「ラスト1」

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「ラスト1」

いよいよ明日でエフエムいかるの「とりたてワイド763」の水曜日コメンテーター最後の放送となる。来月の新年度からは毎月第4金曜日に「たなかりてんのとりたてワイド763」のパーソナリティとして放送に出させていただくことになっている。月1回の放送となるが、こちらも是非ご期待いただきたい。新番組ではいままでの「知人友人探訪」も継続して行うほか、新たな企画も始める予定である。

ならどっとFMも今まで同様に月1で出演する予定であり(毎月第3金曜日)、綾部以外の皆様も是非お聞きいただければとおもっている。

ところで番組では私が大好きな吉田拓郎さんの名曲を毎回1曲ずつ聞いていただいて来た。以下が、FMいかる「とりたてワイド」吉田拓郎関連曲全放送リストである。

4月27日 フキの唄
5月11日 流星
5月25日 唇をかみしめて
6月1日  ガンバラなくていいでしょ
6月8日  たえこMyLOVE
6月22日 落陽/176.5バージョン
7月6日  夕映え
7月13日 どうしてこんなに悲しいのだろう
7月27日 夏休み
8月10日  いつも見ていたヒロシマ
8月24日  王様達のハイキング/ライブバージョン
8月31日  誕生日
9月7日   恋唄
9月14日  言葉
9月28日  祭りのあと/176:5バージョン
10月5日  冷たい雨が降っている
10月12日  手嶌葵/の流星
10月21日  ボブ・ディラン/風に吹かれて
10月26日  旅の宿
11月9日   歩道橋の上で
11月18日  I'm in love
11月23日  永遠の嘘をついてくれ
12月7日   街角のタンゴ

1月4日   明日に向かって走れ
1月11日  結婚しようよ
1月25日 外は白い雪の夜
2月1日  ふざけんなよ
2月8日  白夜 2016/ライブバージョン
2月22日 人間なんて
3月1日  慕情
3月8日   我が良き友よ
3月22日  人生を語らず

そして明日の最終日の3月29日は「マークⅡ/吉田拓郎とLove2 All Stars」を予定している。サヨナラが言えないで~というまさに今の心境そのものの歌である。ま、4月からも出るので、サヨナラするわけじゃないのですが・・・(^_^;)

こうやってみるとまだまだかけたりない曲がうようよとある。

「元気です」「リンゴ」「ペニーレインでバーボンを」「初夏”76」「しのび逢い」「a day」「マラソン」「おきざりにした悲しみは」「シンシア」「ある雨の日の情景」「ビートルズが教えてくれた」「ひらひら」「裏街のマリア」「愛の絆を」「Voice」「真夜中のタクシー」などなど、数え上げたらきりがない。

4月からの新番組でもどんどんかけていきたいと思っている。ご期待ください。

「祈り」

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「祈り」

私は毎日の勤行で、まず「天下泰平・万民豊楽・風雨順時・五穀豊穣・国土安穏」をお祈りする。それから自坊林南院の「伽藍安穏・寺門興隆・林南院信徒各々家内安全諸難消滅」を念じる。その後、境内に出て三界万霊供養塔の前で、三界万霊のご供養と大東亜戦争戦没者・南方戦線物故者・硫黄島戦没者の追善供養をお祈りしている。

もちろん時には信者さまの個別のお祈りや追善供養も入るが、まず先に天下世界の安泰や三界万霊の供養が先で、個別のお祈りは後になる。...

たぶん祈祷寺院だけではなく、多くの日本の寺社でのお祈りとはそういうものなのだと思っている。

つまり、(今の浄土真宗はしらないけれど)、この国は常に多くの寺社によってお祈りをされた1日1日を過ごしているのである。頼まれてやっているわけじゃなく、そういう形でこの国の寺社は存在をしてきたのではないだろうか?これはなにも特別な例ではなく、東大寺の修二会お水取り行事や薬師寺の花会式をはじめ、特異な年中行事だけではなく、ふつうに、いまもずっと続けられているお勤めだと思うである。

とかく葬式仏教と揶揄され続け、お寺の存在が問題になっている事情を目にするが、そういう側面を僧侶が担っているという現実もあることを書いておきたい。いや、僧侶自身が自信を持ってそういうお話をするべきときなのではあるまいか。

なんか、とやかく言われそうな、突っ込みどころ満載の書き込みであるが、敢えて書いてみた。

*写真は自坊林南院での秋大祭大護摩供。

「ラスト2、明日は信貴山真言宗鈴木貴晶管長の登場!」

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「ラスト2、明日は信貴山真言宗鈴木貴晶管長の登場!」

明日もお昼から、地元綾部FMいかる「とれたてワイド763」に出演します。昨年4月からはじめました毎週水曜日のコメンテーターも今回でラスト2。来期4月からは別の形で出演させていただくことに決まっています。

放送は正午から午後2時半までの生放送です。よろしければ、お聞きください。

明日のメインは先日、ならどっとFMで収録の「りてんさんの知人友人探訪」。奈良・信貴山真言宗・朝護孫子寺管長の鈴木貴晶さんが登場されます。二つ違いでとても親しくしている鈴木管長さまとのトークは、かなり盛り上がっています。 祈りに関する「ら行」5段活用をはじめ、祈願とは行者の「祈り」と願主の「願い」であるとか、とても意義が深い内容で、私も改めて、行者としての矜恃に思いを致しました。ご期待下さい。

放送は午後1時頃からです。

また午後1時半過ぎからは今日の歌謡曲=「りてんさんの今日の1曲」では吉田拓郎「人生を語らず」。ならどっとFMさんでは毎回掛けている曲です。

ラジオ放送は http://www.jcbasimul.com/?radio=fmikaru ←こちらで全国どこでも、リアルタイムにに聴くことが出来ます。

奈良での放送を聞き逃した方も是非!!

*写真は「りてんさんの知人友人探訪」の収録の様子。

「りてんさんの知人友人探訪第12回」

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「りてんさんの知人友人探訪第12回」
 
今日のならどってFMのラジオ出演のゲストは信貴山朝護孫子寺の管長鈴木貴晶猊下です。
 
ご存じのとおり、地元綾部のコミュニティラジオ・FMいかるでコメンテーターを始めましたが、その中で「りてんさんの知人友人探訪」というコーナーを放送しています。
 
また、ならどっとFMさんと、FMいかるとの共同で制作をしていただき、奈良のみなさんにも聞いてもらっていますが、今日はならドットFMさんで収録をします。
 
ならどっとFMでの放送は今まで第2金曜日の午後3時から4時までの生放送でしたが、今回から同じ時間帯で、第3金曜日に移動。毎回、奈良の知人友人をお招きして対談させていただいています。
 
今回は私の金峯山寺時代に、奈良県宗教者フォーラムや役行者霊蹟札所会などでお世話になった鈴木貴晶管長さんにお出ましをいただき、宗教談義に花を咲かせればと思っています。
 
奈良局での収録では過去、興福寺副貫首の森谷英俊猊下や岡本彰夫元春日大社権宮司さまはじめ、薬師寺の村上太胤管長さまなど、多彩な方々に出て頂いてて、毎回好評を得ています。先月は宗教人類学者の植島啓司先生でした(写真)。
 
今日は午後3時から4時、是非、奈良の方はどっとFMで聞いてください。
 
http://www.jcbasimul.com/?radio=narafm
 
奈良市以外の方は、サイマルラジオで全世界で聞けます
 
→http://www.jcbasimul.com/?radio=fmikaru 
 
なお、過去の収録分は順次、私の新しい公式サイト→ http://www.tanakariten.com/ でアップさせていただきます。

「この国の希望」ー田中利典著述集290314

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「この国の希望」ー田中利典著述集290314

金峯山寺の機関誌「金峯山時報」のエッセイ覧「蔵王清風」で書いた駄文を折に触れて転記しているが、今日は5年前の文章。

原子力発電所の案件についてはさまざまな意見がある。そのひとつの意見として書いたもの。批判は受け付けません(笑)

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「この国の希望」

日本の国土は地球上の陸地の四百分の一にすぎない。そこに世界の五分の一という震度六以上の地震が起きる。まさに日本は地震列島だ。また台風にも毎年のように襲われる。昨年は吉野南部や熊野地域でも台風によって大きな被害がもたらされた。日本人は常にそういった自然の猛威とともに暮らしてきたのである。一方で、日本には温泉があり、四季が豊かで美しい。これらは自然の恵みである。つまり日本人は常に自然の猛威と恵みの中で、暮らしてきたのだ。

そんな日本人は、自然を飼いならすことなどできないことを知っていたはずだ。それを近代以降の歴史の中で間違ってしまい、原子力発電所のような一度事故を起こすと止めようもなく自然を汚し続けるものに手を染めてしまった。昨年の東日本大震災による、福島第一原発事故によって、福島周辺の美しいあの海、あの山、あの川や里は今も汚染され続けている。私たちはあそこに住まう神に、そして生きとしある全てのものに、どう謝罪したらいいというのか。

物質文明社会の豊かさを享受しようとすれば資源が必要である。しかし、自然を壊してまで手にしたものが本当に私たちを幸せにするかのどうか、考えるべき時に来ているように思う。万一である。もし昨年のような大きな地震や津波に襲われ、日本にある原発が次々に事故を起こしていったならば、日本はもうどこにも住めなくなってしまう。そんなことをしていいのだろうか。

作家の村上龍さんが、大震災直後、『ニューヨークタイムズ』紙にある文章を載せた。そこには、震災後の日本社会の危機的状況を述べ、その最後は「だが、全てを失った日本が得たものは、希望だ。大地震と津波は、私たちの仲間と資源を根こそぎ奪っていった。だが、富に心を奪われていた我々のなかに希望の種を植え付けた。だから私は信じていく」と文章で結んでいる。大震災の悲惨な映像に心が砕けかけていた私はこの文章に大きな救いをもらったが、では何が希望というのか。

日本人は畏敬の念をもって国土を大切に守ってきた。その国土を失うようなこと、二度と取り戻せないようなことを繰り返してはいけない。人間は帰属するものがないと生きていくことはできない。是非、帰属すべき自分たちの風土や文化を見直すところから始めるべきではないか。単なる原発反対ではない、根源的な問いが必要とされている。それがこの国の希望に繋がるのだと私は思っている。

ー「金峯山時報平成24年3月号所収、蔵王清風」より

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写真は自坊から直線で20数㌔しか離れていない大飯の原子力発電所。

正木晃先生の講座「宮崎アニメの宗教性―ナウシカから千と千尋まで」

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正木晃先生の講座「宮崎アニメの宗教性―ナウシカから千と千尋まで」

私の盟友である宗教学者の正木晃先生が明治大学リバティアカデミー講座「宮崎アニメの宗教性―ナウシカから千と千尋まで」が5月から7月まで開催されます。

東京在住なら是非私も行きたい講座です。みなさんにお薦めいたします。

詳しくはここ ↓
https://academy.meiji.jp/course/detail/3445/

「メール当世事情…愚痴かもしれませんが(^_^;)」

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「メール当世事情…愚痴かもしれませんが(^_^;)」

私はウインドウズ以前、まだDS-DOSの時代(たぶん昭和63年頃くらい)からパソコンに触れているので、パソコン暦は相当長い。

機械いじりは大嫌いなので、ハード面はからきしであるが、ソフト面というか、まあ使うということについては、その間いろんなことを経験してきたので、なんとか最近まではリアルタイムにパソコン関連の事象にはついてきた。

パソコン通信からはじまったネットの幕開け期も過ぎ超してきたし、SNSの時代もなんとか応対して、電子メール、ミクシイ、ブログ、ツイッター、フェイスブック、そしてラインと今も使いこなしている…、つもりである。

そんな中で思うことがあるので、つれづれに書きたいと思うのが、メールに関してである。

メールはもう当たり前のツールで、電話以上に情報交換や経済・商業取引、そして人とのつきあいでは重きをなしているのだが、そんな中で、業者や講演依頼の時や部下やお弟子さん達の内で、メールを書いても、なかなか返事をよこさない人がいる。

まあ、誤解を生むかむしれないのであえて書くが、この書き込みを読む人の中では、「え、私のことを言ってるの!」ってどきっとする人がいるかもしれない。しかし、これを読んでいる人たちは全く想定していない。実は、ほとんどはこういうものも読まないし、もしくは私とFB上で直接の「お友達」にはなっていない人を、想定して書いているので、ご安心を!!!。

…というよりこれを読んで気を悪くしたり、嫌いにならないでね。

もちろん私も4,5日の出張などが重なるとパソコン環境がわるくて、しばらく返事が遅れることがあるし、返事をするには逡巡するような場合、返事が遅れることはままある。だからその辺は重々承知をして上でのことなのだが、全く返事をよこさなかったり、催促しないとこなかったり、忘れた頃にしか返事がなかったりする輩がいて、正直、むっとするわけなのである。

JKの人たちが、ラインの返事をすぐしないと人間関係が悪くなるという恐怖観念が働くというような話を聞いたことがあるが、そういうレスポンスを強要するような話ではなく、せめて2,3日内には、返事は欲しいという程度の、ささやかな常識の範囲での話なのである。

「このかたは大先生なのだから、仕方がない」と思うような人は、実はだいたい丁寧に応対していただいてきた。たとえていえば松長有慶前金剛峯寺座主猊下などは88歳という高齢の大僧正であるにもかかわらず、ちゃんと返事を返していただいている。

どういうことかというと、物品の注文や、依頼された講演の資料を送っても受け取った確認の返事がなかったり、自坊の法要出欠の案内をしても催促しないと返事がなかったりする、というようなことである。

私は電話嫌いである。ときどーき、酔っ払って電話魔になることは年に1,2度あることもあるが、ふだん電話は急ぎの用とか、相手のアドレスをしらなかったりした場合以外は、おおかた、電話ではなく、メールでことを済ませたいタイプなのである。

家族とのやりとりさえ、メールの方が多いくらいである。

そういう私のようなタイプとは真逆で、メール嫌いで、なんでも電話で済ませたいという人がいるというのも、よーく理解をしている。

でも、貰ったメールの返事くらいはちゃちゃっとして貰いたいものである。以上。

愚痴に聞こえるかも知れないけれど、メールが必然となったこの世の中での、ささやかな提言である(笑)

「卒業式に思う」・・・田中利典著述集290221

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「卒業式に思う」・・・田中利典著述集290221

そろそろ卒業式のシーズンとなってきました。センターを試験と受けた高校生諸君はまだまだ大変な時期だとは思いますが。

今日の文章は今から11年まえの、我が子たちの卒業式に書いたもの。今年、一番下の3男が小学校を卒業するが、その卒業式に添えるために学校に提出する文章を書きながら、11年前を思い出して、古い文章を転記してみました。

****************

「卒業式に思う」

先日、高校を卒業する長女と中学校を出る長男の卒業式に出席した。単身赴任中の私はここ数年、仕事第一で過ごしてきたため、子ども達の学校行事にはほとんど参加していない。せめてもの罪滅ぼしという思いを込めて、出席したのであった。

今の子どもは大変だと私は思っている。確かにその時代時代でそれぞれ大変なのだろうが、今の子ども達の大変さはかつてこの国が経験したことのない、不確かな大変さである。

食えない時代は食うことが第一であった。食うことで幸せ感や生き甲斐を見出すことが出来た。私の育った時代は食うことはなんとか出来るようになってはいたが、まだまだ各家庭は貧困で、テレビや洗濯機が徐々に家庭にもたらされるだけで、少しずつ幸せになれたように思う。

そういう意味では今時の子ども達は食うことも、身の回りの贅沢もかなりのレベルで維持されて育てられた世代である。食えることとか、ものを持つことは当たり前で、感謝する心さえ、育みにくい環境の中、そういった物質的な幸せが当然のようにして大きくなった。

その分、今まで日本人が大事にしてきた情緒とか、和合とか、思いやりとか、もったいないとか、そういう美しい感情が置き去りにされ、ある意味、とんでもない時代に生きているのである。でも子どもの世代がそれを置き去りにしたのではない。その大人たちの世代が置き去りにして、経済発展ばかりを目指したから、親の背中をみて育った子ども達にそれが如実に現れているだけなのである。

そんな子どもの教育に当たる学校の先生は大変である。卒業式で居並ぶ先生方をみるにつけ、そんな思いを抱いていた。そしてそんな危うい子どもを持つ親もまた大変でなのある。

でも、それでも一番大変なのはやっぱり当事者である子どもたち自身であろう。幸いうちの子どもはそれぞれ普通の学校を普通に卒業してくれた。

今の時代、普通に過ごすことはそうたやすいことではない。加えてほとんど家にいない父を持つ我が子たちはよく頑張ってくれたものだと改めて思ったりした。家内も含めて彼らを支えてくれた家人みんなに感謝し、進学して更に成長しつづける子ども達の未来に、大きな祝福が待つことを密かに念じるのみである。

ー平成18年3月あやべ市民新聞「風声」欄への寄稿

************

文中に「ある意味、とんでもない時代に生きているのである」と書いたが、そういう状況は改善されるどころかますますひどい方向にきているような危惧を覚えますね。大人たちがしっかりしなければ子供達の未来はいよいよ危ういのです。

それにしても単身赴任22年であった私は、人に教育論を語れるほど親をやってきていないので、面目ないです。

写真はこの春綾部市の展覧会で入賞したウチの三男の自画像?。。

*よろしければ皆さんのご感想や卒業式の思い出などをお教えください。

今日は「神仏霊場会」の教学委員会

今日は「神仏霊場会」の教学委員会。霊場会の事務局がある京都の泉涌寺で行われる。

実は今期から、私はこの委員会の委員長を預かっている。大それたことになっているのである。

神仏霊場会は平成20年に伊勢神宮を中心に西国の大寺大神社などが加盟して発足した日本最大の巡礼の会。来年には10周年を迎える。

...

発足当時の私のブログ
http://yosino32.cocolog-nifty.com/blog/2008/…/post_d428.html

ポスターチラシのたぐいもなく、大々的な宣伝もずーーと行われないまま、ここ9年ですでに1000名を越える152寺社の巡礼満願者があり、その熱意には圧倒されるものがある。

加盟寺社が多いため、さまざまな問題や意見もあるが、そろそろ多くの皆さんに、大々的な告知活動を展開していければと思っている。その第一歩となるかもしれない・・・今日の会議である。さてさて・・・。

「2月5日(日) 林南院節分会大祭のご案内」

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「2月5日(日) 林南院節分会大祭のご案内」 

私の自坊林南院では、本年も星供祈祷壇護摩供を以て、今年一年の開運厄除除災招福を祈念する 「林南院節分会大祭」 を厳修いたします。

今年は2月の第1日曜日である2月5日(日)午前10時30分から執り行います。

当日は例年通り、午前中には日数心経会として全員で般若心経をお唱えし、引き続き今年一年の運勢解説と法話を住職が行います。また今年から新しく福引き付き特製「脳天飴」の恵授も行います。

そして、メインの午後の護摩供では本堂ご宝前にて、参拝者一人一人に無病息災開運厄よけの特別霊杖加持を修法します。身も心も清浄になりましょう。

なお、法要後には、境内にて古札のお焚きあげを行います。古いお札をお持ち下さい。

万障繰り合わせの上、ご参拝下さいますよう、ご案内申し上げます。 合 掌

*当日は混雑致しますので特別祈祷、特別大札祈祷、脳天のぼりの奉納、および護摩木を別紙申込み書によりお申し込み下さい。
また今年より新たに一年間・半年間の長日祈祷も申し受けています。

○ 節 分 会 大 祭 執 行 要 項

日 時 2月5日(日) 午前10時半より

厳修方
・午前10時半:日数心経(開運を祈り、全員で唱えます)                     ▽住職講話[今年の運勢のお話]
        ▽破魔矢などの景品付き「脳天飴」の恵授配布
・正  午 :昼食(田舎弁当を用意しています)
・午後1時 :幸せを呼ぶ星供採灯護摩供厳修 *本堂で修法します
       …護摩中、参拝者全員に特別加持を行います
      引き続き、古札発遣・古札焚き(境内外の浄壇で梵焼します)
・ 午後三時頃:お札授与、甘酒接待             
 
◎当山にて粗昼食を準備しております故、早々とご来山下さい。

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