2008年5月14日 (水)

義父の葬儀

8日、家内の父が亡くなりました。

朝起きてきて、しばらくして茶の間で突然倒れ、救急車をよんだが、もう事切れていたそうです。

その日は大阪行きの予定であった私でしたが、電車に乗ったとたんに訃報を聞いて、引き返えすこととなりました。

義父は朝6時にふつーに起きてきて、いつもどおりお茶を飲んで、そして急にばたっと倒れたようです。

私が病院に着いたときにはまだあたたかいくらいの義父だった。それから大あわてで警察や役場などを走り回って葬儀の準備に奔走していたが、ふっと思うと、なんと人の命とははかないものなのだと、思いますねえ。 大往生といえば大往生だが、享年73歳の人生は少し早すぎます。

そんな義父の訃報については沢山の方々に弔意を頂戴しました。 ありがとうございました。

実は私は通夜だけ済ませて、会津若松の講演会に出かけたため葬儀は欠席するという不義理なことになってしまいましたが、講演会も迷惑はかけられないので、義父にはお許しをいただく以外はありませんでした。

罪滅ぼしもかねて、通夜では旦那寺の読経の後、通夜読経のし直しをさせていただきました。

その通夜の席で思ったのですが、浄土真宗はもう終わってるのではないかと危惧をしました。

義父の通夜は簡単なお経のあと、簡単な通夜法話。しかもよくみるとコピー用紙にプリントした法話原稿2枚半をそのままよんだだけ・・・。 ご家族の介護の功もむなしく・・・って読んでましたが、義父は朝6時過ぎにふつーに起きてきて、突然倒れて死にました。介護の余地もなにもないのですが、ひな形どおり読んでおられました。 そんな言葉の後に、阿弥陀様のご本願に導かれて…云々を言われてもむなしく響くだけ。

決して悪い人ではない僧侶でしたが、お経にも力が感じられず、なんか宗教家としての迫力とか説得力が欠落しておらたように感じたのは私だけではなかったようです。

葬式仏教と揶揄されますが、もっと根性をいれた葬式仏教をやってもらいたいものです。葬式をなりわいとしていない私の方がよっぽどちゃんとしてあげられると思いました。・・・そこまでいうのはちょっと気の毒かなあ。

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2008年5月 3日 (土)

鯉のぼりです。

5月 爽風 鯉のぼり・・・

子どもの日は5月5日ですが、その日は大阪出張なので、おととい、今日と、鯉のぼりをあげた。

大変大きい鯉のぼりなので、いつも大変なのですが、気持ちよく風に泳いでいました。080501_13170001 080501_13270002 080503_14460002

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2008年4月26日 (土)

チベットを憂う

遅ればせながら、チベットの争乱について、先月末に書いた文章を添付します。

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「チベットを憂う」

チベットでデモ隊と中国軍との衝突が起き、多くの人々の血が流された。中国の併合統治政策に不満を持つチベット人民が北京オリンピックを前にデモを起こし、人民軍と衝突したのが原因である。そのデモ隊の中にはチベット仏教の僧侶もたくさんいただけに、同じ仏教者として、心が痛い思いでこのニュースを聞いた。ことの次第を中国政府はなかなかつまびらかにはせず、未だに本当の所は公表されていないが、国家権力と民衆の間で殺戮が行われたことは間違いない。しかしこの事件に対して、日本政府も、そして各仏教教団ももっと声を大にして、中国政府の暴走を糾弾しないといけないのに、その動きは緩慢で、もどかしさを感じているのは私一人ではあるまい。

一昨年、盟友でチベット仏教の研究者である正木晃先生とともにチベットを訪ねた。今回の事件が起こったラサには3日ばかり滞在したし、ラサからもう少し奥に入ったギャンツェやシガツェなど、チベット仏教の聖地を中心に一週間ばかり各地を廻らせていただいたのであった。それだけに今回の事件は生々しく受け取っている。

そのときしたためた紀行記にも書いているが、丁度私が訪問したのは青海省の省都・西寧とチベット自治区・区都ラサを結ぶ青海チベット鉄道が開通する直前であった。あの時期でさえ、チベット国内には怒濤のように漢民族の人たちが流入し、元々かの地に住んでいたチベット人たちの生活を脅かしていたのを目の当たりにしたが、鉄道の開通でその速度がいよいよ増したことは想像に難くない。

一昨年の段階でこういう事態に至ることは、紀行文の中でも私は密かに予測している。その危惧が実際となったのだ。

昨年の伊勢神宮フォーラムでチベット仏教最高指導者のダライ・ラマ法王にも謁見したが、平和的解決を訴えるダライ・ラマ法王は今回の事態を誰よりも憂慮しておられるようである。CIAからの資金提供や、日本ではオウム真理教や阿含宗、念佛宗無量寿寺とのいささかいかがわしい関係など法王の行状にはいろいろな意見もあるが、1959年の亡命以来、中国政府との長い戦いを過ぎ越してこられたそのタフネスぶりは余人の届かざるところであろう。大中国に立ち向かう一仏教者のすごみを謁見の中で感じたが、平和的解決に向けての法王の行動を期待したい。

いづれにしても、二十一世紀を迎えた今、前近代的な暴虐に対しては世界的に許されざる事態であるし、大きな声を挙げて糾弾しなければならないだろう。私もいくつかの団体を通して、中国政府や日本政府に早期解決に向けた請願書などを送ったが、大きな不幸を招く前に、ともかく平和的な話し合い、解決の道を求めてやまないものである。 それが中国にとっても中国国民にとってもけっして悪いことではないはずだと思っている。

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ミクシイつながりで何人かのマイミクさんも紹介しておられますが、上記文章に書いているようにいくつかの請願書などを中国政府や日本政府に送りました。もし賛同いただける方は、是非、以下のところの公開書簡に署名いただけませんか?私も呼びかけ人として名前を連ねさせていただいています。

http://www.tibetsupport.net/

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2008年4月18日 (金)

うこん桜が咲きました!

080418_14570001 080418_14580002 080418_14580003 昨日に続き今日も雨です。

観光客の方はみなずぶ濡れで歩いておられます。お気の毒です。

雨の中、観音堂の大祭がありました。

本坊の庭の、遅咲きの桜…「うこん桜」が満開です。

白い大ぶりの桜花です。この花が咲くと、吉野の春も終わりに近づきます。

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2008年4月14日 (月)

W61P 衝動買い!

1年半ぶりにケータイ電話を買い換えました。

もともとドコモ携帯のパナソニック製品を長く使っていて、auに買い換えたとき、パナソニック製品がなかったので、しかたなく、他の製品で我慢したのですが、最近ようやくauでも出たというので、ほしいなあと思っていました。そして、今日、たまたま町に出かけてW61PをPhoto 見かけてしまい、家内がとめるのもきかずに、衝動買いをしてしてしまったのです。今日までなら、機種変更の5250円がただという、無料キャンペーン中の殺し文句に負けちゃいました。

パナソニック製は携帯の開閉ボタンが唯一ついていて、あれになれると、あのボタンがない機種はどうにも使いにくいのです。

まあ最近何度も落として随分前の携帯電話の調子悪くなっていたし、電池もそろそろへたっていたので、ちょっと勿体ない気持ちもしましたが、思い切りました。。ワンセグもついてるしねえ。。

さてさて、またまたマニュアルを見て、機能を覚えるのが大変です。

最近どーも機械関係はうとくてうとくて・・・・。

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2008年4月 8日 (火)

前先生、逝く。

歌人の前登志夫さん死去

http://www.asahi.com/obituaries/update/0406/OSK200804060024.html

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今朝知って驚いた。

実は昨日、その前先生の奥さんと、先生の歌碑建立の件で電話でお話しをしたのである。そのとき、先生のお見舞いを申し上げたが、奥方は死去については、ほんとに、なにも申されなかったのであった。だから、たまげた。

密葬が午前10時から自宅で行われたので、取るものもとりあえず、行ってきた。

前先生には毎年、宗内の機関誌の正月号に、歌を3首寄稿していただいている。もう30年以上におよぶ。

原稿をいただきに、私も若い頃はよく先生のお宅を訪ねた。

今年の正月号の歌に、吉野山に先生の歌碑がない、っていう文言が入っていた。知らなかったので、急いで建立する話を進めたいた矢先の、訃報である。

そういえばこの2月にたまたま近鉄特急の車中で先生をお見かけし、歌碑のことをお話しして、たいそう喜んでいただいた。

ずっと歌碑のことはきにしていただいていたようで、まるで遺言のようになった。奥様の電話もその伝言だったのである。

吉野にとって宝物のような歌人だった。

ともかくご冥福をお祈りしたい。

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2008年4月 6日 (日)

大樹さんは偉いなあ。

YouTube -書写山圓教寺 大樹玄承執事長がテレビ出演しチベット問題へ ...

http://www.youtube.com/watch?v=hMLQRagoRW4

 ***************:

大樹さんとはもう20年近くおつきあいのある友人です。

テレビ出演の前にも長々と相談がありました。 私なりにアドバイスはいっぱいしました。

そして昨日も、電話で話をしました。心から応援をしています。

えらい奴ですよ。

さてこれからが正念場なのですが・・・・。なにせ相手は中国ですから・・・ねえ。

で、おまえさんは?っていう話になるのでしょうが、これがホントに情けない。実は大樹さんの圓教寺はある種、オーナー寺院で、彼がオーナー後継者。それに比べて私は、同じオーナー寺院とはいえ、身分が雇われの身。。この違いはどうしようもなく、大きな隔たりがあります。遷都1300年のキモキャラ騒動でもそうだったのですが、たとえば何か圧力というか寺に不利益が生じて、そのことで、私一身で責任をとっても、とったことにならない・・・要は私の力量のもんだいなのでしょうが・・・力不足を力一杯感じております。。でもうやっぱり情けない。

昨日私も運営委員をさせていただいているG8宗教指導者サミット諮問委員会での分科会テーマで、チベット問題を正面から取り上げられるように強くお願いをしました。ただ中国問題というのは実に根が深く、単なる人権や民族問題だけでは触れないようです。実感しました。・・・そんなこと言ってるから日本政府や全仏のような情けない態度しか出てこないのでしょうが。

いづれにしろ、大樹玄承さんは偉いし、ある種うらやましい、というのが正直な感想です。

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2008年4月 5日 (土)

堕落しているのだろうかと、ふと思う??

3月29日に自坊に帰ってきて、夜は信徒総代家のご不幸で通夜へ。翌日は午前中信者さんのお相手をして、午後は葬儀に出席。31日は次男と一泊の小旅行。2日は自坊の繰り上げ月例祭護摩供、そして3日は聖護院さんの晋山式。昨日は家族サービスの一日…っという風に、ここ1週間近く、デスクワークがほとんど出来なかったので、久しぶりに今朝は早起きして原稿書きをしている。

時報の原稿をやっつけて、宗報の原稿も書いたが、じっくりとした文章を最近書かなくなったので、どうもこらえ性がない。

少し書くとすぐあきて、ミクシイを見に行ったり、ブログを覗いたり、こうしてどうでもいいような日記を書いたりしている。

読書もそうなのだが、人間は楽な方に楽な方に逃げたがる性分だから、だんだん骨太の仕事が出来なくなっているようだ。本も読みかけるが読み切る前にほっぽりだしている。

やはり堕落しているのだろうかなあ・・・・。

反省して、また原稿書きにもどることにする。

3時半から書いているが、そんな寝不足な今日は午後から京都でG8宗教指導者サミット(G8RLS)諮問委員会に出席です。

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2008年4月 4日 (金)

聖護院の晋山式参加

Sn370341  昨日は京都の聖護院・宮城泰年52世猊下の晋山式で、出席させていただきました。とても素敵なお式と披露宴でした。

ま、長い祝辞と慶賀の催しが続き、食事にありついたのが3時15分だったことをのぞけば・・・。Sn370352

なにしろあの成田屋・市川団十郎が山伏問答を披露され、会場は魅了されました。中井喜蔵院住職の問者もさすがで、晋山披露に相応しい催しでしたねえ。(写真1参照…携帯写真なのでぼけていますが、左奥が団十郎さんです)

830名を越える各界の来賓が慶賀のひとときを過ごされていました。

新門さんの人脈と人徳を感じる晋山式でしたが、私なりに思うところがあり、なんかちょっとこれからの人生のありようについて考えさせられました。

晋山式が終わって、夕方から家内と長男と待ち合わせをしました。

丁度京都は桜が満開で、夜桜見物に円山公園を散策してきました。ホントに綺麗な夜桜でしたね・・・。(写真2)

晋山式といい、夜桜見物といい、おだやかな春の一日が過ぎていきました。。

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2008年4月 3日 (木)

哀しくて哀しくて・・・

■母が絞殺の小4男児、「おかあさん」の詩でコンクール入賞
(読売新聞 - 04月02日 12:25)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=449367&media_id=20

あまりに哀しいよねえ。

殺されちゃった子どもはおかあさんが大好きで大好きで・・・きっと、さ、だからね、うらんでないと思うよ。

子どもはともかく親が大好きなんだから、ね。

もちろん、このおかあさんはひどい親だけど、こういうふうに愛する子どもを殺してしまうくらい追い込まれてしまう社会があるわけで・・・なんとかならなかったのかなあとおもうけど、それが現実。・・・ともかく哀しすぎます。

かなしくてかなしくやりきれません。。
愛はなくても性行為で子どもはできます。でもどんな形でまぐわった末に出来た子どもでも、その性行為の愛の重さに関係なく、子は一様に母を愛し、母の愛情を欲しています。

ともかく、近頃尊属殺人が増えていますが、これは一体なんでしょう。

子の親殺しは、親の愛への執着の裏返しなのかも知れません。

盟友の正木先生の話です・・・

「とりわけ幼少時期、具体的にいうと、一歳から一歳半くらいの時期に、母親から豊かな愛情を受けられないと、前頭前野の部位が健常に発育しないようです。最近の説では、一歳くらいの赤ちゃんは、母親が二人いると認識しているらしいのです。つまり、自分に美味しいオッパイを呑ませてくれる「やさしい母親」と、いうことをきかないときに叱る「きびしい母親」の、二人がいると感じているらしいのです。

 しかし、その後の半年間くらいに、母親から豊かな愛情を注がれていくと、その二人が実は一人の人物なのだという認識にいたり、少し難しい言葉を使うと、「人格の統合」ということが起こる。そして、自分の母親を正しく認識して、そこからこの世には自分と自分以外の者がいるという、真理に目覚めるのです。これも難しくいうと、「他者性の認識」といいます。

 こういうぐあいに、まず最初に母親を認識し、次に父親を認識し、さらに兄弟姉妹がいれば、それを認識する・・・・・・、と来て、地域の人々を認識し、ついには人間の集団である社会というものを正しく認識して、そこで生きるすべを身につけていくのです。以上は、単なる精神論ではありません。繰り返しになりますが、人間の発育にまつわる大脳生理学的な問題です。

ですから、最初の時点で失敗してしまうと、エゴしかない人間になりかねません。最初の時点で失敗してしまうと、「不可逆的」といって、あとになってとり戻そうとしても、非常に難しいのです。なにしろ、人間の発育とかかわる領域ですから。

 昨今のすぐキレル子供や若者を見ていると、どうもこの最初の時点がうまくいっていない気がしてなりません。子供を生んですぐに外に働きに出たり、他人に預けたりして、自分の子供に十分な愛情を注いでいない母親が増えてしまって、その結果、キレル子供や若者が激増してしまったのではないか。そう思えてならないのです。」

これは子育ての段階における不可逆的なあやまちについてお書きになった文章ですが、逆に言うとこの時期に十分な愛情を欲している無垢な子どもがいるって言うことなのです。

子はいつまでも親の愛情を欲しています。そこが哀しい・・・。

今回の事件の奥底には子を刺してしまった親自体が、不可逆的な幼児期の愛情不足があったのではないのでしょうか?

病巣は2世代前に遡る…そんな現代社会を見せられているように思うのです。

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2008年3月31日 (月)

君が15歳になったら・・・

子どもが生まれたとき、自分で勝手に決めたことがある。

子どもが15歳になったら、父の私と二人っきりで旅行をしようということである。

かなり思い入れを持って誓ったわりには、実際子どもが15になってみて、まあ子ども自体はそんなに喜んではいないようだが。

で、5年前、長女の娘が15になったときは大阪南港で開催されていたサルティンバンコの公演に行き、ハイアットリージェンシー大阪で一泊した。娘と一緒にスカイラウンジで過ごした時間は思う以上に充実していた。

2年前は長男の15歳。なかなか行き先が決まらなかったが、彼がたまたま応募した「地球平和宣言・感想文コンクール」で佳作に入選し、東京新宿で表彰式が予定されていて、連れて行って欲しいというので、それにした。新宿のセンチュリーハイアットに泊まって表彰式に出たが、お互い風邪を引いていて、しんどかったことが懐かしい。

そして今年は次男の15歳。昨年9月に15になったが、これもなかなか行き先が決まらなくてぐずぐずしているウチに、この春からは高校に行くから、通学しだせばよけいなかなか旅行に行けなくなる、って言うので、ともかくなんでもよいからと、今日、一泊で温泉旅行に二人で行くとになった。ずいぶんしけた旅行だが美味しいものを食べたいというので、まあそれもよいかと思っている。私は北海道とか東京ツアーを進めたのだが…。

さてさて今回の旅はどんなことになるやら・・・。

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2008年3月30日 (日)

ここ4日、なにしてましたか?って・・・

ミクシイのマイミクになっている方から最近日記が少し止まっているので、「大丈夫ですか」ってメールをもらいました。 大丈夫です。 それなりに元気してますから。

27日は朝から愛染さんの縁日で、愛染明王供養法を一座。35日間の四度加行に入行していた行者さんの満行式と簡単な祝賀会を済ませて、京都へ。全日本仏教会の評議員会と新役員の懇親会。・・・評議員会ではチベット問題に提言出来なかったことが悔やまれます。そういう雰囲気ではない会議の進行でした。それにしても何も言えずにスルーするしかなかった自分が情けない。。

28日は朝一で橿原の病院に定期検診へ。前律腺の治療であるが、前立腺に少ししこりがあるようで、癌の疑いがあるって言われました。ガーーン! でももう4年前からずっと言われながら、もう少し様子を見ましょうってずーーーっと来てるので、まあそう大して心配していませんけど。

午後は29日から開幕の「吉野南朝を偲ぶ特別展」の準備と来月の機関誌の原稿執筆。そして夜は断食会の開式に出席。実はこの日、私も朝から何も口にせず、断食を一日だけしていました。チベット争乱で苦しむチベットの人々に一日の食を捧げるというささやかな思いで断食につき合いました。昨日の会議で情けなかった自分への罰でもあります・・・。

29日は朝の勤行に出仕のあと、特別展の開式勤行。吉野朝廷として開かれた御所の本尊だったとされる南朝妙法殿の釈迦如来像を遷座して陳列しているので、遷座法要を兼ねて行いました。午後は管長猊下のお見舞いに。

そして夜は自坊に帰り、信徒総代の奥さんが亡くなったお通夜に出席。一番信頼している総代さんの奥さんなので、辛いお別れでした。

今日は午前中3件の信者さんの相談を受けて、お昼からはお葬儀に出仕してきました。冷たい雨の哀しいお葬儀でした。

・・・そんなわけで(どんなわけだ…)、まあまあ元気していますが、あいかわらずいろんなことがありますねえ。

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2008年3月26日 (水)

有意義な一日でした

昨日は大忙しの一日でしたが、とりわけG8宗教指導者サミットの運営委員会と中外日報の創刊110年記念講演会は意義深いものでした。

サミットは6月27日大阪、28日29日が京都での開催に決定。内容は後日決定されますが、分科会の中でチベット問題を取り上げることを私から強くお願いしました(写真1)。

記念講演会は当代随一の宗教哲学の碩学両巨頭…山折哲雄さんと梅原猛さん。両先生とも面識はあるが、遠くから高説を承った(写真2)。

日頃から私が訴え続けていることと、妙に符合する内容ばかりだった。心強い思いで聞いていた。
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2008年3月21日 (金)

38万円と120万円のゲルマニウムネックレス

Sn370321 Sn370323 先日、見るからにパッチものばかりと取り扱っているようなディスカウントショップを覗いた。トイレを借りに入ったのだが…。

そこでチタン製のゲルマニウムネックレスが、ショーケースに並んでいるのを目にした。なんと定価38万円が9800円だという。

実は半年ほど前に通販で10000円ほどのゲルマニウムネックレスを買ったが、どこかで置き忘れてしまい、以来、してなかった。そしたら、家内が私のを貸してあげるというので、ここしばらくは借り物をつけていたのである。

返さないといけないと思っていたから、つい38万円の値段と9800円の値札に目がくらみ、衝動買いをしてしまった。

買ってから、家内のものと比べると、どうも私が買った方がチャチである。やはりだまされたのかなあ…って家内に見せたら、「そりゃそうよ。私のは120万円の定価だったのよ」っていう返事。

「え、120万円!!」…絶句しかけたが、家内がそんな高価なものを買うわけがない。

「で、それをいくらで買ったの」。「うん、120万円が9800円になっていて、それが半額セールだったので、4900円。だから買ったのよ」ってのたまう家内。

やられましたねえ。なんかすごい損をしたような気持ちになった。

因みに私のネックレスには54個大きな粒のゲルマニウムがついているが、家内の方は164個ついているそうである。

一体、ゲルマニウムネックレスって、定価はどうなってるんでしょうか??

写真は私の38万円(値札が見えるでしょ)と家内の120万円のものです。

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2008年3月14日 (金)

花の吉野山…情報発信

S_y8r3193 桜の時期が待ち遠しい吉野山です。

今年は南朝を偲ぶ特別展なども企画しています。

で、いろいろ情報発信を試みていますが、今日はたまたま新幹線の車中で手に取ったJR東海の雑誌「ひととき」の中で、吉野山の桜と太閤の花見が詳しく紹介されていました。なかなかの読み物でしたよ。

それから東京限定の情報発信なのですが、オフィスで働く女性のための情報紙「シティリビング」3月7日号に私の顔入りで花の吉野山が紹介されています。「キレイ処ニッポン」というコーナーですが、記事も写真も小さいのでなかなか見つけにくいかも。都内のオフィスに無料配布されていて、発行部数は18万部だそうです。オフィスにお勤めの方、探してみてください。写真は添付のものをカットして載ってます。

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濃いい人たち・・・

昨夜は元参議院議長さまや現役の国会議員の先生3人を含む、大変濃いい人たちとの会食だった。

それにしても少し遅れて入ってきた鈴木○男さんはテレビと同じで、ものすごい低い、でも常に周りの空気に気配りをする人だった。忙しいって感じがするが、でも好感度が増しているオーラはあったなあ。

たぶんテレビタックルより面白いメンバーで、3時間があっという間に過ぎたが、私なりに気遣いもしたので、ちょっと疲れた。。

今日は奈良に帰り、午後から橿原ロータリークラブでの卓話講話である。

ようやく9日以来の長旅が終わる。

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2008年3月 9日 (日)

再び怒濤の日々・・・

昨日から護身法加行会という修行会が開催していて、私のお弟子も参加していた。無事先ほど終了。

さて…今夜は京都で滋賀大を退官されるS先生の退任祝賀会出席。そして明日からは久しぶりの怒濤の日々がはじまる。明日朝から大阪での機関誌編集を終えたあと、東京へ。
11日は仏教伝道協会祝賀会に出たあと、群馬に移動。群馬といっても、山ひとつ向こうはもう日光という大変な山奥である。

12日はその群馬の末寺での大祭法要で護摩行を行い、夜は東京へ戻る。
13日は国際仏教興隆協会の理事会に出て、その夜は某元国会議員さんらと懇親会。

14日は朝東京を発って、お昼には橿原ロイヤルHでの、ロータリークラブ卓話に出演。
5日連続で毎日泊まるところが違うわけで、これがなかなか大変ですね。パソコンも旅先のことですから、ゆっくりとはしてられないでしょうねえ。

ガンバロっと。

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2008年3月 7日 (金)

おかげさまで・・・

昨日は長女の専門学校の卒業式。
忙しい中、神戸まで出かけて、夫婦で出席してきた。
まあ、親ばかかも知れない。
子どもは4人がいるが、彼女は一人娘の長子ってことで、親ばかも許されるだろう。

長女は高校時代、中学から続けていた吹奏楽部のクラブ活動は熱心だったが、朝が弱い彼女はよく寝過ごしたりで、出席数が危なかったし、進級のたびに担任と親がはらはらさせられた。入学時に入試成績がよかったので、特進クラスの入ったのだが、クラブに一生懸命だった分、勉強が出来る割に、成績では結構、母親に心配もかけていた。ほかにも、いろいろと彼女の責任以外の出来事があって、勉学をおろそかにさせてしまった感もある…。

そんな娘が神戸での一人暮らし…。さてさてちゃんと毎朝学校に行けるのかと危惧したが、2年間、いろんな資格を取って、無事卒業したのは彼女なりにかなり頑張ったのだ。

なにしろ彼女が5歳の時から父親は単身赴任中である。よく立派に育ってくれたのだと思うし、妻にも苦労を掛けたに違いない。

卒業式を終えて、晴れがましく振り袖を着た娘が、嬉々としながら、「とうさん、これ、あとで読んで」って、手紙を渡してくれた(もちろん母親にも渡してましたよ)。

「今まで育ててくれてありがとう。…お父さんの娘で生まれて良かったです。大好き!」

大してなにもしてやれなかったように思うが、それでもちゃんと感謝の言葉を親に言える娘になってくれていたことがとても嬉しかった。なんといっても素直な娘であることがうれしい。親冥利に尽きるとはこのことかもしれない。

ウチの家は誰にも子ども部屋を与えていない。机はそれぞれ買ったが、個室に仕切っていないので、勉強も家族の座るテーブル茶托ですることが多い。今時は珍しいことなのだろうが、寝るのも家族揃って、川の字である。いささか夫婦生活には齟齬もあるし(爆)、年頃になった娘には気の毒ではあったが、そういう家族どおしのふれあいが四六時中とぎれない生活の中で、よい子に育ってくれたのだと思う(貧しいことを自慢してるわけでも、言い訳しているわけでもないのだけれど…)。

勿論高校の時は難しい時期もあった。加えて父親がほとんど家にいなかったにも関わらず、ふつーにすくすく育ってくれたのは、家族のふれあいが彼女を支えてきたのだと思う。

ありがたいことだと思う。本当に 「有り 難い」。今は普通に育つこと、生活することがだんだん難しい世の中のように思うだけに、ふつーに育ってくれた娘に、家族に、そして周りの人々に感謝している。
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2008年2月29日 (金)

3月22日だけでも受講出来ます

Photo 朝日カルチャー大阪センター で行っている2月3月の連続講座「日本人と信仰」ですが、2月は既に終わりました。

ただ次回3月22日だけの参加も募集しています・・・

3月のみの受講料は1回分(会員 2,625円 一般2,940円)ということです。

一応2月の続きではありますが、3月のみの内容でも十分わかるはずですので…是非!

***内容を再掲載します******

講座「日本人と信仰」
 ~世界遺産登録から考える

■講座の内容
自然の中に敬虔なものを感じ、神仏習合という知恵を生み出した、多神教的な日本人の宗教観は、一体どこから来ているのか?そして現代にどういう意味を持っているのか?
「紀伊山地の霊場と参詣道」の世界遺産登録に深く関わった講師が、その活動を通して学んだ気づきを紹介し、修験道という最も日本的な宗教の立場から、日本人の宗教観について試論します。
○3月22日 世界遺産『紀伊山地の霊場と参詣道』から学ぶ日本人の信仰

時間は15:00~16:30


■場所
朝日カルチャー大阪センター
所在地 〒530-0005
大阪市北区中之島3-2-4 朝日新聞ビル 5階
TEL 06-6222-5222  FAX 06-6222-5221
《道順》
地下鉄四ツ橋線肥後橋駅下車(4番出口)。
フェスティバルホールの向い側です。
京阪電鉄淀屋橋駅(7番出口)からは徒歩で数分。JR、阪急、阪神、近鉄、南海からは地下鉄四ツ橋線が便利です。

詳しくは朝日カルチャー大阪のHPまで

http://www.asahi-culture.co.jp/www/osaka-i.html

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2008年2月27日 (水)

僧侶としての日課??

私はご存じのように僧侶である。ただ、ふつーの葬式を生業としているような僧侶ではなく、山伏修行をする修験僧である。だからめったに葬式はしない・・・こう言うと葬式が出来ないと思われてしまうことがあるが、葬式くらいは立派に出来る。15歳から僧侶をしているのだから、ま、立派に出来て当たり前ではあるが…。

たま~にしかしないから、丁寧だし、気の入れ方も違うから、それなりに頑張るしね。

そういう僧侶(どういう僧侶だ…ってひとりつっこみあせあせ)ですが、ま、僧侶には違いないので、僧侶としての日課っていうものがあるわけです。朝夕に勤行をして、境内を清掃し、心安らかに、質素に暮らす…っていうのが当たり前でしょう。

ところが現実の私はというとなかなかそうはいかないわけで・・・。

特に日課としての勤行が怠りがち。朝夕どころか朝も夕もやれないことが多いわけで…。酒池肉林とはいきませんが、美味しいものもそれなりにいただきますし、お酒も少々。少々多いかうれしい顔 はたまた美女とも交わる機会がないわけではないのでして。いづれも根が嫌いな方ではないからですけど冷や汗

そんな私ですが、でもまあ少しは僧侶らしい日課もしております。

毎月3日と19日は水垢離をとって護摩行をし、7日と27日は蔵王権現供養法と愛染明王供養法を修法。この、月に4つの決め事というのはなかなか忙しいとしんどいものですが、なんとかへこたれずにやっております。

その、今日は27日。朝から愛染供を一座修法してきました。

まあ寒かったこと寒かったこと。

修法中、なんどか金剛杵や金剛鈴などの仏器を手に取りますが、キンキンに冷えていて、思わず落としそうになるほど冷たかった。

でも今月も無事つとめることが出来て、有り難かったですね。

怠惰な私ですが、まあそれなりに、世界平和も人類の幸せも祈らせていただいています。 

今日も一日頑張りましょう…指でOK

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2008年2月25日 (月)

うわっ!

ともかく、このところ、体重が増え続けている。ストレスぶとりというか、運動不足というか・・・。

この冬に入る前は79キロ前後をキープしていたのに、1月末には82キロを超え、とうとう今は84キロにまでなってしまっている。

毎年この時期は肥えるのだが、そろそろ歯止めをしないと大変なことになりそうな勢い。

一昨年から昨年春にかけて記録した生涯最大の体重84.5キロに限りなく近づいてしまっているのだ。

真剣にダイエットをしなくては

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2008年2月23日 (土)

今日は朝日カルチャー大阪での講座第一回目

以前に告知しています朝日カルチャー大阪での、連続講座「日本人と信仰」の第一回目が今日の午後3時からです。 今のところ29名の受講者とか・・・さてさて。

私だけの講義で、お金をいただいて聴いていただくのは初めての事ですので少し緊張しますね。シンポとか対談とか3人での講座とか、資料代だけいただくような講座なら、何度か経験していますが、高額の有料講座は初。通用するのかなあ…。

柄にもなく、心配です。

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2008年2月19日 (火)

朝から護摩!

毎月19日は朝から・・・自坊の境内に祀っている脳天大神の月例護摩の日。今から水をかぶって、護摩、しまーーーす。

さぶ!

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2008年2月17日 (日)

疲れました。

昨日は午前中が奈良市にある西の京高校で行われた「第3回地域フォーラム」の記念講演会と午後には帝塚山学院大学国際理解研究所の公開講座。いわゆるダブルヘッダーの講演会出張でした。

西の京高校の方は奈良テレビが取材に来ていて、講師としてのインタビューもニュースの中で放映されたようです。

帝塚山学院大学は大阪狭山市の狭山市市民会館での公開講座で、「グローバル時代におけるエコロジーと修験道」~ユネスコ世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」との関連で~ という大変大仰な表題での講演会でした。

さすがにダブルヘッダーは疲れますねえ。

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2008年2月13日 (水)

変だなあ・・・。

昨日京都北部は大雪だっていうので、夕方から吉野に帰山した。本当なら今朝出てこようと思っていたのだが、大雪となると高速も一般道も大混乱になるからだ・・・。

ところがやはり今朝の雪はたいしたことなかった、ようだった。高速も通行止めになっていない。

今年はずっとこういう天気が続いていて、本来なら節分前後に20~30センチの雪は当たり前なのだが、全然降らない。10日の自坊節分会当日も1センチ程度の雪があったが、大阪や奈良・吉野の方が多いくらいだった。

ここ2週間、京都府北部は雪マークがずっとついているが、大して降っていない。なんか変な気候である。

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2008年2月11日 (月)

自坊の節分会終了。

一週間遅れで、自坊の節分会を昨日無事に終えました。

前住職の父が元気でいた頃の、まるで半分になってしまった参拝者ですが、本山勤務が中心の今の私では開店休業中状態に近い自坊のことですから、まあ頑張っているっていえば頑張っているってるとも思うのですが・・。

往時、年間1500人以上の信者様に出会っていた父ですが、私はせいぜい300人程度。5分の1以下ですから、半分は仕方のないことですね。3分の1かなあ。200人以上はおいでになっていたのに、今は100人いないですからね。経理的にも6割減です。とほほ・・・。

ただふだん自坊にいない分、大祭の度に準備が大変で、お弟子さんや法友の方にたすけていただいて、ともかくここ3日ほどの忙しさを乗り切りました。死ななくてよかったです。

まだ今日はお札送りや、あとかたづけで忙しい一日です。

さすがにこう忙しいとパソコンをしている暇は有りませんので、パソコン生活はもう一日封印。。たまったメールなども整理出来ませんのであしからず。

追伸 節分会当日、けっこう雪国の当地にほとんど雪がなかったのにもかかわらず、全国的に雪の影響がでたようで、大阪や神戸や三重のお弟子さんや信者さんで、来れなかったかたがたくさん居ました。吉野も大阪も大変だったようですね。普通当地が50センチくらいの大雪でも、大阪や吉野は晴れているって感じなのですがねえ。雪が降らなくて有り難かったのですが、ほんと、不思議な天候です。

追伸 写真は節分会護摩行加持ですが今年のではありません。P1010253

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2008年2月 8日 (金)

吉野山の雪化粧・・。

Sn370278 Sn370279 Sn370281 吉野山はみなさんがおもうほど雪は降らない。まして積もるほどのことはあまりない・・・。雪国の丹波で育った私にはそう思える程度の雪である。

ただ朝、うっすらと雪化粧をした吉野山はすこぶる美しい。

この雪も午前10時を廻るとほとんど消える。

早朝の吉野山の雪化粧が一番である。今朝、とても綺麗な朝だった。
写真をどうぞ・・・。

さて今日は今から一日大阪で機関誌の編集。

そのあと、スイスホテル南海大阪で、聖護院さんの有志による門主祝賀会。今日は大阪泊まり・・・そして明日は自坊へ。一週間遅れの節分会が10日に行われる。ここ3日ほどは死ぬほど忙しい・・・死なないようにしないと!

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2008年2月 7日 (木)

毎月7日は蔵王供です。

毎月7日は毎朝、蔵王権現供養法を蔵王堂奥殿にて、一座修法している。・・・今日は寒かったです。六器を手に取ると痛いほどの冷たさでした。

また午前11時からは蔵王堂で本尊供として法華懺法を一座厳修・・・華籠を持つ手が冷たかったですねえ。

実は毎月7日というのは本来は役行者のご縁日。大宝元年(701)6月7日、箕面天上ヶ岳より昇天されたと役行者伝には伝える由緒による。ただし金峯山寺ではこの7日は役行者さまご自身ではなく、役行者ご感得のご本尊・蔵王権現さまをご供養申し上げているのである。

本来の蔵王権現ご縁日は実は19日。しかし金峯山寺では19日には蔵王権現の使役神である脳天大神を供養させていただいている。

ちょいとややこし向きもあるが・・・先代の管長様から続く月例行事であるPhoto

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2008年2月 6日 (水)

今日は香芝市へ。

今日は香芝市公民館で、香芝市青少年育成研修会の基調講演に行ってきます。

同じようなお話をもう100回以上させていただいているわけで、話の内容もさることながら、私自身のポテンシャルをどう維持するかが最大の課題です。

よく講座やコンサートでもお客様が演者やステージを作るっていいますが、それはとても大事なことだと痛感します。出し物はすでに演者の中で発表できる程度に完成はしているわけですから、それを更に熟成させ引き出すのはお客様(私の場合聴衆ですが…)次第っていうところがあります。

ま、そのお客様も演者次第、内容次第ってのもあるわけですけどね。

よい講演会になりますように、頑張ります

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2008年2月 4日 (月)

節分会無事終了!!

心配したとおり雪は降りましたが、御陰様で福豆まきも出来、節分会も無事終了。

吉野に本格的な春の訪れがやって来ます…はずです。

でもまだまだしばらくは寒い日々が続くんでしょうね…。

お手伝いのみなさま、御苦労様でした。

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2008年1月31日 (木)

節分の準備中・・・・。

今年の自坊の節分会は2月10日。

今まで2月3日にやってきたが、金峯山寺の節分会と同じ日なので、4年前から日程を変更している。金峯山寺の方がだんだん盛り上がってきて、当日留守に出来なくなってきたからである。

で、昨日から自坊の節分会の準備に帰ってきている。

金峯山寺はたくさん人がいるから、誰かがいろいろと準備を進めてくれるが、自坊は私しかいないのだから自分で全部しないといけない。

昨日は大の祈祷札を手書きした。

大の祈祷札はそうたくさんでないので、手書きで作成している。

写真の真ん中が完成品。手書きした後、奥さんが奉書紙で包んでくれる。そして朱印を押して出来上がり。

さて今日は日数心経札と御幣の作成。。。がんばろっと。Sn370283

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2008年1月29日 (火)

橋下大阪府知事誕生!

ちょいと遅いが、おととい、橋下大阪府知事が誕生した。
昨日はそのニュースで持ちきりだったが、うちの奥さん曰く。。

「橋下さんの娘、私と同じ事言うてたらしいよ?」

「え、なに言うてたん?」

「あんなぁ、選挙に出るの、『大阪よりも家族が大事』っていうて最後まで反対してたらしいよ。」

「ふーん、確かにどこかで聞いたセリフやなあ・・・。」

はい、そうなんです。実は妻は3年前の週刊朝日の取材で、「日本のことより田中家を大事にして…」って言うてました。読んだ人に大受けしたけだし名言でした。

女性はやはり現実的というか、ある意味すごい、です。。

↓ (記事の最後におっしゃってます…)

http://homepage3.nifty.com/enno-f/yosinos/select/5.pdf

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2008年1月27日 (日)

ウィキペディアの不思議。

もう何年も前になるが…ネットサーフィンをしていて、ウィキペディアに自分の名前を見つけ、小躍りしたことがある。そのころウィキペディアってなにかしらなくて、HPの掲示板に書いたら、SHOさんに「凄いですね」ってレスをつけていただいた。

そのウィキペディアに出ていた私の名前は2項目あった。

ひとつは龍谷大学出身の僧侶一覧。
もうひとつは仏教全般の僧侶一覧。

考えたら両方ともすごい話である。もちろん両方とも私の名前をクリックしても詳しい情報はなにもかかれてないですが(そりゃ、書かれるような業績や肩書きがあるわけじゃないですからねえ…)。それでも大燈国師や沢庵宗彭・ダライラマ法王などなどそうそうたるメンバーと並んで自分の名前が僧侶一覧にあっているのは、ホント腰が抜けるようなびっくりする栄誉であった。

さて、最近気づいたのだが、そのウィキペディアの中の、龍谷大学出身の僧侶一覧から私の名前が消えていた。なんでなんでしょうかねえ。

仏教全般の僧侶一覧にはまだ残っているのですが…。これって反対じゃないのかなあ。っていうか消えるのなら両方消えてもおかしくないわけで。

だいたいウィキペディアの基準ってなんなのでしょうか?

もともと、私がごときが掲載されること自体がおかしいと言えばおかしいわけで、まあ消されたからといって文句をいうような筋合いではないのですが…。

ちなみに僧侶一覧「た」の項目で出ている名前は以下です。

他阿 - 大慧宗杲 - 大応国師- 大岳周崇 - 大休宗休 - 太虚 - 太原雪斎 - 大含 - 退耕行勇 - 大珠慧海 - 大拙祖能 - 大智 - 袋中 - 大燈国師 -大道長安 - 大日房能忍 - 諦忍 - 大梅法常 - 提婆達多 - 泰範 - 大陽警玄 - 高崎直道 - 高階瓏仙 - 高瀬広居 - 高田勧裕(鈴之僧正) - 高田好胤 - 高田良信 - 高梨尚之 - 高橋隆天 - 多川俊映 - 沢庵宗彭 - 琢如 - 武田行忠 - 多田等観 - 立花大亀 - 立花俊道 - 達如 - 田中利典 - 田中良昭 - 田丸徳善 - ダライ・ラマ - ダライ・ラマ2世 - ダライ・ラマ3世 - ダライ・ラマ4世 - ダライ・ラマ5世 - ダライ・ラマ6世 - ダライ・ラマ7世 - ダライ・ラマ8世 - ダライ・ラマ9世 - ダライ・ラマ10世 - ダライ・ラマ11世 - ダライ・ラマ12世 - ダライ・ラマ13世 - ダライ・ラマ14世 - 達磨 - 湛然- ティク・ナット・ハン

ものすごいでしょう。どう考えても私の名前は不釣り合いでしょ。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%83%A7%E4%BE%B6%E3%81%AE%E4%B8%80%E8%A6%A7#.E3.81.9F

ウィキペディアって不思議???

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2008年1月25日 (金)

寒行の星供秘法

Img_1719 大寒の日から、蔵王堂宝前で、毎日、山内のぼうさんが交代で出仕して、星供秘法を修法している。

で、今日は私の当番で、お昼前に一座行じてきた。

寒かった~。

今日は雪こそないが、寒風吹きすさび、冬の重たい雲がのしかかった厳寒の日。修法で、真鍮の仏具を持つのだが、その冷たいこと冷たいこと・・・手がかじかんで、痛いくらいだった。

節分まで毎日交代で続く。。

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2008年1月15日 (火)

20歳

20歳は名実共に社会的に大人となる。

これからは自己責任が問われるわけで、もう子供ではない。

娘が成人式を終え、娘は娘なりにそれなりの自覚もあるだろうが、親としても感慨深いモノがあった。

私は単身赴任16年目である。つまり彼女と一緒に同居して暮らしたのは5年弱。子育てはほとんど妻が担った。

だから、親らしいことをしたという記憶があまりない。運動会も幼稚園の時と、小学校6年の時と中学3年のときの3回しか行ってないし、参観日も文化祭もほとんど欠席であった。PTAの役もやってあげたことがない。

父親らしいことといえば、中学校一年のときに「たまねぎあたま、死ね!」っていういじめのメモが下駄箱に入っていて、それを娘が苦にしていたので、ほっておいて大きないじめになってはいけないと、中学校に直談判に行ったくらい。あのときは生徒全員を集めてでも娘をまもってやるからと、娘に大見得を切った。親が子供を命がけで守るんだという姿勢を見せてやりたかったからである。

それが功を奏したかどうかは疑問だが、こちらの誠意は学校側にも伝わったようで、学校をあげていじめに対処してくれて、犯人というか、いじめた先輩の女の子を特定して、和解させてくれた。その後、いじめは解消したようだった。

ま、そんな話があるくらいで、ほんとに親らしいことをしてない。それより、娘には3つくらい、申し訳ないと思っていることがある。

ひとつは小さいときに部屋の片付けだの掃除だの、そういう躾をきちんとしてやれなかったことである。家内も片付けが出来ない人だから、娘にはちゃんとしてやるべきだったのに、それが出来なかった。兄弟の中でも最悪に無精者で、今神戸で一人住まいをさせているが、あの部屋は入れたものではない。

ふたつめは進路を決める大事なときにほとんどかまってやらなかったことである。もっと相談にのってやれていればと、未だに後悔をしている。

3つめは高校卒業時に、家の中がなにかともめていて、とても傷つけたことである。これも私の不徳の致すところである。

まあ、でも様々なことがあったが、ちゃんとふつうに成人をしてくれて、親としてはほっとしている。

子供があってこその親であり、まがりなりにも20年親を務めたご褒美のような、成人式でもある。

子供もいろいろ学んで成長したのろうが、親も親としての学びがあった20年である。

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2008年1月13日 (日)

娘の成人式

近頃は「成人の日」がハッピーマンデーとかで、1月15日でなくなって、毎年日程が違う。まして地方自治体によって行われる日が異なるから、歳時記的な感慨も少なくなった感があるが、当の本人の場合はまた別であろう。

ウチの娘は今日が成人式。お昼に市主催のセレモニーがあり、新調させてもらった振り袖を着て、楚々と出て行くようである。

私は今日午後からは吉野に戻るので、昨夜、家族でささやかなお祝いをした。ケーキを食べて親・兄弟で成人をお祝いしたのである。

21年前は家内の成人式。Sn370262 丁度私との新婚旅行中で、ハワイのホテルで2人でお祝いをした。こうやって娘の成人を迎えてみると、向こうの親御さんに、悪いことをしたものだと今更ながら思うところもある。

いずれにしても、無事20歳を迎えてくれて、有り難いことである。

生きているといろいろあるが、ちょっと意味のある一日である。

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2008年1月12日 (土)

幼なじみの再婚

小学、中学と同級生だった幼なじみの女性から、少し遅い年賀状が届いた。

初恋の女性だった。小学校2年の時にラブレターを書いて、担任にこっぴどく叱られてことをいまも甘酸っぱく覚えている。

ボクが知っている女性の中でも、あんな気だての良い人はあまり知らない。ほんとに賢くて気だてが良くて、いい子だった。小学校の頃、ボクが病気で休むと、彼女がよくその日の勉強ノートや連絡帳をもってきてくれたりした。 いつも学級委員だったような気がする。

中学校2年の時、ボクも仲良かったクラスメートのI君とつき合いだした。まあ美男美女のおそろいのカップルだった。

その後、大学を卒業して、二人は結婚した、らしい。

ボクは高校から他府県に行ったのでその後の二人のことはほとんど知らないのだ。

かなり時を経て、I君が膠原病で亡くなったと聞いた。

彼女のことが気になったが、5年ほど前に久しぶりにクラス会があって、昔のまま、とても気だてが良く、きらきらしている彼女に出会った。

中学校からつき合ってずっと一緒だったI君を失って、それはそれは言うに言えない悲しみだったにちがいないが、そういうかげりはほとんど感じなかった。二人のこどもがいると言っていたから、大変だったろうと思うが、そういう苦労の感じも受けなかった。明るく、そしてやっぱり気だてがよい清楚なままの彼女だった。

そんないい女をいつまでもほっておく世の中ではないなあ…と、彼女の年賀状をみて、ほっとした。ちょっと悔しい感じもしたのも事実かな。

まあ小学校のような子どもの時には戻れないし、今更なにかを彼女に出来るわけでもないから、そっと見守る以外はなかったのだけれど、でも、きっと今は幸せのやり直しを始めているのだろうと思わせてくれた、年賀状だった。

Iくんがなくなって11年目だと書いてあった。いろいろあったけど、昔のことを大事にしながら幸せになります、と書かれていた。

幸せになってほしいと心から思っている。

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パンダと結婚記念日

Sn370260 Sn370261 一昨日から神戸に来ている。
1月11日は結婚記念日。いつもこの日は嫁さんへの孝行の日である。
長男次男は学校があるのでおばあちゃんとともに家にいるが、一番下の三男を連れて、一昨日は有馬に泊まり、昨日は神戸のメリケンパーク。
昨日はお昼に神戸市立王子動物園にパンダを見に行った。午前中は天気もよかったので、楽しく園内を廻った。3歳の三男は大喜び。
夜は、神戸市内の学校に行っている長女と共に、泊まっているホテルオークラの中華料理店で成人のお祝いの食事会を、神戸でお世話になった知人とともにする。
21年目の結婚記念日は娘の成人のお祝いでもある。感慨深いです。
今日は娘を連れて自宅へ帰り、明日は娘の成人式。
まあ、結婚していろいろあったが、おかげさまで人並みの親らしいことを経験させて頂いているし、まがりなりにも、子供達をそれなりに成長させられたことは誠に有り難い。
いろいろ仕事をさせていただいているだけに、家庭のことはなにかとおろそかになるが、こうやって子供達がふつーに大きくなっていることにとてもとても感謝している。
そんなことをなにげに感じた一日だった。

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2008年1月10日 (木)

貧乏性な私

昨日は本山の特別奉賛企業の大手電鉄会社K鉄道に正月恒例の年始挨拶に行った。

副社長と常務さんにご挨拶のあと、副社長に誘われてランチをご一緒する。

午後は東大寺の執事長さんとWFBYの世界大会などの件でアポをとっていたので、奈良へ。貧乏性の私は折角奈良に廻るのだから、約束の時間まで時間があったので、奈良県庁などにもご挨拶に廻る。

奈良県観光連盟のN専務、県庁文化財保存課のK課長、土木課のM次長、県議会のT局長などなど…春の特別公開の広報や、石垣修理のお願い、金峯山寺所蔵の金峯山経塚出土品の修理、釈迦如来修理報告の宗報誌原稿依頼、世界遺産大峯奥駈道の保全管理に関わる連絡協議会開催の打ち合わせ、三重・和歌山・奈良3県県会議員の蔵王堂訪問の件などなど、限られた時間を存分に使って、いろんな話が出来た。アポなし、アポありも含めて流れるように無駄のない時間でした。

その後、東大寺へ行き、最後は再び県庁に戻って懇意にして頂いている副知事を副知事室に訪ねる。こんな時間だから晩飯でもどうですかっていうことになり、これも懇意にしているS女史(彼女は奈良の観光振興にさまざまな活動をやっている人で、昨年の「なんでも鑑定団スペシャル」で私をテレビにひっぱりだした張本人)とともに食事会で仕上げた。

実にさまざまな人と出会った一日であったが、あんなに時間がうまく嵌ったことも珍しい。

いづれにしても寸暇を惜しんでうろうろしてしまういつもの癖が出た。どこにいってもついバタバタとそういう風にしてしまう。ホントに貧乏性だなあとつくづく思う。そんなにせこせこ走り回らないでもよさそうなものですよね。

みなさん、ありがと。おかげさまで有意義な一日でした。

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2008年1月 7日 (月)

七草粥と初護摩供

自坊は開山以来、毎月三日が月例法会。ただお正月は7日となっている。で、今日が初護摩供の日になる。

お昼に信者様と七草粥をいただいて、1時からは護摩供。

いよいよ一年の始まりである・・・私自身は元旦から始まっているけどね。。

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2008年1月 4日 (金)

旧比叡山高校7組クラス会

今日は高校のクラス会が開かれる。

高校のクラス会は高校卒業後、しばらく毎年続いていた気がする。
その後、10数年間が空いて、数年前に久しぶりの集まりがあった。みなが見事な中年になっていた。1年のときからずっと担任をしていただいていた先生が卒業後数年で亡くなったので、担任を中心に集まるという会ではなかったから、一度空くとなかなか集まりが開かれなかったのである。

母校比叡山高校の7組。一応進学クラスというあつかいで、全学の成績順1位から50位までの50人のクラスであった。なんと毎学期成績順にクラスが替えられる。加えて1年から2年にあがるときは50人から35人に人数が減るという人非人的制度があった。2年生以降はクラス替えはない。だから卒業時は35人。

といってもそんなぎすぎすしたクラスではなく、結構おおらかなクラスで1年からずっとこのクラスで過ごした私には居心地は悪くなかった。女の子も35人中8人くらいいて、みんな可愛い子が多かった。…ま、私はもてなかったんだけど。それに進学クラスというほど、お勉強が出来たとも思わなかった。まあ比叡山高校だから、いわばドングリの背比べ的進学制度だったように思う。

さてクラス会再開後、今回の集まりは3年ぶりくらいになるのだろうか。あのときは、中年になった女の子はしっかりおばさんになっていたし、男どもはというと、とても同級生には思えないおっさんばかりで、悲惨な状態であった。歳月は人を待たず…光陰矢の如しである。

比叡山高校なのだがクラスの中に僧侶は2人しかいない。そのうちに一人は大分から来ていたのでクラス会には一度も来たことがないから、出席するのはいつも私だけである。あとはサラリーマンや自営業といった普通の職業。…だから、私はかなり浮く存在でもあるが、ま、持ち前のサービス精神を発揮するのでそんなに浮いていないと思うけど。

ともかく卒業後33年を経て、一段とおっさんおばさんになった昔の友たちに今日は会ってくる。

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2008年1月 3日 (木)

お正月は怒濤の日々

毎年お正月はなかなか忙しい。

大晦日は自坊で年越し護摩。元旦のお勤めを終えて、少しだけ正月気分。

2日から吉野の年賀式・修正会出仕なので、1日の夕方には吉野へ帰山。

2,3日と吉野で過ごすが、3日の夕方には綾部へ。家族総出で吉野に来ているので全員を連れて帰るのである。今年の4日は京都で高校時代の同窓会。5日朝に吉野帰山。6日の総代新年会を終えると、再び綾部へ。7日は自坊の初護摩供。8日は綾部だが、今年は9日に近鉄本社へ年賀訪問。夜は綾部に戻り、10,11日は結婚記念日を夫婦で過ごす。13日は三度吉野で役員会と奴保存会の新年会・・・

って言う具合で、わずか10日ほどの間に、吉野と綾部を3往復くらいすることになる。

毎年の事だが、なかなかハードである。

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2008年1月 2日 (水)

新春の修正会

Img_1520 お正月は三が日の間、毎朝午前11時から、蔵王堂で修正会が厳修される。

私は毎年、自坊のお正月を済ませてから、2日目から参加となる。

で、今からお勤めに行ってきます。終わって一山の年賀新年会です。