「BOSS4月号登場!」

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「BOSS4月号登場!」
 
盟友の宗教学者正木晃先生が月刊BOSSに連載をされているシリーズ「僧に訊く」の最終回に私が選ばれ、先日、取材を受けたが、今月のBOSSに掲載されました。
 
月刊BOSSとは
・・・多くのメ ディアが氾濫し、情報が溢れる現代において、「月刊BOSS 」が目指すものは、徹底的に「人」にフォーカスした平成のサクセスマガジンです。
 
どのようなジャンルであれ、それを実際に動かしているのは「人」です。 「月刊BOSS 」では、経済人はもとより、政治家、学者、文化人、スポーツ選手、歴史上の人物など、幅広いジャンルの第一人者やリーダー達の人間像に迫り、彼らのサクセ スへと至る道のりを余すことなく描き出すことによって、等身大の人物ストーリーを展開し、全国の志とチャレンジ・スピリットに溢れたビジネスマンにとって の羅針盤的な役割を果たす雑誌を目指しております。
 
・・・とあるように、大変光栄な取材を受けることと成りました。
 
いつものように正木先生一流の「ほめごろし」記事的ありがたい表現で、ほんとに恐縮です。
 
よろしければお読みください。
 
月刊BOSS https://boss-online.net/
 

『はじめての修験道』,第5刷出来!!

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もう10年以上も前になるが、正木晃先生と書いた、私の中でもおすすめの名著。その『はじめての修験道』が今月、春秋社から第5刷が出ました。

・・・といってもわずか500部の増刷なので、偉そうにはいえないお話ですが。

また読んでおられない方、修験道に興味のある方、是非、ご一読をおすすめします。

・・・アマゾンでは、中古品しかないようですが(^_^;)

https://www.amazon.co.jp/dp/4393203046/ref=cm_sw_r_fa_dp_c_ICh4xbX06P1GM

「蔵王権現② ー蔵王権現は純和製」

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「蔵王権現② ー蔵王権現は純和製」  ~田中利典著述集280329

もうひとつ、蔵王権現の一大特長として「純日本製」ということが挙げられます。お釈迦様も、大日如来も、阿弥陀仏も、観音様もお不動様も、弁天様さえ、みな外来のもの、つまりは外国産です。しかし、蔵王権現は大峯山上の岩を割って湧出した、生粋の日本生まれ。文字どおり日本の大地から生じた純和製のご本尊です。

日本人にとって聖なるものは、和御霊(にぎみたま)と荒御霊(あらみたま)の二つの形をもちます。生命のバランスが整っている和御霊、バランスを損なうほど勢いが前面に出ているような荒御霊。

蔵王権現は、その二つの御魂を融合しています。忿怒の形相という姿かたちはまさに荒御霊ですが、肌の色は和御霊の慈悲をあらわします。和御霊と荒御霊がともに現れている点からしても、いかにも日本らしいご本尊です。そこに私は唯一無二なる力と親しみを覚えるのです。

  ー拙著『体を使って心をおさめる 修験道入門 (集英社新書)』(2014,5刊)より

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蔵王権現様が純和製=つまりメイドインジャパンというのは、私独自の本尊観です。思いの外、沢山の方々に支持されています。

*写真は秘仏ご開帳中に行われる蔵王堂夜間拝観。聖地吉野の聖なるひとときは来る者を圧倒し、権現様のお力を間近に感ずることが出来る無二の機会。今期も行われる。今期の施行日は4月1日(金)、4月3日(土)、16日(土)、22日(金)、23日(土)、28日(木)、29日(金)、27日(金)、28日(土)、5月3日(火)、4日(水)、7日(土)です。

「蔵王権現① 蔵王権現像があらわすもの」

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「蔵王権現① 蔵王権現像があらわすもの」  ~田中利典著述集280328

悪魔、煩悩に立ち向かって、それを粉砕し、衆生の三世を救済する力があるとされている蔵王権現。しかし、「悪魔を粉砕する」といいますが、そもそも悪魔とはなんでしょうか。

ここでいう悪魔とは、「悪魔」という特定の存在ではありません。たとえば、人々の苦しみのもととなる悪病や災厄を意味します。苦しみや悩み、迷いを生じさせるはたらき、いのちの輝きを奪うはたらきを「魔」、あるいは「悪魔」と呼んでいるのです。

苦しみや悩み、迷いを生じさせるはたらきは、つねにこの世に存在します。そして、「悪魔は、どこかにいるのか?」と聞かれれば、それは自分の心の中にも存在しているのです。心の中に巣食う欲望やねたみ、憎悪なども、悪魔といえるかもしれません。仏教では、それらを「煩悩」と呼んでいます。蔵王権現は、先述のとおり、悪魔、煩悩に立ち向かって、それらを粉砕する姿を示しているのです。

また蔵王権現の姿は、魔を粉砕する強さ、忿怒だけでなく、智慧と慈悲もあらわしています。

背後の燃えさかる火炎は、仏の大智慧の象徴であるとすでに解説しました。智慧を火であらわすのは、智慧の焔【ルビ:ほのお】で煩悩の薪【ルビ:たきぎ】を焼きつくすということなのです。そして、御身の青黒色は、大慈悲をあらわしています。「青黒は慈悲をあらわす」と、仏典(『聖不動経』など)にも説かれています。見るからに恐ろしい姿は、ただ怒りに燃えているだけではありません。その根底には「恕(じょ)」の心があります。一切を恕【ルビ:ゆる】し育み、人々を導こうという慈悲の心です。

「恕」はゆるすと読みます。ゆるすには「許」という字もあります。許は、ききとどける、相手の言うことを聞いてやるという意味ですが、「恕」は、相手をゆるす、おもいやる、いつくしむ、あわれむなど、より広い心なのです。蔵王権現像の巨大さが、その広い心の現れであるような気もしてきます。私たちは、日常の暮らしの中で、恕す心が大きくなるよう心をおさめていきたいものです。

蔵王堂に安置されている蔵王権現をじかに拝すると、その巨大さとすさまじさに最初は驚くことと思います。が、しばし蔵王権現と相【ルビ:あい】対峙して座していると、やがて心が落ち着いてきて、やさしく包まれている感じがすることでしょう。おそろしい忿怒の形相の内面に、深い慈愛の御心を感じることができることでしょう。
蔵王権現は、私たちの心に湧き起こる過去への後悔、現在の執着、未来への不安や恐れの心を浄めてくださいます。

  ー拙著『体を使って心をおさめる 修験道入門 (集英社新書)』(2014,5刊)より

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いよいよ今期の蔵王堂本尊秘仏蔵王権現さまのご開帳が行われます。この春は4月1日から5月8日まで39日間です。開帳開始の4月初旬から中旬までは桜シーズンでごったがえしていますが、20日以降は静かに参拝出来ますよ。この時期がお薦めです。

また、多くの友人にお誘いをしていますが、4月29日には私の主宰する東京行者講が企画しています「りてんさんといく蔵王堂夜間拝観と修験講座」というスペシャルな参拝プログラムもあります。よろしければどうぞ。

詳しくは以下へ ↓ 

https://www.facebook.com/events/1643542502452158/

*写真は今期の秘仏蔵王権現ご開帳のポスターです

「山伏のファッション①」 ~田中利典著述集280325

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「山伏のファッション①」 ~田中利典著述集280325

歌舞伎や時代劇などにも特有の装束で登場する山伏。その装いは、いたるところに信仰の象徴(シンボル)的な意味合いが込められています。

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「頭襟(兜巾:ときん)」
山の中でとがった岩や突き出た木の枝から頭を守る、山伏専用の小さなヘルメット。独特な形は、大日如来がかぶっている宝冠を真似たもので、黒い色は煩悩と無明を表し、「聖なる仏も俗なる人も本質は同じ。悟りも煩悩も実は同じところにある」という修験道の教えが込められています。

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「鈴懸(篠懸:すずかけ)」
山伏の法衣は、俗衣の上衣に括袴【ルビ:くぐりばかま】という俗人の衣服です。風通しの良い麻で、色は「柿色」と表現される淡い黄色です。

「鈴懸」という言葉は、「鈴」=仏性を宿らせている私たちの身体、ということに由来します。仏性というのは、生きとし生けるすべての人に、悟りを得て仏になれる種(可能性)が宿るとされる仏教の考え方です。

密教の法具に金剛鈴という鈴があり、儀式では音を立てることで自分自身に眠っている良心を目覚めさせたりすることから、鈴=仏性の象徴という意味で使われています。そして、衣は、仏性を宿らせている身体に懸けるものなので「鈴懸」と呼ばれます。

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「脚袢(きゃはん)」
かつては「胎蔵黒色のはばき」と言われる黒いものを着用していましたが、今は白い脚袢で脛の部分を保護します。

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「結袈裟(ゆいげざ)」
天台宗系の山伏が身に付ける結袈裟は、細長い帯状の布製品で、丸い房(ボンボン)が付いています。丸い房を「梵天」というので、梵天袈裟とも呼ばれます。これに対して、真言宗系の山伏は、房ではなく輪宝【ルビ:りんぽう】といって平たくて丸い輪っかの飾りを付けるのが特徴です。

結袈裟の台の色は、金峯山寺の場合は、僧籍を持っている山伏は白地に金欄付き、僧籍を持っていない山伏は茶地に金欄付き。真言宗系の場合は、ほとんどが茶地に金欄付きです。梵天や輪宝は前に四つ、後ろに二つ付いています。

ー拙著『体を使って心をおさめる 修験道入門 (集英社新書)』(2014,5刊)より

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*写真は熊野本宮大斎原で大護摩供を行ずる鈴懸正装の大峯行者たち。

「ハレの装置としての山修行」~田中利典著述集280312

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「ハレの装置としての山修行」 ~田中利典著述集280312

日本人は古来よりハレとケを行き来して生きていました。ケとは終わらない日常のことをいいます。日常の生活をずっと続けて行くと、だんだん気が衰え弱ってくる。そして、弱ってくると病気になる。それをケガレと日本人は考えました。そこで、気を元に戻す。それを元気というのです。この、元に戻す行為をハレといいます。

つまり、ハレとは非日常であり、日常を離れて聖なるものに触れること。正月、桃の節句、端午の節句、夏や秋のお祭り……。すべて、聖なるものにふれる非日常の行事で、ケによって崩れたバランスを復元する機会なのです。お正月にお屠蘇を飲むのも、端午の節句に菖蒲湯に浸かるのも、秋に収穫祭をして大いに騒ぎ、ふだんは食べない美味しいものを食べるのも、ハレとしての装置なのです。

しかし、ものが豊かになった現代では、毎日がハレのようなぜいたくな生活になり、ハレをなかなか意識できません。ずっとハレのような生活を続けるのなら、それこそがケになります。そうしたときに、なにがハレの装置になり得るか。そこで山修行なのです。

山に入り、汗をかきかき山歩きすることは非日常であり、日本人にとって山は神仏のおわす聖なる世界にふれることです。ですから、修験道の山の修行というのは、ハレが失われた現代社会の中で、ハレの装置としての機能を果たすことができると私は思っています。しかも、きわめてすぐれた役割を果たせると思います。それに、誰にでもできます。体力の問題はありますが山を歩くというのは、たいへんハードルが低い行為です。

こんな時代だからこそ、修験道の山修行が求められる大きな意味があると言っていいでしょう。

  ー拙著『体を使って心をおさめる 修験道入門 (集英社新書)』(2014,5刊)より

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*写真はあるときの大峯蓮華入峰の行者たち。

「一神教に勝つために・・・」~田中利典著述集280110

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「一神教に勝つために・・・」~田中利典著述集280110

帰属する価値観をなくした民族は、滅亡へ道を歩みを始めている。今、日本人が滅亡しかかっているのは、帰属する立ち位置が自分たちでもわからなくなってしまっているから。DNAに埋め込まれている先祖からの知恵を、ちょっと思い出しましょうよ。そこにいったん帰属してから一神教の人たちのことを考えましょうよと。

一神教に勝つためには、一神教に近い原理を持たないとたぶん駄目だと思う。その原理は日本にはあると思う。日本の多神教は一神教の人たちが考える多神教ではないんだから。どの例を上げるのが適当かわからないけど、大日如来や天照大神にを集約させる基盤がここにはあることに気づいてほしい。

ヨーロッパでは、二〇〇一年の同時多発テロ以来、グローバリゼーションに対する息苦しさがあって、一九世紀以前に戻ろうという大きな流れが生まれているという。

平和の作り方は、みんながどこもかしこもチューリップ畑にしたきれいな世界を作るのではなくて、ブーゲンビリアもユリも桜も咲く、その土地の人たちがそこに根づいたきれいな花々を自慢して、認めあって共存することが、ほんとの意味での平和のあり方なんだ。熊野には凌駕されていないものが、まだ残っているということに気づくべきだと思う。

ー『熊野 神と仏』出版社: 原書房 (2009/9/24)より 

http://www.amazon.co.jp/%E7%86%8A%E9%87%8E-%E7%A5%9E%E3%81%A8%E4%BB%8F-%E6%A4%8D%E5%B3%B6%E5%95%93%E5%8F%B8-%E4%B9%9D%E9%AC%BC%E5%AE%B6%E9%9A%86-%E7%94%B0%E4%B8%AD%E5%88%A9%E5%85%B8/dp/4562045132/ref=la_B004LURGJ8_1_3?ie=UTF8&qid=1370821341&sr=1-3

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本稿は6年前に出した盟友植島啓司先生(宗教人類学者)と熊野本宮大社九鬼家隆宮司との、共著からの一文です。掲載時に少し校正され、文言が変わったところはありますが・・・。

この本も一応3刷になっています。

「夫婦の情景(3)」 ~田中利典著述集271223

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「夫婦の情景(3)」
 ~田中利典著述集271223

昨日、一昨日の続き・・・いよいよ最終回です。

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(3)

苦行を終え、夫は総本山の仕事に駆り出されることが多くなった。

妻「金峯山寺から月に1週間でも10日でもいいからと言われるようになって。私は最初、『1週間か10日だけやで』と言っていたのに、いつの間にか半月になって、今はほとんどこっち」

夫「単身赴任13年目になりました。実はうちのお袋も奈良出身なんです。うちは奈良にはえらいご縁があって。弟は吉野山の東南院に養子に入りました。奈良の人が綾部を守り、綾部の者が吉野にいる」

昨年7月、「紀伊山地の霊場と参詣道」が世界遺産に登録され、金峯山寺の参拝者は数倍に増えた。夫は「修験道ルネサンス」を提唱し、秘仏とされてきた金剛蔵王権現像の特別開帳にも踏み切った(今年6月末まで)。

◆神と仏と

夫「99年末に日光の社寺が世界遺産登録されました。山岳信仰ではうちが本家やないか、日光は分家やないか、という気持ちがあったんです。吉野町の役人に聞くと、『和歌山が動いている。和歌山だけ先に認められるとうちは認められん』と。それで急いで奈良県に働きかけて、和歌山、奈良、三重の三県あげての活動に発展しました」

妻「中国の蘇州であったユネスコの会議でみんなが真剣に話し合っているのを見て、すごいなと思って」

夫「明治維新で日本人の精神文化だった神仏習合は壊されました。日本人はお宮参りをしたり、仏前でお葬式をしたり、クリスマスを祝ったりしているのに、みんな自分は無宗教と思っている。でも、そんなことはない。日本には雑多で多神教的な世界観があるんです。1300年の歴史を持つ修験道は、神と仏が融合した日本独自の信仰です。今の世界はひとつの価値観でくくろうとするから、キリスト教やイスラム教の『文明の衝突』が起きる。日本人は今こそ、その多様性を自信をもって世界に発信していけるはずです」

妻「世界遺産になったから終わりではなくて、それをこの先どう守っていくかだと思うんです。確かに観光客は増えましたが、さっきまで拝んでいた人がタバコをポイ捨てする姿も見かけました。いろんな人が来る中でどう守っていくか。それが主人の仕事かなと思います」

昨年はもうひとつおめでたいことがあった。4人目の子、宏宜くんの誕生だ。

妻「昔は綾部に帰れば家のパパさんでした。でも、パソコンや携帯ができてからは家でもパソコンの前に座ってばかり。寂しいですよお。体は家にあっても、心はパソコンによって本山に引き戻されている」

夫「……」

妻「上の子供たちが思春期になって会話がなくなっていたんです。子供がもうひとりできれば心は満たされるかなと思って。宏宜を授かり子供たちが優しくなった。家族がひとつの部屋でいることも増えました。パパさんもその場にいてほしいんですよ。

妻「主人はよく金峯山寺を何とかしよう、日本や世界を何とかしようと言います。『田中家の平和が世界の平和に通じると違うん?』と言っても、『僕はそんな小さな人間ではない』と言うし」

夫「田中家を一生懸命する人は、日本や世界のことを心配せん。日本や世界のことを心配すると、田中家のことは二の次になる」

妻「日本や世界を何とかしようと思っている人は何人もいると思いますよ。でもね、田中家を何とかするのはあんただけやねんと言うと、笑ってごまかすだけ」

夫「安心しとき。世界遺産の次、今は何もしたいと思ってないから。ま、日本を何とかしたいとは思っているけど」

~『週刊朝日』2005-06-17号(朝日新聞社)「夫婦の情景」 から

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*写真は11年前に登録された世界遺産吉野山の全景。

ちなみに第一回で書いた中島史子女史に馬鹿受けした文章は「「日本や世界を何とかしようと思っている人は何人もいると思いますよ。でもね、田中家を何とかするのはあんただけやねん・・・」という家内の言葉。世の女性の核心を表していると言っておられました。

なんだか読み返してみるとおのろけみたいな記事かもしれないが、思えば恒に脚光を浴びるのは私で、その裏で支えてくれている家族や妻が表に出ることはあまりない。そういう意味では10年前に、この取材を受けたのは妻への私なりの感謝の気持ちでもあった。

この時は単身赴任13年目だったが、その後、今年まで更に10年単身赴任が続くことになる。23年間の単身赴任生活であった。そしてその間ずっと家族には迷惑を掛けてきたのである。

実は今だからいえるエピソードがあるのだが、この取材のオファーがあったのは、夫婦で大げんかをして、もう別かれようかと言うくらいの勢いでもめている最中だった。そんな時だから、妻に取材の依頼があった話はなかなか言い出しにくかったが、二人で受ける取材だから、聞かないわけにはいかず、しぶしぶ聞いたら、その返事が振るっていた。

「掲載された頃に別かれていてもいいなら受けてあげる!」という返事。その旨を記者に伝えると、「ああ、いいですよ。今までも、取材した後に離婚した夫婦はありますから・・・」という返答。すごい話である。

でも取材してくれてありがとうござました。馬場さん(朝日の取材してくれた担当者です)。いい思い出になりました。

「夫婦の情景(2)」

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「夫婦の情景(2)」
 ~田中利典著述集271221

昨日の続きです。

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(2)

京都・綾部に生まれた夫が奥駆修行に初めて参加したのは5歳のとき。山伏の父親に連れていかれた。

◆女人禁制
夫「在家でありながら修行するのが山伏の本分。親父は国鉄に勤めながら修行していました。綾部はもともと行者信仰が厚いところで。昔はもっと厳格で、家族のものも精進していました。親父は、着々と私がこの道を歩むようにしていったのだと思います」

妻「私も行きたいなと思いますよ。ひざも悪いし、若いうちに行きたいなという気持ちはあります。小学校の林間学校でも、大峯山に登ったのは男子だけでした。女も入らせてくださいと毎年訴えにこられる人の意見も同姓としてわかる。女人禁制を守っている人たちの意見もわかる」

夫「女人禁制によって大峯山の非日常性、聖地性が高められてきたのは間違いありません。ただし、女人禁制自体は信仰ではない。大切なのは、今の時代に禁制を堅持することが、大峯山の信仰を守っていくのに大事かどうかです。これは、信仰にかかわっている宗教者たちが問い直すべき問題だと思います。ジェンダーフリーの人たちが、人権問題として開けろと主張する問題ではありません。そんなことをしたら先人たちに申し訳ない」

妻「家でも議論したこともありますが、私が『開けたら』といって、主人が『開けるわ』という問題でもないんです」

夫は大学卒業後、金峯山寺に勤めた。吉野山にある東南院の宿坊でアルバイトしていた妻と出会ったとき、妻は高校生だった。

夫「かわいらしいなと思って……」

妻「お坊さんの格好していたら、だれも彼も同じに見えますやん。違いは、眼鏡をかけているか、いないかだけ(笑い)。部屋を準備していたときに主人に文句をつけられたことがあって。30歳を超えて結婚してはるんやないかと思ってました。私は専門学校を卒業したあと、金峯山寺の事務をするようになって」

夫「ぼくが一生懸命口説きました」

妻「最初は断ったんですよ。私は軽井沢の教会でウエディングドレスを着て、馬車に乗って結婚するのが夢でした。そしたら、『前代未聞だけど、東南院でウエディングドレスを着させてあげるから』と言われて」

夫「ウエディングドレス買いましてん(笑い)。東南院で赤い毛氈を引いたのは、私たちの結婚式が初めてでした」

ほどなく、夫妻は吉野を離れ、夫の父が建てた綾部の寺に移った。夫は93年夏、護摩堂に120日間こもって護摩を焚き続ける修行「一千座護摩供」に挑んだ。夏場は堂内温度が60度を超える。金峯山寺関係寺院では戦後初の苦行だった。

◆五穀断ち
夫「普段は坊さんかどうかわからんような生活なんで、日常を離れ、大きく期間を定めて修行したいという気持ちが時折、私のなかで生まれるんです」

妻「朝2時に起きて、1日9回護摩焚きをするんですよ。おばあちゃんと私は5時に起きて、精進料理を作りました。寝食も別で、夫婦の会話は『おはよう、こんにちは、おやすみ』くらい。主人はいつもイライラしていて、『余計なことはわずらわしいので聞かすな』『気が散るから子供も外で遊ばすな』と言って。いちばん上のお姉ちゃんはまだ幼稚園で、パパさんを怖がっていたんですよ」

夫「髭がすごく伸びていて……。家族に負担をかけました。最後は五穀(米、麦、大豆、小豆、胡麻)断ちをしたんであまり手はかからなかったと思うけど」

妻「いや、そのほうが大変ですよ。おそば屋さんにそば粉をわけてもらって、それを練ったものをお湯のなかに落として。野菜は苦いですから、主人に内緒で塩もみして、何回も水でさらって、塩気がないようにして渡しました」

夫「五穀と塩を断つと、体が浮くような気がしました。体重が79キロから64キロに落ちて、飛ぶんと違うかなと思った(笑い)。でも、実は修行で得たものはあまりないんです。むしろ修行しても何にもならないとわかったことに意味がありました」

妻「……。あんなに苦労した4カ月間なのに、何も得たものがなかったの」

夫「髭をしばらくそのままにしておこうと思ったんですが、お世話になった和尚から『行で得たものは捨てなさい』と言われ、さっぱり剃りました。そういうのを残しておくと、いつまでも『俺は行をやり遂げたんだ』と肩に力が入ってしまうんです。得たものははなかったけど、捨てたことは良かった」

~『週刊朝日』2005-06-17号(朝日新聞社)「夫婦の情景」 から

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写真はこの記事が掲載されたときの、「週刊朝日」表紙です。なぜかパフィです。若いですねえ・・・。

「夫婦の情景(全3回)」~田中利典著述集27120

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「夫婦の情景(全3回)」
 ~田中利典著述集27120

今日から3回連続で、「週刊朝日」に掲載されたシリーズ「夫婦の情景」での私達夫婦の回をご紹介します(実は3年前にも一度、BLOGで紹介しました)。これはもう10年以上前の記事で、毎週連載されていたこの「夫婦の情景」というコラムも今はすでに消滅しています。ちなみに私たちの前の週はなんとあの大鵬幸喜ご夫婦でした。巨人・大鵬・卵焼きに並んだ、田中夫婦なのでした。(笑)

知友の文筆家中島史子氏をして「この一冊の本の中で、読むべき価値が一番あったのは、当欄の奥様の最後の一言」と言わしめた掲載でした。期待して、最後までお読み下さい。

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「夫婦の情景」
 田中利典(49) ・ 田中周子(39)

(1)

幾重にも重なる山々にこだまする法螺貝の音が、山伏の季節が到来したことを告げている。紀伊半島の霊峰大峯山脈を尾根づたいに行く「大峯奥駆道」は、吉野山に始まる。山伏である夫は、この修行の道を世界文化遺産に登録させた仕掛け人だった。霊域と世俗を行き来する夫と、彼を支える妻に会いに、修験道の聖地・吉野山を訪ねた。

春くれて 人ちりぬめり 吉野山||西行法師がそう詠んだように、奈良の吉野山は観桜の季節が終わり、ひっそりと静まりかえっていた。新緑の山々に、ウグイスの鳴き声が一際大きく響く。遠くから法螺貝の音が近づき、国宝の蔵王堂を擁する修験本宗の総本山・金峯山寺の境内に、山伏の隊列が入ってきた。

妻「私は吉野で生まれ育ちました。4月は花見客で混雑しますが、それが終わると、今度は鈴の音が聞こえてくる。大峯山の山開きは5月から9月です。山伏の姿を見かけると、夏が来たなと……。まさか、自分が山伏と結婚するとは思いもしませんでした」

妻と1歳になったばかりの三男宏宜くんが見守るなかで、護摩焚きが始まった。山伏たちの読経と太鼓の音が徐々にボルテージを上げ、竜が天に昇るように白い煙がうねりながら上昇していく。護摩木の組み方に秘訣があるのか。それとも、加持祈祷が天に通じているのか。

◆奥駆病

夫「お坊さんになっていろんな儀式をしましたけれど、外でやる護摩ほどダイナミックな宗教儀礼はありません。お堂のなかでどんな立派なお経を読んでもよく見えないでしょ。護摩はみんなが四方から取り囲むなかで煙が上がる」

妻「檜葉のパチパチという音がいいですよね」

吉野山から熊野本宮大社(和歌山県本宮町)まで続く修行の道・大峯奥駆道は昨年、ユネスコ世界文化遺産に登録された。夫は登録活動の先頭に立った。毎夏、自ら山伏の衣装をまとい、紀伊半島を背骨のように貫く霊峰大峯山脈を尾根づたいに170キロにわたって七泊八日で歩く奥駆修行をしている。聖地中の聖地である大峯山山上ケ岳(標高一七一九メートル)は今なお、女人禁制が守られている。

妻「朝2時、3時から12時間以上、山道をずっと歩くんですよね。雨が降っても汗をかいても、毎日洗えるわけでもない。干しても生乾きの状態で、臭いし、汚いし、しんどいのにね」

夫「山伏は、山に入ってこそ山伏です。奥駆修行をすると、一度死んで生まれ変わると言われている。大峯山には何もありません。非日常の世界です。都会生活で自分自身を失った人たちが山でヘロヘロになって修行し、自分をリセットして蘇生して帰っていく。二度と行きたくないほど疲れるんですけど、二度と来るかと怒って帰った人ほど、またやって来る」

妻「それを主人たちは『奥駆病』と呼んでいるんですよ。女の私には全然分からない」

夫「現代社会で人々は自分を失っています。会社にも地域にも家族にもどこにも帰属していないでしょ。日本人は、神も仏も人間も自然の営みのなかにあり、自然そのものであるという信仰を持ってきました。自然のなかに入ってヘロヘロになることで、自分は自然の一部であると再認識できるんです」

妻「年末に宏宜を連れて山登りに行ったんですが、主人は『山に行くと血が騒ぐ』と言って、宏宜をだっこしているのにすぐ姿が見えなくなるんですよ。夫婦で山登りしているのに、『体が覚えている』と言ってホイホイ先に行ってしまう」

~『週刊朝日』2005-06-17号(朝日新聞社)「夫婦の情景」 から

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