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「新潮選書の新刊、発売間近」

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「新潮選書の新刊、発売間近!」

いよいよ、明後日3月29日から全国書店で、新潮選書『修験道という生き方』(新潮社刊)が発売されることになります。見本が手元に届きました。

新刊『修験道という生き方』は8年前の2011年秋、金峯山寺と聖護院を舞台に、当時宗務総長だった私と、宮城泰年聖護院門主・哲学者内山節氏の三者で鼎談したもので、内山先生がまとめられた作品。

「修験道こそが日本の民衆仏教だ」という過去になかった切り口で話が展開される珠玉の書となっています。

実際には8年前の鼎談なので、いろいろ状況も変化していて、昨年秋に初稿が届いて以来、東日本大震災当時のことなど、現状との雰囲気の違いなどもあり、手直しを迷いました。

結果、私のパートの中には、8年前の話なのか、いまの話なのか、交錯させてしまう加筆の失敗もありましたが、内容的には、内山先生渾身の、今だからこそ、出版されるという大きな意義が読み取れる内容となっています。ご高覧にあずかれれば幸いです。

けっこう宮城猊下も私も、自分の今までの人生を語ったりもしています。

修験道に興味のある方、あるいは修験道に身を置く人には必読の作品と自負出来ます。全国の有名書店及び電子出版でも発売されます。単行本は税込1296円。

「電子書籍版/吉野薫風抄の表題募集結果発表」

「電子書籍版/吉野薫風抄の表題募集結果発表」
先日からFBを中心にツイッターやBLOGやミクシイでお願いしました私の処女作『吉野薫風抄』の電子書籍化に伴うタイトルをアンケートさせていただいた結果がでましたので、発表致します。
だんとつ1位が「修験道、あるがままに」でした。2位が「素顔の修験道」でした。
表をご覧ください。
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集計表の1段目が「爽やかな風とともに 修験道の語らい」という表題が長くて、2段目の「修験道、あるがままに」の表記が出ていませんが、2段目が「あるがままに」です。全体の30%越えです。2位で24.7%が「素顔の修験道」。素顔もあるがままもまあ意味は同じようなものなので、半分以上がそういう着飾らない表題がよいという結果でした。
別の案を考えて頂いたみなさんも含めて、ありがとうございました。
『修験道、あるがままに』をタイトルに、吉野薫風抄をサブタイトルにして、電子新装版をお届けさせていただくことになります。しばし、お待ちください。
*ココログの不具合で発表が遅れましたこと、お詫び致します。画像、ちゃんと貼れてるかしら・・・

「ご意見、くださいませ・・・!!」

「ご意見、くださいませ・・・!!」

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私の処女作にして、最高傑作?の『吉野薫風抄』を、このたびリニューアルして、電子書籍化いたします。

そこで、そのタイトル案をいくつか考えました。もしよろしければみなさんのご意見をお聞き出来ればと思うます。

候補の中から、これ、っておもうものを1つ乃至2つ、☑してください。よろしくお願い致します。

詳細は以下です。
   ↓
https://docs.google.com/forms/d/e/1FAIpQLSetwgC3BpUuO8VUHYfbaj1D_z50lEEnI4XuF1g9nq49tSWaRA/viewform?vc=0&c=0&w=1

「紀伊山地の霊場と参詣道は日本的で多様な精神風土が残る稀有な場所」

「紀伊山地の霊場と参詣道は日本的で多様な精神風土が残る稀有な場所」

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明治初年(1868)の神仏分離令によって、伝統的に神仏習合によって成り立っていた日本固有の宗教体系は世俗的権力によりつき崩されます。伊勢神宮を頂点とする神道国教化政策により、神仏習合の修験道は存在することさえ許されず、明治5年に修験道廃止令が出ます。全国各地にあった修験道は一時消滅し、大方が廃寺となったり神社になったりしました。金峯山寺も一時廃寺となり、仏寺として復興されたのは明治19年です。

一方では1906年の神社合祀の勅令により、1914年までに約20万社あった神社のうち7万社が取り壊され、次々と国有地として没収。森林は伐採され民間へと売却されていきました。

そうした苦渋に満ちた歴史を踏まえた上で、我々は神道や仏教のみならず、いかなる宗教をも受け入れるという寛容で融和的なわが国の宗教風土を、改めて見直していかねばならないと思います。

明治の近代化政策の中で、レリジョン(Religion)という一神教的価値観の宗教概念を「宗教」と訳して使用しだしましたが、その宗教概念が入ってくる前から、日本には仏教や神道という信心の世界がありました。

日本人が本来戻るべきは明治より前で、近代の歪みがうまれる以前からはぐくまれていた日本の風土・習慣・信仰心を見直すしか、将来をひもとく糸口はみつからないのではないかと思います。

日本人の精神の基をはぐくんできた多様な形の、創造主をもたない宗教というのは、一神教の宗教とは成り立ちが全く異なるものです。紀伊山地の霊場と参詣道はそういう、一神教の価値観に凌駕されない日本的で多様な精神風土がまだ残っている稀有な場所だと思っています。

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これは2年ちょっと前に、宗教人類学者の植島啓司先生や熊野本宮大社の九鬼宮司たちと、東京で開催した世界遺産シンポジュウム「紀伊山地の霊場と参詣道の本質を探る」(2017年12月9日 於:東京・ベルサール九段)での私の発言です。World Cultural Heritage(Japan)日本の世界文化遺産サイトの中でアップされています。シンポジュウムの記録は以下です。よろしければご覧ください。

http://www.worldheritagejpn.com/include/sympokiijp.html
#吉野 #熊野 #高野山 #紀伊山地の霊場と参詣道

★なお、今年の秋、また植島啓司先生・九鬼さんといういつもの凸凹メンバーで、世界遺産登録15周年記念のシンポが計画されています。場所は三重県尾鷲市です。

神仏霊場巡拝の道「奈良エリア会議」

神仏霊場巡拝の道「奈良エリア会議」

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昨日は、奈良市の春日大社景雲殿にて、神仏霊場巡拝の道「奈良エリア会議」に行ってきました。打ち合わせを含めて、正味、2時間余の会議でしたが、血圧が急上昇。

半日断食は9日目に入り、体重は4キロ減って、理想体重目前まで来ています。しかしながらなかなか血圧が下がってくれません。いろんな健康法もやっているのですけどねえ。

仕事するな、っていわれているのかなあ…とほほ(^^;)

なお、神仏霊場会奈良ブロックでは、奈良県観光局観光プロモーション課の協力のもとに、今月下旬より「神仏霊場 奈良エリア巡礼アプリ」を運用する予定です。

乞う、ご期待!!

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