」を寺内で開いていて、私も10数度やったが、たかが三日くらいの断食経験ではたぶん「断食死」は無理だろう。

⑦じゃあ、いったいどんな死に方がいい…って改めて問うてみるが、やはり最後はお任せしかないのかもしれない。ちょくちょく本などにも書いたことがあるが、大峯奥駈修行中に、死をイメージした経験ある。目を閉じると、頭上から白い大きな光が降りてきて、包み込まれるような気持ちになった。あぁ、こういう感じで死を迎えられたらと思ったのであった。

⑧「白い高貴な光に包まれるような死に方」をするのには、それこそ生きている間にそれに相応しい生活や人生を送らなければならないと、そのときの体験で痛切に感じたが、そういう死に方はきっとなかなか自らの毎日を顧みるとき、自信がない。やはりみんなに迷惑をかけまくって、のたうち回るような臨終が関の山なのかもしれない。

⑨過去に書いた「死について」の連続ツイートでした。これが遺言にならないようにしなくちゃ。きっと10年も経つと違う「死生観」になっているはずだから‥。

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