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「生と死・・・修験道に学ぶ」①

「生と死…修験道に学ぶ」①
 第42回日本自殺予防学会特別講演
「あるべきように生きるー地域の繋がりの中で自殺を防ぐー」 

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昨年10月に行った第42回日本自殺予防学会「あるべきように生きるー地域の繋がりの中で自殺を防ぐー」での特別講演が掲載された一般社団法人日本自殺予防学会の機関誌が送られてきました。

自殺予防学会というたいへんアカデミックな学術大会で、しかもいささかナイーブな問題を扱うだけに、修験道の話など、どうかなとも思いましたが、なにしろJAXAで宇宙飛行士と山伏の話さえしたくらいですから、今回も断らずにお受けしました(^_^;)

全文掲載はいささか長いので、少しはしょって、重要なところだけ、何回かにわけて掲載します。よろしければお読み下さい。

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□私にとっての死
                       
私にとって子どもの頃から「死」は怖いものでした。自分の「死」をイメージすると、必ず、地球を外側の宇宙から見ている映像が思い浮かびました。つまり自分が死ぬことによって、地球や世の中の生活は続いているのに自分だけが疎外されるという孤独感を強烈に抱いていたのでした。

その怖い死が身近なものとして感じる出来事は、19歳の時と、その19年後の38歳の時に起きました。2度とも、親友を亡くしたことでした。

一人は大学時代に知り合ったKという友人で、知り合って1年足らずの頃、彼は自殺しました。彼とは大学に入って入部した歴史学研究会で出会いました。いまからおもえば共産党系のクラブで、夏休みを過ぎるころになると部員は街頭デモなどに動員されるようになり、「なんか違うなあ」と言うことで、新入生の私達数名は部を辞めました。K君も一緒に辞めました。辞めてからも付き合いは続いたのですが、2回生の春、私もなんどか呼んでもらった下宿先の部屋で、自分の将来を儚んで、彼は自らの命を絶ったのでした。実は私も大学に入る前に自殺願望を持ったことがあるので、このとき、なぜ力になれなかったのかと悔やみました。

二人目は中学時代からの大親友で、突然の事故死でした。お互いの結婚式にも呼び合った深い関わりの友人でした。その彼が、夏休みに会社の同僚と海水浴に行き、波にのまれて溺死したのでした。泣きながら、彼のお葬式に向かったことを昨日のことのように覚えています。人間というのは本当にあっけなく死ぬものだなということを、この二人の親友が教えてくれました。

私が生まれた時にはすでに祖父も祖母も亡くなっていたし、親しい親戚もなかったので、身近な人の死を目の当たりにしたのは2人の死が初めてだったのです。「死」は「生」の裏返しであるとは世間でよく言われる言葉ですが、私にとって二人の突然の死を考えることは、その後の私自身の生と向き合うことでもありました。また私が自分の生と向き合うことで二人の友人の死がいまなお、私の中で生き続けているともいえます。(以下次回へ)

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