「怒りは不幸を招き入れ、笑いは幸せを呼びこむ」

「怒りは不幸を招き入れ、笑いは幸せを呼びこむ」

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「笑う門には福来たる」という。至極当たり前の話である。笑っていると福徳が集まってきて、自分も幸せになるし、周りも幸せに感じる。

反対に、怒ってばかりいる人の周りには幸せは訪れにくい。怒っている本人も幸せにはならない。機嫌が悪いから怒るのだし、怒ればなおさら機嫌は悪くなる。

仏教では「和顔愛語」という言葉がある。布施を表す言葉である。布施は梵語でダーナという。人に施すというほどの意味であるが、その施しには「財施」「法施」「無畏施」の三種があり、その他に財物を損なわない七つの布施として、「無財の七施」が説かれる。お金のかからない布施である。その「無財の七施」のうち、「和顔悦色施」と「言辞施」を合わせたものが「和顔愛語」である。

すなわち、和やかな笑顔と、思いやりのある話し方で人に接すること。「和顔愛語」は布施であり、布施ある生き方をすることでもある。そうすれば幸せを呼び込む「笑い」の種を蒔くことになるのである。

といいつつ、私は若い頃から、普段の顔が怖いといわれてきた。「和顔愛語」にはほど遠くて、しかめっつらの不機嫌顔だったのである。ときどき「なんでそんなに怒っているの」と言われたこともあるが、「ほっといて頂戴。私の顔はもともとこんな顔」とうそぶく始末だった。

ただ近頃は心がけて、笑顔で生きている。「笑う門には福来たる」のは明白だから、努力してでも、「福来たる」顔にしないと損だと、ようやく気がついたからである。

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書き下ろし第6弾ということになりましょうか?
まあ、気楽に書かせていただきます。

写真は和顔愛語の真逆の顔をあげてみました。知人の友人である写真家の江守さんにとってもらったコワ顔のポートレール。もとろん最近はなるべく笑顔にしてますよ。

「葛の会」

「葛の会」

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昨日は、私が40代に7年間にわたりつとめた全日本仏教青年会の副理事長時代に、ともに活動した理事長や役員のみなさんと久しぶりに旧交を温めました。「葛の会」と名付けられた旧友の会ですが、みんな、壮年期から老年期にさしかかり、青年僧の時代と違って、僧侶としては一番油がのってきているの時期かもしれません。私だけがどんどんしょぼくなっていますが…。

 
そんな葛の会会長のJB神戸Y師を囲み、ひととき神戸の町を徘徊した、楽しい一夜を過ごしました。10数年ぶりでした。
 
私が副理事長時代に経験した全日本仏教青年会の全国大会は4回。私にとっては集大成となったのが、2003年の京都大会です。写真はその京都大会の報告記録「葬式仏教は死なない―青年僧が描くニュー・ブッディズム」。
 
あれから16年、葬儀を取り巻く周辺もずいぶん様変わりをしましたね。
 
ちなみに私が関わった全国大会は以下です。
 
■全日本仏教青年会高野山大会
1997年5月13日・14日/高野山
大会テーマ
「二十一世紀へ青年僧のあるべき姿勢」
講演
「政治と宗教」俵孝太郎氏
シンポジウム
「環境と地球」高木善之氏
法要高野山内巡拝・奥ノ院にて法要 .
 
■全日本仏教青年会全国大会in神戸
1999年1月18日・19日/神戸大会・神戸ポートピアホテル
大会テーマ
「ナンバーワンよりオンリーワン!」~自分の存在が他人の喜びにつながる~
丸山浩路氏 第1分科会テーマ
「信仰」
第2分科会テーマ
「救い」
第3分科会テーマ
「電脳〜仏教とマルチメディア」
オプショナル
ツアーあしなが育英会・神戸市内・淡路島被災地復興状況 .
 
■全日本仏教青年会・2001年全国大会
2001年2月23日/浄土宗大本山増上寺・東京プリンスホテル
大会テーマ
「21世紀の仏教徒進むべき道 新世紀の風を感じて~癒しの心~」
第一部各宗派仏青及び地域仏青による記念法要 於 増上寺大殿
天台仏教青年連盟・金峯山青年僧の会・全国曹洞宗青年会・全国浄土宗青年会・全国真言宗青年連盟・地域仏青、以上、各宗派の作法による記念法要 第二部パネルディスカッション 於 増上寺三縁ホール
【司会】
松田輝雄氏(元NHKアナウンサー)
【パネリスト】
仏教情報センター事務局長 草野榮應師
聖路加病院医師 篠田知璋氏
日本ナチュラル・ヒーリングテラピー協会代表 井上雅祥氏
仏教と医療を考える全国連絡協議会世話人 木曾 隆師
浄土宗安福寺副住職・ビハーラ大阪書記 大崎信久師
レセプション 於 東京プリンスホテル
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■全日本仏教青年会・京都大会
2003年2月13日・14日/池坊学園
テーマ
「葬式仏教を考える~日本仏教活性化への道~」参加者230名
基調講演ひろさちや氏
シンポジウム「仏教を元気にしよう」
【司会】
全日本仏教青年会副理事長・金峯山修験本宗宗務総長 田中利典師
【コメンテーター】
ひろさちや氏
【パネリスト】
ノンフィクション作家 井上治代氏
臨済宗妙心寺派・神宮寺住職 高橋卓志師
フォトジャーナリスト 藤田庄市氏
全日本仏教青年会理事長 大樹玄承師
第1分科会テーマ
「寺力更生~必要とされる寺に向けての内なる取り組み」
コメンテーター 高橋卓志師
第2分科会テーマ
「“家”消失と葬儀・墓~檀家制の限界と代替システム」
コメンテーター 井上治代氏
第3分科会テーマ
「“生産される”神さま仏さま~信仰と宗教ビジネス」
コメンテーター 藤田庄市氏
 
記録集『葬式仏教は死なない』出版
 
                       ~「全日本仏教青年会」の公式サイトから引用
 
たくさんのことを学ばせていただきました。仲間のみなさんに感謝です。

「林南院節分大祭」

「林南院節分大祭」

2019

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3日に金峯山寺の節分会が終わり、いよいよ今週10日(日)は自坊林南院の節分会大祭です。

ま、節分というのは立春の前日ーつまりおおむね2月3日に決まったものなので、次の節分会というのもへんなことなのですが、私は毎年、節分会法要を2度行っています。

今年の林南院節分法要は以下の日程で行います。
・午前10時半より 日数心経(全員でお唱えします) 
 ▽住職講話[今年の運勢のお話]
 ▽景品付き「脳天飴」を配布します
・正  午   昼食(田舎五目ご飯弁当)
・午後1時   幸せを呼ぶ星供採灯護摩供厳修
       …護摩中、参拝者全員に聖杖と水晶の特別加持を受けて頂きます。
・引き続き、古札発遣・古札焚き(境内外の浄壇で梵焼)
・午後3時頃  お札授与、甘酒接待 ・・・解散

よろしければ是非お出かけください。
少々、9日頃から寒波到来の予報で雪が心配ですけど、たぶん大丈夫ですので!!

「偶然と必然」

「偶然と必然」

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人生において出会うことに、何一つ偶然というものはないと私は思っている。全てが必然なのである。というか、必然と思うところに、自分を自分たらしめるものに気づくものがある、と考えている。

人生において起こる様々なことを、誰かの責任にしたところでナンの意味があるというのか。結局は全部、自分自身で背負うしかない。背負うしかない以上は、そこに「必然」を見いだして、自分自身を励まし、自戒し、精魂を尽くすことがなにより肝要だろう…。。

私は一方で、人生において無駄なことなど何一つないと思っている。どんな苦労や苦難にしても、それこそが自分の人生なのである。逃げようが避けようが、どう生きようが、全てそれこそが人生そのものなのである。不幸も幸いも自らの責任で作り出した現象と言えよう。だからこそ、偶然にして不幸になった、苦難を強いられた…などと思わずに、その運命を必然と受け止め、懸命に生きることこそが、今生での自分の人生なのである。

そう思うと、どんなに苦しくても、悲しくても、少しは楽に生きられるのではないだろうか。前向きな気持ちを持てるようになるのではないだろうか。人生には楽なことばかりが待っているわけではない。楽なことより苦しいことの方が多いに決まっている。いや、そんなことはないという人もいるのかもしれないが、私自身はそう思わずにはいられない。

ただ、そう思ってはいるが、よいもわるいも、全部の出来事自体が自分の人生そのものだと受け止め、全部を必然だと受け入れると、苦労ばかりが多いともいえない気持ちもわいてきて、なにやら生きていること自体が有り難いような気持ちになってくる。前向きに生きていくことがなにやら無性に有り難く思えてくるのである。

私は仏縁を得て僧侶になったが、それなりに苦労もしたし、災禍にも遭った。ときには僧侶を辞めて還俗しようと思った時期もあったが、法鑞50年を目の前に、改めてその仏縁に感謝している。苦労も災禍も私の人生そのものである。そして仏縁を得て、今を生かされているのも、必然の中に生きる、有り難い私の人生である。

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書き下ろし第4弾。今回のはちょっと以前の文章を改編して、書いてみました。

昨日の節分・今日の立春で、新しい節目を迎えた。今年は年号も変わる、大きな時代の変わり目であるが、そんな1年を思う中で、じっと自分の心に問いかけてみている。

*写真は金峯山寺の節分会行事。

「受けた恩の恩返し」

「受けた恩の恩返し」

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若い頃から多くの方々のお世話になった。そんなみなさんのおかげで、いまの自分がある。

ようやく恩返しが出来るようになりかけた頃、その恩人たちは一人、二人と先に逝く。まだ、なにも恩返しらしい恩返しなど出来ていないのに、心ならずも見送ることになる。父や母や先生たち…。申し訳ないばかりである。

人は自分が受けた恩と同じだけのものを、その恩人に返すことは出来ない。だからこそ、自分のあとに続く人たちに、自分が受けた万分の一でも、恩返しのお世話をする。いや、お世話をさせていただくのである。

人のお世話の見返りなど求めない。求められない。自分も又、見返りを求められなかった恩の、恩返しなのであるから。

ことわざに「情けは人の為ならず」というのがある。最近の若い人は、これを誤用していると聞く(文化庁の調査データ)。

情けは人の為ならずとは、「人に情けをかけるとそれがめぐりめぐって自分のためにもなる」というほどの意味だが、「情けをかけるのは、かえってその人のためにならない」と理解している人が半数もいるというのだ。人間関係が希薄になりつつある現代社会らしい理解の仕方なのかもしれないが、いまの世の中、なんだか、いろいろ世知辛い。

「情けは人の為ならず」とは、「受けた恩の恩返しで人に情けをかける」とするなら、人と人との絆はもっと優しく、もっと深くなるのではなかろうか。

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書き下ろし第3弾・・・「恩返し」について考えてみた。あまり深い話ではないが、私自身の心情である。

写真は亡母と母の仲間たちである。仲間たちの中でも故人が増えた。みんなお世話になった方ばかりである。

「愚者は常に過去を怨み、賢者は常に未来を計る」

「愚者は常に過去を怨み、賢者は常に未来を計る」

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人生の答えは過去にはない。人生の答えは未来にこそある。私はそう思っている。しかし人間は往々にして、その答えを過去に求めがちである。

「あのときこうしておけば」「あんな人に出会わなければ」「あの事故さえなければ」…などなど、過去に起こった出来事や後悔に、いつまでも思い煩うのが人間の性(さが)と言える。そこには、元には戻らない現実の答えを、過去に探そうとする愚者の姿を見る。

...

しかし、過去に答えはないのだ。過ぎ去った事象は、どんなに思いを馳せようと、どんなに恨みを込めようと、取り替えることはできないし、過去に戻ってやり直すことなど出来ないのである。

逆に、答えは未来にはたくさんある。未来はいろんな可能性と多くの答えに満ち満ちている。過去の失敗から立ち上がり、あらたな自分を見いだす機会はいくらでも用意されているのである。

障害者スポーツで活躍する選手を見ていると、本当に勇気づけられる。足を亡くした少女がいた。きっと大きな大きな不幸に心は砕けたことだろう。しかしその悲しみの底から、いまの自分が出来ることを見つけ出し、不幸な過去を振り払うかのように、けなげに戦うその姿。まさに過去を怨まず、自分の未来を計ろうとする、賢者そのものである。

過去に答えを探そうとする人間の性を乗り越えて、未来に答えを作り出す賢者でありたいと、私も願うものである。

*************

昨日に続いて、某紙のために書き下ろした文章です。没になったので、未発表です。

実は長年書いてきた「今日の一言」というつぶやきの中で気に入った言葉を元に、文章を起こしてみたという試しの作品。まだいくつか書きためています。

よろしくければどうぞ。

「人生は旅である。そしていつか旅は終わる。新しい旅立ちのために…」

「人生は旅である。そしていつか旅は終わる。新しい旅立ちのために…」

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人生を旅に譬えることは多い。
 
「旅に病んで夢は枯れ野をかけめぐる」とは、俳聖芭蕉の辞世の句。芭蕉のように人生を旅に生き、旅に病んだ人間でなくとも、誰にとっても、山有り谷有りの人生は、まさに長い旅路に似ている。

雨風に打たれる場面もある。悲しみにうちひしがれる時もあるし、天国のごとき息をのむ美しい場面や景色に巡り会うこともある。途中下車で、あてもなく時間を過ごすときもあるだろう。はたまた、人の裏切りや、逆にその温かさに涙することさえある。

そして、その人生という長い旅も、いつかは終わる。この世に生まれてきた者で、誰一人死ななかった人などいないのだから…。

その旅もまた、終われば終わったで、冥土への旅、来世への旅が始まる。死んでみないと本当のところはわからないが、日本人はそう信じて生きて来た。

そう思えば、今生の旅の道すがら、それぞれの場面、それぞれの場所を楽しもうではないか。

「一期一会」というが、そのときの縁、そのときの出会い、そのときの自分を大切にしていたい。

いずれの旅も、つまりは、長い長い魂の旅の、夢の途中なのであるから。

******************

久しぶりの書き下ろしである。少しずつですが、徒然に、いま自分の目の前に映る風景を言葉にしてみようと思います。

写真はイメージです。

追伸 書き下ろしというのは正確ではない。FBのために書いたモノではないからだ。某紙から連載の依頼を受けたことがあり、数編の短編をしたためた。しかし、企画自体が没になり、今日のこれは日の目を見なかった文章なのである。

でもときどきいまも書きためている。文才がないので、あまり日の目を見そうにないものばかりだが・・・。

「綾部は初の雪化粧」

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今朝の綾部は初の雪化粧・・・。

北の寒波が下りてきて、朝から雪がしんしんと降っています。昨日墓参りをしておいてよかったなあ・・・。

お正月の支度はまだですが、年越しの護摩に備えるかがり火の用意(青のシート)は終えておきました。...

やはり丹波地方の年越しには雪が似合います。でもあまり大雪にならないでくださいね。

31日は穏やかな天気といういまのところの予想です。

今年はあまり個人的には良い年ではなく、いろいろ思い煩うまま、落ち込むことの多い一年間でしたが、みなさまがたにはよいお年をお迎えください。

幸おおからんことを、雪国(笑)より念じます。

「時代が私を追い越していく・・・」

「時代が私を追い越していく・・・」

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もう30年くらい前からパソコンをやりはじめた。最初はエプソンの互換機を買った。MS-DOSの時代である。悪戦苦闘の毎日だった。まだ若かったしねえ。

本山のOA化はほとんど私の先見である。

そのうち、ウインドウズがでてきて、あっという間に、世間を接見した。アップルとウンドウズと、せめぎ合っていたが、大衆派の私はウインドウズへ。アップルにしとけばと、いまもたまに思う。携帯もいまなお、アンドロイドなのはそのせい・・・。

講演会でパワポを使ったのが平成11年。近鉄の社長や重役の前での講演だった。えらい驚かれたことを覚えている。坊さんがパワポを使うというのが珍しかったし、パワポ自体がまだまだ目新しい時代だった。もういまや誰でも使っているのだが・・・。

指南役に恵まれたのがありがたい。私自身はちょー文系な人間なので、ほんとはパソコンのことは未だにさっぱりわからん。あんなものは使えたらいいんだ、って思っていて、パソコン教室に通ったわけでもなく、指南役に聴き倒して、使ってきた。一昨年はじめてエクセルを習いに職業訓練所主催の教室に通ったが、エクセルは普段から使わないので、やはり習っても使わないからもうすっかり忘れてしまった。

ネットデビューもそういう意味では早かった。パソコン通信時代にデビューした。そのときに繋がった友人とはいまもまだ繋がっている人も多い、掲示板、ブログから、ホームページなども早く、平成8年頃には自分のサイトを作って貰ったし、SNSも早かった。ミクシイ、ツイッター、ファエイスブック、そしてライン・・・。スカイプもやったし、いまは音声入力のSimplenoteも使い始めている。ともかく、最初は時代の先の方を走っていたつもりだったのだ。

だがしかし、とうとう、時代に私はついていけないようだ。そんなことを実感している今日この頃である。

世の中、変わったが、パソコンの世界ほど爆裂的に変わったものはないかもしれない。そんな世界になんとかしがみついてきたはずなんだけれど、さすがに時代は還暦過ぎのおじさんを置いていってしまっていたようだ。・・・本山で使わせて貰っているノートパソコンのリースが切れるので、自分で購入することになり、エプソンの互換機以来、はじめて、ショップでうろうろしてみて、実は途方に暮れている。(>_<)

*写真は最初に買ったエプソンの互換機。懐かしい・・・。あの頃、100MGのハードディスクで、確か、13万円くらいしたもんなあ。

「来年は断捨離年賀状」

「来年は断捨離年賀状」

年賀状の追い込みの時期である。なにやら25日までに出せ、と郵便局では言っているらしい。まあしかし、毎年のことながら、早めに書こう書こうと思いつつ、いつのまにやら、年末ぎりぎりになってしまうのが年賀状・・・。

毎年、700通くらいは出すのだろうか。年々増えてきたが、そろそろ断捨離の時期かもと思いついた。...

で、郵送料も値上がりもしたことだし、思い切って今年は宛先を200通くらいに断捨離してみた。これがなかなか骨だった。メールやFBで生存確認を認知し合う仲は年賀状でもないかなっていうのもあるので優先的に断捨離の対象としたが、それでは愛想がないなあという方にはそこそこ出している(ま、此れを読んだ方は貰ってもらう意味もあまりないけど・・・)。

それより、新年の挨拶を止めると生存確認が怪しくなる人達もいるので、前触れもなく、今年を期して止めるというのは難しいものである。とうとうくたばったかと思われるかもしれないし、一年に一度のご挨拶ながら、疎遠になるというのもいささか寂しい。

とはいえ「時代は変わった・・・紅茶のソネット」である・・・古いなあ(^_^;)

これだけインターネットやらSNSが発達した時代で、いまさらアナログな年賀状を出すという意味はあまり見えない・・・。まして手書きで書いていた時代と違って、パソコン文字や写真・ハンコで制作する年賀状の存在価値は極めて小さいのかもしれないから、年に一度の賀状での挨拶など、消えゆく定めと思った方がいいのかとも、寂しいながら断じている。

さてさて、みなさんはいかに・・・・

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